介護わんこgooの品格は何処へ

訪問介護ヘルパーの奮闘日記

インドの今を知る

2008年11月27日 | 美術館めぐり

11月26日(水) チャローインディア インド美術の新時代 森美術館 六本木ヒルズ

ヒンディー語でチャローとは「行こう」と言う意味。インドは90年代以降、急速な経済発展とグローバル化、さらには都市化でライフスタイルが変容している。この展示では、建築家や知識人を巻き込んだ社会学的なプロジェクトや、IT大国ならではの先端技術を駆使した体験型作品がたくさんある。解説イヤホーンを無料で貸し出してくれる。解説を聞かないと「????」のものが多い。インド現代社会が抱えるさまざまな矛盾、夢、希望、未来へ向かうエネルギーで、「ぐるぐる・ぎとぎと・かっか・ごてごて・シュール・キリキリ・うググ」という感じで、「へへへ、おもしろいやぁ!」と新鮮な気持ちで楽しめた。

悠久の歴史を持つインド、多くの神々と信仰のインド、そのインドが経済大国に目覚めた。ムンバイにさす光と影。

「時代が不安定だと芸術が活気付く」んだね~。などと、オ気楽に帰宅して翌日。インドでのテロがニュースで報じられた。マジ驚いた。


古本屋の亭主とその妻

2008年11月26日 | その他

11月に新しく始めた事の一つに「古本屋」の開店がある。

といってもAmazonのマーケットプレイスのネット上での出店であるが。

無類の本好きの亭主がいるために、床補強のやり直しをしなくてはいけないぐらい本でいっぱいになる。これが、夫婦喧嘩の原因になることがしばしば。

そこで、こわい奥さんに無理やり 「BOOK-OFF」などの中古本屋で大量に売って処分して来いと指図される。中古本屋は古本とは価値観が別なので、処分した後は、亭主はかならず不機嫌になり、「ア~ア、この本はとても面白いのにな~。」「あ~あ、あの本にはいい事が書いてあったのにな~。」「あ~あ」「あ~ぁ」「ぁ~ぁ・・・・」と元気がなくなってしまうのが常であった。

今までに数百キロは処分した。本当に悲しかった様だ。

確かにかわいそうな亭主であったが、落ち込んだ亭主をまた元気付けるのも面倒であるし、これからも増殖し続ける本と格闘し続けなくてはいけないかと思うと、もう厳選しかたづけていく気力は続かない・・・と妻は思った。

そこで、決心したのがAmazon マーケットプレイスでの古本販売。

いざ、はじめていみると、このe-コマースのシステムの仕組みが良くできている事に感心するばかりである。

売り手も買い手もアマゾンも三者それぞれ納得し、みんな得した気分になり売買がスピーディに成立するのである。商品の登録も購入もとても簡単、安心、納品書の印刷までしてくれる。在庫管理も入金管理もアマゾンのシステムに乗っかっていれば、自動的にリストアップされている。

オークションではないので、自分で売価を設定するのであるが、実に良心的な金額にしている。読みたい人にはタダで譲ってもよいと考えている亭主なので、儲けよりも、次の読み手が決まる事の方がうれしい。発送先の住所や名まえから相手を想像するだけで世界が広がる。亭主もにこにこ。

このシステムを作った人は本当に頭が良い!これくらい頭の良い人が集って、今、巷で大騒ぎしている給付金の配布の仕方を考えてくれていたらと思う。給付方法を丸投げされた自治体は不満らしいが、これをチャンスと捕らえて自分たちの頭を絞って考えれば、力が発揮できて、やりがいがあるだろうに。

介護保険制度や年金制度にしたって、いざ使おうとするとあちこち不具合が発生しているけれど、頭の良い人たちから見たら、「最初にちょっと考えればわかりそうなものをバカじゃないの?」と笑っているに違いない。

