猫の音

君の言葉を借りてみた  ~ 心のお天気 覚え書き ~

勝負

2012-09-12 | 心のお天気

その後。
頭痛によるダメージは相当強烈だった。

水曜日から数えて、
ようやく少し抜けたのではと感じることが出来たのが日曜日の朝だった。

少し軽くなったと思えてはぶり返し、
再び軽くなったと思えては、またぶり返す。
そんなことを繰り返しながら少しずつ少しずつ痛みが抜けていったと
そう実感できたのはおよそ10日も経った頃だっただろか。


今では頭を一定の向きにすることで痛むことがあり
また時としてザクザクと嫌な音が聞こえることがあるものの
頭を抱え込んでしまう激しさからは遠くにいる気がする。

それでも起床して直ぐ痛み止めの頓服を飲む生活で
一日のうちけっこう数、飲まずにはいられないのはネックだとしても
恐るべき頭痛から、ありがたいことに今は遠くにいる。


3日前、診察を受けた時
ドクターに私は新種の病気だと、
まだ学会でも発表されていない病に侵されてるんだと言ってやった。
激痛によるショックか
あるいは腰椎穿刺の痛みか、
または副作用で嘔気に苦しんでいて後続車に跳ねられる
そのどれかで私は死ぬに違いないと言ってやった。


これとない嫌味にキョトンとしていたか思うとと、
鼻でふふん、そう笑われてしまったけれど私は真剣にそう思っている。
でなければ割に合わないではないか。
痛み損だ。


いつもの口癖。
絶対大丈夫。
タケノウチはそう断言し、絶対と大丈夫を繰り返した。



いいえ。
そんな言葉で私はもう納得できません。
騙されません。

いっそう強気に、痛みに一番ばっちり効く薬を処方してくれるよう言ってやった。
入院以来、主治医の前で出たアルジの久しぶりのオラオラだ。

こやつは一体ナンテ事を言うんだと呆れられただろう。



ええ、上等。
結構。
構わない。


私は大いに怒っているのだ。
タケノウチが悪いわけではないけれど、ぶつけどころのない怒りでいっぱいなのだ。
二度と農道で未来のお米さんに向かってしゃがみ込みたくないし
名もなき頭痛に苦しめられるなんて、もう二度と真っ平だ。


これだけオラオラ言っても、怒りが解消できたとは言えないけれど
これで、もし万が一、私の読み通り新種の奇病だとして
それでみんなとサヨナラしなきゃならないことになったとしても言いたいことは言えた。
ベストは尽くした。
私は真剣にそう思っている。


水頭症の検査は追々行ってくという。

また腰に針を刺すのかと思うとゾッとするし
CTを撮れば、大枚とそれこそバイバイだ。
しかし、どんなことよりも再びあの激痛に襲われることが何より怖い。

それは時間が止まったかのような、呼吸を失うんじゃないかと思うほどの痛みなのだ。



今となって思えば、
激しい頭痛が起きたのはすべての場面において対人の時。
また、ここまで激痛でないにしても
車検時に保険屋さんと
あるいは仕事の話しなど、少々重たい話をしていた時に二度三度と起きている。


そんなことを考えたとき、
私はもう今までのような生活を送れない体なのか頭なのだろうかと思えば不安でたまらない。

執刀医を信頼しているのは誰しもだろう。
私もそうであるし、好んでオラオラと捲りたくはないけれど
痛みはそれに相当するもので、
これ以上、繰り返すことが絶対恐怖であることを
それによってとても苦しい気持ちになることを理解してもらいたかったのだ。



タケノウチ。
いざ勝負だ。

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たくさんご心配をおかけしました。
すっきり感がなく鈍さは残っておりますが、少なくとも激痛はあの日以来起きていません。
このまま永遠動き出さないことを心底願っています。
色々と、また次々に泣き言が多い猫音ですが
時間がよろしければお付き合いをいただけましたらとても心休まります。

いつもいつもありがとうの気持ちが伝わればいいなと思っています。

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トイレジャック

2012-09-10 | 心のお天気

---- 痛い時に痛いことをされる二重苦。
いえ、ハンケツも加えれば三重苦にもがき苦しみながら、どうにか腰椎穿刺を終えた -------




途中、『圧が高い。なんでこんなに圧が高いんや?』
そうドクターの呟きが聞こえる。

『せんせ。高いとアカンの?』
そう声を出してみるがドクターからの返答はない。

痛みに思わずうめき声が出てしまう。
涙と鼻が滝のように流れ顔は酷い有様になっていただろう。

『どう?少し頭痛は軽減された?』
そうドクターが聞く。

続けて、
『発作的な頭痛を10として、処置行う前(腰椎穿刺前)が7。今は?』






『・・・・ナナ。』
小さな声でそう私が答える。

すかさずドクターが
『じゃ。頭痛に、腰の痛みが足し算されただけやね?』そう言った。


聞き違いじゃない。
ナースさんが確かにクスリと笑った。


そんなこと言ったって頭痛の激しさは欠片も弱まりを見せていないし、
髄液を吸引する針の痛みが加わり、確かに足し算の法則だ。

それにしても殺生だ。
笑うことないだろう。

伝心したのかナースさん。
『もっと弓なりになると痛みが少しが軽減しますよ。』
そうアドバイスをくれるも、精一杯エビのようになってみるが
少しもその甲斐なく15分ほどだろうか、処置がようやっと終わる。

