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腐女子&妄想部屋へようこそ♪byななりん

映画、アニメ、小説などなど・・・
腐女子の萌え素材を元に、勝手に妄想しちゃったりするお部屋です♪♪

SOTUS・Season3(§186)

2024-06-24 20:23:14 | SOTUS The other side
オーシャンエレクトロニック社の購買部に、部長のダナイをはじめトードたち部員あてに真っ白な封筒に入った招待状が届いた。
高級な二つ折りの厚紙を広げると、そこにはサイアムポリマー社の新社長就任披露パーティーの案内と、出席を要請する内容の文章が印刷されていた。
「ーーそうか、とうとうコングが社長になるんだな」
しみじみとした口調でまずそう呟いたのはトードだ。
「いろんな経験を積んで、きっと素晴らしいリーダーになるでしょうね」
トードの言葉に頷きながら、アースが微笑みを浮かべる。
「アーティットも一緒に出席するのかなぁ? 二人のラブラブぶりをリアルで見れるのかしら♡」
やけに嬉しそうに目を輝かせてそう話すのは、相変わらずのソムオーだ。
「これは公式なパーティーなんだから、そんなことにはならないでしょうよ。 まぁアーティットはコングの秘書だから同席はするだろうけど」
いつものように呆れつつも、アースがそう説明をしてやる。 するとつまらなそうにソムオーが口を尖らせた。
「え~、つまんないなー。 あ、そうだ。 ねね、アース先輩はどんな服着ていきます? わたし新しいドレスを買いに行こうかなぁ」
さっきまでの表情とは打って変わり、今度はきゃらきゃらと楽し気に話すソムオーの変わり身の早さに、アースもトードも思わず苦笑いを零した。
「あ、そうそう。 俺もアース先輩もパーティーに出席するから、Babyを母さんにお願いしとかないとな」
トードとアースには、昨年末に第一子となる女児が誕生した。 名前はShineと言い、彼女の人生が光り輝くものになってほしいという思いが込められている。
育児休暇も取らず、産後三ヶ月でアースは職場復帰を果たした。 トードや周りの人々は休暇を取るように勧めたが、両家の家族の理解と協力もあって、アースの希望どおり仕事に復帰した。
(私この仕事が好きなの。 もちろん子供も愛してるわ。 だから両方大事にしたいの)
まだShineが生まれる前から、常々そう口にしていたアース。 そんな彼女の希望を、トードたち家族が尊重した結果だ。
普段はトードとアースどちらかの家族がShineを見ていて、休日はトードたちが面倒を見ることになっている。
「再来週の土曜日だったら、わたしのお母さんが見てくれると思うから、頼んでおくわね」
「ねっ、もちろんサットも行くわよね?」
先ほどから何も言わずに手の招待状を見つめているサットへ、何気なくソムオーが声をかける。 えっ、と反射的に顔を上げたサットが、無意識に招待状を隠すような仕草をしたのをソムオーが目ざとく見た。
「なにを隠したの? 見せて見せて~!」
すかさずサットの席までやってきて、あっという間に隠された招待状を抜き取る。 こういう時の彼女は、仕事中の動作とは雲泥の差の素早さだ。
「あら、奥さんにも招待状? 夫婦で招待されるなんてすごいじゃない!」
「もう、返してくださいよ!」
2枚ある招待状を楽し気に見ていたソムオーの手から、サットが素早く取り返す。 と同時にそそくさと封筒にしまい込んだ。
「もしかして照れちゃった? かわい~♡」
サットの行動を照れ隠しと捉えたソムオーが、ニヤニヤしながらからかう。 しかしサットは、そんなソムオーの勘違いに内心ホッとしていた。
どうやらソムオーに見られたのは、妻であるパラニー宛のものだけで、サット宛の方は見られなかったらしい。
「・・・ちょっと、コーヒー飲んできます」
