02025/04/22
クレマティスの花もきれいだけれど蕾の清々しさもとても気に入っております、咲くのが楽しみだわ、
それにしても葉脈の美しさには見惚れました、自然には勝てないなぁ、
2025/04/19
ネメシア コットン グレープ あら、この色いいですね~と思いながら選んだ、タキイ種苗株式会社
急に暑くなったので (26 ℃) に心身が追いつかない、こういうのを適応能力の衰退というのかしら?そりゃそうよ、
きっと程よい気温だわよねと推量してたら暑すぎですもん、今日は薄着でいいのねと思えば妙に寒い、少しはこっちの
気分も考えて徐々にとかしてほしいわ、ぉ空も気分屋で人も気分屋で、これ中々の葛藤と思うけれど(笑)
葛藤と言えば得意中の得意だったけど、なかなかしんどいと知って止めた!無理して何かを思いあぐねたりするのは、
そうそういい事でもないし、
今吹いてる風のように、さり気なくレースのカーテンを揺らすような、そういう穏やかな時を過ごしたいものと思った、
と書き始めてから時は経ち、愚痴を卒業して何を書けばいいの?と迷って日が経って、愚痴以外に思いつかない自分に
ハッとして(笑)
毎日その日に印象的だった出来事を書いてみようかな?と思い立った、はいいけれど何せほとんど引き籠ってるだけなの
それでもニュースやドラマや you tube や、docomoさんのお陰で喋りたい放題の長電話が出来るので、80 となっても、
相手が同じように暇なら「お互い様よ」という暗黙の了解で尽きない長話が出来る、docomoさんも粋な計らいをした!
My Way Frank Sinatra , 1969 HD
ポール アンカがシナトラに提供したという”My Way” 誰にでも各人に道はある、この歳になると以前に感じられなかった
良さが心に響くんだよね♬
2025/04/24
04/24 日記 ロベリア エリヌスもブルーを際立たせ咲き揃い始めました、
毎月楽しみにしてる JAFE Mate
JAF Mate からお借りしました!
松任谷正隆さんの若き日の思い出が色々綴られて、しかも文章が”軽妙洒脱” なかなか愉快で友達の事も拘りなく書かれ
その内容が又、読者の私としてはぉ手本にしたいほど愉快、同年代(私より6つ若い)としてはウンウンと躊躇なく頷ける
そこがまたいいのよね、そして奥方は洒落の極致の多才なる、多彩なるユーミンさんですもの、憧れも尊敬も何もかもを
差し出したいほどのご夫婦、ぁ――あ、並べるべくもないとは先刻承知ではありますけれど、一回ぐらいは言わせてよ、
「羨ましい」オナゴの人生の分かれ道って、オトコの誠実さにかかってると、気づいた時には後の祭り、
いいですよ、それも人生の妙味と心得て、今までの恨み辛みはきっぱり捨てて出直しますから「今までの苦渋を味わえ!」
などと野暮は言いませんよ、私にだってオナゴのプライドは残ってますからね、惜しい処には貴重な残り少ないプライド
の安売りはぜってぇ~したくない(笑)
あ!松任谷さんの文章に添えて、60th anniversary Bacchus ぉ懐かしいでしょ?
子が言った「車の本の感想にウヰスキーボンボン?」そりゃ規則を守るのが大人でしょうが(´∀`*)ウフフ 乗るなら食べるな
2025/04/24
04/25 実感 ストック kiss me も切り戻しの成果が出始めましたよ~だから花をやめられない、
四月というのに 17 ℃曇天、寒い感じなので家で好きな事をしましょう、先ずは今日の実感から、80 となったら何か明確
な老いを感じるのかと思って恐れをなしてたけど、トーーンでもない(笑)
何の機能が働いたかは分からないけど、今までの”どんより感はすかっ晴れ”、重きは心の中からス―ッと消えて軽いのな
んの、先ずは一つでもいいから一日に一回のルーティーンがあればいい、それは今子のぉ弁当作りでもいい、とは言って
もそれほど大仰なもんではありませんよ、前夜の美味しいものを先取りしといたり、隙間は冷凍小物で埋めたり、色合い
は考えて、子の希望に沿った路線でゆきます、おやつも入れといて口寂しい時に、茶の時にとわんさかとね、気は心です
から、
腹を立てない、縦しんば今までのように小口切りに「え?」と思っても拘ってないで往なす、どうせ現状が変わるわけ
じゃないし、期待すれ外れた時にですから、徒労徒労、達観と言えば聞こえはいいけど諦観、その方が心身の健全には
とてもいい、
”同じ釜の飯”とはよくいうけれど、”同じ釜の飯”だからこそ不仲を思えば”違う釜の飯”の場合は何から何まで異なる価値観
だもの、仕方がないじゃないの?ぉ他人様以外の何者でもないんだし「あーーそこに居るんだぁ」と冷たい視線を投げか
ける位が精々ね、それすら感じてるんだか感じてないんだかわからん、子はそのような母を観て「こういうオナゴは俺な
ら嫁には無理だ」(笑)
子よ、大丈夫よ、あなたは大事な息子、夫になるはずもないんだからそんな事まで思いを馳せることはないよ、息子とし
両親の体を思えれば上出来です、細やかな気配りに母は感謝し、言葉にして伝えるの『産んでよかった、ありがと』
嫁に欲しいオナゴに出会ったらさっさと言ってよね、私には帰る家がある!こういうことを先読みという、
美味しいものを美味しく頂き、ちょっとの美酒を楽しみ、夜更かしなどせず、朝はキッチリ目覚ましがなくてもあなたの
起きる一時間前には起きて弁当作りに勤しむのです、なんといい母親でしょうか?