さてさて、亭主の古本は毎日1冊2冊と順調に売れていく。

「今日は、どの本が売れましたか?」という質問が夫婦の会話に加わった。

妻は事務的に本の重さや厚さを計り、ゆうメールにするかメール便にするかを考え、介護訪問の合間・合間に発送していく。週末になるとまとめて商品をシステム登録していく。

先日、売り上げが1万円を超えたので、よっしゃ~っと、家族4人で居酒屋で飲み食いして、楽しんだ。

ゴミにされない古本もその著者も、クロネコヤマトも郵便局も居酒屋もうれしい結果である。

古本の売り上げは、妻の預金口座に振り込まれている。実は妻が一番うれしい。


やっぱり・・・終末期

2008年11月25日 | 終末期ケア

数日前に「どうしても脱いじゃう」おじいさまの記事を載せた。

今まで数名、この行動が出始めたお年寄りは、2・3週間以内に重篤な状態になって入院されて、サービス終了となっていたので、嫌な予感がしていた。

サ責やチームのヘルパーに「脱いじゃうなんて、終末期にはいったのではないか?」とgooは不安を述べたが、「でも、元気だよ。良く動くよ。回復に向かってると思う。」という感想のほうが多かった。それなら、それでなお良し。と訪問を続けていた。

今日も、訪問してみると元気に脱いでいた。

でも、お爺様の裸のおなかが、丸く膨らんでいた。

5日前から、なんとなく気になっていたが、往診の先生は別になにもおっしゃらなかったそうだから、ヘルパーごときが先に発言するのは良くないだろうとひかえていた。でも、今日は、奥さんをはじめご家族も「お爺様のおなかは脹れている」と思うそうだ。今日は、gooもはっきり伝えよう。「オムツのおなか周りが明らかにぎりぎりになっています。5日前よりも脹れています。看護師さんに電話しましょうよ。」と目の前で奥さんにすぐに連絡を取っていただいた。第三者に背中を押されないと、不安のあまりに病院に連絡するという行動がなかなか取れないでいたのだ。そういうものなのだ。

夕方、事業所のサ責から、「腹水」のため入院することになったので、明日からのサービスは中止と連絡が入った。

緊急入院は、「脱ぎ始め」から約3週間後であった。入院されても、これから更に更につらい日々がこのご夫婦にやってくるであろう。これは、残された時間が少ない夫婦の最期の試練である。

不安が的中してしまってgooだって、今晩は落ち着かないのである。

こんなことがわかるようになっちゃうなんて。とか、家族には黙っていて、告げるタイミングを見計らっていた自分のやり方など、あれこれ、考えてしまうのである。


施設のお祭り

2008年11月23日 | その他

gooが訪問しているお年寄りのほとんどの人は週に数回デイサービスに通っている。

今日はそのデイサービス施設でお祭りがあった。

子供さんの「空手演武」が、とってもかわいいから、是非、見にいらっしゃいというお誘いを受けて、行って参りましたよ。

幼稚園生から中高校生ぐらいまでの子供達が、きりりと空手の演武を魅せてくれた。お年寄りの皆さんも食い入るように、動きを見ていた。

胴着のシュという衣擦れの音やタン!と地面を蹴り上げる音、指先もつま先もピンと力が充填されている様、ヤッという気迫のこもった声、命と力がみなぎっている。

お餅つきや手品、腹話術、音楽会と催しが次々とご披露される。とん汁、ポップコーン、お餅、ジュース・・・とおなかもお財布もうれしい。

gooは居宅訪問のヘルパーなので施設の場所は知っていても、建物の中に入ってまで見学した事がない。だから、今日は、建物の中にも堂々と入って、お部屋を見せてもった。

利用者さんたちの手作り作品も販売されていて、毛糸で編んだひざ掛けケープ、美しい布をあわせた巾着、お人形などがあり、小学生の女の子達が大勢集って、品物を選んでいる。その様子もとてもほほえましい。毎日、いつも小学生のお子さん達が立ち寄ってくれる場所であれば、どんなによいだろうと思う。