「あら、逃げちゃった。 当日は奥さんとのラブラブぶりが見れるの期待してるからね~!」
「ソムオー、もうそれくらいにしときなさいな」
いつまでもからかいの手を緩めないソムオーに、アースが呆れ気味の口調でたしなめた。 そんな彼女たちのやり取りを背中で聞きながら、さりげなく招待状の封筒を手にしてサットが部屋を出て行った。
「・・・・・・・・・」
誰もいない給湯室で、おもむろに封筒から招待状を取り出す。
サットに宛てられた招待状の末尾に、手書きの文字がしたためられている。 そこにはこう書かれていた。
  できればこの就任披露パーティーで、きみをわが一族の一員として皆に紹介したかった。
  コングポップの兄弟として、華々しい人生をともに歩んでほしかった。
  だが君はそれを望んでいない。 
  しかしそれではどうしてもわたしの気持ちが収まらない。
  たったひとつだけ、わたしの要望をどうか聞き入れてもらえないだろうか。
  当日、会えるのを楽しみにしているよ。
文章の最後には、グレーグライのサインがあった。
「要望・・・」
ふと口に出してみる。 文面にはそれが何なのか書かれていない。 当日、サットに直接伝えるつもりだろうか。
サットにしてみれば、グレーグライの息子という実感がいまだに湧いていないのが正直なところだった。
だから当然、サイアムポリマー社の後継者であるコングと同等の場所に立つなど、ありえないことだしそのつもりもまったくない。
だが書面にもあったように、サットのこの気持ちはグレーグライもすでに知っている。
ではグレーグライは他にいったい何を望んでいるのだろう?
「・・・・・・・・・」
しばし招待状をじっと眺めてそんなことを思っていたが、ひとつ小さなため息を吐いてゆっくりと封筒にしまった。
いずれにせよ、当日になればわかることだ。 
そう気持ちを整理して、サットはコーヒーメーカーに手を伸ばした。
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SOTUS・Season3(§185)

2024-03-21 22:13:23 | SOTUS The other side
「・・・先輩、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」
社長室のドアの前で固まっているアーティットへ、ふっと微笑んだコングが優しく話しかける。
「べ・・・べつに緊張してなんか」
図星を言い当てられたときのアーティットの態度。 少し口を尖らせて、ぼそぼそと口の中で言葉を濁らせる様が、何度見ても可愛い。
普段はしっかりしていて、時に厳しいことも言う。 いかにも先輩然とした彼の、全然違う一面。 
いわゆるギャップ萌えというやつだが、それよりもこんな面を見せるのは自分にだけだという優越感にも似た思いが、今またコングの胸を甘く満たしていく。
「――なに見てんだよ」
コングの胸の中などわからないアーティットには、ニヤついた顔で自分の顔をじっと見つめるコングが訝しく感じられたらしく、やや不機嫌な声音を出した。
しかしこんなやり取りももういつものことなので、安定のルーティンを確認したコングが満足げにドアをノックした。
「――入りなさい」
グレーグライの穏やかな声を聞いて、アーティットとコングが入室する。 重厚なドアがゆっくり閉まると、グレーグライが掛けなさいと言いながらソファを指し示した。
コングたちが腰を下ろしたのを見届けて、グレーグライもその向かいに腰を下ろす。 
「――今日は、おまえたちに大事な話があるんだ」
表情は穏やかなまま、グレーグライがそう切り出すと、コングとアーティットが何だろうというように顔を見合わせた。
「コングポップがうちの会社に戻り、次期経営者としての実地研修に取り組み始めてから、早いものでもうすぐ1年が経つ。 わたしの目から見てまだまだ未熟な部分もあるが、それでもかなり頑張ってきたと思う。 正直、この短期間でここまでやるとはわたしも思っていなかった。 嬉しい誤算だ。 よくやった、コングポップ」