そしてこういう時間を、こういう日々を過ごせることに、私が今までしてきたことを思えば当然じゃん!と思わず言わず
よかったわ!と思い過ごすことにしたのですよ、自分の気分が一番大事、もういいじゃない? 卒業は必要善ですよ、
2025/04/22
ペチュニアの色合いも姿も大好き!咲いた姿も載せましょう、
2025/04/24
同じ鉢のペチュニアでも👆の絞りのような文様もいいわ、もちろん👆もスッキリとハイカラさんだけど、
介護のあとさき 私の周りの知人の親族姻族の話を総合的に鑑みて、大げさですけど、
介護を安易に始めた私は後にそれを終えてから4年の月日を縛られることとなった、それは後悔じゃないくて達成感だった
そして思い通りに華々しく母の 100 年をおくり、様々な人々にご厚情を賜った、それは亡き母への供養の意味合いだった
と思う、そして直ぐに母の家を整理し、地べたに関する諸問題を片づけるはずであった、
介護に手を貸してくれた子には言葉もなく感謝した、その時、連れは殆ど感情もなさそうに「具合が悪い」と言いながら
母の葬儀にすれすれに間に合った、母には子らを育てる時に大きな支援を、或いは助力を頂いたのではなかったのか?
なのに長女(私です)の実母が亡くなったというに、或いは危篤というにも拘らず、すぐさま駆け付けない心根に憤怒、
そりゃね、連れの実母の時も、義妹からの知らせに、すぐさま来ると思っていたのに「仕事で○○○に居たもんだから間に
合わない」などとその従弟に言い分けしながら、連れの家の玄関を入ってきた時のにやけた表情が忘れられない、
私は 10 か月ほど独りで家の中の整理を始めてはみたけれど、思い切れない品々の前に座りこんでる日々が続いた、その
時に心身の疲れがっどっと押し寄せてきたのは、私自身にしか分からないと思う、それでも10か月ほどして、いよいよ冬
を迎える直前に、母が亡くなってからの緊張感が解け始め、疲れとなって襲ってきた、
私が都下に来て以来、連れは不機嫌の連続で「親の介護をしたからといって、そんなに疲れが長引くのかね?」とまで、
「自分の親の介護も義弟妹に任せっぱなしで偉そうなこと言うんじゃない!」と私は口には出さずに(´∀`*)ウフフ
それだけじゃない、恩着せがましい事や、つまり今で言うならハラスメントの数々で「家があるんだしいつ帰るの?」
だってさ、苦笑するしかない、だって怒り続けるほどの体力気力はなかったのでね、
「とっとと実家を処分してしまえばいいんだよ、地元の不動産屋に任せて、荷物も何もかも処分して貰えば片づくよ」
私が根にもってたのは、ひと(この場合は私)が弱ってる時に、言葉も選ばず、態度も顧みず、いじめだわね、それで私
は体調が悪化して 2F で寝込んでて、またもや子の世話になる事となった、その時も連れは2F に近づく事もなく、一回だ
け、子の手前があったらしく食事を運んできた、無言でお盆のまま置いて立ち去った、私が食べるとでも思ってたか?
