介護わんこgooの品格は何処へ

訪問介護ヘルパーの奮闘日記

後日談

2009年11月10日 | 認知症

「だまされて入所」させられた中程度認知症のA子さんの後日談が、偶然にも耳に入ってきた。

私たちヘルパーの心配どおり、A子さんの混乱はなかなか治まらず、不穏な日々を送っているらしい。夜中じゅうもおしゃべりしどおし。すぐに介護士を呼ぶらしい。
ホームの解決策として夜は睡眠導入剤を飲まされる事になったそうな。
 
!!!!!
 
在宅で私たちヘルパーは丁寧にA子さんと向き合い、何を求め何を不安に思っているかを探り、とことん付き合う努力した結果、A子さんがかなり落ち着いた生活がおくれるところまで支援できていたのだ。
お薬なんぞ使わなくても、規則正しい生活リズムを保っていられたのに。
 
ホームの人は、A子さんの混乱にとことん付き合ってあげるべき。
薬で眠らせるな!!!
といっても、興奮状態が激しい場合は、薬も本人のためなのだろうか?悲しい。
そもそも、ホームの人も 最期まで看るつもりのご婦人が だまされて入居の運びになることに関して、息子に注意というか忠告ができなかったのだろうか。
ケアマネもホームも息子も「悪の連携」をしたのか!
と腹立たしく思う。

自分がホームの人だったら、息子やケアマネにどう忠告するだろうか。

ちゃんと向き合って話し合うこと。
入居を拒否されたら、自宅とホームを行ったり来たりする案をだし、お試し期間がどれだけ長くなろうとも、「自宅に戻るのが億劫だとか面倒だ」と本人が言い出すまで、ホームスタッフもケアを一生懸命すること。
それで、どうしてもダメだったら、そこのホームとは合わないということで、別のホームを探すことも覚悟すること。
gooは正しいことを言いすぎでしょうか。でも、正論をとりあえず、息子さんに伝える。だまし入居のその後の苦労も覚悟してもらわないといけないし。
今からでもいいから、息子さんはお母様をなだめに優しい気持ちになれるように時間を作って話をきいてあげればいいのに。
そうすれば、だますより簡単に説得できそうな気がする。
そう、今なら、愛情を注げばわかってくれそうなA子さん。
お薬でふらつき、転倒などという更なる不幸が来る前に。
 
と、同僚ヘルパーとおしゃべりしたわけだった。
 
「だまし入居」を黙認するホームって、本当にいいホームかしら?
ケアマネさんもどういう考えで支援したのか?
まさか素人同様「認知症だから、すぐに忘れて判らなくなるかも。」なんて考えていたんじゃないでしょうね。まさかね。
 
親子できちんと向き合うのはとても難しくて、人生にそんなに何度も向き合う必要もなく平和に過ごすこともあるけれど、今回は息子の方から母にきちんと向き合うべきで、逃げそうになる息子を支援してこそケアマネではないかなあ・・・・。
 
 

デジャブ

2009年10月03日 | 認知症

以前に認知症の方のお宅に訪問すると、時計の針がめちゃくちゃをさしていることが多いと書いた。

その後も新規に訪問するたびに、まずは狂った時計を発見するので、「ああ、やっぱりね。」と思う。

ゴミ出しのルールが守れなくて、ご近所からの苦情を受けると、「ああ、ここでも、またか。」と思い、どうすればルールどおりにゴミだしができるか?あるいは、本人にゴミだしをさせずに済ませられるか?をヘルパー同士で知恵を出し試行錯誤をしてみなければならない。

冷蔵庫をあければ、同じ食材だらけ。「ああ、また何度も同じ食材を買ってしまうのね。」と、悲しく感じながら、古いものから処分していく。

食事をちゃんと摂らないで、よく、活動できるものだ、と不思議に思えば、「ああ、やはり」大量の栄養ドリンク剤を常備している。

お年寄りのお宅でこの「栄養ドリンク剤」・・・オロナミンやらアリナミンやらタウリンやら・・・・をほんとうによく見かける。その普及率には驚く。

自分では飲用していないので、あまり気にしていなかったけれど、一日に何本も飲用して食事がおろそかになっている認知症のお年寄りを何人も見てきたので、要注意事項に加えることにした。

製造している薬品会社も販売に気をつけてもらいたい。認知症の方は、「まさかの飲用量」をやってのけてくれる。肝臓に負担がかかるだろうし、それが元で、皮膚疾患がでていることも考えられる。

常備してあるドリンク剤を目に付かないところに隠す。(ご自分で買ってきてしまうのであまり効果がないが。)1本ぐらいは残しておくといいのだろうか?