「父さん・・・」
人前で息子を労うようなことは滅多に言わないグレーグライが、目の前で今はっきりと努力を認め、さらに褒めてもくれた。 コングは嬉しさのあまり、言葉を喪った。
そんなコングを、目を細めたアーティットが隣で見つめる。 自分のことのように、アーティットもまた胸に広がる喜びを嚙みしめた。 
「これも、アーティットくんがそばでコングポップを支えてくれたおかげだと思う。 あらためてお礼を言わせてほしい」
ありがとう、と頭を下げるグレーグライを、慌ててアーティットが阻止する。
「僕は何もしてません、すべてコングポップの努力の結果です。 僕から見ても、彼はよく頑張ったと思います」
とにかく頭を上げてください、というアーティットの必死の説得で、グレーグライがようやく頭を上げた。
「でもやっぱり先輩がいてくれたからっていうのは大きいです。 俺にとってどれだけ励みになったか」
隣でしみじみとそう呟くコングを見る。 愛おしそうに自分を見つめるコングと目が合うと、途端に気恥ずかしくなって目が泳いでしまう。
そんな二人の様子を微笑ましく見つめていたグレーグライが、おもむろに口を開いた。
「・・・4月になったら、正式にコングポップをわたしの後継者として皆にお披露目しようと思う。 そしてその場で、アーティットくんのことも正式にコングポップのパートナーとして紹介する」
「えっ」
それまで優しい眼差しでアーティットに注いでいたコングの視線が、一瞬でグレーグライに移る。 今何を言われたのか、すぐには理解しかねているようだ。
「・・・では、いよいよコングポップが社長に・・・」
言葉が出ないコングの代わりに、アーティットが静かに告げる。 驚いた様子のコングとは対照的に、落ち着いた様子でそう尋ねるアーティットを、グレーグライが少し意外そうに見た。
「――おや、驚かないね。 もしかしてもう予想がついてたのかね?」 
「あっ、いえ・・・」
不意に指摘され、とっさにアーティットが口ごもる。 
「そういうわけでは・・・。 ただ、職場の人がそんな噂をしてるのを耳にして」
先日リーザが言っていたことをそのまま伝えると、グレーグライが微かに眉を顰めた。
「そんな噂がたっていたとは・・・。 いったいどこから漏れていたのか」
はぁ、とため息を吐くグレーグライの様子が、何だかアーティットの目には違和感として映る。
それは単に公開すべき情報が予想外に漏れ広がってしまったというだけにしては、妙に大げさすぎる気がした。
「・・・あの、何か気になることでも・・・?」
ためらいがちにそう尋ねると、やや心配そうな目をしたグレーグライが口を開いた。
「何か嫌な思いはしなかったかね? コングポップときみとのことについて、口さがないことを言う人間はいなかったかね」
「えっ」
「かつてのわたしのように、同性愛に対して偏見を持つ人間は残念ながらまだいる。 わが社の社員にだっているだろう。 だからこそわたしの口からきみたちのことを公言し、そういう人々に対して偏見をなくし理解を求めるよう進言するつもりだったんだ」
「グレーグライさん・・・」
真剣な目で訥々と語るグレーグライを、目を見開いたアーティットが見る。 
そんなにまで自分たちのことを考えてくれていたと知って、感動にも似た思いが胸に押し寄せた。 思わず目頭が熱くなる。
「――どうした? 気分でも悪くなったかね?」
反射的に俯いて唇を噛みしめ、小刻みに震えそうになる体を鎮めるよう両腕を抱えたアーティットの様子が、グレーグライの心配を搔き立てた。
「いえ、・・・」
だが声を出すと涙声になりそうで、それ以上アーティットは言葉を発することができない。 そんな彼の心境がわかったのか、コングがそっとアーティットの肩を抱いた。
