ねをぱぁく

公園みたいにふらっと立ち寄って、ほっと一息して欲しい、そんな演劇ユニットです。

道のりは遠い

2019-03-09 16:39:00 | 日記

病室のある3階を一周すると170mあるらしい(知りたい事はすぐ聞く早代子さん情報)

松葉杖で一周したら、こんなにかかった。

      

 私の歩速が普段100m1分として、駅まで5分の道のりが、16分かかっちゃうわけだ。

病院みたいにフラットな床じゃないし、多分途中でへばるから20分はかかるかも。

悩ましい。

来週は、別の病院の定期的な検査日で、その日は久しぶりに帰宅。

夜は読み合わせがあるので外泊許可をもらった。

検査後、病院から家まで松葉杖で帰るとき、どれくらいかかるかなー。

その日までに少し早くなってるといいけど。

退院までの道のりも遠い。

 

 

 

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新しい友達のこと

2019-03-07 07:54:00 | 日記

入院中、個室から相部屋に移って、みんないったん退院した後に、また新しい方が入って来た。

聡明で優しい顔立ちの早代子さん。

お話していくうちに、去年出ていた大阪女優の会を観て下さっていて、共通の知り合いもいることが判明!

一気に距離が縮まった。

早代子さんのことを根掘り葉掘り聞く私。

そしてそれに答えて下さる早代子さん。

「これってどんなこと?」って聞いてくれる早代子さん。

そしてそれに答える私。

ようやくご飯が食べられて「完食出来た!ほめてほめて!」と早代子さん。

「よかった!よく頑張りました!」と返す私。

気がついたら、一日に何度も話してる。

辺野古の話、教えていた中学校での話、たまに行く素敵な喫茶店の話。

部屋が別々になっても、早代子さんが朝の挨拶に来てくれる。

こちらもお部屋に会いに行く。

松葉杖に慣れるため、面会所まで行くと、すでに早代子さんが座ってる。

そしてまたそこでお話しする。

友達が面会に来て、しばらくは病室で話してるんだけど、その後に移動すると、また早代子さんが座ってる。

友達に早代子さんを紹介して、今度はみんなでお話しする。

なんだか引き寄せられているみたい。

「磁石みたいにね、ピタッと合っちゃったの」

って私の友達に話す早代子さん。

早代子さんの言葉はとても心地よく、私の心にすうっと入っていく。

素敵な素敵な友達が一人増えました。

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久しぶりにブログ書いたよ

2019-03-03 12:28:48 | 日記

なんとも久しぶりにブログを書いています。

入院中で時間あるから、ではあるんだけど。

その前の三ヶ月間もほとんど仕事なくて引きこもってたから

時間なんてものすごくあったわけなんだけど。

 

一年いろんなことがありすぎて何も書けなかったなー。

今回は怪我なので、病気入院の時よりも身体は元気だからあれもこれもやろうと思う反面、

思ったより完治が遅れそうなので、落ち込みが激しい。

 

毎日いろんな夢を見ている。

夢の中でたくさん動いているし歩いている。

今は歩けないのに。

 

手術中の夢はなんだか強烈だった。

今まで出会った大切な人(仲違いしたり、怒られてそのままになってる人もいた)が押し寄せてくる。

どんどんと押し寄せてくる。

後から後から押し寄せてくる。

それを受け止めきれなくなりそうになって、でも、やっぱりこの人たちは私にとってかけがえのない、大好きな人たちなのだ、

だから私はその人たちと関わっていかないと生きていけないのだと思い知らされる。

というところで目が覚めた。

ちょうど手術が終わったところで、看護師さん達にいろんな処置をされていて、

やっぱり、誰かの手を借りないと何も出来ないやと思ったら涙が溢れて来た。

「痛いですかー?大丈夫ですかー?」

と声をかけられ

「夢が、夢で」

と答えるも言葉になっておらず、

「指が痛いんですかー?」

「いや、夢、を、見て、ゆ、め、で」

というやり取りを数回。

「主人、呼ん、で、もらえ、ます、か」

「まだ手術室なので、外に出たら呼びますねー」

と言われて、あぁ、まだ手術室なのかと驚いた。

 

今まで手術した回数は2桁に近いのだけど、こんな風に、自分の生き方を改めて考えさせられるような夢は見たことなかった。

これは何かの啓示なのか、それともこの数年の自責の念や、後悔や、自己肯定の歪みの蓄積なんだろうか。

 

それから毎日見る夢も、誰かに怒られたり、誰かの迷惑になったり、とにかくなぜか歩き続けている。

それも実感を持って歩いているものだから、朝起きると筋肉痛だったりするのだ。

 

くそぅ。

ちゃんと眠りたいのに。

 

今夜の夢は果たして・・・

 

 

 

 

 

 

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たまには愚痴を書こうかな

2018-01-13 01:24:22 | 日記

ものすごく久しぶりに日記を書きます。

この一年は色んなことが多すぎて。まるで大阪に来たあの年みたいでした。

あの一年も色んなことがあって、本当に疲弊しました。

色んな現場で色んな人に出会い、大切な人がどんどん増えたけれど

大切な人を亡くした一年でもありました。

 

父にお迎えが来そうです。

もういつどうなるかわかりません。

昔、100歳まで生きると約束しました。

父が尊敬する土屋文明先生が99歳で亡くなったので、土屋先生より長生きすると言いました。

中学生だった私は、ずっとそれを信じていました。

あと14年もあるのに、まだ信じています。

 

高齢者の運転で沢山の事故が起きています。

役所の人や、ケアマネージャーの人や、色んな人が車を運転してはダメだと言います。

言っている事はわかるのです。

でも、田舎だと車がないとお買い物にも行けない。

病院にも行けない。

行政が決めた諸々は、家族の付き添いがないと使えないのだから。

 