健康食品サプリメントこっそり過剰摂取していないか?

また、化粧品の使用法もチェックしておいたほうがよい。女性の認知症はやっかいである。

化粧品の中に「イボころり」が紛れ込んでいたり、ステロイド軟膏を化粧品として使用していたりする。「イボころり」が目薬と一緒においてあった方もいた。

洗剤殺虫剤にも注意である。台所洗剤と調理油が並べて置いてあって、フライパンに洗剤を入れて調理しそうになった方もいる。殺虫スプレーで部屋の中がもうもうと紫色の煙りが立ち込めたようになっていたこともある。これらのどこのお家にでも置いてあるものをチェックするときは、信頼関係も大切だけれども、訪問介護サービスを始めたら、なるべく早いうちに点検しておきたい。

「ヘルパーさんが来たら、あれもこれも、み~んな片付けてしまう。」と不審に思われたり、ご機嫌をそこねたりしないようにするには、さて、どうしましょう。ここが、力の見せ所となる。

強くて危険なものはソフトで安全なものに置き換えて、「スキンシップ多めの声かけ」をして気持ちの方向を楽しいもの明るいもの好きなもの得意なものに向けていく工夫をしている。認知症の方の相手をするヘルパー全員で工夫して知恵を出し合っていくのは人間観察が深まり面白くてためになる。(が、大変で憂鬱になることもある。)こういうノウハウは文章にして蓄積しておくと介護ヘルパーの財産になるとつくづく思う。

 


自信がありませんが

2009年09月22日 | 認知症

昨日の話。おなべのふたを開けてみると、ご飯が炊けていた!

いったい、誰が炊いたんだろう?

記憶にない。

昨日は、へとへとに疲れて、夕飯の準備を途中でギブアップして、小僧寿しを主人に買ってきてもらって食べた。

台所を片付けていた息子が「おかあさ~ん、ごはんのおなべがあたたかいけど~。」と言ってくれてても、「明日炊くから~おいといて」などと答えていた。

自分以外に鍋でご飯を炊いてくれる人は、この家にいない。私が、炊いていたのに違いない。

米を研いだところまでは覚えているが、その後のことは何も覚えていない。

今朝、冷蔵庫にあったエクレアを食べた。主人に「また、食べてる。」といわれた。

「え、初めて食べるけど。」・・・また、記憶がなくなっているのか!

昨日、次男が食べていたのは覚えている。そのときに、一緒に食べていたらしい。

信じられない。

これは、若年性アルツハイマーの初日に違いないので、日記につけておかなくてはいけない。ブログのテーマが今後かわるな・・・・。 

エクレアは全部で4つ、4人家族だからね。私が2個食べてしまったから、いったい誰が食べられなかったのだろう?と夕方、家族一人一人に「エクレア食べましたか?」と調査したら、な~んと全員「食べました」という返事。

じゃあ、じゃあ、私は2個もたべてないってこと!