「大丈夫ですよ父さん。 先輩はきっと嬉しいんです。 父さんがこんなに俺たちのことを考えてくれてたってことが。 俺だってすごく嬉しい」
「コングポップ・・・アーティットくん・・・」
俯いたままぐいっと手で両目をぬぐったアーティットが、潤んだ眼で顔を上げてグレーグライをまっすぐ見つめた。
「――ありがとうございます。 ・・・お父さん」
今度はグレーグライが目を見開いた。 
ずっと自分のことを父と呼ぶよう言ってきたが、滅多にそう呼ぶことはなかったアーティット。 それがいま、はっきりと彼の口から『お父さん』という言葉が紡がれた。
それがグレーグライの胸を打った。 
「・・・ありがとう。 父さんと呼んでくれて、わたしも嬉しいよ。 これでようやく、わたしたちが本当の家族になったのだと実感できたよ」
優しい眼差しでしみじみと告げるグレーグライを、同じく微笑みを浮かべたアーティットとコングが見つめる。
そこには揺るぎない愛情と、家族という強い絆が静かに、だが確かに存在していた。 誰からともなく頷き合い、やがておもむろにグレーグライが口を開いた。
「・・・では、お披露目会の詳しい日程など、決まり次第秘書からまた連絡させることにするよ」
「わかりました」
清々しい声でそう答えたアーティットとコングを見て、グレーグライが満足そうに深く頷いた。  


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SOTUS・Season3(§184)

2024-01-21 01:07:14 | SOTUS The other side
時は流れ、アーティットがサイアムポリマー社で働くようになって1年近くが過ぎた。
この間に、アーティットの周囲では色んな事が起こった。
まず、サットが結婚した。
彼女の両親に反対され、一時はどうなることかと思ったが、グレーグライの尽力でその危機を乗り越え、半年ほど前にめでたく結婚式を挙げた。
サットから結婚式に出席してほしいと懇願されたグレーグライだったが、それを丁重に辞退した。
サットにしてみれば恩人であり父親でもあるグレーグライに出席してほしかったのだろうが、彼のことを公にしていない状態で、しかも表面上特に懇意にしているわけでもない関係のまま出席するわけにいかなかった。
一般人ならそれでも問題はないかも知れないが、グレーグライは色んな意味で著名人だ。 父親として息子のハレの日を祝いたい気持ちはもちろんあったが、苦渋の決断でそれを押し殺したのだった。
そして次に、あのリーザが結婚した。 相手は、なんといつかの暴漢男だ。 現在総務に在籍しており、名前をライアンという。
はじめは互いに犬猿の仲状態だったが、リーザが態度を改め、かつてライアンに対して行ったひどい対応を謝罪した。
するとライアンも、いくら腹を立てていたとはいえ自分のしたことは間違っていたと、あらためてリーザに詫びた。
そこからは自然な流れで付き合うようになり、つい一ヶ月ほど前に結婚式を挙げた。
みんなから祝福され、ライアンの腕にすがりつきながら嬉し涙を流すリーザを見て、人はこんなにも変われるのかと妙に感心したものだ。
つい最近新婚旅行から帰ってきて、今は目の前の席でいつものように仕事に没頭しているリーザを何となく見つめていると、不意に顔を上げた彼女と目が合った。
「なに?」
「あ、いや。 幸せそうだなぁと」
焦りからとっさに口を突いて出た言葉だったが、案外的外れでもなかったのか、少し照れくさそうにリーザがはにかんだ。
「いやね、からかわないでよ。 いまは仕事中なんだから」
まんざらでもなさそうなその様子が微笑ましい。 きっとライアンと仲良く新婚生活を送っているのだろう。
「そういうあなたも、コングポップさんと幸せなんでしょ。 もうすぐお披露目会するらしいじゃない」
「え!?」
