このごろ訪問先でよく耳にするのは「介護保険料をちゃんと払っているのに希望のサービスが使えない」という、不満の言葉とため息です。
この言葉を一番つらく受け止めるのは、多分ケアマネージャーさんでしょう。
2年前に厳しい規制条件を市町村から指示されて以来、お年寄り家族の現場の窮状を知りながらも、希望に添うプログラムを提供できなくなり、「今まではできましたが、これからはできません。」と申し訳無さそうに説明しているケアマネさんの姿も気の毒です。
gooの仕事の訪問地域は裕福な家庭が多く、老人施設数も医院数も全国でトップクラスの恵まれている地域です。市町村の平均余命が男女共に全国ベスト10入りしています。
それでも、このごろgooのまわりで聞こえてくるため息のおもな原因は、
「同居家族がいらっしゃるので、生活援助サービスはご提供できなくなります。」という申し渡し。
2000年の介護保険制度が始まった当初は、家族がいてもお年寄り本人のことであれば、家事援助ができました。例えば、お年寄りの汚した衣類・シーツの洗濯、お年寄りが召し上がれる様に柔らかく作った一人前の食事の用意、お年寄りが過ごしているお部屋の掃除などは、介護保険内のサービスとしてヘルパーに業務指示されていました。
しかし、ここ2年間で、独居の場合に限り 掃除や洗濯や調理などをヘルパーがお手伝いできますが、日中に健康な同居家族(お嫁さんとか息子さんとか)がいる場合は、家事はご家族にお願いしてください。ということになってきました。
gooも内心、「もっと家族の協力をお願いしたい」と思う事も多いので、この方向性は、しょうがないと思います。
ただ、今後、老年人口指数が上昇する事を思うと「家族をまもる別の方法の準備」なしで、今まで提供していたサービスを急にばっさりと一律に切るところに問題があると思うけれどもね。
それに、もっと誠意ある態度で市町村がみんなに、説明してくれれば、愚痴の出かたも違っただろうに。頻繁に変更されていく制度の細則は、お年寄りや家族には まるで「寝耳に水」に感じるようです。
と、いうわけで、gooも「次回訪問からは、掃除なしね。調理なしね。」とサ責から連絡を受けて、時間を短縮されて、身体介護のみの訪問にうかがうと・・・・
部屋の中やトイレが汚れていたり、お昼ごはんは、おはぎや菓子パンだったり、洗濯せずに着替えずにいたり、出しそびれたごみが匂ったりしていたり・・・。家族の手を煩わせて家族に不機嫌になられるよりは、少しぐらいの事は我慢したほうが気が楽というお年寄りもいれば、こんなことをぐらいをいちいち人に頼まなくてはいけない自分が嫌になったから早く逝きたい、というお年よりもいる。
こういう現場に出くわすと、ど~んとgooの元気がなくなり、無力感に襲われるのです。
今の家族という集団の扱いは難しい。現代人の意識のなかに「上手く同居するコツは精神的に距離を置く事、互いに干渉しないこと、頼らないこと」が当たり前になっているので、意識と制度の目指すところにギャップがあります。
親子・家族・近所に「距離」を置く、「不干渉」であるのが良いという現代の意識を大きく変えていかない限り、 もはや制度の限界を補う事はできないのです。
NHK「ご近所の底力」という番組は意識変革の啓蒙番組の一つになっていると思います。政府の説明・啓蒙活動のなかに「人のお世話をする事される事がお互いの人生を豊かにし、近いもの同士が協力しあえばどんなに大きな力となるか」ということを盛り込んでいかないといけないようです・・・・。
どうか、虐待やネグレクトが増加しませんように・・・。
gooの元気がこれ以上そがれると、訪問介護士のお仕事から離れたくなるかもしれない。
介護士不足・仕事離れは給料の低さだけが原因じゃないからね~。