食べるわけがない、子のは頂きましたよ、私は病院で処方された薬をきちんと飲み、自力で再生すると決め、そしてとっ
ととこの家から、実家に戻ってやるわ!と決めた、
そこにコロナ禍騒動が起きて、都会から地方への移動はご法度!となって、敢え無くこの家に居座る事となった、
とまあこのような品の無い慎みもない恥ずかしい状況が私を頑なにしたということよ、その時の私の感情の”凝り” はそう
そう簡単には解けるはずもない、憎しみは何の解決策とならないと幾度も聞いたけれど、この気持ちが解けるには思いの
ほか長い時間を要した、そりゃ連れには連れの言い分はあったようですけど、常識からは程遠い、私には理解の範疇を
超えてたので、話し合いを始めてはみても簡単に解決策には至らない、私には亡母の思いや亡父の言葉にはしなかった
思が分かり過ぎるほど分かるので、そんなに簡単に引き下がるつもりはない(とは連れの気づかないであろう私の意志)
4年ほど経ってやっと私は再起の方向へ向かう心身の調整を始めた、それさえも気づいてるか気づいてないかは、口を利か
ないかは分からないけど、○○届を私が差し出したときに動揺の余り、その紙っぺらを丸めてポイ!した時に、私は思い
通りに出来るわと確信した、何だかんだと騒いではみても、元々、小心者で(あらごめん)私にしか大きな態度はとれな
いんじゃないのさ!!! と私に示してしまったのでね、そりゃ、どうみたって連れのしてきた数々の我儘は残ってますので、
伊達に私が○家の娘を名乗ってるわけじゃぁありませんので、ブーメランとなるでしょう、ちょっと甘かったわね(^^ゞ
話は戻って、介護の話の結論ね、同年代の夫婦の介護は無理、年齢的な衰えが同じようでは共倒れも無きにしも非ず、
「子の世話にはならない」趣旨は分かりますけど、どこぞにぉ世話になるのも至難のこと、子が出来る範囲で助力する
これは当然の事です、親の介護には年齢のギャップが思わぬ効用をもたらすので不可能ではない、その場合、子らは仲良
く皆で平等になんて無理、どこかに歪が出てきて、仲間割れの可能性が大だから、もしや私のように押しかけ介護をと申
し出たひとがいたら、二つ返事で全てを依頼する事が望ましい、
私が今度は介護を受ける身となるのは見えてますから、細心の注意を払って、経験を無駄にせずに、介護の現在の状況を
きちんと踏まえて、そのエリアに突入しなきゃならないとは認識してる処、連れですか?連れは同年代の範疇ですので
推して知るべしです、これをブーメランと言えない事もありません、そこをきちんと認識して言葉は、態度は慎重に選択
もうこれぐらいしかないでしょう、経験は誰のためでもない、自分のためだと解って私は心身の解放を得たのよ、
2025/04/21
パンジーのこの再生力を是非ぜひ見習って私も今までの私じゃなくて頑張らな~い!(´∀`*)ウフフ
2025/04/22
04/24 思い徒然 都忘れも咲き揃うのは時間の問題と水遣り、この作業が好きでよかったわ~
TBS 対岸の家事 このドラマは私の日記?といえるような内容だった、だから観る、経験者にしか分からない言葉や、
その時の母親としての オナゴの頑張リズム、なんたって今までの鬱憤が一気に噴出するような、言えば快感!でしたよ、
このドラマこそ、仕事に埋没せざるを得なかったというオトコが観て、ひとりで大人になった気で強気の発言をする子ら
が観て、その事実を知るには最高の教科書です、
子が言った「父は独力で3人の子を育てて母を養ってきたのだから、時代が違うとはいえ凄かった!んだね」そういう風に
気づいたことには拍をしましょう、何も気づかないよりは上等よ、but オナゴが育てたからです、
オトコが嫁に貰った(古)からには当然の事です、それを子らに言われて、我が意を得たりと(・∀・)ニヤニヤしてないで、
「お母さんが家にいえて家事をしてくれたからこそ出来たことだよ」とでも、お愛想でもいいから子らに言う余裕、余裕
はないっか~(笑)
先ずは、そこが不協和音の元、オトコが先にそれを言ってオナゴを大事に思ってるという雰囲気を醸し出せば「それは、
お父さんが一生懸命に働いてくれたからよ」とこうなって、高齢者夫婦のギスギスは遥に軽減されるに違いないものを
視野が狭いオトコには分からないでしょうね、
TBS 対岸の家事
近隣との気遣いや、優しい夫を持っていてさえも、専業主婦はこうして一人涙を流しながら時を過ごして自分を宥めて、
そしてまた同じ仕事を毎日、毎日続けるのです、「家事なんて仕事じゃない!」と言い捨てたディーんさん、大好きですか
ら許しもしましょう、そのうち子らがどのようにして日々を過ごして行くかを知るでしょう、ぉ他人の世話をするなら
pay は必要ですよ、ってさらりと言ってのけるあたりも官僚イズムね、私のもありましたよ、ママ友4人がつるめば大抵
甘える方と甘えられる方に分かれるのです、でも、甘えた方にはやがては難関がまってるのは粗方です、甘えられた方に
は、やがては天からの褒美が必ずあります、例えばですか?
