
神奈川県の動物保護センタに見学に行ってきました。
ここでは、横浜市内・川崎市内・相模原市内・横須賀市内・藤沢市内以外で保護された
犬や猫、その他の動物が収容されています。
場所は秦野市との市境、平塚市土屋にあります。
昭和47年で設立されたこのセンターは、当初約20,000頭/年の犬を
殺処分していたそうですが、
昨年実績では256頭にまで減っているそうです。
残念ながら、猫については犬ほどの法的規制がないため、
また収容される猫は、ほとんどが手のかかる生まれたばかりの子猫ばかりのため、
即日処分されるそうです。
神奈川県のHPで掲載されている犬(収容犬)にも会ってきました。
会ったといっても、檻付きの収容日別の部屋を、壁ごしに見るといった感じですが。
この場所は、保護センタが管理しているとはいえ、
犬自体は、飼い主さんが所有されているため、写真撮影はできませんでした。
犬舎は、当然殺風景で、色のない、太陽の光の届かない世界でした。
写真でよく見る風景です。
よほど死の臭いが感じるのかと思っていたのですが、なぜかそれほどは感じませんでした。
犬舎がとても整然ときれいに管理されていたからでしょうか。。
犬たちはやはり、うろうろと、困ったような顔でこっちを見たり、
うなだれていたりしていました。
でもやはり、そこに悲壮感を感じることができませんでした。
犬舎から出て、猫がいる小屋に行きました。
ここでは、他の職員の方が、今収容されてきたばかりの猫たちを
仕分けしていました。
少し挨拶をしたのですが、ここでハタと気付きました。
この違和感。
なぜ死の臭いを感じられなかったのか?
それは、説明してくれている方も、猫を仕分けしている職員の方も、
命を扱っている目をしていなかったからです。
モノを扱っていました。
みゃあみゃあ鳴く子猫をつかみ、カゴに入れていく。
その姿は、ベルトコンベアでまわってきたビールをお中元用の箱に入れていく作業のようでした。
また、こんな会話もありました。
収容犬の犬舎前での立ち話。
迷子犬の半数は、無事に飼い主のところに戻るんです。
残りの迷子犬と、そもそも捨てられた犬をあわせると約500頭。
でもこの子たちが全部殺処分ではないんですよ。
500頭は、ボランティアさんが連れて行ってくれたり、
訓練犬として指導を受けたり、老人ホームに慰問にいく犬になったり。
私は、迷子犬の半数もが、元の飼い主に戻るとは思っていませんでした。
ほとんどが殺処分されているものと思っていたのです。
その嬉しい事実を知ったとき、私は、
「殺処分ばかりに目やいっていたな」と少し反省しました。
嬉しい話もたくさんある!と。。。
そこで、センタの方に、
「そういう嬉しい話は、もっとニュースになればいいですね」と言いました。
しかし答えはこうでした。
「いや、それをすると、心無い人が、そんなに命が助かっているんだったら、
うちの要らない犬、もっていってよ って話になっちゃうんですよ。
そんなことしたら、受付には行列できちゃいますよ。
それにまたいそがしくなっちゃうし・・・」
みなさん、これ、どう思いますか?
間違っていると思いませんか?
たしかに、心無い人が犬を捨てに殺到するでしょう。
センタも忙しくなる。
でも、こういうことを乗り越えないと、本当の意味で、命の大切さが
世の中に浸透しないと思いませんか?
心無い人が殺到すればいい。
センタが悲鳴をあげればいい。
それがまたニュースになればいい。(ならなくてもいいけど)
すると心ある人が、叫びますよ。「これは間違っている」って。
今までより多くの人が大きな声で、指摘しますよ。
怖がる必要はないんです。
隠す必要もないんです。
こういうことだったんですね。私が感じていた違和感は。
なぜ死の臭いを感じ取れなかったか。。。
センタの説明を聞くうちに私もセンタ寄りの考えに脳ミソが洗脳されつつあった。
私の弱いところです。
でもこの会話の後、また、猫を仕分けする職員の方の目を見たときに、
気付きました。
ああ、お役所なんだ。
命を預かるところではないんだと。。
誤解のないよう、追記すると、私はセンタ内で働く方たちに対しては、
感謝しています。
時間を割いていただき、暑い中、センタの説明を一生懸命してくれた。
それだけで感謝です。
でもシステムの中に組み込まれると、本人がどうあがこうとも、
システムと同じような考え方に洗脳されてしまう。
か、もしくは、狂ってしまうか、辞めていってしまうんだろうと思います。
ここで働く方たちが悪いのではなく、システムがそうさせているのです。
システムから教育を受け、ルールに則り、そこから一歩もはみ出さないように、
上を見つめる日々。。
彼らはこうしてシステムに組み込まれてしまい、今ではすっかり、
良いことをしていると勘違いするような人間にさせられてしまったのです。
ある意味被害者です。


慰霊碑に手を合わせ、帰ってきました。
自宅に戻り、夕食を取り、少し仮眠をしてから、ふと気がつきました。
違和感に整理がついたあとに、焦燥や不安や無気力な気持ちが湧いてきていることに。。
この原因を知ってしまったとき、愕然としました。
今日行ったセンタは、日本の(世界の)縮図だと。。。
極端に言えば、私たちは、日本というシステムの中で、
殺処分されるかどうかまだ分からない犬舎にいる犬と一緒なのではないかと。。
飼い主が迎えにきてくれるかもしれない。
処分を免れて、ボランティアにもらわれていくかもしれない。
コンパニオン犬として老人ホームを回るかもしれない。
訓練を受けるかもしれない。
殺処分されるかもしれない。
いずれにしても、システムの判断次第なのです。
老犬や病気の子や、性格に問題のある子は殺処分です。
いわば、弱い者は抹殺なのです。
今の日本のシステムとどう違うのか???
地位も経済力もない弱い立場の人間は、いいなりになるしかないのかもしれない。
もし今あなたが、身寄りのない一人暮らしの老人で経済的にも余裕がなかったとして、
団地を建て替えなくてはいけないから、一時退去してほしいといわれたら、
どうしますか?
出て行く先が見つからない人は、ひと夏、この(エアコンのない)プレハブに
住んでくださいと言われたら。。。
どうしますか?
おそらく、どうもできません。
それに従うしかないだろうと思います。
犬も一緒なのです。
私たちも一緒なのです。
そう思ったら、本当に絶望的になりました。
勿論、私は負けませんよ!
状況は苦しくても、心は自由だし、やろうと思えば、システムだって変えられる。
人間の作ったシステムだから、人間がなんとかすれば、
変えられるはずなのです。
犬は違いますけど。。。。
犬は人間の作ったシステムを変えることはできない。
だから私たちが変えないと。。。
人間の社会を守るとともに、犬や猫やその他の動物たちを取り囲むシステムも、
改善しなければならない。。。
動物保護センタは、「愛護」を目的とすれれば、見学は可能だそうです。
センタ側と日程調整をすれば、本当に丁寧に説明してくださいます。
いつかまた、訪れようと思います。
そのとき、みなさん、一緒に行きませんか?
「かわいそう」でもいい
「残酷だ」と怒ってもいい
「特になし」でもいい
見ること、知ること、体感することが大切なのですから。。。
もしご希望の方がいらっしゃれば、メールかコメントをください。
※掲載している写真は、収容期間が終わり、殺処分を逃れた犬や猫やウサギです。
※センタの敷地には殺処分された慰霊碑もありました。