いつも食堂にしている場所で、血管年齢・血圧体重・身長をはじめ、健康相談、フットマッサージ、肩マッサージをしていた。

このようなふれあい祭は、職員だけでなく、地域のボランティア、利用者さんの家族、利用者さん、町会のみなさんと多くの人々が関わって、準備運営されているのがよくわかる。なんてありがたいことだろう。裏方さんのいろいろな努力が分かるので、この地域は良い地域なのだとしみじみ思う。裏方さんのなかでも中心となって動いているのは60代ぐらいの男性。面白い事にこのお祭では「お偉い人」の陰はうすい。地域柄エリートが多いハズだけれども、エリートや指令塔が仕切ったのでは、面白くないし、それでは、うまくいかないのだろう。福祉職という人種は、経済エリートとは、価値観がもともと違うから。

こういう催しの運営のなかに、これからの超高齢社会の日本を乗り切っていくヒントがあるような気がする。

 

今の時代は家族だけでは余力がなく、病人が一人出ると、途端に生活が苦しくなる。老夫婦のみ世帯では片方の介護が始まるととたんに生活が膠着してしまう。若い家族は自分たちの生活だけでも大変でとても親の世話までできる金銭的・精神的・身体的な余裕がない。

様々な社会福祉政策があるはずなのに、がんばって身を寄せ合って生活をはじめたのに、どうも心身ともに苦しい。あっという間に生活が破綻しかける。これは、過去の経済効果・効率・技術革新などの考え方を元にしていては、もはや解決できない社会になってきているということではないか?

介護保険制度は3年ごとに見直されるが、前回の見直しにおいて、経済と効果・効率を取り込んだために、使い心地のわるい制度となった。介護を受ける人も福祉職も施設も家族も、みんな苦しくなった。

gooが生まれて育ってきた1960年ごろから90年代では、大きく変化していたのは経済と技術であり、社会は安定していた。経済だけ論じていれば良かった。でも、この頃は、違う。経済ではなく社会の変化(特に少子高齢化、雇用の変貌、情報リテラシーなど)が重大な意味をもっていると感じる。

ふれあい祭から、話は社会に入っていき、収拾がつかなくなってきた。

簡単に言えば、旧泰然と昔ながらの会社組織のままで、これからの少子高齢社会を乗り切ることは不可能であり、これからは、お金や効率とは別の価値観でもって人が集り柔軟に動きはじめるのではないかと、思うのである。

 


どうしても脱いじゃう

2008年11月19日 | 認知症

お部屋に入るとお爺様、裸んぼう。あら?清拭中?

何でタオルケットやシャツや上着でお顔を隠しているの?

そこへ奥様がおろおろとやってきて、「昨晩からずっとこうなの。全部自分で脱いじゃうの。お布団も全部手繰り寄せて、頭からかぶってしまう。窒息しないか心配。それでいて、寒い!と怒ったり。一晩中、着せては脱ぎ、布団をかけては剥いでの繰り返し。頭がおかしくなっちゃったのかしら?風邪をひいたら大変。どうしたらいいの?」

gooは過去に2人、脱いでしまう人を介護したことがある。脱がないようにする特別な策はもちあわせていない。脱いだら着せるだけ。訪問の3時間ずっとくりかえしたこともある。そのうち うつらうつらとねてしまわれる。

一人は、着せるのにgooの方が先に疲れてしまい、どうしたらよかんべな~と万策尽きた時、「あのう、ちょっと休憩させて下さい。」とお願いしたら、「休憩してもよし」といわれて、?一体私は何をしているんだ?この脱いだり着たりはこのお年寄りの仕事のつもりだったらしい。私に何かを教えているつもりらしいが、「出来の悪い生徒なので、ちっとも自分の身体が楽にならない。」というようなことを言っていた。

