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腐女子&妄想部屋へようこそ♪byななりん

映画、アニメ、小説などなど・・・
腐女子の萌え素材を元に、勝手に妄想しちゃったりするお部屋です♪♪

風に吹かれて(#210)

2022-05-19 01:50:51 | RUN&GUN風土記
南海高野線の我孫子前駅は、各駅停車しか停まらないこぢんまりした駅だ。
そして今は平日の昼間ということもあり、電車が到着しても降りてくる人はまばらだ。
駅の出口で佇んでいる幸佑の前を、ぽつぽつと改札から出てきた乗客が通り過ぎていく。 そうして何人かを見送ったところで、見覚えのある背の高い男性の姿が目に映った。
 「馬場さん!」
胸に広がる懐かしさを噛みしめながら、足早に駆け寄る。
 「久しぶり。 待ったか?」
 「いえ、全然。 ほんとお久しぶりです。 4年近く経ちますかね?」
 「そうだな。 元気そうで何よりだ」
 「ええ、馬場さんも。 以前と変わらないですね。 なんか安心しました」 
 「たかが数年でそんなに変わらないさ。 それより、こんなとこで立ち話か?」
懐かしさのあまりそのまま話し込んでしまいそうな勢いだった幸佑が、馬場の言葉ではっと我に返る。
 「あ、そうですよね。 そうだ、馬場さんお腹すいてませんか? もうお昼だし、お墓へ行く前に何か食べません?」
腕時計をちらりと見た馬場が、そうだなと相槌を打つ。
 「大阪に来たら、うまいたこ焼きを食いたいと思ってたんだ。 どこかあるか?」
 「たこ焼き? そんなものでいいんですか?」
 「そこまで空腹じゃないんだ。 軽く食べるなら、前から食いたかったたこ焼きがいいなと」
 「そうですか・・・」
しばし思案した幸佑が、あ、と声を上げた。
 「それなら近くにありますよ。 俺が今バイトしてるお店なんですけど」
 「ん? たこ焼き屋でバイトしてるのか?」
 「はい。 学生時代によく通ってたとこで、お店のおばちゃん達とも家族みたいな関係なんです」
味は保証しますよ、と微笑む幸佑に、ふっと笑みを浮かべた馬場が頷いた。
 「こんにちは~」
引き戸を開けながらそう声をかけると、店の奥から少しハスキーな女性の声でいらっしゃい!と威勢の良い声が飛んできた。
 「あれ、幸ちゃんやん。 今日は休みやろ、どないした?」
 「今日はお客さん連れてきてん。 めっちゃおいしいたこ焼き作ったってや」
そう言って背後の馬場を指さす。 店主と目が合った馬場が、小さく会釈した。
 「うわー、めっちゃカッコええ人やなぁ! なんか緊張するわぁ。 幸ちゃんの友達?」
 「東京にいてた時の先輩やねん。 すごいお世話になった人でな。 大阪のたこ焼きが食べたいて言わはったから」
 「ん、わかった。 えらい汚い店ですいませんけど、まあ掛けてください」
 「ありがとうございます」
平日の昼時で他に客もいない店内の、4人掛けのテーブル席に二人は腰を下ろした。 すぐにカウンター奥の調理場から、ジューッという鉄板を焦がす音が聞こえ始める。
 「――明日は雨か」
 「え?」
不意にそう呟いた馬場が、カウンター上部に設置されたテレビを指さす。 画面には一面の傘マークが示された天気図が映っている。
 「そういえば台風が近づいてるみたいですね。 今日は晴れてて良かった」
 「そうだな。 でも雨が近いせいか、だいぶムシムシしてるな」
そんな他愛もない話をしているうちに、たこ焼きが出来上がったらしい。 ソースの香ばしい匂いとともに、皿を手にした店主の恵子がやってきた。
 「はい、お待ちどうさま! 熱いうちに食べてや」
 「うわ、美味しそう! 馬場さん、どうぞ食べてください」
 「お、ほんと美味そうだな。 いただきます」
恵子に向かって手を合わせた馬場が、つまようじに刺さった少し小ぶりのたこ焼きを1個頬張った。 すると顔をしかめて口をパクパクさせた。
 「あつ・・・! でも、美味い!」
 「あはは、熱々ですからね。 それに大阪のたこ焼きは、外はカリカリでも中はトロトロだから、噛んだ瞬間口の中をヤケドしちゃうんですよ」
どうにか飲み込んだ馬場が、すかさず氷水を飲み干す。 だがすぐに2つめに手を伸ばし、今度はしっかり冷ましてから口に放り込んだ。
そうして皿に盛られた8個のたこ焼きは、あっという間に馬場の腹に収められた。
 「とても美味しかった。 東京のたこ焼きとは全然違うんだな」
 「ええ、東京は生地がしっかりしてるし、味も違いますよね。 だから東京の人が大阪のを初めて食べると、みんなびっくりするんですよ」
幸佑がそう解説していると、興味津々な様子で恵子が口を挟んできた。
