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Agile

ちょっと心がお疲れ気味のJaneの通院記録がメイン。
他に、ちょっとした息抜きに趣味などについて書いています。

心を平静に保つこと

2013-11-18 22:01:23 | 病と生きる上での人生観

ここ数ヶ月順調に回復してきていますが、
回復してくるということは、仕事に復帰する日も近づいているということ。
今現在、私は非常に複雑な気持ちです。
会社で働いていた頃のことを思い出すと、怒られた時のこととか、
嫌な思いをしたときのことが頭を支配して、うんざりします。

次、会社に復帰した時に、また再発しないようにするためには、
どういうことに注意したらいいのか、よく考えないといけないと思っています。
その中で、一番重要なことは、気分を一定に保つ事だと今は考えています。
忙しかったり、思うようにいかないからといって、イライラしない。
逆に、良い事があったり、発奮材料があっても、テンションを上げ過ぎない。
そういうことが大切だと思います。

ただ、現実は言うは易し行う難しなわけで・・・。
実際に会社で働いていて嫌な思いをしたわけでもなく、
ただ過去の出来事を思い出すだけで、吐きそうな気分になっている自分を
今後どうやってメンテナンスしていくか、課題だと思っています。

会社に所属していると言う事は、チームで仕事をしていくということ。
複数人で仕事をする時には、誰かに助けられる事もあるけど、
必ず誰かとぶつかったり傷つけられたり、対人面で辛い思いをすることになる。
業績面で足を引っ張られるよりも、変な怒られ方をしたりとか、
ふてぶてしい態度などで、精神面で引きずられるのが私は非常に嫌ですね。

もしかしたら、会社員ではなく1人でする仕事の方が向いているのかもしれない、
なんて時々思います。
もしどんな職業にでも就けるとしたら、今は小説家になってみたい気分ですね。
重い作品を書くのはちょっと気が引けるので、ラノベ作家とかいいかな。
でも現実的には、自分のスキルや経験を考えると、大胆なジョブチェンジは難しいし、
そもそも、転職するという大仕事ができるほどの行動力も今はありませんしね。

心を平静に保つ方法というのは、一流のスポーツ選手でも難しいことだと思うので、
当然、私のような一般市民が一朝一夕で習得できるものではありません。
だからこそ、こういう時期に少しづつでも自分なりに
いろいろと模索していくことが重要だと考えています。


私は以前、心を平静に保つためのヒントを父から1つ貰いました。
数年前、母方の祖母が無くなった時、私は電話で連絡を受けた時点で
激しく動揺してしまいました。
実家に向かう新幹線の中でも泣いていた時、父に
「非常事態に対面する前から動揺するな。
事実と対面した時に泣いたりするのは仕方ないが、
それまでは日常と考えていないと負担が重くてやっていけないぞ。」
という趣旨のことを言われたのを覚えています。
その時は、あまり響かなかったのですが、今考えると、
父の言葉は、流石にいろいろな経験を積んできた重みがあるなと思います。

先日、今度は父方の祖母が他界しました。
小さい頃からとても可愛がってもらっていたので、とても残念でした。
でも、死を悲しむことと、落ち込むこととは別ですからね。
医師からは、身内の不幸をきっかけに体調を崩す場合があるので、
1~2ヶ月ほどの間はゆっくりしてもいいと言われました。
既に2週間ほど経過しましたが、今のところ心の乱れはありません。
これは悪い意味で引きずることなく、
しっかり気持ちの切り替えができた証拠であり、
1つ進歩できたのかなと思っています。

悲しいことや辛いことをうまく乗り切るメンタルをどう作るか、
心の平静を保つ為に、気持ちをどう切り替えればいいのか、
これからも試行錯誤していきたいと思っています。


ところで、私は人の死というものについてよく考えます。
自分も、自殺したいと思うことがあったので、どう生きてどう死ぬかは
やっぱりいやでも考えてしまうのです。

いろいろ思うところはありますが、細かいことは別の機会に書くとして、
1つ言える事は、祖母がとても穏やかに死を迎えることができたから、
残された私達も穏やかでいられるのだということです。
悲惨な死に方をしたら、残された人も辛い思いをする、
自殺されたら、自殺したいくらい傷つく、
だから最期まで頑張って生きていかないといけない、
そういうことなんだと思います。