ゴミ箱からエクレアの包装フィルムを拾い出し、本当に4個入りであったことを確認した。

記憶が飛んだのは、結局、ご飯を炊いたことだけで、エクレアは間違いだったのだ。

あ~、半分だけど、とても安心した。

 


告知できない認知症

2008年12月28日 | 認知症

居間で めずらしくアルツサダコさんが大きな声でご主人(90代)に迫っている。

「わたしの頭がおかしくなったっていうの?」

goo どきどきどき・・・・。お台所から出られない。

サダコ様、結構、認知症が進んでおります。同じお野菜・お肉・パンをこれでもかこれでもかと買ってきます。ヘルパーの訪問が始まる前はゴミ屋敷化しておりました。最近では美容院からお家に戻れなかったりもありました。5分前に取り込んだ夕刊を何度も取りに行きます。10分前に調理したお魚を忘れます。冷蔵庫から家計簿が出てきました。冷蔵庫野菜室には食器がたくさん入ってました。娘の苗字が思い出せません。箱の中身を何度も開けて確かめなくてはいけません。いろいろ変なことはあるのです。でも、ご主人はいちいち気にしません。怒ったりイライラしたりしません。ヘルパーから見るとご主人も忘れているし~。別に困っていないし~。良い夫婦ですね~というかんじですが。

サダコ様、血流を良くするお薬といわれて処方されている認知症のお薬「アリセプト」もちゃんと飲んでいません。自分は病気ではないので、薬は必要ないと思いたいのです。

サダコ様は自分が忘れっぽくなっていることは気づいています。でも、「お買い物だってお料理だってお洗濯だってしているし、私はちゃ~んと生活できている。病気のはずはない。この私が認知症であるはずがない!」と、不安が大きければ大きいほど一生懸命に取り繕ってきたのです。

質問も提言もうまくかわし、よくわからなくなった個数も分量も回数も多目にしておけば、間違いをカバーできる。明らかに見当識がなくなっている数や量なんですが。

認知症告知で一番ショックをうけるのはサダコ様本人だと予想できるので、ご主人も娘さんたちもケアマネもデイサービス職員も訪問ヘルパーも誰もサダコ様に面と向かって「あなたは認知症で しかも軽度ではない。」といえないのです。

わざわざ、言わなくても、それとなく手を貸してあげれば、そこそこ生活できるものですから

「認知症かもしれない」という不安に押しつぶされそうになったときに、サダコ様の不機嫌は手に負えなくなる。

なぜに「認知症告知」がしにくいか。自己が崩壊して迷惑をかけて生き恥をさらす病気であると思うからだ。

画家の佐野洋子が認知症の母の看病をしながら、「認知症は癌より怖い病気」という。佐野洋子自身が癌と診断された時「やった~。癌なら確実に死ねる。」と うれしかったらしい。

gooも認知症になるかもしれない。想像すると確かに怖いよ。でも、私は告知して欲しい。そして堂々と周りに援助を求めていこうと思う。(人に頼って進行が早くなりそうだけど)

早期認知症は周りがやさしく援助の手を差し伸べてくれれば、さほど生活は難しくない。迷惑をかけると思うから苦しいのである。素直に手助けしてもらおうよ。

と言っておきながら、サダコ様には「そう。あなたはアルツハイマー。病気よ。」といえないgoo

だから、介護拒否があっても、来なくても良いといわれても、必ず、時間通りに「こんにちわあ~。」と訪問する。絶対に腹を立てない。絶対に見捨てない。絶対にサダコ様の尊厳を守ってみせる。

さらには訪問中に何回かは大声で笑わせてあげたい。(ちょっと、gooちゃん、笑わせてくれるのはサダコ様のほうでしょっ!そうでした。訂正。二人で漫才して笑いあいたいです。)


もう一人はどうしたの?

2008年12月19日 | 認知症

お待ちかね!アルツサダコ様の登場です。

読者のなかにはアルツサダコさんのファンになった人もいるようですね。

サダコ様は介護拒否が強いので、いつも「後で私がやるから、あなたはやらなくていい。もう止めて。」と言って、掃除も台所の片付けもゴミ捨てもヘルパーにはさせてくれません。で、「コタツに入れ。足を伸ばせ。お茶を飲みなさい。お菓子を食べなさい。」とヘルパーを接待しようとされる。

下手に断ろうものなら、「私は今から出かけるから、もう、お帰りください。」と言われてしまう。

gooはサダコ様にはヘルパーの訪問を楽しみにしてもらうことを目標にしてきた。

努力の甲斐あって、楽しみにしてくださるようになった。掃除機や雑巾は触らせてもらえないが、おしゃべりして笑ってじゃれて一緒に歌い、まるで「お笑い芸人コンビ」のようなgooとサダコ様になった。

goo「金襴緞子」これ、なんて読むの?中国語?