予想外のことをいきなり言われて、アーティットが絵に描いたように椅子から落ちそうになった。
その様子を見たリーザが、呆れたように呟く。
「驚いたフリしちゃって。 初耳なわけでもあるまいし」
体勢を立て直しながらも、目を見開いて言葉もないアーティットを見ているうち、え、まさかとリーザが零す。
「ほんとに何も聞いてないの? ウソでしょ!?」
素直に驚愕の言葉を言うリーザに、しかしアーティットはどう答えてよいかわからないまま、無様に狼狽えるしかない。
すると、何か思うところでもあったのか、リーザがしまったというような顔をした。
「やだ、もしかしてサプライズだったのかしら? だからあえてまだ言ってなかったとか・・・。 だとしたら私、台無しにしちゃったかも」
聞かなかったことにして、と慌てて付け足したリーザが、そそくさと仕事に戻った。
アーティットにしてみれば、完全に初耳だった。 突然のことで心の準備ができていなかったせいか、本来なら喜ばしいことなのに戸惑いの方が強く前面に出てしまった。
だが、ふと脳裏にいつかのグレーグライの言葉が蘇る。 あれは確か、アーティットがサイアムポリマー社にやってきたばかりの頃だった。
(しかるべき時間を経てコングポップときみが充分成長したら、その時こそ二人のことを皆に正式に紹介したい)
その時はまだずっと先のことだと思っていた。 しかしつい最近、コングがいよいよ来年新社長に就任すると決まり、それに向けて様々なことが動き始めた。
その一環で、アーティットも来年度から秘書チームに異動することが決まったばかりだ。
「・・・・・・・・・」
遠い未来の話と思っていたことが、実際にはもうすぐそこまで迫ってきていることに驚嘆する。 同時に、武者震いがした。
この巨大な企業のトップに立つコングを、一番そばで支えるパートナーという立場の重さが、今またアーティットの肩に重くのしかかる。
覚悟はできていたつもりだった。 もう何度もその責任の重大さを自分自身に言い聞かせてきたはずだった。
「――くそ」
小さく口の中で己を罵倒し、頬を両手で叩く。 今さらもう後には引けないし、引くつもりもない。
ここまできてプレッシャーに押しつぶされそうになっている己の軟弱さに喝を入れ、ネガティブな気持ちを吹き飛ばそうと深呼吸を繰り返す。
少しずつ心が落ち着いてきたのを感じて、デスクに広げられた書類に目を落とそうとした時。 デスク上に置いていたスマホが振動してLINEの着信を知らせた。 トードからだった。
『アーティット、聞いてくれ。 俺たちにBabyができるんだ! 今年の年末に誕生する予定だから絶対見に来てくれよな!』
天使のイラストとともに送られてきたその文面からは、トードの幸せそうな様子がありありと見て取れる。
「そうか・・・良かったな!」
笑顔になったアーティットが、思わず呟いた。 するとその声に気付いたリーザが、どうかした?と声をかけてきた。
「あ・・・いや、トードに子供ができるらしくて。 今年の終わりくらいには生まれるとか」
「そうなの? それは良かったわね。 じゃあ子供のためにもますます頑張ってもらわなきゃね」
「だね」
ハッピーなニュースのおかげで、先ほどまでのネガティブな気持ちは完全に払拭された。
「トードに感謝だな・・・」
今度は誰にも聞こえないよう微かにそう呟くと、アーティットは静かにスマホをデスクに置いた。
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SOTUS・Season3(§183)

2023-11-12 01:33:37 | SOTUS The other side
「やあアーティットくん、待っていたよ」
少し緊張した面持ちでやってきたアーティットのもとに、製造部長のトゥルクが近づいてきた。
「トゥルク部長、これからお世話になります」
トゥルクに気づいたアーティットが、持っていた手荷物を素早くデスクに置いて深々と頭を下げながら挨拶する。