父が事故に遭って、大阪に連れて来て、病院から老人保健施設に移り、

目が見えなくなってしまって、大阪に連れて来たことが良かったのかどうか、常に考えて来ました。

老健でもう面倒見れないと言われ、また病院に入って、どんどん弱まって来ました。

 

どうしたらいいのかわかりませんでした。

延命治療はしないと決めていたけど、父が本当はどうしたいのかわからない。

主治医の先生に「どうしますか?」と言われても決めきれない。

何かをやめることは父が生きることを諦めてしまうことになる。

でもどんどん弱まっていき、苦しそうな父を見ていると、自分の判断が間違っているのではないかと。

 

話しかけると毎回毎回返事をしてくれるのに。

だから点滴をやめるとかの判断ができない。

 

身体中、浮腫んできて本当に苦しそうなのに、点滴をやめたら、死ぬのを待っているしかない。

決断が出来ません。

 

もう、点滴をしても苦しそうなのに、無理に点滴をし続けるのも正しいのかどうなのか。

 

あんなに苦労してきたのに、子どもだって孫だってたくさんいるのに、幸せなまま見送れると思っていたのに、

このまま、病院で、一人ぼっちで、苦しいままで人生の幕が引かれるなんて。

 

どうしたらいいんだろう。どうしたら。

 

 

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春生のこと

2017-08-08 01:38:52 | 日記

春生は大竹野正典さんの二番目の子で長男坊。

2002年ラフレシア演劇祭に参加していた、くじら企画の「夜、ナク、鳥」を観に行った時に初めて出会った。

お母さんそっくりな顔で、友達の藤井くんと一生懸命にお手伝いしていた春生。

家族みんなでムーンライダーズのライヴで東京に来た時は、友達に会いに行き遅れて、仕方がないのでチケットを預かって、到着するのを会場の入り口で待っていたら、急ぎもせずにフランクフルトを頬張りながら歩いて来た春生。

何考えてるんだかさっぱりわからなかった春生。

その時はまだ宇宙人みたいだった。

大阪に引っ越す前に何度か来た時は、既に大竹野さん家が定宿になっていて、来るたびに飲んで、居候生活の半年間は、春生と毎日のように飲んで、やたら話した。

時にはお姉ちゃんのさとや、従兄弟のひろくん、藤井くんなんかも一緒に。

 

居候の朝は小寿枝さんの

「春生ー!春生ー!!」

の声で目が醒める。

この家では何かあると、小寿枝さんが春生のせいと決めつけて、朝から春生を呼びつけるのだが、当の春生はまだ夢の中で、起きてもこないし、もちろん返事もない。

小寿枝さんは何度も呼んでいるけど、そのうち出勤時間が近づいて諦めて会社に出かけていく。

春生は、そのうち起きて来て、ご飯を作って食べて出かけていく。

愛猫の小雪ちゃんとテテとテンに挨拶して出かけていく。

 

春生は相変わらずよくわからない子だったけど、とても優しい子で、実はとても賢い子だった。

たくさんのことを考えていた。

 

大竹野さんが旅立った時も、春生はずっと耐えていた。

 

第一次反抗期の旗揚げ公演は春生の作、演出、出演で、藤井くんとコトリ会議の山本くんの三人芝居だった。

春生はまだ何かに耐えていた。

でも、表現することで、何か一つ解決したような感じで、目の中に少しだけ光が戻って来たような気がした。

 

今回、久しぶりに第一次反抗期をやると聞いた。

観たいような、観たくないような複雑な気持ちと、旗揚げ公演の時には制作だったので相談もない寂しさもあった。

タイトルは「せめてもの賛歌」

 

春生はどんな賛歌を書いたんだろう。

そして誰のための賛歌なんだろう?

 

想いはぐるぐる回る。

 

観に行こうかどうか迷っていた時期に制作補佐の晴佳ちゃんから受付のお手伝いを頼まれた。

珍しく三日間空いていた。

制作チーフでもなく、炊き出しもしない現場なんて久しぶりだ。

気楽に三日間過ごした。

 

実は怖くて台本も読まないようにしてたし、観るのも千穐楽に変えてもらってたから、春生が何を書いたのかまだわからなかった。

 

うだるような暑さの中、上演中も外の受付にいると、所々セリフが漏れ聞こえて来る。

耽美くん、めっちゃ丁寧にセリフ言ってるなー、とか

一幸さん、私が観て来た渋い一幸さんではないキャラやなー、とか

小室は相変わらずすげーなー、とか

春生はなんだかハッチャケてんなー、とか思いながら、でもあんまり内容を聞かないようにしてた。

それでも耳に飛び込んで来たべべちゃんのセリフを聞いて、衝撃を覚えた。

春生、すげー頑張って書いたんだなと思った。

 

千穐楽は、客席で観ていた。

 

小室のセリフが胸に刺さる。

ところどころ、大竹野さんの芝居を思い出す。

これを観ている小寿枝さんやさとのことを想う。

そして春生のことを想う。

大竹野さんはなんでいないんだろうと想う。

 

べべちゃんの最後の長ゼリが始まる。

もう涙が止まらなかった。

終わってからも、ひとしきり事務所で泣いた。

 

大入袋を配り終わった春生が、最後の挨拶を始めた。

春生の言葉が、突き刺さる。

ずっと言えなかったことを春生が言ってくれたような気がした。

 

弟のような春生はいつしか、よくわからない宇宙人から、素晴らしい演劇人に成長していた。

 

春生、芝居続けようね。

春生、芝居続けて行こうね。

そしてまた劇場で大竹野さんに会おうね。

公演、お疲れ様でした。

 

 

 

 

 

 

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