甘えが高じて自分を見失い他オトコに走り二家庭を壊す、その結果泣いた子やそのぉ連れ様はある意味強く生き、片や、
超高齢者の介護の鉄槌を、仕方がないわね、因果応報ですから、そして悔いるということも、82オナゴ
甘え甘えの波に乗り、同じ専業主婦でありながら、自身の子は甘えられる方に預けて仕事を始め、オナゴはその¥をパチ
なんたらに賭して失う、夫婦関係は続けて入るようですけど、それじゃあ自分さえ良けりゃいいというもんでしょう、
そしてその連れの病気と詐欺被害に遭遇、冷たい関係となった 77オナゴ
自制心を何処かで持たなきゃ、欲に目がくらみ、その連れの義姉に子を養子に出して、またまた超高齢義姉の介護を強い
られ、悪戦苦闘、
オナゴも道を誤る時はないとは言えないから努々、甘く見てはいけない、”甘えの構造” は果て無くつづく終着点が怖い、
オナゴだって正しく生きなきゃイケないのよ、自分の欲求や無いものねだりしてぉ他人さまの連れを誘惑しちゃイケない
遊びならいいのかといわれりゃ答えに窮するけれど、二家族を崩壊させるよりはやや賢い選択と言えるかな?(あら)
どうせその熱なんて余熱に過ぎないから醒めるのも早い(´∀`*)ウフフ 現実の方がはるかに手厳しい事案は多いんですよ、
もし若い方々方々がこのドラマを観ることがあったら、それを父や祖父や祖母に置き換えて考えてください、そうすれば
口をついて出る言葉も少しは和らぐでしょう、
そしてオナゴが子らに言わない事は沢山あるのです、それは何故言わないかというとオナゴのプライドです、親となった
オナゴが必ずもつ心情です、その父がその母をどのように表現したかは想像はつきますし、そういうオトコを見抜けない
で嫁になっちゃったのはオナゴが世間知らずだったからです、世間にもまれ家族にもまれた、見た事も聞いた事もない、
身近にいなかったようなオトコを想像する事さえ出来なかったからの結末ですから、文句を言えた義理じゃないけど、
オトコは生来御身大事感が強いのかも、被害感も強いのかも、一概には言えませんけど、
オナゴは子らと身を分けてるので違うんです、そこのギャップを推量して、大人になったら、母親を労わって下さい、
あんな母親こんな母親どんな母親であっても、母親は母親ですのでね、
なにかのせいにして「母親を親となんて思えない」等という甘ったれた思考は言葉にしない方がいい、好きなように生き
られる時代じゃありませんの?オトコなんだし、歳と共に強くなるのがオナゴの真骨頂ですからぉ気をつけて(´∀`*)ウフフ
2025/04/21
シクラメンが今も咲いてることに驚き!今までならもう萎れて土に植え替えて夏越えに挑戦してたけど成功例ないのよ、
2025/04/21
撫子も咲き始めました、切り戻し成功の一花が愛おしい、
飲んだら書くな、書くなら飲むな、この言葉ホンとに的を射てます、80 代オナゴ今、ワイングラス3の日本酒をを飲み
干し、PCに向かっておりますけど、書きたい事は山ほどあります、
でもここで其のまま感情に任せて書いたなら後悔の憂き目をみる、これ経験済みですので、翌朝、目覚めたら書きましょ
この冷静さをもってしても酔ってます、(´∀`*)ウフフ
2025/04/21
04/23 日記 ペチュニアのこの色が優しくて堪らないわ、だって、まあね(´∀`*)ウフフ
小学校の転校先に居た友は兄二人、姉1人の末っ子で可愛がられてた、その様子が羨ましくて(と言うのも理由になるか)
通学路の途中にあったので、ほぼほぼ毎日そのお宅に寄ってから家に帰ってた、その友は病弱で学校を休むことが多いの
それで宿題や配布物を届けてたという事も含めての事だった、担任御用達の用事があるから行き易いというのは勿論
だけど、3姉妹長女の私には、その家にいる時は頑張らなくてよかったしね、
その友が可愛がられてるお裾分けを頂いてる様で居心地がよかったわけよ、その家ではお婆さんが棟違いの家にいて、
家族は別の棟に居て、きっちり仕切られてて廊下で繋がってた、今思えば嫁姑のあれじゃなかったかしら(笑)
殆ど友の母とお婆ちゃんは話をするでもなく、食事も別で、私などがひょっこり菓子鉢を届けたりしたこともあってね、
不思議ななりたちではあったけど、ギスギスした雰囲気が流れてない分だけ、話も面白くて愉快だった、
末っ子の友が今は関東圏内で独居してる、姉は別の区域に住んでて独居で 80 過ぎてるというのに車を運転してて買い物
しなきゃならない地域だそうで、友も自転車で買い物しなきゃならないから運転はやめられない!