「いやぁ、まさかこうしてきみと同じ部署で仕事できるようになるとは思わなかった 。 とても嬉しいよ」
「僕も光栄に思ってます。 いろいろご指導よろしくお願いします」
そう言いながらお互いにしっかりと握手を交わす。 満足げに頷いたトゥルクが、アーティットの隣のデスクを指さして言った。
「今は会議中で席を外してるが、きみの隣はマックス、その向かいはリーザの席だ。 彼らも相変わらずここで頑張ってくれてるよ」
「はい・・・」
リーザの名前を聞いて、アーティットの胸に何とも言えない気持ちが広がる。
最初は、ただただ苦手だった。 好戦的で高圧的な態度、言葉を選ばないナイフのような鋭い口調。
初対面だというのにそれらを容赦なく投げつけられて、ひどく戸惑ったことは今も忘れられない。
だがそんな彼女が、暴漢に襲われた際に見せた意外な一面。 そして彼女を助けたアーティットたちに恩義を感じ、その恩返しをしてみせたこと。
その時思った。 彼女のあの過剰なまでの鉄面皮と他人を寄せ付けない冷徹な態度は、実は人一倍傷つきやすく脆い内面を隠すためのものじゃないかと。
そう考えてみると、不思議なことに彼女に対するアレルギー的な拒絶感がすうっとなくなった。
以前のアーティットのままなら、きっと同じ職場で働くなんて耐えられなかっただろう。
「ーーアーティットくん?」
いつの間にか感慨に浸ってしまっていたらしい。 何度かトゥルクに呼ばれていることに気づいて、はっと我に返る。
「あ、すみません。 何でした?」
「珍しくぼんやりしてたな。 マックスたちの他にも同じ部署の社員がいるから、紹介しておこうと思ってね」
トゥルクの言葉を聞いて、はじめて彼の隣に数人の人物か立っていることに気づいた。 順に名前と担当の説明を受け、軽く挨拶を交わす。
「お、マックスたちが戻ってきたようだ」
その声を聞いて反射的に振り返ると、こちらに向かって歩いてくるマックスとリーザの姿が見えた。
「アーティットさん、お久しぶりです。 これから一緒に頑張りましょう」
以前と変わらず人懐っこい笑顔を浮かべ、先に手を差しのべたのはマックスだ。
「はい、よろしくお願いします」
しっかりと握手を交わして頷き合う。 やがてマックスは自席に着き、それまで一歩下がった場所にいたリーザがゆっくりと前に出た。
「・・・一緒に仕事できるのが楽しみです。 よろしく」
いつものごとく挨拶がわりの皮肉が飛んでくるものと無意識に身構えていたアーティットは、予想外の態度に肩透かしを喰らった気分だった。
差し出した手を凝視したまま固まっているアーティットを、リーザが不思議そうに見る。 その気配にはっとしたアーティットが、慌てて握手しながら挨拶を返す。
「あ、こちらこそよろしくお願いします」
手を離して自席に戻り腰を下ろそうとしたリーザに向けて、とっさにアーティットが声をかける。
「あのリーザさん、あなたにお礼を言わなきゃ」
下ろしかけた腰を浮かせたまま、リーザがアーティットを見た。 そんな彼女のもとまで近づいて、アーティットがさらに続ける。
「以前僕が不在だったとき、トードとサットの代わりに入札手続きをしてくれたと聞いてます。 ずっとお礼を言わなきゃと思いながら、今まで言えてなくて」
どうもありがとうございました、と深々と頭を下げるアーティットに、ゆっくりと腰を下ろしたリーザが穏やかな口調で呟いた。
「気にしないでください。 困ったときはお互いさまだから」
意外なほど優しげな声音に思わず顔を上げたアーティットの目に、さらに意外なものが映った。
じっとアーティットを見つめ、口元にうっすらと笑みを浮かべている。 それは初めて見る彼女の笑顔だった。
「・・・・・・・・・」
あまりに予想外のものを立て続けに目の当たりにして、アーティットの動きが完全に止まってしまった。 それを見たリーザが、少し困惑ぎみに雫す。