89年生きていてくれた祖母に感謝して、この記事を締めくくりたいと思います。


☆ブログ約1周年☆

2012-10-03 16:41:45 | 病と生きる上での人生観

こんにちは。ブログ主です。

このブログをスタートしたのは2011/9/1です。
1周年の記事を書くタイミングを思いっきり逃しました(^^;)
というわけで、「約1周年」ということで記事を書きたいと思います。

ちょうど1年前の10/3の記事「ダメダメ。。。」の時はまだ、仕事もしていましたね。
そして当時はまだ、双極性障害ではなくうつ病と診断されているときでしたので、
パキシルやサインバルタのお世話になっていました。
ちなみに、サインバルタは双極性障害においては躁と鬱の周期を早めると
言われているようなので、今思えばサインバルタはよくなかったかも知れませんね。
・・・まぁ、だからって誰も責める事なんてできないんですがね。

また、こんな記載もありますね。
  土日も部屋真っ暗にして、電話もメールも遮断して、じっとしてた。
  facebookも最低でも1日1回はチェックするのに、全くそんな気にならなくて。
  とにかく外界との接触が本当にイヤでイヤでしょうがなくて。

う~ん、若いなぁ、自分(苦笑)
今はもうそんなのあたりまえの日常ですからね。
そもそもこのブログの更新頻度もかなり下がっていますしね・・・。

会社を休職したのが昨年の11月ですが、なんとなく休職前の方が元気でしたね(^^;)

ただ、記事を読み返すと、「病と生きる上での人生観」や
アラサー女の恋ゴコロ」シリーズなどは我ながら若いなぁと思う部分も結構あります。
最近はもう、何かに悩んだり怒ったりする元気もなくなったし、
ちょっとした怒りや迷いは無視できるようになり、少々大人になった感じ。
・・・ただ年取っただけかも知れないけどね(苦笑)

1年前の自分は、まだ治るんだ!元の生活に戻れるんだ!って
信じて頑張ってたんですね。
今はもう、もう元には戻れないんだってことを前提に、
これからどうやって生きていこうかを考えるというスタンスに変わりました。
躁うつ病と二人三脚で生きて行く覚悟が芽生えてきた感じですね。

これが1年かかって学んだというか変わった部分なんだと思います。

さて、最後にこのブログを読んでくださった方に感謝申し上げます。
今後も、治療の記録的な意味も込めて、少しずつですが更新を続けていきますので、
何卒よろしくお願い申し上げます。


本当の自分探してる人へ

2012-08-27 18:14:37 | 病と生きる上での人生観

「本当の自分」を探してる人とか、「自分探しの旅」してる人とか
ちょっとそこに正座でもして、説教聴いていってくださいよ(怒)


いいですか、本当の自分なんてわかりっこねーんだよ!
人間が人間である限り、自分自身を全て知る事なんてできねーんだよ!
どうだ、わかったか浅はかな者どもめ!


私は、病気になってつくづく思うけど、人間が理性とか意識とかで
把握できる事なんてたかが知れてるんだよね。

だって、もし自分のことがなんでもわかるなら、
夜寝るときにどんな夢を見るかだってわかるんじゃないの?
でも、夢の中の出来事は確かに自分の生み出した光景なのに、
思ったより残酷だったり強欲だったりするでしょう?
そういう夢を考え出したのも自分なんだよ。

自分っていうのは、意識+無意識で出来ていて、
無意識ってのはその名の通り意識できないから無意識なわけ。
すなわち、自分を全部知るなんて無理なわけ。

逆に、何か出来事に対して自分でも想像付かなかったリアクション、
例えば、急に夕日を見て泣きたくなったときに、ああそういう自分もいるんだなって、
そうやって知らない自分が居る事を知ることが重要なんじゃないのかね。


私は、この病気になって人の気持ちとか記憶とか人格とかそういうものは
脳の血流や脳内物質の働きで構成された、とても脆いものであることを知りました。
人格とか、性格というものが、
全然自分の理屈とは関係ないところで勝手に起こる化学反応で
見事に振り回されちゃうことを知りました。
たったの薬1錠で、人は怒りっぽくもなるし、涙もろくもなる。
感情すらそんなもんなんですよ。