サダコ様「こんなもの読めないの?これは、きんらんどんす」

goo「へ~、日本語だったのかぁ」

サダコ様「おりこうになったね。♪ き~んらん ど~んすの お~びしめ~なぁ~がら~♪ 花嫁ご~りょおおわあ なぁ~ぜ なぁ~くぅのぉ~だろぅ~~~。」

一緒に合唱すること10回。

 

goo「あの~、ヘルパーにお仕事をもうしつけ下さらないと、困るんですが。」

サダコ様「困る?そんな歌があったね。」

合唱♪「困っちゃうわぁ~。デートに誘われてぇ~。」

goo「続きも歌えますか?」

サダコ様♪「どぉっしよう~。まだまだ早いかしぃ~ら。」

のりのりサダコ様 もうすぐ90である。かわいい!

そこまで繰り返し合唱すること10回。

 

goo「そうだ!これにスナップえんどうとトマトをそえましょうよ。」

サダコ様「そうだ!ソーダ村の村長さんだ。」

goo「わあ、懐かしい。小さい時、朝から晩まで一日中その歌を口ずさんでいたわぁ」

サダコ様「一日中?そりゃあ、喉がからからになる。」

goo「だって、子供心にとても面白い歌詞でやめられなかったのよ。今日、思い出したからには、また、しばらくソーダ村の歌が頭の中をぐるぐると。」

サダコ様「エ~、ヤだよ。」

goo「最後まで歌えますかあ」

サダコ様のりのりで♪「ソーダ村の村長さんがソーダ飲んで死んだぁソーダ。葬式饅頭でっかいソーダ。中にあんこは無かったソーダ。♪」

gooの知っている歌詞と少し違う。「葬式饅頭もらえんソーダ」であるが、サダコ様のほうの歌詞のほうがおもしろい。そちらを採用して、合唱。

さて、今晩の夕食メニューは、ぶりのカマ焼、長いもすりおろし、スナップえんどう、トマトである。無事、準備できた。ソーダー村の村長のお蔭だ。


ほっとして、終了の記録を書いていたら、突然、サダコ様が聞いてくる。
サダコ様「もう一人いたでしょ?ヘルパーさん。どこいっちゃったの?」
goo「私ですよ。ここにいますよ。」
サダコ様「違う、あなたじゃないの。もっと若い人。お台所にいたでしょ。」
一瞬、唖然としたけど、とぼけてみる。
goo「若い人?サダコ様自身じゃないの?」
サダコ様「何言ってんだか。ヘルパーさん他にもいたでしょ。」

(訪問してきたヘルパーは私ひとりなんだけど・・・)

はは~ん。ここで逆らったり、諭してみたところで、意味がない。

goo「私だけ残りました。私も記録を付けたら、失礼しますね。」
サダコ様「そう・・・もう一人は先に帰っちゃったのね。」

サダコ様に新しい展開が!見えてはいけないものが見えるのか?
な~んて思ったりして。

今日は、のりすぎだったので、別人に思えたのだろうか。

しかし、もう一人のヘルパーは、若くて、馬鹿ばかり言うおかしいヤツらしいよ。
いったい誰だよ~~~~~。


どうしても脱いじゃう

2008年11月19日 | 認知症

お部屋に入るとお爺様、裸んぼう。あら?清拭中?

何でタオルケットやシャツや上着でお顔を隠しているの?

