マグロ漁船の船員さん及びカメラマンの奇跡の生還は世知辛い世の中に一筋の光というか明るい話題でとにかくよかったよかった。
で、その当て逃げした貨物フェリーが早速見つかった。船首にA、社長の名前は有村さん・・・。う~ん、もしやこれは私がその昔の旅の時に那覇から鹿児島へ渡った時のフェリー会社の系列ではなかろうか?確かその頃は有村産業のAラインフェリーと呼ばれてたと思うが記憶違いならごめんなさい。ただ、呼び方はともかく有村さん系列のフェリーに乗っていたのは間違いない。
テレビで見た限りでは過去に今回の貨物フェリー「たかちほ」は過去に2回も事故を起こしているらしくまったくけしからん体質の会社と関係筋は怒っていた。
テレビの報道だけでは判断してはいけない!とここ最近のでたらめなメディアの暴走に警戒はしている私だがこの件に関しては報道と自分自身の体験からしてもこの有村系列と聞いてからは「まあそんな感じかな~」と報道だけで素直に判断してしまったのだ。
では、私の有村さんから受けた仕打ちを告白しよう。
それは那覇から鹿児島へ行く船中、雑魚寝船室は3ブロックくらい分かれているのがなぜか1ブロックしか開放されていない。確かに客は少なかったがかといって一人や二人ではないんだし多少は旅の疲れを軽減させる配慮をするのが船会社の役目であるにも関わらず限られたスペースしか旅人に提供しない姿勢にその頃ですら既に私はイライラを感じていたのだ。
さらにむかついたのがそうした環境の中で寝なければならないのになぜか明かりが消されないのだ!全く持って蛍光灯ギンギンである。小ぜわしい広さと全く遠慮のない電灯の中で熊の冬眠よりも完璧な環境でないと(寝るパーソナルスペースに他人の存在がない、真っ暗、静か等々)寝る事が出来ない私にはこれは取調室の拷問の様なものである。もちろん安眠など出来るはずもなく朝方鹿児島港につきそこからヘロヘロしながらその後の旅を続けたのだが・・・。そうしたサービスの悪さというか不信感を持っていたフェリー会社故に今回の事はいくら気づかなかったと弁明しているはいえ会社の体質として当然の結果なのではと思ったのだ。
因みにある程度お金払ったにも関わらずこうした環境で全く寝る事が出来なかった私はその慰謝料としてそこにあったほどよい硬さとコンパクトさの枕を人知れず静かに旅バッグの中に押し込み、以後約3ヶ月この枕と共にすごしたのだった。
〝みるく〟さん、こんな日記ですいません・・・。←該当者以外気にせんで下さい。