 「どないです? お口に合いました?」
 「ええ、とても美味しかったです。 口の中は痛いですけど」
やや苦笑いを浮かべた馬場を、幸佑と恵子が見て笑った。 すると引き戸が開く音とともに、チリンチリンという鈴の音が店内に響いた。
 「こんにちは~!」
見ると、制服を着た女子高校生3人が店内に入ってきた。
 「あれ、あんたら今日学校は? えらい早いやないの」
 「今日から試験やから、お昼までやねん。 おばちゃん、たこ焼き3つ頼むわ~!」
 「はいよ! って、一人初めて見る顔がいてるやん」
 「ああ、この子前から来たい言うてたから、今日は連れてきたってん。 おばちゃん、紹介したからちょっと負けてな!」
 「あんたなぁ! まったくかなわんわ!」
きっと常連なのだろう。 楽しそうに会話しながら、恵子は調理場へと消えて行った。
 「・・・懐かしいな」
 「ん?」
 「あの制服。 俺が通ってた高校なんです」
目を細めて彼女たちを見つめる幸佑を、馬場も見つめる。 十数年前の自分を、彼女たちに重ねているのかも知れない。
そういえば、雄也も同じ高校だったと聞いた。 おそらく、かつて隣にいた親友のことも同時に思い出しているのだろう。
ふと、彼女たちのうちの一人が、幸佑を見た。 それは今日初めて来たらしい生徒だった。
なぜか彼女はじっと幸佑を見つめたまま、微動だにしない。 その目には驚愕の色が浮かんでいるようにも見える。
それに気づいた馬場が、幸佑と彼女を見比べる。 幸佑の方は、彼女だけを見ているわけではない。 彼女たち全体を何となく見つめている程度だ。
 「・・・彼女、知り合いか?」
 「え?」
小声で馬場が尋ねる。 馬場が示す方を見ると、例の生徒と目が合った。 目が合ったことに気付いた生徒が、不自然に目を逸らした。
 「・・・いえ、知らない人です。 でも、俺を見てた・・・?」
 「・・・・・・・・・」
馬場の表情が、ふと曇った。 もしかして、幸佑の過去を知っているから・・・?
幸佑が芸能界を賑わしていたのは、もう3年以上前のことだ。 だがそれだけの時間が過ぎても、やはりまだ人々の記憶から完全には忘れ去られていないということか。
すると、不意にどこかから幸佑の名を呼ぶ声がした。 それは、かけっぱなしのテレビからだった。
『哀歌の街という映画が、最近になってまた話題になってきてるようですね』
『そうなんです。 この映画は5年ほど前に製作されたんですが、主演の桐畑晃の犯罪が明るみになって、そのままお蔵入りになってしまったんですよね』
『桐畑の相手役として出演していた米原幸佑さんは、この映画が初主演だったそうですね』
『ええ。 でも桐畑のせいで、すべて水の泡になってしまった。 それがもとで、結局は芸能界を引退してしまいました』
『気の毒な話ですよね。 でもこの映画が、上映されるかも知れない状況になってきたようで』
『ファンの根強い要望と、桐畑の刑が確定したことでひとつの区切りがついたようで、今上映に向けて色々動き出してるという情報も・・・』
不意に、画面が暗くなった。 見ると、馬場が無言でリモコンを手に佇んでいる。
 「馬場さん・・・」
慌てた様子で調理場から出てきた恵子も、動きを止めて馬場を見ている。 どうやらテレビを消しに来たようだが、馬場に先を越されて驚いているようだ。 
 「――ねえ、あの人。 さっきテレビで映ってた人に似てない?」
不意に、女子生徒の一人が幸佑を指さしてぼそりと呟いた。 先ほどコメンテーターが話しているとき、画面に幸佑の画像が映し出されていたのを思い出したらしい。
 「え、ちゃうやろ。 まさかそんな」
もう一人がそう否定したが、あの初めて来た生徒だけは、何も言わずにただ俯いていた。
 「あの、ごちそうさまでした。 会計を」
すっと彼女たちと幸佑の間に立った馬場が、恵子に向かってそう告げた。 はっとした恵子が、慌ててレジへ向かう。
 「え、ちょっとめっちゃカッコええ人やん! なんか芸能人みたい」
 「あ、なんか見たことある! えっと、確か俳優やったような・・・」
 「マジ!? 誰なん!?」
今度は馬場を見てそう騒ぎ出した彼女たちを見て、幸佑が馬場の背に手をやり、恵子も速やかに勘定を済ませた。
 「また来てな!」
事情を察した恵子が素早く幸佑たちを外へ送り出し、短くそう告げた。 しっかりと頷いて見せた馬場が幸佑の肩に手を回すと、そのまま足早に歩き出した。
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風に吹かれて(#209)

2022-04-19 01:40:29 | RUN&GUN風土記