そこへ奥様がおろおろとやってきて、「昨晩からずっとこうなの。全部自分で脱いじゃうの。お布団も全部手繰り寄せて、頭からかぶってしまう。窒息しないか心配。それでいて、寒い!と怒ったり。一晩中、着せては脱ぎ、布団をかけては剥いでの繰り返し。頭がおかしくなっちゃったのかしら?風邪をひいたら大変。どうしたらいいの?」

gooは過去に2人、脱いでしまう人を介護したことがある。脱がないようにする特別な策はもちあわせていない。脱いだら着せるだけ。訪問の3時間ずっとくりかえしたこともある。そのうち うつらうつらとねてしまわれる。

一人は、着せるのにgooの方が先に疲れてしまい、どうしたらよかんべな~と万策尽きた時、「あのう、ちょっと休憩させて下さい。」とお願いしたら、「休憩してもよし」といわれて、?一体私は何をしているんだ?この脱いだり着たりはこのお年寄りの仕事のつもりだったらしい。私に何かを教えているつもりらしいが、「出来の悪い生徒なので、ちっとも自分の身体が楽にならない。」というようなことを言っていた。

もう一人は、とにかく身体を楽に軽くしたかったらしい。脱いでいるのは服ではなく身体の皮膚にまとわり付くどうしようもない「だるさ」だったようだ。

他人には奇行としか映らない「脱いでしまう」行動は、自分の身体の不快なものや違和感などと 何とか折り合いをつけるための、止むに止まれぬ行動ではないかと思う。

今回のお爺様も寝たきりなのに上手に服を脱いでしまわれる。一生懸命なのだ。

お爺様本人よりも奥様のフォローの方が大切である。まずは、「脱いでしまわれるのは珍しい事ではありません。お部屋を暖かくしておいて、気がついたら、また着せてあげてください。着るのを嫌がられたら、しばらく好きなようにさせて、裸のままでも気にしないことです。何か自分と折り合いを付けたいための動作だと思いますよ。女性だって、脱いでしまうのです。まだ、男性だからまし。、それから、これは、しばらく続きます。が永遠に続くわけでもなさそうですよ。」

と、自分の知っていることの一部を伝えた。そして、薬や血液中のアンモニア濃度などのチェックを看護師さんにすぐにお願いしてもらうことにした。

こうして2週間が過ぎた。まだ、お爺様は相変わらず脱いでいる。激しく脱ぎたがる時と、そうでもない時がある。日増しに寒くなる。奥様は「つなぎ服はどうだろうか?」と聞いて来る。やはり脱いでしまうご主人のお世話に疲れてきているのだ。老老介護だものね。そう考えるのも無理はない。

「ん~。脱ぎたいのに脱げないとイライラして、返ってよくないかもしれない。でも、どうしても、着ていて欲しいと思うときもあるからね・・・・。」

実は、gooの母も最期に近いときは寝巻きをはだけて胸をあらわにしていた。だから、お見舞いの人が来る時、とても困った。

以前のようにヘルパーが長時間にわたってお爺様の横について介護してあげられない介護保険サービス。ヘルパーが帰った後、ず~と一人で介護し続けて、お爺様のそばから離れる事のできないおばあ様を責める事はできない。


おかしいけど、泣けてくる

2008年10月25日 | 認知症

才媛の妻であるアルツサダコは、家計簿をつけている(らしい?)。

30分前に自分が調理したものをきれいさっぱり忘れてしまう。毎日同じお野菜・魚・漬物をおやつを買ってきては、冷蔵庫をあふれさせ、あちらこちらに、放置して腐らせてしまう。

でも、「長年やってきた主婦の勤めをきちんとこなさなくてはいけない」と思い続けているので、分からなくなった数字でも家計簿にこだわり、めちゃくちゃな買い物を雨の日も風の日も続け、片っ端から調理しようとする。もはや家計簿の意味はないのだが、いつも家計簿を出しては、記入して家計管理をしなくては!と考えている。記入している姿を一度も見たことがないのだが。

だから、特売品やお買い得!と思われる食材を買ってきた時は、「まあ、サダコサンお買い物上手!」と褒めて差し上げるし、家計簿も馬鹿にしないで、いつも側において置くようにしている。ヘルパーによる家事手伝いは拒否だらけだけど、サダコさんの記憶の一部をちょっと助けてあげたり、気分を良くしてあげたりと、さりげなくヘルプできればと、gooも必死なのである。(なんだか、負けっぱなしだけどね。)

