以前、定番教材にふれ、『こころ』に魅力を感じないことを書いた。
みなさんは、どうなのだろう?
新潮文庫という日本文学の老舗がある。そこで毎年、「新潮文庫の100冊」という企画をやっている。書店に行くとこの時期これらの本が平積みになる。この34年続いた企画で、「34年間、欠かすことなく選ばれた作品」が11冊ある。新潮社いわく「不朽の名作」。もちろん、夏目漱石の『こころ』が入っている。
参考 いろいろランキグ
『こころ』以外では、『黒い雨』『人間失格』『塩狩峠』『銀河鉄道の夜』『変身』『異邦人』『罪と罰』『車輪の下』『赤毛のアン』『老人と海』である。
『こころ』を新潮社が選んでいる理由には、教科書で学ぶ高校生の読者を想定しているのではないか。必ず確実に何万部か売れる。
ちなみに、新潮文庫では1952年以降、『こころ』を600万部以上売っているそうな。新潮文庫以外に、思いつくだけでも、角川文庫、集英社文庫、岩波文庫と出ている。単行本もあれば、全集本もある。今ではネット版もある。青空文庫では無料で読める。
岩波書店が最初に単行本で発売して以来、全部で何万部売れているのだろう?当然最初に呼んだ朝日新聞の読者も数えなければならない。読んだ人数となれば、図書館の貸し出しも、、。
気の遠くなりそうな数値である。
それほどの名作である。
私にはこの『こころ』、いつも後味が悪い。
人間てこんな風にしか生きられないはずがない、と思う。この作品には、人間の根底にエゴイズムを想定し、現実世界での人間と人間の理解不可能性を基盤にしている。そうだろうか?
人間にエゴイズムがないなどと誰も思わない。問題はエゴイズムやその他の根源的な感情を含み込んで、どういう表現・行動を人はなし得るかということであり、どういう行動を希望するかということである。
その上で、人間をどのように描くか? 「先生」という人物、Kという人物、どちらもトータルなところで漱石は人物設定に失敗している、と思う。
問題を整理しよう。「先生」、K、この二人の人物設定、成功しているか、失敗しているか?

みなさんは、どうなのだろう?
新潮文庫という日本文学の老舗がある。そこで毎年、「新潮文庫の100冊」という企画をやっている。書店に行くとこの時期これらの本が平積みになる。この34年続いた企画で、「34年間、欠かすことなく選ばれた作品」が11冊ある。新潮社いわく「不朽の名作」。もちろん、夏目漱石の『こころ』が入っている。
参考 いろいろランキグ
『こころ』以外では、『黒い雨』『人間失格』『塩狩峠』『銀河鉄道の夜』『変身』『異邦人』『罪と罰』『車輪の下』『赤毛のアン』『老人と海』である。
『こころ』を新潮社が選んでいる理由には、教科書で学ぶ高校生の読者を想定しているのではないか。必ず確実に何万部か売れる。
ちなみに、新潮文庫では1952年以降、『こころ』を600万部以上売っているそうな。新潮文庫以外に、思いつくだけでも、角川文庫、集英社文庫、岩波文庫と出ている。単行本もあれば、全集本もある。今ではネット版もある。青空文庫では無料で読める。
岩波書店が最初に単行本で発売して以来、全部で何万部売れているのだろう?当然最初に呼んだ朝日新聞の読者も数えなければならない。読んだ人数となれば、図書館の貸し出しも、、。
気の遠くなりそうな数値である。
それほどの名作である。
私にはこの『こころ』、いつも後味が悪い。
人間てこんな風にしか生きられないはずがない、と思う。この作品には、人間の根底にエゴイズムを想定し、現実世界での人間と人間の理解不可能性を基盤にしている。そうだろうか?
人間にエゴイズムがないなどと誰も思わない。問題はエゴイズムやその他の根源的な感情を含み込んで、どういう表現・行動を人はなし得るかということであり、どういう行動を希望するかということである。
その上で、人間をどのように描くか? 「先生」という人物、Kという人物、どちらもトータルなところで漱石は人物設定に失敗している、と思う。
問題を整理しよう。「先生」、K、この二人の人物設定、成功しているか、失敗しているか?