もう一人は、とにかく身体を楽に軽くしたかったらしい。脱いでいるのは服ではなく身体の皮膚にまとわり付くどうしようもない「だるさ」だったようだ。

他人には奇行としか映らない「脱いでしまう」行動は、自分の身体の不快なものや違和感などと 何とか折り合いをつけるための、止むに止まれぬ行動ではないかと思う。

今回のお爺様も寝たきりなのに上手に服を脱いでしまわれる。一生懸命なのだ。

お爺様本人よりも奥様のフォローの方が大切である。まずは、「脱いでしまわれるのは珍しい事ではありません。お部屋を暖かくしておいて、気がついたら、また着せてあげてください。着るのを嫌がられたら、しばらく好きなようにさせて、裸のままでも気にしないことです。何か自分と折り合いを付けたいための動作だと思いますよ。女性だって、脱いでしまうのです。まだ、男性だからまし。、それから、これは、しばらく続きます。が永遠に続くわけでもなさそうですよ。」

と、自分の知っていることの一部を伝えた。そして、薬や血液中のアンモニア濃度などのチェックを看護師さんにすぐにお願いしてもらうことにした。

こうして2週間が過ぎた。まだ、お爺様は相変わらず脱いでいる。激しく脱ぎたがる時と、そうでもない時がある。日増しに寒くなる。奥様は「つなぎ服はどうだろうか?」と聞いて来る。やはり脱いでしまうご主人のお世話に疲れてきているのだ。老老介護だものね。そう考えるのも無理はない。

「ん~。脱ぎたいのに脱げないとイライラして、返ってよくないかもしれない。でも、どうしても、着ていて欲しいと思うときもあるからね・・・・。」

実は、gooの母も最期に近いときは寝巻きをはだけて胸をあらわにしていた。だから、お見舞いの人が来る時、とても困った。

以前のようにヘルパーが長時間にわたってお爺様の横について介護してあげられない介護保険サービス。ヘルパーが帰った後、ず~と一人で介護し続けて、お爺様のそばから離れる事のできないおばあ様を責める事はできない。


気になるセミナー

2008年11月10日 | 高齢者の住まいめぐり

ちょうど1年ほど前に「コンフォートガーデン」というセコムコンフォート株式会社が運営している超高級有料老人ホームを見学してきた。

このときは見学が目的ではなく、中村寿美子さんという介護コンサルタントのセミナーがこの有料老人ホームを会場にして開催されるので、セミナーを聞いた後で、ついでに興味本位で見学会に参加したのである。それは、文句の付けようのない有料老人ホームでお金があれば、元気なうちに別荘として購入し 入居してしまいたいところだった。2億円に近い一番高いお部屋から売れていき、比較的低額の狭い一人部屋(といっても60㎡ぐらいで7千万円とか)が わずかに残るのみらしい。

一度、このコンフォートガーデンを訪問しているために、まめに内覧会やお食事会やセミナーのお誘いのお手紙がgooにも送られてくる。総て無料でのお誘いである。さしあたって絶対に購入しない(できない)と一目瞭然gooにも美しいご招待状が来る。恐ろしくて のこのこと ご招待に応じる事ができない。

お食事会のメニューは、前菜(落ち鮎の甘露煮、子持ち若布土佐漬け、栗渋皮煮、干柿月光巻き、焼百合根、銀杏丸十)。御造り。スープ。主菜(黒毛和牛ロース肉の網焼き、セップ茸のデュクセル添え、マデラーワインのソース)。お食事(茸の混ぜご飯、赤だし、香の物)。デザート(クレ-ムブリュレ、イチゴとバルサミコのソルベ、季節のフルーツ、コーヒーとプチフール)である!

1年前の見学会で振舞われた手作りお菓子とコーヒーも絶品であった。きっとお食事もおいしく美しく楽しく満たされるものに違いない。

よい老人ホームはいつも順番待ちで空がないそうだが、それは、自分の親がお世話になってとてもよいところだから、自分も今から予約登録しておこうという人が結構いるからだうだ。そう思えば次の世代にもアピールしておくのは、決して無駄ではなく大切なことかもしれない。