今日、いっぱいの冷蔵庫の中から、家計簿がでてきた。

発見したのはサダコさま本人である。ひんやり家計簿。冷蔵庫のにおいも少し移っている。

「あら、私、こんなところに家計簿いれて。ふふふ」笑ってられるからいいよね。
もし、それが、gooだったら、泣けてくるよ。

きょう、また少し、認知症の人の行動基準が分かったような気がした。ずっと一緒にいたら、もっと理解できるかも。めちゃ苦茶しているのではなく、ちゃんと考えあっての行動なのだが、時々軌道修正に正常な人に接しないと、異世界の住人のまま、戻ってこられなくなりそうだ。


敬老の日

2008年09月15日 | 認知症

敬老の日、65歳以上は総人口の22.1%にあたる2819万人で、昨年と同時期より0.6ポイント増えて過去最高を記録した。

今日gooは94歳の入浴介助に行き、94歳「アリセプト服用」の劇的な好転を目の当たりにした。

敬老!アリセプト!万歳!

 

以下引用

アリセプト(エーザイ、主成分 塩酸ドネペジル)は、老人性痴呆の原因の多くを占めているアルツハイマー病の治療薬です。正確に言うと、アリセプトはアルツハイマー病の「痴呆(記憶力の減少)の進行を遅らせる」薬であり、アルツハイマー病の「根本的な治療薬」は現在のところありません。アリセプトのことを、あえて『治療薬』と書いたのは、「痴呆を発症する前の状態に回復する」という意味での薬がアリセプトの他には無いからです。

アリセプトは、アルツハイマー病患者の脳内にあるアセチルコリンという化学物質の分解を抑制する薬です。

アセチルコリンは、記憶学習に関連する物質ということが動物実験で明らかになっており、アルツハイマー病患者の脳ではアセチルコリンが減少していることも知られていました。アリセプトは、脳内でアセチルコリンを分解するタンパク質「コリンエステラーゼ」の機能を抑制し、結果的にアセチルコリンの量を増やすことで、記憶学習機能の低下を防ぎます。アリセプトと同様のメカニズムを持つ薬剤開発は他社でも行われていたのですが、脳のコリンエステラーゼに対して抑制作用を持つ化合物として最初に見いだされたのがエーザイのアリセプトです。


パーソンセンタード・ケア

2008年09月07日 | 認知症

認知症ケアでの「成功」とは、どういう意味なのでしょうか?元に戻りえないものを元に戻そうとすることではないと 一般的にも認識されるようになってきています。

「認知症で問題行動の○○さん」というレッテルからその人を見るのではなく、「自分の人生をこんな風にあんな風に主体的に生きてきた○○さん」として知り、あたたかい絆のなかで生きていけるように個別的で相手を尊重した支援=Person-centerd careができることがケアの目指すところでしょう。

このパーソンセンタード・ケアについては

トム・キットウッド著、高橋誠一訳『認知症ノパーソンセンタードケア  新しいケアの文化へ』筒井書房、2005

スー・ベンソン編 トム・キッドウッド/ボブ・ウッズ企画・構成『パーソンセンタード・ケア 認知症・個別ケアの創造的アプローチ』かもがわ出版

を読んで知った。

日本の認知症ケア文化のなかにこの考え方がやっと浸透してきたかなと思う一方で、「認知症ケアマッピング」という、一人の認知症者の状態を構造的に詳細に観察し、その人物の生活状況(QOL)を把握できる専門家は育っていない

「認知症者の主観的満足感を共感的にとらえようとすること」、「個性にかかわる心理的ニーズを認識すること」は、介護者にとって 強い精神力と愛情と忍耐力と時間を要する事である。

定期的に居宅訪問を継続している訪問介護ヘルパーに 是非この教育と訓練がされることを望む。gooは一番にこの教育をうけてみたい。

施設での介護士には、認知症以前の人柄を知ることは一層 難しいことかもしれないが、居宅訪問であれば、認知症者の城に赴くわけだから、多くのヒントを得やすいであろう。

gooは今まで認知症の人のケアで なんとなくこうすると良さそうという体験を少しずつだが積んできた。家族アルバムや大切にしている品物や好きな音楽や趣味などを知って一緒にその人の人生をなぞることがケアに大切であることに気付いていた。この他人の人生をなぞること、そのひとの人生に興味をもって接することが、ケアの第一歩と考えて良かったんだと、パーソンセンタードケアの本を読んで安心した。