私にはそれが羨ましかった、私の一番の喪失感は勿論母の死「都会で運転されてると思うと落ち着かないからNG!」と
子らが口を揃えて言って運転を止めた経緯があるのでね、
それを言うと「贅沢言ってるんじゃないの、独りで家事を賄う事これって意外と大変で、まあいっか~~~と言いながら
サボる時もあるんだよ」手厳しい、
墓仕舞いの話になって、その兄が亡くなった時に墓は兄の嫁に持ち主が変わって、祖母と親ごと兄が納められてて兄嫁が
仕切ってるから私たちは(次兄夫婦含めて)入らない事にした、だから散骨の方法を今は模索してる処よ、79 オナゴ、
「嫁にいってないんだし家の名字のままなんだしその墓でいいじゃないのさ?」と言ったら「そうはイカないの!」と
少し腹立たしそうだった「最期の居場所を決めなきゃならないのは大問題だ」そうで、アタマが痛い!と嘆いた、
末っ子だしその家の墓だし、家族だし、そこが一番の安住の地だろうと思うけど、兄嫁は入るのよね、墓ね~
2025/04/21
04/23 思い 撫子もこの色は情熱系で元気が出るわよ、
元気が出るわよ等と書き出しておきながら農業の衰退を話題にしようとしてるこの恍けた(これって老いの象徴漢字?)
ことを書いてるオナゴもどうかと思うけど、少なくとも徴収してる国よりは納付してるオナゴが惚けてないとハッキリ
言える、あの前年の火がついたようなお達しによって、どれほどの人々が本気で、家族で話し合ったり、或いは絶縁に
まで至ったのか、国はお分かりか?分かんねーだろうね~
御用達宿舎に住んで、選挙用の自宅を、恰も事務所扱いのように設定し、税¥逃れをし、それが当たり前の権利のように
しか認識できない次世代の後継者は、ぉ他人にその実務を委ね、チェックもしないんだろうから分かるわけもない、
だから言われるんだよ「2世○○」と、無能なのじゃなくて知る機会がなさ過ぎて、しかも親もその詳細を知らないとした
ら、その前の、その前の○○が責任者だろうが(笑)
誹謗中傷に相当すると言うのなら、せめてその帳簿をネットでもいいから公表したら宜しいんじゃない?身の潔白も証明
されるというもんだわよ、時代を一番、敏感に察知して、国民に侮られないようにする努力、努力をなさってよ、
「なら選ばなきゃいいじゃないか?」と言いたいでしょうね「立候補してお願いしますとは言ったけど、清き一票をとは
お願いしたけど強制してませんよ!」という余地はありますもね、
そこが国民と○○のギャップじゃないの?正直に言えばいいじゃないの?「農業の現状を把握できるような育ちではない
だから、ひざ詰め談判でもいいから、教えてくださいよ」とでも、或いは備蓄米がどこにどのような経緯で保存されてた
のかTVでチラ流ししないで図式にでもして、小学生にも分かるように説明なさい つづく 買い物へ
と言いながらも国民は暮らさなきゃならないので雨だろうが風だろうが、買い物には行かなきゃならないのよ、そりゃあ
今の時代は配達には不自由しないから、昔とは一味違ってるだろうけど、気分転換も含めて、特に高齢者は面倒なのよ、
でも文句を言ってみたって改善されるはずもないから、黙々と国民としての矜持をもって過ごしてるわけ、子の車に乗っ
窓外の様子を眺めながらモノを言っても空しいだけだよ、買い物難民とまで言われてるのをご存じ?
それこそ国営で各地に車両店舗を運行なさってはいかが?きっと高齢者は大喜びすると思いますよ、個人でなさった例も
ありましたけど、収益が?だったのでしょうね、それぐらいは考えてよ、
○○の矜持って何?分かりやすく言えば(バカにするなと仰りたい処でしょうけど、バカにはしてません)
遍く世の中を具に見て、反芻して(あら、ごめんなさい)○○省の原稿棒読みじゃなくて、そこに○○の私論をぶちこめ!
と言いたい、その位の責務はあるでしょう、だって永久就職したようなもんだし、
でもね、そこで一言、二言間違うと、昔じゃないんだから、アッという間に拡散に継ぐ拡散で取り返しがつかないような
事態にもなりかねませんので、細心のご注意をとご進言いたします、
何十年か前に”米不足” で外米を頂いて凌ぎましたよね、私は子育ての真っ最中でした、母からJAを通じて外米が届いて
無事だった、あの時に農業の大切さを実感できなかったのは、○○は米には不自由は、なさらずに済んだのよね、
だから、ほら ̄ ̄ ̄今度は、令和の米騒動等と言われる状況になったのよ、
それでも国民は粛々と事実を受け入れ、高値のご飯を頂いて凌ぎましたよ、そしたらドコタラ倉庫に大袋入りがあったん
じゃなかったっけ?
ハッキリ言って農業を蔑ろにするにはまだまだ○○たちの勉強が足りないわ、もっとその地に足を運び、やんごとなき
方々のように膝を交えて会話しなきゃ!