季節は流れ、夏も終わりを迎えた9月。
初旬のうちはまだまだ猛暑の日々が続いていたが、下旬ともなるとすっかり秋の気配が漂う。 蝉の鳴き声は完全に消え、代わりに虫たちの涼やかな鳴き声がそこかしこで響いている。
だが青天の日中は、まだ汗ばむ陽気の日も多い。 自転車に跨った幸佑は、うっすらと滲む汗を手の甲で拭いながら、幹線道路をひた走っていた。
自宅を出てから10分あまり。 目的地には、まだあと15分はかかる。
 「・・・ふぅ」
赤信号で停まり、受ける風が止むと一気に大量の汗が噴き出してきた。 ハンカチを取り出そうとポケットに手を入れた時、スマホが振動していることに気付いた。
発信者は・・・。
 「・・・え? 馬場さん?」
ディスプレイに表示された名前を、思わず反芻する。 しばし振動し続けるスマホを凝視した。 懐かしい名前が、なぜ今表示されているのか。
だがすぐに気持ちを整え、通話ボタンをタップした。
 「――はい」
 『幸佑か? 馬場だ。 馬場瑛士だ。 覚えてるか?』
それは、まぎれもなく馬場だった。 低く深みのある声。 その声を聞くだけで、不思議と心が落ち着いたものだ。
馬場と会わなくなって4年近く経つ。 だがスマホの向こうから届く彼の声は、幸佑の心を一瞬で当時へと引き戻した。
 「ええ、もちろんです。 ご無沙汰してます、お元気ですか?」
 『ああ、おまえも元気そうだな』
ひと言ひと言紡がれる馬場の声を聞いているうち、幸佑の胸が切なく締め付けられた。 東京での日々が、走馬灯のように鮮やかに蘇ってくる。
苦楽あったはずだが、なぜか今は幸せだったことばかりが思い出される。 辛かったことは、時間が浄化していったのかも知れない。
たったひとつ、雄也のことを除いて。
 『――幸佑? どうかしたか』
胸の中に去来する様々な思いに翻弄され、いつしか黙り込んでいたことに気付いた幸佑が、慌てて言葉を発した。
 「あ、すいません。 馬場さんの声を聞いたら、なんだかすごく懐かしく感じちゃって・・・」
 『そうだな、もう3年以上だものな。 俺のこと覚えててくれて、嬉しいよ』
 「えっそんな、忘れるわけないですよ」
素直に気持ちを述べる馬場に対し、なぜか気恥ずかしくなった幸佑が狼狽える。 以前の馬場は、こんなふうに自分の気持ちを言うことはほとんどなかったはずだ。
この3年の間で、彼の中に何か変化があったのだろうか・・・。
 「あ、その、俺に何か用だったんですか? 電話くれるなんて・・・」
気恥ずかしさを誤魔化すごとく、取って付けたようにそう尋ねてみる。 すると、馬場も本来の用件を思い出したようだった。
 『そう、大事な用事だ。 今日は、雄也の命日だよな』
 「え・・・」
チリ、と幸佑の胸が痛んだ。 そう、雄也がこの世を去った日が、まさに4年前の今日、9月28日だった。
あれから毎年、命日には欠かさず雄也の墓を訪れている幸佑だ。 そして今年も、墓へ向かうべく自転車を走らせている最中だった。
 「覚えててくれたんですね・・・。 そうです、今日が命日です」
 『実は今大阪にいるんだ。 雄也の墓参りをしたいと思ってな。 でも場所を知らないから、もしおまえの都合がいいなら教えてもらえないかと』
 「え、大阪に? どこですか?」
 『たった今新大阪に着いたとこだ。 どこへ向かえばいい?』
 「ちょうど俺も今から墓参りに行くところだったんです。 一緒に行きましょう。 とりあえずメトロで難波駅まで来て、そこで南海高野線に乗り換えて我孫子前という駅で降りてください。 迎えに行きます」
 『難波駅で乗り換えて、我孫子前駅だな? わかった、着いたらまた連絡する』
それで電話は切れた。 スマホをポケットにしまった幸佑は、大きく息を吐いた。
思いもしなかった馬場からの連絡。 しかも今大阪に来ていて、雄也の墓参りがしたいだなんて。
 「・・・・・・・・・」
春、予期せず洋介と再会したこと。 そしてつい先日、沙季が元気な男の子を出産したこと。 出産日が、奇しくも雄也と同じ8月23日だったこと・・・。
これらは、本当に単なる偶然なのだろうか。 
彼らはみな雄也に縁のある人間であり、そして幸佑が再会を望んでいた人間でもあった。
 「・・・もしかして、雄也が会わせてくれたんかな・・・」
ふと呟き、無意識に空を仰ぎ見た。 鰯雲がうすく広がる秋空の青さが、目に沁みる。
(またいつか、お会い出来たら嬉しいです・・・)
馬場と話した最後の日。 そう言ってみたものの、もう会うことはないだろうと思っていた。 だが反面本心からの言葉でもあった。
できることなら、また会いたい。 心の奥底では、ずっとそう思っていた。 その願いが、不意に今日叶う。
