冷ややかな侮蔑とともに前の憎悪がもどってきたのを下人の気色から読み取った老婆は、あわてて次のように言う。
「成程な、死人(シビト)の髪の毛を抜くと云う事は、何ぼう悪い事かも知れぬ。じゃが、ここにいる死人どもは、皆、その位な事を、されてもいい人間ばかりだぞよ。現に、わしが今、髪を抜いた女などはな、蛇を四寸ばかりづつに切って干したのを、干魚だと云うて、太刀帯(タテハキ)の陣へ売りに往んだわ。疫病(エヤミ)にかかって死ななんだら、今でも売りに往んでいた事であろ。それもよ、この女の売る干魚は、味がよいと云うて、太刀帯どもが、欠かさず菜料(サイリョウ)に買っていたそうな。わしは、この女のした事が悪いとは思うていぬ。せねば、飢死(ウエジニ)をするのじゃて、仕方がなくした事であろ。されば、今又、わしのしていた事も悪い事とは思わぬぞよ。これとてもやはりせねば、飢死をするのじゃて、仕方がなくする事じゃわいの。じゃて、その仕方がない事を、よく知っていたこの女は、大方わしのする事も大目に見てくれるであろ。」
ちなみに本文では、「蟇(ヒキ)のつぶやくような声で、口ごもりながら」とある。なかなか実際に演じてみるのは難しい。「蟇蛙」を想像しながら喉の奥からしわがれた声を出すのが精々である。「口ごもりながら」とあるが、老婆にとっては侮蔑と一緒になった憎悪を早く和らげなければならない。気持ちは急いている。ゆっくりと口ごもる場面ではない。論理を考えながら言うのが口ごもることになるのだろう。
ここでの老婆の言い訳の論理は、次の三点からなる。
①髪を抜かれている女も、悪事をはたらいていたから、悪をされてもよい。
②女は飢え死にしないために仕方なくやったので、悪いことではない。自分も飢え死にしないために仕方なくやるので、悪いことではない。
○生きるために仕方なくやることは悪ではない。
③悪の仕方なさを知っているものは、悪を許してくれる。
「生きんがための悪」などとよく言われて、②の論理が中心となっている(と見える)。事実、これは「そう見える」「そのように書かれている」と言うことである。
下人は「己もそうしなければ、飢死をする体なのだ。」と、老婆から着物を剥ぎ取る理由を、飢え死にしないため、と明言している。下人は②の論理を中心に、「では、己が引剥(ヒハギ)をしようと恨むまいな。」と③の論理も確認しながら、老婆と悪を許し合う人間関係を結ぼうとする。①の論理を加味すれば、なおさら下人は悪への勇気を手にしたのがわかる。
下人はそのように描かれている。
「成程な、死人(シビト)の髪の毛を抜くと云う事は、何ぼう悪い事かも知れぬ。じゃが、ここにいる死人どもは、皆、その位な事を、されてもいい人間ばかりだぞよ。現に、わしが今、髪を抜いた女などはな、蛇を四寸ばかりづつに切って干したのを、干魚だと云うて、太刀帯(タテハキ)の陣へ売りに往んだわ。疫病(エヤミ)にかかって死ななんだら、今でも売りに往んでいた事であろ。それもよ、この女の売る干魚は、味がよいと云うて、太刀帯どもが、欠かさず菜料(サイリョウ)に買っていたそうな。わしは、この女のした事が悪いとは思うていぬ。せねば、飢死(ウエジニ)をするのじゃて、仕方がなくした事であろ。されば、今又、わしのしていた事も悪い事とは思わぬぞよ。これとてもやはりせねば、飢死をするのじゃて、仕方がなくする事じゃわいの。じゃて、その仕方がない事を、よく知っていたこの女は、大方わしのする事も大目に見てくれるであろ。」
ちなみに本文では、「蟇(ヒキ)のつぶやくような声で、口ごもりながら」とある。なかなか実際に演じてみるのは難しい。「蟇蛙」を想像しながら喉の奥からしわがれた声を出すのが精々である。「口ごもりながら」とあるが、老婆にとっては侮蔑と一緒になった憎悪を早く和らげなければならない。気持ちは急いている。ゆっくりと口ごもる場面ではない。論理を考えながら言うのが口ごもることになるのだろう。
ここでの老婆の言い訳の論理は、次の三点からなる。
①髪を抜かれている女も、悪事をはたらいていたから、悪をされてもよい。
②女は飢え死にしないために仕方なくやったので、悪いことではない。自分も飢え死にしないために仕方なくやるので、悪いことではない。
○生きるために仕方なくやることは悪ではない。
③悪の仕方なさを知っているものは、悪を許してくれる。
「生きんがための悪」などとよく言われて、②の論理が中心となっている(と見える)。事実、これは「そう見える」「そのように書かれている」と言うことである。
下人は「己もそうしなければ、飢死をする体なのだ。」と、老婆から着物を剥ぎ取る理由を、飢え死にしないため、と明言している。下人は②の論理を中心に、「では、己が引剥(ヒハギ)をしようと恨むまいな。」と③の論理も確認しながら、老婆と悪を許し合う人間関係を結ぼうとする。①の論理を加味すれば、なおさら下人は悪への勇気を手にしたのがわかる。
下人はそのように描かれている。
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