農家は今は後継者不足で殆どが離農の憂き目をみてます、広々と広がった緑の大地も今じゃ手に余してる状況です、売買
すらできる状況じゃありません、150 年は優に超えてる農家が離農してるんです、ここでこそ国が立ち上がって、営々と
守り続けてきた農家に手立てを欲しい、
ポケット¥がどうの関税がどうのって結局はご自身たちの立場を死守してらっしゃる(敬語を使ってますよ)だけじゃぁ
ありませんの?¥が欲しかったら働けという教えは昔からあったでしょ?正しい働き方をなさればいいじゃありませんか
それじゃウマみがないってか?そう仰るなら「それじゃぁあ納税したくない!」と言われたらどうなります?ゼロよ、
今に泣きを見るのはどっちかな? あ!米ね、カリフォルニア(あら)のスーパーの、作られたての棚にずらりと並ぶ
2025 刻印の米、しかも安価で売られてたそうよ、 Mr. にやられてしまったのね、ここのバッジもあっちのバッジも魅力
的だものね、本当にアタマのきれる、しかも面相も上等なオトコが携わらなきゃね 80 オナゴ
2025/04/21
04/22 日記 パンジーの色は幸せの色に違いありません、心がパッと明るくなりましょう?切り戻し成功んです!
「幸せにしますからお嬢さんを下さい」深々と頭を下げたオトコがいた、その本人は農家の長男で後継者と、大事に育て
られ妹は早々に嫁に出した、ところがその長男の相手のオナゴは然る有名な(そのエリアでは)旅館の娘で蝶よ花よと、
育てられ、苦労の苦の字もなかった、その当時はね、
思いがけずに店が傾き始めたのは、その父親が fall in love で、その相手に入れあげた、昔ならよく聞く話だったけど、
ところが度を越しちゃったので倒産の憂き目をみて、母と娘は家を出ざるを得なかった、父はその相手の処に行ったきり
その相手というのがDr.で、その知性に惹かれた父親は、個人医院を拡張する手助けをしていたのだ、お嬢さん育ちは伊達
じゃなかった、そのオナゴ(旅館の娘)は美貌と才覚を活かして会員制の店を始め「どうしても○○○家を再興させる」
と自分に言い聞かせた、それには結婚は、自分の家の苗字を名乗って貰わなきゃダメと思い込んでいた、オトコは惚れこ
んでたので二つ返事でOK!
農家から引き抜かれたオトコは、そのオナゴの育ち方や強さに惹かれ、親の泣きの涙の懇願をもスルーして実家を後にし
そのオナゴとその母ごのと三人同居を始めた、当時は勤め先が〇務員扱いだったので、その安定した職業のオトコに、
不安定な商売を糧としたオナゴは魅力を感じ、かつ、優しい人となりに惹かれ恙無く暮らしてた、
そしてその農家から長男を引き抜いてきたことに責任を感じて、オトコの妹に婿を紹介して継農は出来た、権利ばかりを
叫ぶ時代に義務を果たすところは粋だと、強いからといって自我自尊じゃあなくて、やはり優しく育てられたからこその
鶴の恩返し、まあね、風評は色々、そりゃありましたよ、でも辻褄が合えばいいじゃあありませんか?
耐えがたきを耐え、忍び難きを忍ぶ、これオナゴの生き方の冥利、その揺るがない精神を貫き通した強さが好みだわ、
そのオナゴは言った「今度生まれる時には普通の家に生まれ、普通の結婚をしたい」もしや結婚は家を継続するための
或いは手法の一つだったの?
某医院の前に立ち、指さしながら「あれが父親が立て直した病院だよ」とそっけなく言ったオナゴの表情に思いをこめた
オナゴの悔しさが滲みでてた、第一子長女の意地をそこにみた、実母をおくり、息子と娘を育て上げ結婚させ、今は夫婦
で同じ部屋に居て、それぞれがイヤフォンで別々のラジオ番組を聴きながら、喋るでもなく喋らないでもなく、
「あと十年は生きて」と言ったとのこと、79 オナゴは店仕舞いして十年は経ったとのこと、夫婦ってなんだ?
「あの二人は長持ちしないよね」と同級生と言い合ってた私らが無責任、そんな簡単なもんじゃない結婚に挑んだ人と
出合い頭に嫁にきた私らとでは根性の有り方が違う、
苗字に拘り実母の無念を思い、同じオナゴとして私らではもてない目標があったからだ、その実母さんはぉ品のいい
女将さんで「娘と仲良くしてなぁ」と仰ってた心はきっと複雑だった筈に違いない、
その旅館の座敷で私は出合い頭のオトコの嫁になるために、親戚縁者を招いて”立ち振舞い” をしたのだった、50 年前よ、
その時、私の母が私に言ったセリフ「今日の主役は私です」(´∀`*)ウフフ 先行きの不安を感じたんでしょうね、
万艱の思いを込めていたとは知らなかった、
2025/04/21
04/22 日記 エスコルチア(ケシ科 ハナビシソウ 北米 花びらが開いたら載せましょう、けっこう嫋やかなのに
強いですよ、そこが魅力的!