突然のことすぎてまだどこか実感が湧かないが、それでも数十分後に馬場の顔を見れば、夢でも幻でもなく現実のことだと認識できるだろうか。
 「馬場さん・・・」
そう名を呼ぶと、胸の中が温かくなった。 それはまるで、長年会えなかった肉親に対する思いのようでもあり、あるいは想い人のようでもあり。
この不思議な感情に名前は付けられそうもないが、ただひとつ、馬場に会いたいという気持ちだけは確かだった。
腕時計を見ると、馬場との電話を切ってから5分が経っていた。 新大阪から我孫子前までは、少なくとも40分以上かかる。
対してここから我孫子前までは、自転車なら10分足らずで着く。
 「・・・ゆっくり、行くかな」
誰にともなくそう呟いて、幸佑は跨っていた自転車から降り立った。 そのままゆっくりと自転車を押しながら、舗道にかかる街路樹の木陰をなぞるように歩き出した。
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風に吹かれて(#208)

2022-03-04 18:07:35 | RUN&GUN風土記
診察の結果は、やはり風邪だろうとのことだった。
再び待合室で会計を待つ幸佑の周囲から一人、また一人と患者がいなくなっていく。 もうすぐ午前の診療時間が終わるため、いつの間にか待合室には幸佑だけになった。
 「米原さん、お待たせしました」
受付から沙季の声が聞こえて、幸佑は速やかに立ち上がった。 会計を済ませると、今度は白い薬袋を手渡される。
 「うちは院内処方なの。 これ、毎食後に飲んでくださいね。 あと、保険証お返ししますね」
差し出された保険証を受け取ろうとしたとき、沙季の後ろから洋介の声が聞こえた。
 「今日は米原くんの誕生日なんだね」
どうやら保険証に記載してある生年月日を見たらしい。 だが当の幸佑は、洋介に言われるまで今日が誕生日ということをすっかり忘れていた。
 「あ、ほんとですね。 すっかり忘れてました」
 「そうなの? あ、そうだ。 誕生日プレゼントにはささやかすぎるけど、これ良かったら持ってってよ」
そう言いながら、近くの棚から洋介が何かを差し出した。
 「熱がある時に使うと気持ちいいよ」
どうやら額に貼る冷却シートらしい。 幸佑は礼を述べて、ありがたく受け取った。
 「何歳になったの?」
 「29歳です。 もうじき30です」
 「そうか・・・。 初めて君と出会ったのは25歳の頃だったから、もう4年も経つんだね」
 「そうですね・・・」
あの頃のことを思い出し、幸佑の顔から笑みが消えた。 思えば、雄也の闘病生活はあの時に始まったのだ。
微熱とだるさを訴えながらも仕事を続け、ようやく受診したらいきなり入院となり、いったん退院したものの今度は末期の肝臓癌で・・・。
 「・・・・・・・・・」
沈んだ表情で黙ってしまった幸佑の心中を感じ取った洋介が、ふと話題を変えた。
 「・・・もう少ししたら、桜の季節だね。 なぜだか新宿総合病院の桜の樹を思い出したよ。 米原くんが入院してた時、病室へ行くといつもあの樹が見えてたなぁ」
洋介にしてみれば、何でもないことなのだろう。 しかし幸佑にとってあの桜の樹は、特別な思い入れがあるものだった。
 「——雄也も、あの樹をいつも見てました」
 「え、雄也くんが?」
 「はい。 あの樹を見たら、俺を思い出してほしいって。 いつも、見守ってるから・・・って」
雄也の最期の手紙が脳裏に蘇り、思わず目頭が熱くなる。 震えそうになる声をのみ込み、口元を押さえて必死に堪える幸佑へ、優しく洋介が語りかけた。
 「・・・雄也くんの言ったことは、嘘じゃないかも知れないよ」
 「えっ」
ふと顔を上げた幸佑の目に、沙季のお腹へ手を当てた洋介の姿が映る。
 「沙季のお腹には、僕たちの子どもが宿ってる。 それも、男の子だそうだ。 8月に生まれる予定なんだ」
 「8月・・・。 雄也も8月生まれなんです。 8月23日です」
幸佑の言葉を聞いて、洋介と沙季が驚いて顔を見合わせた。
 「実は、この子の予定日も8月23日なんだよ。 すごいな、これはもう運命を感じるね」
 「ほんとですね・・・」
洋介の言うように、幸佑も不思議な縁を感じた。 思えば、こうして洋介たちと再会できたのがこのタイミングというのも、運命と言えるのではないだろうか。
 「本当に、この子は雄也くんの生まれ変わりかもしれないね。 だからこうして米原くんにもまた巡り会わせてくれたんだよ、きっと」
感慨深そうにしみじみ語る洋介を、沙季がまじまじと見つめて呟いた。