だから自分がどんな奴なのかのなんてもう全然わかりません。
わかろうともしない。
だって、人間の体も心も自然の神秘そのもので、わかりっこないものだから。


最近の流行歌の残念で安っぽい歌詞よろしく、
「本当の自分」を探してる人とか、「自分探しの旅」してる人は、
探すのをやめて、永遠にわからないこともあるんだと謙虚に認めましょう。

っていうか、絶対に本当の自分なんて見つからないことだけはお約束します。
以上。


微妙な心境

2012-03-16 23:00:38 | 病と生きる上での人生観

3/16の診察報告」で少し書きましたが、今日は久しぶりに会社に行きました。
もちろんロビーまでで、中には入ってないですよ(^^;)

上司から、職場の現状を聞いたり、同期の昇進・異動の話を聞いたりして、
正直、なんとも言えない心境です。

今、TVで3.11の地震の特集をやっています。
震災はとても深刻な出来事だと思います。
多くの肉親を失い残された子供達がたくましく生きていく様は素晴らしいと思います。

でも、私にとっては3.11よりも、この病気の方がずっとずっと深刻な事なのです。
放射能よりも、何よりも、病気が第一の問題なのです。
不謹慎だなと思いつつも、それが本音なんです。


やっぱり、私にとって出世して社会的地位を築くことは人生の大きな目標でした。
今日も、昇進した同期の話を聞いて、心から悔しいと思いました。
病気さえなければ、私だって昇級できたかもしれないのにと思うと、
少し泣きそうになりました。

頑張らなくていいなら、最初からそう言って欲しかった。
中学受験なんて必要なかったし、大学にも行かなくてよかった。
大企業の総合職、しかもSEなんかにならなくてもよかったんですよ。
私は、そんなに器用じゃないから、女捨てて仕事してきました。
私がデブになったのは、中学受験のせいです。
こんな私が、仕事で成果あげられなかったら、今までの人生はなんだったんだって思います。

本気になれば、1~2年のブランクだったら埋められるかも知れないけど、
それだけの成果を出すには、相当ハードに働かなきゃいけない。
躁鬱病を抱えている私には、もう昔のような働き方はできないからそれも無理。

価値観を変えなければいけないとか、転職しようかなとか、
このブログにもいろいろ書いたけど、やっぱり私は、まだ何も変わっていない。
病気で、「偉くなりたい」っていう目標を失って、宙ぶらりんのままなんだと思い知りました。

かといって、元の職場に戻ってまた頑張ろうとも思わないし、できない。
課長の話は、聞いてるだけで胃が痛くなりました。
間違いなく、ロクな職場じゃない。
そんな状況じゃ、明らかにハードワークを強いられる事になるだろうけど、
それはできないし、かといってまったり仕事してるわけにもいかないし、
にっちもさっちもいかなくなって、また病気になるっていう姿が目に浮かんじゃってしょうがない。


早くよくならなきゃいけないなと思うんです。
家族もそう思ってるし。
でも、正直、私が新しい目標を見つけない限り、本質的には治らないんじゃないかな。

新しい目標を持たなきゃって、ずっと考えているけど、まだ見つからない。
ぶらりぶらぶら、ちゅうぶらりんで生きていくのは、
気楽なように見えて、実は結構苦痛なのです。


私の生き様

2012-02-20 05:15:44 | 病と生きる上での人生観

この記事では、私の好きな生き方・・・いや、そうなる気がする運命というか、
とにかく生き方とか運命みたいなことについて書きたいと思っています。

躁鬱病という病気に罹って、今までの考え方とか生き方を変えなきゃいけないと
思うんですが、どうしてもコアなところでなかなか変えられない生き様というか
美学みたいなものがあると気が付いたんですよね。

