家族も総出でクラゲ捕り…ノーベル化学賞・若き日の下村さん
2008年10月9日(木)読売新聞
物理学賞に続く連日の快挙--。8日発表されたノーベル化学賞に選ばれたのは、30歳代で日本を飛び出し、米国でクラゲ一筋に研究を続けた米ボストン大名誉教授の下村脩さん(80)だった。
家族総出で捕獲したクラゲの体内から光るたんぱく質を見つけ出し、アルツハイマーやがん治療の研究を飛躍的に発展させた下村さん。「研究の虫だった」「『ノーベル賞をもらわないとおかしいね』と話していた」。被爆直後の長崎で学生時代をともに過ごし、ひたむきな姿を知る同窓生らは、朗報に沸いた。
授賞理由となった緑色蛍光たんぱく質(GFP)を抽出するには大量のクラゲが必要だった。若き日の下村さんはこのクラゲを入手するため、妻の明美さんや2人の子ども、アシスタントを総動員して捕獲に取り組んだ。
当時、研究場所にしていた米国ワシントン州には、地元の人が「海の上を歩ける」というほど大量のオワンクラゲが生息していた。必要なクラゲを集めるためには1日3000匹も採取しなければならない。
桟橋に30個ほどのバケツを5メートルほどの間隔で並べ、流れてくるクラゲを1匹ずつ柄の長いネットですくってバケツに入れる下村さんたちを見て、通りかかる人たちは「何を捕っているの?」「何に使うの?」と話しかけてきた。
「研究用です」と答えても納得せず、「どういうふうに調理するの?」「生で食べるの?」とのぞき込む人もいた。ハサミでクラゲを切断するのは手間がかかるため、金物店で肉をスライスする回転刃を買ってきて、装置を自作。これを使って蛍光たんぱく質を精製する作業に打ち込んだ。
GFPの構造を明らかにし、光る謎を解明したのは1979年。理化学研究所の宮脇敦史チームリーダーはかつて、下村さんから「10万匹のクラゲから精製したものだよ」として、GFPの溶液を見せられたという。研究材料のクラゲは十数年前から極端に減少、もはや大量採取は不可能になってしまったという。
一緒にクラゲをすくった長男の務さんは米国の大学に進学し、いまはコンピューターへの不正侵入を防ぐ技術の専門家になった。米捜査当局のハッカーの逮捕に協力するなど世界的に活躍している。
米国での研究について下村さんは昨年、読売新聞の取材に「米国では、結果を出さないと生きていけない。プレッシャーだが、それが大きな力になった」と振り返り、「もし日本にとどまっていたら、もっと楽をできた。でもGFPの研究は発展していなかっただろう」と語っていた。
☆☆☆☆☆
研究のために犠牲になったクラゲにも賞を与えるべきだろう。
昨日の物理学賞は3人中2人が名古屋関係者。
下村さんは学位を取得しただけだがやはり名大の博士。
国内の大学間競争では東大一人勝ちの様相だ。
しかし科学の発展には裾野の広さが大切だ
2008年10月9日(木)読売新聞
物理学賞に続く連日の快挙--。8日発表されたノーベル化学賞に選ばれたのは、30歳代で日本を飛び出し、米国でクラゲ一筋に研究を続けた米ボストン大名誉教授の下村脩さん(80)だった。
家族総出で捕獲したクラゲの体内から光るたんぱく質を見つけ出し、アルツハイマーやがん治療の研究を飛躍的に発展させた下村さん。「研究の虫だった」「『ノーベル賞をもらわないとおかしいね』と話していた」。被爆直後の長崎で学生時代をともに過ごし、ひたむきな姿を知る同窓生らは、朗報に沸いた。
授賞理由となった緑色蛍光たんぱく質(GFP)を抽出するには大量のクラゲが必要だった。若き日の下村さんはこのクラゲを入手するため、妻の明美さんや2人の子ども、アシスタントを総動員して捕獲に取り組んだ。
当時、研究場所にしていた米国ワシントン州には、地元の人が「海の上を歩ける」というほど大量のオワンクラゲが生息していた。必要なクラゲを集めるためには1日3000匹も採取しなければならない。
桟橋に30個ほどのバケツを5メートルほどの間隔で並べ、流れてくるクラゲを1匹ずつ柄の長いネットですくってバケツに入れる下村さんたちを見て、通りかかる人たちは「何を捕っているの?」「何に使うの?」と話しかけてきた。
「研究用です」と答えても納得せず、「どういうふうに調理するの?」「生で食べるの?」とのぞき込む人もいた。ハサミでクラゲを切断するのは手間がかかるため、金物店で肉をスライスする回転刃を買ってきて、装置を自作。これを使って蛍光たんぱく質を精製する作業に打ち込んだ。
GFPの構造を明らかにし、光る謎を解明したのは1979年。理化学研究所の宮脇敦史チームリーダーはかつて、下村さんから「10万匹のクラゲから精製したものだよ」として、GFPの溶液を見せられたという。研究材料のクラゲは十数年前から極端に減少、もはや大量採取は不可能になってしまったという。
一緒にクラゲをすくった長男の務さんは米国の大学に進学し、いまはコンピューターへの不正侵入を防ぐ技術の専門家になった。米捜査当局のハッカーの逮捕に協力するなど世界的に活躍している。
米国での研究について下村さんは昨年、読売新聞の取材に「米国では、結果を出さないと生きていけない。プレッシャーだが、それが大きな力になった」と振り返り、「もし日本にとどまっていたら、もっと楽をできた。でもGFPの研究は発展していなかっただろう」と語っていた。
☆☆☆☆☆
研究のために犠牲になったクラゲにも賞を与えるべきだろう。
昨日の物理学賞は3人中2人が名古屋関係者。
下村さんは学位を取得しただけだがやはり名大の博士。
国内の大学間競争では東大一人勝ちの様相だ。
しかし科学の発展には裾野の広さが大切だ