さて花をこれだけ載せて楽しいんだから私にはとてもぴったりな趣味だと思えるわ、そして今までのグチグチはやめて、
自分の事を考えて過ごすことにしたら、何の事はない、思えば誰に頼まれてるわけじゃないので、自分を疲弊させてまで
何かを考えなくたっていい時がきたんだよと思ったら、軽い軽い!私が貢献しなくとも家族は何も困りはしないのだ、
もう十分に尽くしてきたんだし、余計なぉ世話と言われながらも己が意志と意地は通しましたので、全くと言って好い程
悔いはない、家族にぉ世話にならずに自力で動ければそれでいいと思い切ったわけよ(笑)
この無言の抵抗(と思ってるかもしれないけど)じゃなくて、無言の諦観と心得て欲しいもんだわね、親だとか子だとか
夫婦だとか言ってはみても”別人格” なんだし、思い通りにしようと思うこと自体に間違いがあった、
「自分のアタマの上の○○を追え」ってなもんでしょう、そういうことを”手を借りなくてもいい” というのでしょうね、
そこに変な期待や感謝の言葉や思いやりなどを求めるからすべっちゃうわけよ、こうなって 80 となってみると、随分長い
時間を費やしたんだなぁと実感した、誰だって「少しぐらいは優しくしろや!」と言いたい処をグッと堪えていかなきゃ
それこそ「人生って何?」となっちゃうから「人生はそんなもんよ」と切り替えて、好きな事だけしようっと!
馬鹿を見たという言葉があるけれど、まあ、バカを見なかった(あら?そう?どう?)だけでも良しとする事にした、
迷う分だけ体力気力の無駄遣いと心得て、私は独り身になった気分で大変いい按配です、私はね(´∀`*)ウフフ 80 オナゴ
2025/04/21
04/21 日記 バーベナ 明るくていい色合いじゃあありませんの?
インタビューは同じ年代もしくは多少の誤差があろうけれども、結婚という仕組みに准じてからの年数は同じような
大差のないの方々で、しかもモデルは有名人じゃないし、よくいる一般ピープルだから、同感する点は多いと思う、
愚痴ログ代わりに視点を広げて、面白く、楽しくそして何より同じ考えの人がいっぱいいるのねという安心感をオナゴが
得られる、育児は孤独です、ママ友の波にもまれ、ぉ他人さまと比較検討したりすることも残念ながらある、その中から
自身の手法に合った生き方を選択する強さももちあわせなきゃならなかった、遅くない、今から始めればいい ̄ ̄ ̄ ̄♬
オトコにはオナゴの繊細な心持ちは決して分からない案件、
そもそもオトコとオナゴを異性と記した段階からすべてが”異なる” と決められたのだから、それに従って異空間の人間と
思い、同感などを期待しない方がいい、
両親なんて並べて「一組」と表記されても頷けない、産んだのは誰?育てたのは誰?子らは幾度も申しますけど紙を食べ
育つわけじゃあありません、母乳、ミルクの時から懇切丁寧に育てなきゃ、育つわけじゃないのです、
体内時計により泣くのも、笑うのも、ぐずるのも幼の仕事の内なのです、「明日仕事だ、泣かせるな」等と横柄な言葉を
吐きませんでしたか?オナゴはコンビニ営業のような日々だったのですよ、オナゴの脳内には忘れないという部位がある
「身を粉にして働いた!」とオトコは事有る毎に言うけれど、オナゴを同じレベルに引き下げられても困るなぁ(笑)
身を粉にしたと言っても社会や大人が相手なんだから、話せばわかる事でしょう?もしそれが思い通りにいかないのなら
弁舌爽やかに、家庭でオナゴを往なすように、したり顔で言えばいいでしょう、
そこの部分に手を拱いてしまうから、オナゴを見下すからそういうことになるのでしょ?オナゴはオトコが思っている
以上に言葉にも敏感だし、態度にも敏感なだし、頭脳も、もしやオトコより優れてるかもしれません、ただ発揮する機会
を失ってただけだったんですよ、だって家事育児の捌き方を見ればお分かりでしょ?整然と片付いた部屋で美味しい食事
そこに気づかないで(気づかぬふりをしてか?ハハハ)すっ飛ばすからオナゴには得体の知れない鬱憤がたまるのです、
それでも「食べさせてやってるから当然だ!」等と思ってると、法律に詳しいオナゴ達は、意見交換をしながら黙々と
知識を増やしてるんですよ、侮ってはなりません、口に出すのが、諍いが面倒だから、知識を今ひけらかさないだけです
ある日突然 ̄ ̄♬という歌があるでしょう?離婚届の3枚や5枚は覚悟しておいた方がいいでしょう、それとも静かに淡々