 「・・・へぇ、洋ちゃんそんなこと言うようになったんだ。 昔は運命だの生まれ変わりだの、そんなのあるわけないって鼻にもかけなかったのに」
 「いやその、まぁそういうこともあるかもなって気になっただけで・・・」
沙季の鋭い突っ込みを受けてしどろもどろになる洋介を見て、沙季と幸佑が笑った。
 「そんなに笑うなよ。 俺はもう昔とは違うんだ」
 「そうね、ようやく人間らしくなったわよね」
 「どういう意味だよそれ。 俺は昔も今もれっきとした人間だ!」
 「あら、それは失礼。 それじゃあ昔は感情欠落した欠陥人間だったのが、今は普通の人間になったわけね」
 「おまえなぁ・・・あんまり本当のことズケズケ言うなよ。 俺だって傷つくんだぞ」
 「いいわね! あなたが傷つくとこなんて見たことなかったから、もっと見せて!」
 「いい加減にしろ!」
夫婦喧嘩なのか、仲の良さを見せつけられているのかもはやわからないが、二人の明るいやり取りを見ているうちに、幸佑の心がほんのり温かくなった。
思えば、総合病院にいた頃は洋介のこんな表情は見たことがなかった。 優しかったが、どこか無常感を漂わせていて、笑っていてもまるで笑顔の仮面をつけているような感じだった。
だが今目の前で沙季とともに声を上げて笑う彼は、心の底から幸せそうな笑顔をしている。
幸佑は、なんとも不思議な業を感じた。
誰もが羨む大都会の大病院にいるより、地方都市の片隅で細々と町医者をしている方が、身も心も満たされている。
洋介の様子を見ていると、そんなふうに思えた。
カネや地位がすべてではない。 目には見えないもの、形のないものの方が、人を幸せにできるような気がした。
 「・・・あの、今日はお世話になりました。 これ、ありがとうございます」
相変わらず夫婦漫才のような掛け合いをしている洋介たちに、幸佑が冷却シートをかざして告げた。
 「あっごめんごめん、そうだった。 きみは熱があるんだったね。 早く帰って、ゆっくり休んで」
 「はい。 また何かあったら、よろしくお願いします」
 「うん、まぁ何もないことを願うけどね」
 「お子さんが生まれたら、見に来ていいですか?」
 「もちろん! 沙季ともども待ってるよ」
 「ええ、ぜひ来てね」
 「それじゃ・・・」
手を振る洋介たちに会釈を残し、幸佑は医院を後にした。
体はまだだるいし頭も重いが、心はずいぶん軽くなった幸佑は、自転車に跨ると家への道を走り出した。
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風に吹かれて(#207)

2022-02-01 16:47:53 | RUN&GUN風土記
幸佑が東京を去ってしばらくは、色々なマスコミ媒体が連日テレビや週刊誌、SNSなどで、突然蒸発した話題の役者についての報道を繰り返していた。
だが人の噂も75日とはよく言ったもので、3ヶ月が経つ頃にはもうほぼ話題にのぼらなくなった。 
時折思い出したかのようにどこかのマスコミがふと記事にする程度で、やがてそれもなくなり、米原幸佑という人間が芸能界から完全に消え去るのにそう時間はかからなかった。
そうして幾度か季節は移ろい、何度目かの早春。
その日、幸佑は朝から体のだるさと悪寒を感じたため検温したところ、37.4℃の微熱があった。
脇から抜き取った体温計のデジタル表示を見て、ひとつため息を吐く。 無理をすれば仕事へは行けるが、咳も出るため、接客業の職場に出るのはどうにも気が引ける。
 「・・・どうしよかな・・・」
そう呟きながら時計を見ると、まだ8時前。 とりあえず仕事場へ電話して様子を告げると、今日は休むようにと言われた。
全身に鉛がついたようなだるさと闘いながら、どうにか布団から出る。 
部屋から廊下へ出ると、リビングから両親の声が聞こえた。 今日は二人とも仕事は休みのようだ。
 「あれ幸佑、まだそんな恰好で。 今日は仕事休みか?」
 「んー・・・、ちょっと風邪ひいたみたいやねん。 熱もあるし、病院で診てもろてこうかな」
少し驚いた房美が、幸佑の額に手を当てた。
 「ほんまやな、熱あるわ。 でも今日は木曜やから休みのとこ多いんちゃうか」
 「あ、そっか。 おっきい病院ならやってるけど、たかが風邪でそんなとこ行くのもなぁ・・・」
どうしたものかと迷っていると、横から秀夫がそういえば、と話しかけてきた。
 「長居公園のとこに新しい医院ができてんけど、そこは木曜もやってるで。 会社の後輩が行ったらしいわ」
 「長居? 駅の近くなんかな」
 「駅からはちょっと離れてるらしい。 行くんなら詳しい場所調べたるわ」
幸佑の家族は車を持っていない。 そのため移動は徒歩か自転車、公共交通機関になる。