ずっと息を止めていたように思うが15分間も息を止めていたら
違う世界に行ってしまうだろうから、きっと呼吸はしていたのだろう。



問題はこの後で、
点滴が終わると病院にいるのが苦痛になり、
歩けそうだったのでナースさんに断りを入れ、じゅうぶんに休まないまま会計を終え、病院を後にした。



・・・・苦痛とは、
頭痛のピンポイントな原因、つまり病名がわからず
腰に針を刺し髄液を吸引しても変化ない、そんな自分が異様に悲しかったのだ。
病院に来ているのに診察を受けているのに何をも軽減されることなく、ベッドで独りで苦しんでいるのだ。
これほど悲しいことはなかった。
信頼していたはずのドクターが恨めしくてならなかったのだ。



しかし。
駐車場で車に乗り込んだ時、
早くも後悔が始まった。

半端ない嘔気が襲ってくる。
が病院を出てしまったのだからたとえ敷地内であったとしても戻ることは出来ない、進むしか仕方ない。

車を出して走り始めて直ぐのコンビニで早くも手洗いを拝借する。
幸い3件ほどコンビニが続くが、
その先は急こう配の、しかもカーブの多い道が続きコンビニは一切点在しない。


その上に、ガソリンメーターが点滅を始めた。
ついてない。
いや、ついてなくはない、これは完全に自分のミステイクだ。
病院まで片道26キロ、往復を考えたら留意しておくべきだった。
しかも、これだけ不調の時に。


どうするんだ自分。
いつハンドルにリバースしてもおかしくない状況でスタンドを探し給油をする。




我慢も限界の頃、ようやくカーブの少なくなった地点で停車でき農道で稲穂に向けてしゃがむ。
再びハンドルを握ってはまた停車し、農道にしゃがみ込む。

何度それを繰り返しただろう。


その日は真夏並みの陽射しが照りつけ
痛む頭が針を刺した腰が、強い陽射しにジリジリとした。

頭痛よりも腰痛よりも、後続車にはねられて死ぬんじゃないかって
そう思うと自分が哀れで涙がとまらない。

この情けなさはどう表現すれば値するだろう。

交通量はそう多くはないものの、多くないからこそ結構なスピードで車が行き過ぎる。
後から来た車に追い越されながら独り嗚咽し嘔気に苦しんだ。





ようやっと、ようやっと、家にたどり着いた私はトイレジャックと化した。

ハンケツ

2012-09-09 | 心のお天気

『痛い?』

入院していた頃から事或る毎ドクターに投げかけてきた言葉だった。
そしてその度、同じ回答がかえってくる。

『うん、少しね。』


そんな回答の時はロクなことはなかった。
少しだったことなどなかった。

が、弱り切っていた私は抵抗不可能なわけで
考えることも放棄したいほどの痛みに脱力状況なわけで
つまり思考能力ゼロの状態でナースさんより説明をいただく。

腕でひざっ小僧を抱え込み、背中を丸くして突き出すような姿勢をとるよう促される。
と同時に手をかけたと思ったら、ナースさんは躊躇なく容赦なく私のズボンを引き下ろした。

その下げ幅は私のお尻が半分出る状態であり
つまり。
冗談じゃなく半ケツな姿なのだ。

弱々しく声を出す。

『こんなにお尻出さなきゃダメですか?』

処置の段階になっても、点滴の針を無視して頭を両腕で抱え込む痛みの中
出せる精一杯の訴えだった。

だって、そもそも私は脳動脈瘤破裂。
ここの病院ではくも膜下出血のクリッピング手術を行ったわけで、
今日はそれに伴うと思われる頭痛で診察に来たわけで
半ケツ姿は想定外のことだった。


背中を向けているためその表情は計り知れないものの
『ああ・・・・』と、ナースさんから理解したともとれる発声が聞こえた。

タオルケットを挟み込みカバーしてくれるも
お尻が見えている姿勢にかわりない。

(ハンケツは、かなり広域に消毒をするため必要な体勢であることを追記します。)

今から受ける腰椎穿刺の処置は初めてでも
それがかなりの痛みを伴うであろうことは想像できるが
それにも増してこれほどの頭痛の渦中に恥ずかしいという羞恥の心は
生まれるものなのだとはじめて知る。


信頼はしている。
脳外医のわりにはフランクなドクターで、悩み事も話しやすい。
時に面白い話で笑わせてくれる。
大丈夫!が口癖で、私を三度起きた脳梗塞からも救ってくれた。
かといって、主治医だから何でもアリではない。

お尻は無理だ。
お尻は絶対あり得ない。
しかも今日は勝負パンツではない。



『手冷たいで。ごめんな。』
そんな関西弁を合図に処置が始まった。

手の冷たさなんてどうだっていい。
お尻を出している恥ずかしさで私の心は冷凍のカチカチ状態だ。


しかし。
半ケツも気になるが
腰に刺した針がとてつもなく痛い。
『ごめんごめん。痛いなあ。』
こんな時、医者はどこまでごめんと思うのだろう。
その言葉が逆に腹立たしく思える。



どれがてっぺんなのだ。
どれが頂点の痛みなのだ。

思わず、呻きながらナースさんの白衣の裾を掴んで紛らわそうとしながら
処置の終わりを告げられるまで、あと一体、どれくらい我慢すればいいのだろう ・・・・・


そう考えた。