オナゴの意を酌み、オトコとしての務めを今から果たしておいた方が、将来はそれほど悪くはならないでしょう、だって
子らの父親だし、
とまあこういう感じでご忠告しときましょう、今のオナゴは年をとればとるほど思いがけないpowerを持つらしいです、
なにせオトコの気持を斟酌し、無言で耐えて圧に屈せず、子らを育て上げ、一端の人間に仕上げた功績がありますからね
今回の話のぉ相手は、美人過ぎて人気の的、ぉ連れからもオナゴからも有らざる”嫉妬の的” となってしまった 75オナゴ
子供2人を育て上げ、パートもし、オトコの両親のしごきにも耐えきったオナゴの思い、二人の孫に並々ならぬ気を配り
¥を配り(ホホホ)万全の気遣いをしたからこそ、孫達も学校を卒業し社会人になれたのです、片手間でできる仕事じゃ
ありませんのよ(´∀`*)ウフフ docomoさんのかけ放題で3時間半!以上~⏰
子供のころから、私の家族間の会話はなかったように思います。行事ごとに、ご馳走が母の手作りで並べられても、会話はなくただもくもくとたべる、友達とのおしゃべりしながらの会食とは異なるものでした。子供ながらにも父親を立てることの思いが働いていたのは習慣上ありましたが、私は常に違和感を持ち続けていました。それでも事務職は、多くが女性の仕事でしたね。ということは、異性では経験を積まないと管理職(事務職)になかなか年を重ねないとやらせてもらえない事務職の仕事です。本能的には神経の細やかさから優位性は認められますが、腕力にはかなわないことです。負けるが勝ちで戦中戦後の主といわれる存在のいない中で日本の再建に貢献してきたことは自負していいことと思うのですが、残念ながら夫婦別姓もできていない日本です。半数いる女性の意識改革ができていないように思えています。経済力をにぎられ、身動きできなくしてそれにもめげず、世渡りをしている、母子家庭の存在をよく耳にします。せめても選挙に行って投票が第一歩であるように感じています。ウクライナ侵攻も負けるが勝ちで、庶民には関係ないこと、ウクライナ人もロシア人の庶民は大して変わる人々ではないように思うのです。 K.M
私の両親は農家出身でしたが、継農は叶わず、親(私の祖父母)の意向で職業を持ちました、
これは双方の親の適切な判断だったと思いますし、そこから私達子や孫の職業へとつながるのを思うと、我が祖父母ながら先見の明を感じました、
そこに男女の雇用格差があったとは思いますけれど、
祖父は別格で祖母は農業に携わり一家を成してました、
職業にも多々ありましょうから、全てを把握してない私の個人的な意見としては、
農業に於いては男女平等とみました、仕事の出来高で判断してましたので、祖母がお支払いしてる賃金に格差はなかったように思います、昭和20年代半ばの話ですが、
さて国主不在の国でどのように国家が動いてきたかはこの目にしてはいましたでしょうけど、象徴である方のお出ましで、以外の方々は責任を取るという、何とも言えない結果に私は子供ながらにも、叔父達の話を聴きながら、未消化でした、
夫婦別姓については多論がありましょう、私は子供が育つ間は夫婦として親として家族同姓の方が理にかなってると思っています、
ただ高齢化や少子化問題がこうも多くなってきますと、
家族間の認識や思いがそれぞれ違ってくるかとも思われます、これからの若者がどう選択するかは分かりませんけど、
夫婦にも定年(失礼)があっても、望む方がおられればそれでいいと思います、別姓で構わないと思います、私は現在、夫の姓を名乗ってますけど旧姓も
認められて不動産の名義も旧姓でOKのようですから、そうそう捉われることもないかなと考え始めました、
国家建設に携わるなら私利私欲を優先しては拙いでしょ、国民の事を優先して案件を採決してる様には思えないです、国民はなかなか真摯に国に対応してると思っています、
それをいいことに思い付きの急かす政策は次回の選挙のつきつけなきゃ分からないのでしょうかね?
候補者は男女半々とし、ある程度の資格試験をするぐらいの事案を、自らが申し出る位の度胸が欲しい、そうすれば平等とは納得しますよ、
先ずは農業を知らない議員が、現実の農業の衰退化をどう理解してるのかが第一だと思います、
それでも平気の平左で大臣名を名乗って何も成果を上げずに、選挙の時だけ「国民の皆様」などという表現で伏してみた処で、何が生まれるの?
コメントありがとうございます、とても強い力がわいてきました、
取り留めのない事を羅列したにすぎませんので、ご理解を、またね🌹