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思うままに....
感じるままに....
JW1.5世の自分が生きてるのを不思議に思う、ひねくれ者の日記です。
扇風機の羽の真ん中をおさえるひねくれ者の日記



このごろかえってゆっくりすることの方が良いことに気がつきました.........

事の重要性が大きければ大きいほど他の人がもたついているぐらいに感じるようです。
おいらは確実に物事を行いたいタイプです。
よって慌てていると事を急ぐよりも確実に物事を行うようになっていきます。
すべてがすべてではありませんけどね。

慌てているときと言うのは「気が動転する」とよく言います。
「気が動転する」というのは頭が真っ白になったり、混乱する事を意味します。
おいらも全部が全部出来ると考えていたときは良く気が動転していました。
しかし一人の人間が出来る事なんてしれています。
普通の人でも知れているのです。
ましておいらのような劣った人間ならばほとんど何も出来ないのは当然なんです。
このことを理解するとかなり冷静になるようになりました。

半年ほど前まではカメラで写真を撮っているときにシャッターチャンスを逃したときの情けなさに対処できませんでしたが、このごろは全く違った撮り方を出来るようになりました。
よくよく考えると解りますよね。
そのときそのときにシャッターチャンスというのはありますが、それはごく一瞬なのです。
それを捉えるというのは一種の「奇跡」といっても過言ではありません。
偶然にその場に居合わせた人間が偶然に撮れることによって良い写真というのは撮れると言うことに気がついたんですな。
しかし一瞬一瞬でも毎日にシャッターチャンスが満ちている世界に生きていることも理解したんですな。
ごろごろシャッターチャンスは転がっておりどんな人でもそれを撮るチャンスは訪れているのです。

カメラの出し入れも変わってきました。
どんな人にも撮れることもありますし、撮れないときは撮れないのです。
その事を悔やんでも意味が無く、過去のことを考えても意味がないのも事実です。
よってカメラを取り出して、感度設定の確認やシャッター速度、絞りの設定をして露出も測ってから撮れるようにもなってきました。
この違いは大きいですよ。
偶然だったシャッターチャンスというものが必然になることも起こり始めたんですな。

これは生活全般でも同じで何か行動するときはその行動に伴って必要な計算をして行うようになっています。

この記事で書きたいことはタイトルの通りで「慌てているときほど冷静に」ということとより「落ち着いて物事を行う」ようにしたら良いんでないかい?という提案です。(笑)

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