この人と決めた人に徹底的に尽くし、自分は散る。
これが、私のなぜか変えられない美学であり、悪い癖のようです。

いろいろな歴史上の人物について見聞きしたときに
自分の共鳴するツボがどうも偏ってることから気が付きました。

最初は、吉川英治の三国志。
私が肩入れしたのは、呉の孫策と周瑜でした(太史慈なんかも好きだったけどね)。
三国志は長い話なんですが、もう周瑜が死んだところ(確か4か6巻あたり?)で
完全に読む気なくなりました(一応読破しましたが)。
蜀とか魏とかどうでもいい!ってゆうか、諸葛亮マジムカつくみたいな(--メ)

その後、社会人になって苦手だった日本史に少し興味を持つようになり、
戦国時代についてちょっと調べてみたんです。
そこで初めて、関が原の闘いの真実と石田三成という人物の存在を知りました。
おのれ、憎き家康め!生涯恨んでやる(`ヘ´#)
・・・と、気が付けば思いっきり三成びいきになり、未だに家康が大嫌いです。
日本の偉人達」で書いたように、日本の歴史上の人物を調べているときも
徳川家康のWikipediaページだけは絶対見ない!って思ってましたから(笑) 

で、とどめの一撃が土方歳三。
もう、なんていうのかな・・・この人もしかして私なんじゃないか?って思うくらい
なんとも言えない共感を覚えましてね。
いや、私のようなパンピーが土方さんの生まれ変わりとか滅相もないんですけどね、
でも、もしかしたら土方さんに憧れて新撰組に入って死んだ名も無い隊士の1人くらいかもしれない(苦笑)
とにかく、その生き様の全てが自分自身と重なっちゃったんですね。


まず、自分はリーダーじゃないところ。
私、本能的になのか何なのかよくわからないんですが、有能なボスについていくのが好きで、
実際仕事なんかでも自分で舵をとるより、サブやってるときの方が活き活きしてるんですよ。
生徒会でも副会長だったし(笑)
周瑜も軍師、土方も副長で大将じゃない。
三成も秀吉に仕えていた時は良かったけど、自身が大将(正確には違うけど)になった瞬間
やっちまった感があって、こういうところが凄く共鳴するんですよねぇ。

そして、リーダーへの忠誠心がハンパないところ。
ま、歴史上の人物達には実際会ってないので、もしかしたら皆いつかボス寝首を掻こうと
思ってたかも知れないんですが、多分私の好きな偉人達は皆、自分の主には忠実だったんじゃないかと。
私は、自分でこの人について行くって決めたら、例え負け戦でも付いて行く人間です。
・・・そんなことして、自分を酷使したせいで病気になっちまいましたが(汗)
でも、三成がしぶしぶ秀吉の朝鮮出兵についていったような、そういう生き方がなんか好きなんですよね。
こういうのを美学っていうんでしょうね。

ラストは、凄くデキル奴なんだけど、最終的には負けるところ。
いや、別に自画自賛するつもりはないんですけどね、私もそこまでバカじゃないんですが、
なかなか成功できないもので(^^;)
仕事でも、出世レースを順調に勝ち上がってきたのに、病気で脱落するしね。
たぶん、病気がなければもう少し上にいけたはずなんですけどね。
そういう、なんか最後の最後まで頑張るんだけど、結局負ける運命みたいなのを
凄く感じるんですよ、自分の人生に。
その感覚があるから、周瑜や三成、土方に共鳴しちゃうんじゃないかなと。

「最終的には負ける」っていう運命を感じてるって言うのも悲しい話なので、
なるべく考えないようにしてるんですが、
どうしても自分の芯の部分に悲劇性みたいなものがこびりついてとれないんですよね。
なんでだろ。


しかし、周瑜や三成、土方が、死に際どう思ってたかはわからないけど、
悔しいとか怒りを、この道を選んだのは自分だっていうことと、
自分の美学とか信念を貫いたんだっていう誇りというか意地みたいな
そういう気持ちで納得させる・・・みたいな感覚でこの世を去ったんじゃないかなぁ。

本当だったら、歴史から学んで悲劇の人生を回避すべきなんだろうけど、
今はまだそこまで考えを変えられない。
負け戦に参加して、病気になっても尚、無駄に意志を貫いてる私は馬鹿だと思う。
これから先、私はどうやって生きていくんだろう。
病気を再燃させるようなことはしたくないけど、自分の信念っていうものは
なかなか変えられないものだからなぁ。
困ったものだね。