マグタイム

日常のひとコマを繊細なタッチでつづる……エッセイ、詩、スイーツ感想 etc. マグカップ片手に、リラックスしたひと時を

主観的には

2009-03-26 22:08:30 | 心のアルバム
栗栖氏の歯が抜けました。正確には、差し歯が。
歯磨きでフロスをしていたら、引っかかってしまったようです。

見せてもらいました。白い歯並びの横に、1本分の隙間が出来ていて、そこに差し歯の細い土台が、葉が落ちきった木みたいにぽつんと生えています。
本人は「格好が悪い」と嫌がっていましたが、私は喜んでながめていました。
まるで乳歯が抜けた子供みたいです。かわいい。

他人には、この口は間が抜けて見えるでしょう。万が一かわいく感じたとしても、笑いだしたい気持ちが心のどこかに絶対あるはず。
でも、私は胸がキュンキュンしました。もう普段にも増してかわいい!

それで思い出しました。
自分のことです。

容姿にコンプレックスのあった子供時代。大きくなってもコンプレックスは変わらず、むしろ強くなっているくらいでした。両親は「気にならない」と言ってくれたけれど。
きっとそれは「親の欲目」。
社会人になり、栗栖氏に出会います。彼は私のコンプレックスの部分を認めた上で、「そこが逆にかわいい」と言ってくれました。
それに救われたけど。その言葉はたぶんリップサービス。
良く見えてしまうのは、「アバタもエクボ」だからでしょう……。

――そうだけど、そうじゃない。
今回、反対の立場になって、分かりました。
一般的には平凡な顔立ちの栗栖氏。でも私にはハンサムです。
そして栗栖氏は、歯が欠けてもかわいかった。最近目のわきにカラスの足跡ができたり、お腹が出てきてますが、私にとってはハンサム度が増して見えるだけです。
それは栗栖氏だから。ダーリンなら、みんな素敵なのです。

それならば、逆もあるのだろう、と思いました。
平凡以下の顔立ちの私でも。両親にとってはかわいい娘だったのでしょう。栗栖氏にはかわいい奥さんなのでしょう。
私が両親を美男美女と見たり、栗栖氏をハンサムな王様だと信じるように。

きっとそれが、家族というもののマジック。たぶん、だから私たちは夫婦なのだろうし、親子なのだろうと思います。

客観的には、私たちの外見は、十人並みです。でも、主観的には、世界一すてきなゴールデンカップルです。




らくがき

2009-03-16 23:28:16 | 小市民的プチハッピー
買い物リストを書くための、ホワイトボード。
今ではただの落書きボードと化しています。

相手の絵に落書きして喜んでいると、いつのまにか追加で落書きされてて。
たあいないやりとりが、とても楽しい。



この写真は、栗栖氏がカレーを作ってくれた時のもの。
私が夕飯作りを休めるようにと、大鍋にどっさりこしらえてくれました。おかげで楽だったし、とてもおいしかった(闇カレー風で、たまにふしぎな具が出てきましたが)。サンクス!

沈丁花

2009-03-13 13:20:51 | 心のアルバム
スーパーで買い物をしたら、ついあれもこれもと欲を出しすぎて、大袋2個になってしまいました。その前にもいろいろ買い物をしていたので、手の袋は3つも4つも。
重さで腕がぬけそうになり、自己嫌悪にかられながら少し歩いては休み、歩いては休みして進んでいました。

気が付くと、ポケットの携帯が鳴っていました。
栗栖氏からでした。
「まだ帰宅途中?」
「うん、買い物をしてたら遅くなっちゃって」
「帰ってこないから、心配になってさ」
さっき帰るコールをしてから1時間くらいたっていました。
「ごめんね。もうスーパーを出たから、あと少しで着くわ」
「今どのへん?」
「ええと……スーパーの交差点を曲がったあたり」
「迎えに行くよ」
「いいわよ、もうあと少しだし」
スーパーから家まで徒歩で10分ほどの距離です。
「もう出てる」
「え?」
「すぐそこ」
「え??」

次の交差点に、それらしき人影が立っていました。
信号が青になったところで、横断歩道を渡り、こちらに歩いて来ました。やはり栗栖氏でした。
「またこんなに買いこんで」
苦笑して、腕が痛くて動けない私の手から、大きな袋をひょいと取り上げました。もう1個の大袋も。
「2個は重いから、私が」
止めましたが、
「1個だけだと、バランスが悪いんだ」
と妙な理由をつけて、両手に袋を下げ、すたすた元来た道を歩いていきました。

私は軽くなった体で、残った小さな袋だけ持って、彼の後ろを着いていきました。
部屋着のまま来たのでしょうか、彼の紺のコートの首から、鮮やかなオレンジ色のフリースのフードがちょこんとのぞいていました。
私が笑うと、「暗いからいいんだよ」とすました顔をしていました。

夜の空気は、やや湿り気をおび、春を感じさせます。
しばらく黙って歩いていた栗栖氏が、ふと顔を向け、
「沈丁花だ」
と言いました。

どこかの家の庭先にある沈丁花の香りが、漂っていました。風があるのでしょうか、気まぐれに鼻をかすめていきます。
「ああ、本当に沈丁花」
深く吸いこむと、疲れがどこかへ消えていくようでした。
「ここに来て、初めて沈丁花の香りを知ったなあ」
雪国育ちの栗栖氏。北の土地には、沈丁花は生えていないのだそうです。きっと寒さにやられてしまうのでしょう。
「仕事に行く途中でも、この香りがたまにするんだ。いい匂いだな」
「私も大好きなの、沈丁花」
深く沈みこむような、それでいてすがすがしく心を洗い清める沈丁花の香り。低い静かな鈴の音が聞こえてくるようです。

「この香りをかぐのも、もう3回目になるかな?」
「そうね、もうそんなになるわね」
栗栖氏が私の住む町に引っ越して来て、3年が過ぎようとしています。長かったような短かったような。
最初のころは、栗栖氏はこの土地になじめず、苦労していました。やや閉鎖的な土地柄、狭苦しい町並みや道路、違う気候……。
見ている私も辛かった。2人で必死で支えあっていた、あの頃。

いま沈丁花を探している栗栖氏の横顔は、おだやかです。
「金木犀って、いつだっけ?」
「秋だったかしら」
「あれもいい匂いだな」
「いい匂いね」
「桜はそろそろかな」
「九州のほうで咲き始めたって」
「じゃあ、もうすぐだ……」

2人でゆっくり家路を歩いていきます。栗栖氏は筋トレと称し、スーパーの袋をダンベル代わりに持ち上げています。たまに振り回して、私に止められたりして。
花の香りが流れていきます。

この土地が あなたに優しく ありますように――

3年前から、ずっと願い続けている、思いです。






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写真は、「悠遊館」さんのページからいただきました。