「・・・そんなにびっくりした? そりゃ昔の私を知ってたら、今の私を意外に思うのも無理ないけど」
「あ、いやその・・・」
まさにその通りなので、たまらず言葉に詰まってしまう。 正直すぎるアーティットの様子に苦笑いしながら、リーザが話す。
「確かに以前の私は尊大で、無礼な態度ばかり取ってた。 あなたにもずいぶん嫌な思いをさせたと思う。 そこは申し訳なく思ってます」
そう言って頭を下げるリーザを、戸惑ったままアーティットがただ見つめる。
「・・・とにかく、心機一転でこれからよろしくお願いします」
もう一度、今度は満面の笑みを湛えてリーザが告げた。
いまだに目の前で起こったことが信じられず呆然としているアーティットとは裏腹に、もうすっかり仕事モードに切り替わったリーザが、向かいのマックスに書類を差し出して何か話しかけた。
彼女の心に何の変化があったのかわからないが、ひとつだけ確かなのは、刺が取れたナチュラルな彼女は、とても素敵だった。
胸の中に何か新鮮な風が吹き込んだような気がして、アーティットの頬にも自然に笑顔が浮かんだ。
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SOTUS・Season3(§182)

2023-10-07 01:30:48 | SOTUS The other side
もう通い慣れているはずのアーティットの部屋に入ったコングが、玄関で立ち止まったままあたりを見回している。
「――何やってんだ? そんなとこに突っ立って」
いつまでたっても中に入ってこないのを不思議に思ったアーティットが、肩越しに振り返りながら問いかける。
「この匂い・・・。 先輩の部屋の匂いが好きなんです。 久しぶりにこの匂いを嗅いで、妙に感慨深い気持ちになっちゃって」
そう言ってにっこり微笑んだコングを見て、不意にアーティットの胸がドクンと脈打った。 コングのこんな表情は何度も見ているはずなのに、まるで初めて微笑みかけられたようなときめきを感じ、思わず顔が熱くなる。
「い・・・今さら何言ってんだ」
くるりと顔を背け、心の中の甘い動揺を悟られないようそっけなくそう呟く。 次第に速くなる鼓動が、コングに聞こえてしまうのではと焦るアーティットの胸中を知ってか知らずか、コングがゆっくりと近づいてきた。
そのまま背後に立つ気配を感じ、アーティットがゴクリと唾を呑む。 背中に体温を感じるほどコングを近くに感じているのに、なぜか黙ったままの彼を怪訝に思った時。
「先輩・・・耳が赤いですよ。 なんで照れてるんです?」
いきなり耳元に甘い声で囁かれ、絵に描いたようにアーティットがビクリと体を震わす。 とっさに耳を手で押さえ、反射的に後ずさろうとした体を、コングがぐっと引き寄せた。
「あっ・・・」
体を固くしたまま自分の腕に収まったアーティットを、コングが愛おしそうに見つめる。
「何年経っても、こうやって俺に照れてくれるあなたが好きですよ」
耳に唇が触れるかと思うほどの至近距離でそう言われ、もうどうしようもなくなったアーティットが、無駄と知りつつ最後のあがきをした。
「だ、誰が照れてるなんて・・・」
こんなにわかりやすい態度を示しながらも、それを素直に認めようとしないのが却って可愛い。 コングの胸もぎゅっと締め付けられた。
「――先輩、愛してます・・・」
抱きしめる腕に力を込め、そのままくちづける。 戸惑いからか、最初は閉じたままだったアーティットの唇だったが、次第に少しずつコングを受け入れ始めた。
やがてコングの熱い舌がアーティットの歯列を割って口腔内に侵入しはじめる。 
「ん・・・」
口腔内をまさぐられ、アーティットが吐息めいた声を上げる。 二人の唾液が絡み合い、静かな部屋に淫靡な水音が響く。
火が付き始めたお互いの肌が、徐々に熱くなっていく。 唇から漏れる吐息も熱を孕み、そのままベッドへもつれ込もうとしたコングの動きを、なぜかアーティットが不意に止めた。