ここから長居まで自転車だと15分はかかるが、駅から遠いのなら自転車の方が便利だ。 少々しんどいが、幸佑は自転車で行こうと思った。
 「ほら、これが場所や」
 「ありがと。 ご飯食べたら行ってくるわ」
食欲はあまりないが、それでもせっかく房美が用意してくれてある朝食を食べるため、幸佑は食卓に着いた。


 「えっと、この辺やけど・・・」
秀夫に教えてもらった住所を頼りに長居公園の付近をうろうろしていると、路地の入口に「平岡医院」という小さな看板があるのを発見した。
 「あ、きっとこれやな」
看板の矢印に沿って進むと、真新しい建物が目に入った。 玄関にはやはり「平岡医院」の名前が掲げられている。
自動ドアから中に入り、受付カウンターへと進む。 初めての場所なので知らず知らずキョロキョしてしまう。
すると、受付から女性に声をかけられた。
 「こちらで受付をお願いします。 初めて受診されますか?」
 「あ、はい。 これ保険証です」
関西訛りのない、スラリと背の高いその女性は、保険証を見るなり目を見開き、保険証と幸佑の顔を何度も見比べた後、おもむろに問いかけてきた。
 「米原・・・幸佑さん・・・? 以前、東京の新宿総合病院に入院されてた・・・」
自分の過去をピンポイントで言い当てられた幸佑は驚いだ。 改めて目の前の女性を見て見る。 そういえば、どこかで見覚えがあるようなないような・・・。
すると、いつの間にか幸佑の隣に立っていた人物が、女性に向かって何か用件を告げた。 
受付に突っ立ったままの自分が他の人の邪魔をしていることに気づいた幸佑は、速やかにその場を離れようとした。
 「あの、初診の場合はこの問診票の記入をお願いします」
そう声をかけ慌てて一枚の用紙を差し出したその女性は、その後は他の患者の対応に追われて、それきり幸佑に話しかけてくることはなかった。
問診票のいくつかの項目に記入しながら、幸佑は女性のことを思い出そうとしたが、やはり誰だったかわからない。 
書き終えた問診票を再び受付へ提出したが、そこにはさっきとは違う小柄な別の女性が立っていた。 ただでさえ熱で頭がぼーっとしている幸佑は、もうそれ以上考えるのを諦めて待合室の椅子に腰かけた。
それからしばらくして、幸佑の名前が呼ばれた。 診察室と書かれた部屋のドアを開けると、医師と向かい合う形で丸い小さな回転椅子が置かれている。
 「・・・米原くん、久しぶりだね」
腰を下ろそうとした幸佑に、ふと声がかかる。 反射的に見ると、そこには雄也の主治医だった洋介の姿があった。
 「え、平岡先生・・・? ここって、まさか」
 「そう、1年ほど前に開業したんだよ。 米原くんとは実家が近いって聞いてたから、いつか来てくれるんじゃないかって思ってた」
 「総合病院は・・・」
 「・・・退職したんだ。 雄也くんを見送ったすぐ後にね。 その後こっちへ帰ってきたんだ」
ふと、頭の中で何かが繋がった。 さっき受付にいた女性は、かつて総合病院で洋介とよく一緒にいるのを見かけた女性ではなかったか。
 「あの、受付にいる背の高い女性は」
 「ああ、僕のカミさんだよ。 覚えてないかい? 総合病院で検査技師してたんだ」
そうだ、思い出した。 雄也に付き添って色んな検査をした際、スタッフとしてそこにいたことを。 洋介とよく一緒にいたのは、つまりそういう関係だったということだ。
 「そうだったんですね。 いつ結婚されたんですか?」
 「こっちに来てすぐの頃かな。 まぁ籍を入れただけで、式も何もしてないんだけどね」
診察もそっちのけで世間話をしているところへ、当の沙季が書類を持ってやってきた。
 「やっぱり米原さんだったのね! 3年ぶりくらい? 元気そうで何より」
 「おいおい、診察にきたんだから元気ってわけじゃないだろ。 そうだ、今日はどうしたの? 問診票には熱とだるさって書いてあるけど」
ここにきてようやく本題に入った洋介を見て、ふっと微笑んだ沙季が書類を置いて静かに立ち去った。
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風に吹かれて(#206)

2021-12-12 23:23:35 | RUN&GUN風土記
上がり框に座り込んで激しく号泣する幸佑を、秀夫と房美がじっと見守っていた。
やがて嗚咽が小さくなり、鼻をすする音だけになった頃、秀夫たちは幸佑を立ち上がらせてダイニングへと移動させた。
 「・・・雄也くんは、いつ亡くなったの」
ようやく少し落ち着きを取り戻した幸佑に、ゆっくりと房美が尋ねた。
 「3日前・・・。 今日が葬儀やってん」