このコンフォートガーデンでシニアライフセミナーがまた開催される。

松石献治氏(弁護士・社会福祉士)による「成年後見制度と遺言のポイント」

米沢なな子氏(高齢者住宅情報センターセンター長)による「有料老人ホームの暮らしと費用」

こちらは、とても気になる。無料じゃなければ、参加申し込みをしたいところだ。有料にしてくれれば、正々堂々と参加しやすいのだが。

結局、今日は何を言いたかったかというと、gooの事業所でもこのようなセミナーを一般に開催していけば、顧客(利用者)獲得だけでなく、登録ヘルパーの獲得にも大きくつながるのではないかな?と思うのである。

似たり寄ったりの新聞チラシ広告で「ヘルパー募集」と呼びかけるよりも、セミナーに参加してきた人にホームヘルパー養成コースを宣伝したり、ヘルパー登録を促したり、または、将来の利用者へ繋げる事業所の機関紙を配布していくことが頭の良いやり方ではないだろうか?

現状では介護ヘルパーの質は実際に来てもらわないとわからない。どこの事業所がよいか、判断の材料がない。せいぜい、住所が自宅と近いとか、大手か小規模かぐらいしかわからない。

でも、例えば、事業所の会議室でセミナーを開催することによって、外部からの人が事業所の職員の様子を肌で感じることができ、セミナーから得る物があれば、実際に事業所を選びたいときの参考になる。事業所職員も外部の人の目にさらされることによって、鍛えられる。

セミナー開催は無料にする必要はない。赤字にならない程度の参加費を取るべきである。

セミナー内容を吟味し、人を呼び寄せ、知名度をあげ、事業所の姿勢を伝えていく。さすが、セコムだな!と感心した今日でした。


この業界、大丈夫かな・・・

2008年11月10日 | その他

11月になったら、自分のために家族のために始めたい事がいろいろあった。

だから、介護訪問する曜日を一日減らせるように根回ししてきた はず だった。

決意どおり張り切っていろいろ始めてしまったが、介護訪問の交替要員がいつまでたっても見つからず、その一日が減らないまま、相変わらず忙しい思いをしている。

介護ヘルパーが不足している。そりゃあ、まあ、どこの施設でも事業所でも、人材不足で、これは社会現象らしいが、離職率が低くて良い人材をきちんと確保できているところもあるのだから、ヘルパーに離職される施設・事業所長は自分の所の雰囲気が悪くなっていることに気づいて早急に対処しないと、人は去る一方だよね。

gooのような、おばさんにさえ、引き抜きの声がかかる。

「そんな大手は辞めて、うちの事業所に来なさいよ。サ責としてやってみない?」

「登録ヘルパーよりも安定しているから、デイサービスの職員に来ない?デイなら夜勤はないわよ。」

「お給料はよくないけれど、働き方に融通が利くし、やりがいは保障するわ。すばらしい介護士ぞろいよ。」

「ケアマネが優秀だから、ケアプランが良いの。ヘルパーもこういうケアマネのいるところだと働きやすいわよ。一緒にやりましょうよ。」

正直、引き抜きのお声がかかるのは、うれしい。ありがとう!

でも、こういう引き抜きが横行すると、訪問介護ヘルパーが急に交替するということにつながるから、なんとも不安定な訪問介護業界になってしまう。引き抜かれたら、引き抜き返しに行かないと、事業所の運営が危うくなる。引き抜き騒動で事業所同士の仲が悪くなると、さらに介護サービスに支障が生じる。1軒の利用者宅に複数の事業所からヘルパーが派遣されることが今では珍しくないからだ。

介護ヘルパー派遣を依頼してくる利用者さん(いわゆる顧客)も、今までは、特に営業しなくても待っているだけで、むこうからやってきてくれて、それで経営が十分成り立ってきたようだけど、これからは、営業もマーケッティングもしないとだめなんじゃないの?

お年寄りの多い町で始めた楽な事業所も、10年たてば、世代交代がすすむのである。しかも、介護保険制度も3年ごとに見直されて変化していく。のんびりと事業所を構えているだけでは、いつの間にか利用者層から忘れ去られていくに違いない。

gooも同時に年老いていく。10年前は人気ヘルパーでも、10年後は、お婆さんヘルパーである。いつまでも強気のまま同じ仕事で働けない。