「・・・?」
潤んだ眼をうっすらと開け、不思議そうにコングがアーティットを見る。 コングの胸を手で押しとどめ、やや俯いたアーティットが、ぼそりと呟いた。
「・・・おまえに、渡したいものがある」
コングの腕を抜け出したアーティットがベッドサイドのテーブルへと移動し、テーブルの引き出しから何かを取り出した。
やがてコングのもとへ戻ってきて、ゆっくりと手を差し出した。
「これは・・・」
アーティットの手に握られていたのは、細い革の紐がついた小さなギアだった。 
「おまえに、受け取ってほしい」
差し出されたギアを、目を見開いてじっとコングが見つめる。 そんな彼を、アーティットもまたじっと見つめた。
やがてゆっくりと視線をアーティットに移したコングが、わずかに声を震わせながら呟いた。
「このギアを・・・俺に・・・」
「そうだ。 俺からのギアを、おまえに持っていてほしいんだ」
しっかりとした口調でそう言うアーティットを、しばし見つめる。 コングの目が、みるみる輝いた。 
最愛の人から、ギアを受け取る。 工学部出身の者なら、そこに込められた意味の重大さをよく知っている。
ギアは、その人の心そのものを意味する。 そのギアを、相手に委ねるということは――。
「先輩・・・!」
感極まったコングが、目の前のアーティットを強く抱きしめた。
「ありがとうございます・・・! 一生ずっと大事にします・・・! ずっとずっと、大切に・・・!」
手のひらにギアを握りしめ、両腕に愛しいアーティットを抱きしめながら、感情が昂って同じ言葉を何度も繰り返すコングを、優しく包み込むようにアーティットが抱きしめ返す。
そのまましばしお互いの愛を感じ合っていたが、やがてゆっくりとアーティットに向き直ったコングが、おもむろにポケットから何かを取り出した。
「実は、俺からもあなたに渡したいものがあるんです」
そう言いながら取り出したのは、手のひらくらいの大きさの薄い木箱だった。 何が入っているのか見当がつかず、今度はアーティットが不思議そうに箱を見つめる。
ゆっくりと箱の蓋を開けると、中には銀色に煌めく細いバングルタイプのブレスレットが入っていた。
「手に取って、見てみてください」
言われるまま、アーティットがブレスレットを箱から取り出してしげしげと眺めると、プラチナ製のリング型の内側に、小さく何かが刻印されているのが目に入った。
目を凝らすと、それは『My Shining ARTHIT』という文字だった。
「・・・俺にとってあなたは、心から愛する人であり、大切な人であり、そして・・・太陽(アーティット)そのものなんです」
「コングポップ・・・」
「いつだって俺を照らしてくれる太陽・・・それが、あなたという存在なんですよ。 あなたがいなかったら、俺は真っ暗闇の中一歩も歩くことすらできません」
「・・・・・・・・・」
コングの言葉にじっと耳を傾けているアーティットの手からゆっくりとブレスレットを抜き取り、彼の左手へと装着させる。
「・・・今は、これで我慢してください。 いつか必ずあなたの指に・・・素敵なエンゲージリングを贈ります」
手首に付けられたブレスレットを見つめ、優しく微笑むコングへと視線を移す。 真摯な眼差しをしたコングと目が合い、アーティットの胸が一気に切なくなった。
「コングポップ・・・!」
押し寄せてくる愛しさに任せて、アーティットがコングに抱きついた。 しっかりと両腕で受け止めたコングが、アーティットの髪に頬を埋めて目を閉じる。
「先輩・・・先輩・・・愛してます」
「俺も・・・コングポップ」
ひとつになった二人のシルエットが、やがて自然にベッドへと吸い込まれていく。 静かな部屋に、濃密な愛の時間が流れ始めた。
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