「A CREED FOR THOSE WHO HAVE SUFFERED(悩める人々への銘 )」という、
南北戦争を戦ったある無名兵士の詩をご存知だろうか。
その中の一節にこんなものがある。
「偉大なことができるようにと 健康を求めたのに
よりよきことをするようにと 病気を賜った」
・・・本当に深い言葉だと思う。
この節だけでなく詩全体が素晴らしいので、是非ご一読あれ。(ネットで簡単に見つかります。)
ちなみに、私がこの詩に出会ったのは作家で精神衛生、心理学教授の加藤諦三氏の著書。
私は読書が好きで、うつに罹ってからうつや、心の持ちよう等に関する本をかなり読んだが、
加藤諦三氏の本が、最も真理に近いというか、心にぴたっとくると思っている。
うつや精神衛生に興味のある方には加藤諦三氏の本をお勧めしたい。
前置きが長くなったので、本題に入りたい。
紹介したこの詩の一節は「よりよきことをするようにと 病気を賜った」と謳っているが、
私も最近自分自身に、なぜうつ病に罹ったのか、この病気の意味は何かと問いかけている。
ちなみに、先に断っておくが、「うつと生きる上での人生観」シリーズは、
「完治とは、病前の状態に戻すことではない。生まれ変わる事。」の記事にも書いたとおり、
私自身の思想は変化するはずなので、それにつれて記事内容も変わると思われる。
多くの記事の中に矛盾する内容や正反対の内容が書かれることもあると思うが、
それは本人の成長の印と思ってご容赦願いたい。
と、さらに前置きが長くなったので、結論から述べると、今現在の私は
病人や老人、貧困者など、弱くて苦しい立場の人のことを理解する為に病気になったと思っている。
ラッキーな事に、私は人生でうつ病以外にこれといった病気に罹っていない。
入院もしたことがない。パニック障害で自分で救急車を呼んで運ばれたのが人生最大の事件だと思う。
なので、ここしばらく病気の人の気持ちなんて考えていなかった。
もちろん友人が腎臓を壊したり、親が難病に罹ったり、身近に病人はいたけども、
うつになるまで本当に病気のことなんてわかってなかったんだと初めて思い知った。
遥か昔、私が小学1~2年生の頃、同じクラスに体が麻痺して車椅子に乗っている生徒(A君)がいた。
普通の車椅子だと階段の上り下りが大変なので、キャタピラ付きの車椅子の導入が決まった。
しかし、試運転なしでA君を乗せるのはまずいということで、私が試乗することになった。
このとき私はワクワクしていた。キャタピラ付き車椅子はかっこよかったし一番乗りなんて面白そうだ。
だけど、乗ってみて衝撃を受けた。怖い。ジェットコースター大好きの私でもめちゃくちゃ怖い。
階段の昇降中は思ったよりずっと椅子の角度が急で、完全に天井しか見えない。
どう考えても、この角度だと今すぐ後ろに転げ落ちるだろ!という角度のまま、
ものすごいスローに車椅子が進む。遅い、遅すぎる。
私は一瞬でも車椅子がうらやましいと思った自分が馬鹿だったと思った。
そしてその後、爽やかにその車椅子を乗りこなすA君はなんてすごいんだと感動した覚えがある。
彼の世界を生きることはすごいことなのだなと。
ちなみに、私がこの体験をした小学校にはいわゆる養護学級があり、かつ、特別な授業をのぞいて、
養護学級の生徒も通常のクラスで一緒に勉強していた。
だから、同じクラスにはA君以外にも、(おそらく)発達障害等の障害を持つ子が何人かいて、
私の人格形成上、とてもいい環境だったなと思う。
3年生のときに親の都合で転校したが、その時に障害を持つB君がくれた手紙は心に沁みる内容だった。
と、これだけ恵まれていながら、大人になってからは病気の人のことなんかさっぱり忘れていた。
自分がうつになってやっと、同じような立場の人の気持ちが考えられるようになった。
今はまだ手探りではあるけれど、ちょっとづつそういう人の力になるような行動をしていきたい。
このブログの冒頭にも、「様々な病に悩む人に対する世間の理解が深まれば幸いです。」とあるが、
これも、私自身が病気に悩んでいろいろなサイトを見て参考にさせてもらったことから、
私なりに同じような立場の人の救いになればと思って始めた事だ。
それから、障害を持つ人の工房の製品やフェアトレード商品を積極的に購入したり、
様々な募金活動にも極力協力するようにしている。
そうして、人に優しくし始めると、今度は人を生かしてくれる自然にもおのずと感謝の念が湧いて、
エコバッグの持参や、環境保護団体への入会等もするようになった。
「褒められるのは誰だって気分がいい♪」に書いたとおり、私は出世街道からはちょっと外れた。
その意味では偉大なことを成すにはちょっと遠くなったが、
確実によりよきことをするように人生が変化しているのを感じる。
病気になったことにはきっと意味がある。私はそう信じたい。