 

この本を読むきっかけは、ブログのコメントで紹介して下さった方のお蔭である。

プロとして介護職を続けている以上は、知識を得る努力・勉強を続けて行きたい。

「知識が困難に立ち向かう勇気を与えてくれ、知識が自分を助けてくれる。」

その通りだと思う。ありがとうございます。

次は、高次脳機能障害の本を読んで見ます。どの本も図書館にちゃ~んと蔵書されていて、他にも勉強している同士がいることがわかりました。ほんとうにありがたい事です。

 


勝った負けた、アルツハイマーは手ごわい

2008年08月22日 | 認知症

アルツサダコは介護拒否がある。なかなか家事をヘルパーに手伝わせてくれない。自分でするからというが、もちろんできない。

あの手この手で気分を変えて、アルツサダコとのおしゃべりの合間に掃除と調理を行う・・・・・ことになっているが、日の浅いgooにはまだ、気を許していないので、お互い顔でにっこりしながら、かなりの頭脳バトルをしている。サダコは頭の回転がとても速い。90歳近とは思えない。もっともらしい理由をつけては、gooの協力を断って来る。

買ってきた生ものを冷蔵庫に仕舞わないで、出窓におきっ放しにしてある。

私「サダコサン。お魚がくさったら大変。冷蔵庫にしまいましょうか?」

サダコ「人にしてもらうと、わからなくなるから、自分でします。」・・・もちろんしない。

私「サダコさん。今日のお夕飯は何にするの?教えて~」

サダコ「お肉を焼くだけだから、5分あればできる。まだ、5時過ぎだから、しなくていい。」

私「それでは、付け合せにお野菜を切っておきましょうか。」

サダコ「付け合わせね~。」私「インゲン炒めましょうよ。」サダコ「ジャガイモをゆでるからいい。もう、皮をむいて置いてあるの。私はせっかちだからね。」もちろん、皮はむいてありません。幻覚でしょう。

私「もう、洗濯物を取り込まれましたね。一緒にたたみましょう。」

サダコ「たたみ方が決まってるの。自分でやらないと気持ちがわるいから、やらなくていい。それよりも、お茶しましょ。ここに座って」

というわけで、負けっぱなしのgooである。

お茶の間で一緒にテレビを見ながらお茶をする。オリンピックのシンクロスイミングをやっている。サダコが洩らす

「私は、足が速くてスポーツは何でもできたけど、泳ぐのだけはだめ。ぜんぜん浮かないのよ。」

やった、サダコの弱点ゲット。サダコはカナヅチ!1メートルも泳げない。
オリンピック画面がビーチバレーに移っている。サダコが身を乗り出している。「私はバレーボールの選手だった」という!
女学生の時、ちょーちんブルマーでバレーボールをしていたそうだ。
「誰も信じてくれないけど、写真にとってある」そうなので、「必ず、アルバムを探して見せてくださいね。」と、お願いした。

ついでに、結婚式の写真はあるか?と聞いていみる。
結婚式は戦中なので、地味にすませなければならないので、結婚式の写真はない
のだそうだ。残念。

当時は贅沢は敵だったのだ。そこでサダコ、いきなり
「♪へいたいさんの おかげですう~♪」の歌を歌いはじめる


歌い終わると、柱時計が「カン」て一つ鳴った。

サダコが言った。
「この時計は、勤勉だね。カンだって。」
おかしくて、二人で涙が出るほど大笑いした。

今日の訪問も濃いお茶を3杯も頂き、自分が調理したみょうがとインゲンと人参の天ぷらで接待されて一緒に少し口にし、肉は焼かずに、サービス終了。

今日の勝負は柱時計の勤勉さ(?)に助けられて、うきうきした気分でサービスを終了したので、「今日はサダコに勝った」と思えた。