かすれた声で幸佑が答える。 房美たちの表情が、さらに痛ましげに歪んだ。
 「雄也くんがガンでもうあかんっていうのは聞いてたけど、こんなに早いとは・・・」
 「・・・・・・・・・」
膝の上に置いた骨壺を、幸佑が無言でぎゅっと抱え直す。 もう涙は零れなかったが、沈痛な面持ちの幸佑が房美たちの目に哀しく映る。
 「今日が葬儀・・・葬儀が終わってから来たんか? それにしてはえらい早いような・・・」
ふと何か思いついたようにそう言った秀夫が、幸佑の周りをキョロキョロ見渡した。
 「それに、おまえ荷物は? まさか骨壺だけ抱えてきたわけちゃうやろ」
秀夫の言葉にいったん顔を上げた幸佑だったが、また無言で俯く。 秀夫の言葉と幸佑の様子に、不安そうな表情になった房美も重ねて尋ねる。
 「あんたまさか、みんなに何も言わんと戻ってきたんか?」
 「・・・・・・・・・」
返事はなかったが、おそらく図星だろう。 房美たちが険しい顔になった。
 「あんたの気持ちもわからんでもない。 でも、お世話になった人たちに何も言わんと来るのはあかんやろ。 きっと今頃みんな心配してはるわ」
 「・・・・・・・・・」
 「せめて電話だけでもしとき。 お骨かて、いつまでも持ってるわけにいかへん。 ちゃんとお墓に入れなあかんのやし」
房美のその言葉を聞いて、不意に幸佑が顔を上げた。
 「お墓・・・。 なあ、雄也をうちの墓に入れてあげてくれへん?」
 「え?」
驚いた房美たちが同時に訊き返す。 
 「東京の無縁塚に入れられるなんて、雄也が可哀想や。 故郷の大阪で、うちの墓で安らかに眠らせてあげたいねん」
 「幸佑・・・」
 「な、頼むわ。 そうしてあげてや」
 「でも、雄也くんとこもお墓あるやろ」
 「あるやろけど、どこにあるかわからんし、もう管理もされてへんと思う。 雄也自身もどこにあるか知らんって言うてたし」
 「・・・・・・・・・」
複雑な表情で考え込む秀夫たちに、身を乗り出した幸佑が頭を下げる。
 「お願いや、入れたって。 費用なら俺が出すから」
懇願する幸佑へ、静かに秀夫が語りかける。
 「・・・雄也くんがそう言うてたなら、自分とこの墓に執着はないんやろな。 それにそんなとこに入っても、後の管理もされんままでは、確かに可哀想や」
秀夫の言葉を聞いて、隣の房美も小さく頷いた。
 「そうやね。 それに、雄也くんはうちの家族みたいなもんやしね」
頷き合う両親を見て、幸佑が目を赤くしたまま笑顔を浮かべた。
 「じゃあええねんな? うちの墓に入れてくれるねんな?」
 「ああ、そうしなさい。 費用のことは心配せんでええから」
 「ありがとう・・・ありがとう、父さん母さん・・・」
嬉しさで、再び幸佑の目が潤んだ。 そんな彼へ、房美が声をかける。
 「その代わり、ちゃんと東京のみなさんへ連絡するんやで。 お墓のことも含めて」
 「うん・・・わかった・・・」
そう答え、ようやく骨壺箱を脇に置いた幸佑が、ポケットから携帯を取り出すのを見て、房美たちはほっと息を吐いた。
 「ちょっとお茶でも淹れてくるわ」
安心した房美が、そう言ってキッチンへと向かう。 秀夫も姿勢を緩め、リラックスした体勢になって幸佑を見守った。
切ってあった電源を入れると、途端におびただしい着信履歴が目に飛び込んできた。
着信元は、元マネージャーの佐々木だったり、馬場だったり。 その数はおよそ数十回にのぼっている。
留守電にも、幸佑どこにいる、戻ってこい、大丈夫か・・・など、幸佑を心から心配している様子が窺える。
それを見た途端、こんなに自分を心配してくれる人がいることに感謝すると同時に、そんな人たちにとんでもない迷惑をかけてしまったことを激しく悔やむ。
自分のしでかしたことを思い、ギリリと唇を噛む。 動揺していたとはいえ、自分は何て浅はかなことをしてしまったのだろう。
後悔しきりな心を持て余しながら、いくつもある着信履歴の中から佐々木のナンバーをタップした。
RRR・・・
何度目かのコールの後、勢い余ったような音とともに佐々木の声が聞こえた。
 『幸佑? おまえどこにいるんだ!? 心配したんだぞ!』
 「佐々木さん・・・すいません」
 『詫びは後だ、どこにいるんだ』
 「・・・大阪です」
 『なんだって!?』
 「とっさに、帰ってきちゃいました・・・」
 『・・・そりゃいくらその辺探してもいないはずだわ』
ふぅ、と大きなため息が電話越しに聞こえた。 それを聞いて、幸佑はさらに申し訳なさで胸がいっぱいになった。
 「すいません、ほんとに。 つい衝動的に飛び出してきちゃって・・・」
 『とりあえず無事だったから、まぁいいさ。 それより、馬場さんにも連絡しとけよ。 あの人もすごく心配して、ずっと一緒に探し回ってくれたんだ』
