ある日、ある時

ダイリン社長の独り言

遺跡をたずねてちょっと長い散歩

2016-12-22 11:02:15 | 日記


好天にめぐまれた師走の日曜日、格納庫から連れ出し軽い散歩のつもりが・・・・いつのまにか高速道路に乗り、かねてから行きたかった横川の鉄道文化むらまで行っちゃいました。






昭和の[にほひ]が色濃くただよう、旧国鉄の停車場!横川駅。
夜、白熱灯が灯ったら潤んできそうだな。



横川駅といえば駅弁でつねに人気上位の[峠の釜飯]。昔、上京のたびに買って食べました。
今もドライブインで販売していますが・・・列車内でないと・・・ちょっとね。 












遠く、三橋美智也の[哀愁列車]が聞こえてきたような・・・・気のせいかな?  もう昭和は遠い・・・。



碓氷峠の歩荷(ボッカ)。



D51のナメクジ(クジラ)、こんな所で再会できるとは、大好きだったなー!!




DD53!! これもこんな所にいたとは。 たった、3機しか製造されなかった除雪車です。実際に生で一度だけ、勇姿を見たことがありますが、超カッコ良かったなー。
機関士(保線区)たちが、ゴーグルとマイク付ヘッドホンを装着し、お互いに連絡を取りながら猛吹雪の中で雪と闘っている姿に感動しました。
ローカル線には、キ604号機(当時最強のキマロキ編成)という蒸気機関のロータリー車(これも希少)しか来ませんでした。
私は決して偏愛的鉄道好事家ではありませんが、流麗な新幹線車両より、こんな無骨で恐竜のような働く車両(重機)が大好きです。一日中見ていても飽きないなー。
DD53で検索するとネットで動画を見ることが出来ます。




ちょっと前までお世話になった、特急あさま。




自動制御装置(CPU)など一切無い操縦席。 五感を研ぎ澄まし全ての動作を指差し確認して、たった一人、長時間にわたり緊張感をもって職務を遂行していたはずです。
決してスマホ(無論当時はありません)をいじくったり、胡坐など絶対かいていないし出来るはずもない。男の仕事場!!




後ろ髪を引かれる思いで鉄道文化むらを出て、久しぶりに中山道は碓氷峠に向かいます。


いいなー! こんな空気。


遺跡、碓氷第三橋梁(めがね橋)の下で。


レシプロ戦闘機のように軽やかに、また路面に吸付くように184ヶ所ものカーブをかわしてくれました。 益々惚れ直しちゃいました。


峠を越えると、そこは信濃の国です。


小諸出て見りゃ 浅間の山に今朝も三筋の 煙立つ(小諸馬子唄より)
浅間山は今現在も活動中です。


ただいまー。迎えてくれる北信五岳(正面は飯綱山)。ちょっと長めの散歩でした。



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