 「馬場さんが・・・」
幸佑の胸が、ぎゅっと締め付けられた。 何の損得勘定もなしにこんなに自分を心配してくれるのは、この佐々木と馬場だけだ。
そんなかけがえのない人たちを、自分の身勝手な行動で振り回してしまったことを、今さらながら深く反省する。
 『それと、三宅さんが今後の手配をどうすべきか心配してる。 おまえ、雄也くんの遺骨も持ってってるんだろ? 納骨もあるし、やっぱり戻ってこいよ』
 「あの、それなんですが・・・」
先ほどの墓の件を、簡潔に佐々木に伝える。 最初は驚いた様子だったが、雄也のためにはそれが一番良いと彼も思ったらしく、最後には納得してくれた。
 『まぁ俺が納得しても仕方ないけど、三宅さんもきっと同じように思うだろう。 この件は伝えとくよ』
 「お願いします」
 『よし、わかった。 とにかくおまえが無事でよかった。 ご両親のもとにいるなら、もう安心していいな?』
 「はい、大丈夫です」
力強くそう答えると満足したように佐々木も頷いて、電話は切れた。
余韻にひたる間もなく、幸佑が再び馬場のナンバーを呼び出す。
 『幸佑か?』
呼び出し音がしてすぐ、馬場の声が聞こえた。 その瞬間、再び幸佑の胸に申し訳なさが押し寄せてきた。
 「馬場さん・・・すみません、ご心配おかけして」
 『――どこだ?』
 「大阪の実家にいます。 雄也も一緒です」
幸佑の答えを聞いて、小さく息を吐く音が聞こえた。 幸佑の心がさらに委縮する。
 「あの・・・本当にすみませんでした。 何も言わずに飛び出してしまって・・・」
申し訳なさのあまり、つい小声になる幸佑の言葉にじっと耳を傾ける馬場。 しばらくそのまま何も言わずにいたが、ようやく言葉を絞り出した。
 『・・・・・・このまま、大阪にいるのか? もうこっちには・・・戻らないのか』
 「わかりませんが、多分・・・」
おそらくもう東京には戻らないだろう。 あの街には思い出がありすぎて、今の幸佑には辛いことばかりだ。
いつかこの大阪のように、思い出しても痛みを感じず、懐かしさだけを感じれるようになるまでは。
そんな幸佑の胸の内を感じ取ったのか、馬場はもうそれ以上問いかけてくることはなかった。
 『・・・・・・寂しく、なるな』
 「え・・・」
ぽつりと零された馬場の言葉に、幸佑が反応する。 今、寂しいと言った・・・?
 『おまえが役者を辞めると聞いた時にも感じたが、もう会えないとなると、一層・・・』
 「馬場さん・・・」
 『・・・いや、何でもない。 おまえが決めたことだ』
心の寂寥感を振り切るように、少し強い口調でそう言い切った馬場が、檄を飛ばす。
 『前にも言ったが、おまえは弱い人間じゃない。 でも人に弱い面を見せる強さも必要だ。 心から信頼できる人間にはな』
 「弱い面を見せる強さ・・・」
 『強がるのは、本当の強さじゃない。 そこを間違うな』
馬場の言わんとすることが、はじめはわからなかった。 だが雄也に対してそういう面を見せていたか考えた時、胸に衝撃が走った。
雄也に、自分の弱い面は見せていなかった。 いつだって強がって、何でもない風を装っていた。
その結果、雄也を失うことになってしまったのだとしたら。
もっと彼にすがりついて、検診を受けろと泣いて懇願すればよかった。 おまえを失うのが何よりも怖いと。 
そうすれば、結果はもっと違ったものになっていただろうか・・・。
だが、もう遅い。 すべては手遅れだ。 雄也はもう戻ってはこない。
もう同じ轍は踏むなと、馬場が教えてくれているような気がした。
 「・・・・・・ありがとうございます、馬場さん。 あなたが俺にしてくれたこと、忘れません」
 『俺は何もしていない。 おまえの受け止め方次第で、そう感じるだけだ』
相変わらず、馬場は飄々としている。 おそらく最後になるであろう今でさえ、そのスタイルは変わらない。
ふと、幸佑が呟く。
 「・・・馬場さんも、弱い面を見せられる人に出会ってください。 いえ、出会えることを祈ってます」
 『幸佑・・・』
少し驚いたような声の馬場に、再び礼を告げる。
 「とにかく、本当にありがとうございました。 俺が東京で今までやってこれたのも、あなたがいてくれたおかげです。 またいつか、お会い出来たら嬉しいです」
 『・・・ああ、それまで元気でな。 じゃあ、またな』
見えているはずのない馬場に、携帯を持ったまま最敬礼する。 やがて通話が終わっても、しばらく幸佑はそのまま頭を下げ続けた。 
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