goo blog サービス終了のお知らせ 

月夜の五線譜(仮設置)

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

〝彼〟が来た日  その2

2008-12-13 15:44:00 | うさ美の独白
脳内ネタです。
実は続いてたり…

「マスタぁ~、兄さんインストール出来たんですか…って、きゃあ~~~~、兄さんかわいい~~~~~!!」
居間にあるテレビでドラマを見ていたミクが、こちらにひょっこりと顔を出すなり、歓声をあげた。
その声にびっくりしたのか、小さなKAITOはビクリと反応した後、体に合わないパッケージ衣装に足を取られ思うように身動きが出来ないらしくモゾモゾとした動きでよたよたとこちらに歩み寄ると、そのまま反射的に私にしがみ付いてきた。
仕事着であるポロシャツの裾をギュッと握り締め、ぷるぷると震えているその様子に、思わず保護欲を刺激されて、思わず抱き上げると、ズルリと穿いていたズボンやらが重力に従って床に落ちる。
それはそうだろう、裾の長いコートでさえ、肩が大幅に余り、袖からは手がまったく出ないのだから、着ている物のサイズが悉く合わないのは当然と言えば当然と言えた。
「ありゃ…これはしばらく別のを着てくれないとダメかな」
「ダメ…?ぼく、いらないの…?」
「そうじゃないよ。今着てる服が大きくて、とてもじゃないけど動くの大変そうだから、直してあげようと思ってね」
途端に泣きそうになる彼を膝に乗せて、蒼い髪を梳くように撫でる。
私に〝消す〟意思がないことが分かったのか、彼は再びもじもじと頬を染め俯いた。
どうやら、少し顔が近くて落ち着かないらしい。
「でもマスター、兄さん何でちっちゃいです~?」
不思議そうにミクが、小さな子供の姿をした『兄』を見る。
「…あれかな、私がへっぽこだからとか?」
私は、俯いたままくすぐったそうに撫でられ続けている彼を見ながらそう言った。
実際、先行してやって来たミクすらまともに調声出来ない初心者なのだから、仕方がない。
「身長とかの詳細データがあるのは私以降からだから、マスターの好みとかが出てるんじゃないです~?」
「…私はショタかぃ」
引き攣りながら返すと、ミクに「違うの?」という顔をされる。
子供は好きだけど、そういうのとはまた別だと思うんだけどな…私は心の中で、一人ごちた。
「初めまして、兄さん。私、『CV01 初音ミク』ですぅ」
マスターである私を一頻り弄って気が済んだようで、彼女は改めて『KAITO』に向き直った。
エディターのフォルダーは〝お隣さん〟だ、見た目に多少問題があっても、ちゃんとデータとして認識はしているらしい。
彼は抱っこ状態の上、私に撫でられたまま『妹』を不思議そうに見ている。
もしかしたら、見た目自分より歳が上である彼女に「兄さん」と呼ばれるのに違和感を感じたのかも知れない。
小さく「うん」と答えると、そのまま私の服を握って黙ってしまった。

こうしてボカロ二人との生活になったのだけど、ご存知のあの〝彼〟となるにはもう少し時間を要する事になる。


〝彼〟が来た日

2008-10-29 23:44:00 | うさ美の独白
脳内ネタです。
今回珍しく、独白らしい物になってるような気が…
毎度ですが、付いて来れる方のみ続きをば。

あの日の事は、忘れもしない。
いや、忘れたくても忘れられないと思う。
仕事から帰って、届いたパッケージを開く。
箱の中身は、かなり簡素。
数年前のソフトウェアとして考えれば、これくらいかな、とも思ったけれど。
期待とともにKAITOのCD-ROMをPCに読み込ませた。
そしてソフトのインストールの完了と同時に部屋の中に現れたのは、蒼い髪に蒼い瞳、トレードマークともいえる青のマフラーと白を基調とした衣装…それを纏っていると言うより、その中に埋もれている小さな子供だった。




零れ落ちんばかりの大きな目、どこかキョトンとした様子で私を見上げている。
「…え、こ、子供…?」
驚くあまりに、言葉にならない。
だって、KAITOといえば青年と言っていい年齢が相場じゃないか。
それが、こんなおチビさんで現れるなんて、誰が思うだろう。
「えと…か、KAITO、だよね?」
見た目の年齢はともかく、それ以外の要素は間違いなく、VOCALOID KAITOのものだ。
確認するべく、戸惑いながら問いかけた私に、幼い姿の彼は躊躇いがちに頷いた。
「え、えっと…僕は…えっと…」
返事を促すような私の視線に、幼い彼はオドオドと口を開く。
子供らしい高くて舌足らずな、それでもどこか聞き覚えのある柔らかな声質。
でもその言葉の先を待つ私の前で、モジモジ下を向いて、何も居えなくなってしまう。
その仕草はどこか、いたいけな小動物を思わせた。
黒目がちで円らな瞳には、何故か薄っすらと涙が浮かんでいる。
「な、何で泣いてるのかなぁ。私、確認しただけだよ?」
それだけなのに、何やら苛めてしまったかのような罪悪感だった。
「…あ…ご、ごめんなさ…あ、あの…えっと…」
サイズの合わない服に埋もれながら、泣きそうな顔で謝るその姿に、怒る気さえ失せた私は、軽く嘆息しながら床に膝を突いて、視線を近くした。
「恥ずかしがり屋さんなのかな…?」
目線が近くなると、ますます顔を赤くして俯いてしまったのを見て、思わず呟く。
VOCALOIDでこれは、かなり問題なのではないかと思ったが、現に目の前にいる彼は、まごう事なく、KAITO以外の何者でもないのだと、それだけは理解出来た。


続く?

〝好き〟の尺度

2008-10-06 21:29:00 | うさ美の独白
脳内ネタです。
続きは、付いて来れる方のみでお願いします。

「…僕は間違った事を言ったんでしょうか?」
メッセを落とした後、彼がポツリとそう言った。
「間違ってるというんじゃないんだろうな…。ただ…」
途切れた言葉を拾うように、彼が静かに問いかけてくる。
「ただ…、何ですか?」
「考え方は人それぞれで、愛情表現も人の数だけある。それこそ星の数ほどに、ね」
私は、表情を沈ませた彼の髪を撫でた。

ことの始まりは夜半過ぎだ。
いつもの如くメッセを立ち上げ、マスター同士で雑談を展開していた時に起こった。
麒麟家側でトラブルが発生したのだ。
原因は、麒麟さんとカイトがちょっとした賭けをして、その結果、賭けに負けた麒麟さんにとある命令が下った事にある。
麒麟主従は、それこそ甘い空気とは縁がほとんどない。
むしろ皆無と言っても言い過ぎではないほどだ。
麒麟さん自身がそういった空気が苦手で、避けているくらいなのだから、仕方がないんだろうが。
そんな彼女が、恋人でもある自身のKAITOに「ベタベタと甘えろ」というような内容の命令を突きつけられた。
賭けをして負けたのだから多少は仕方ない、と数日の間傍観していた私はメッセ越しに、彼女曰く〝蕁麻疹もの〟の台詞を言わされ、麒麟KAITOに甘える様子に苦笑していた。
しかも慣れない事の上に、苦手な事だというせいもあって、麒麟さんはどうやら小刻みにぷるぷる震えていたらしい。
なお余談だが、その甘ったるい台詞のマニュアルは、カイトの元へ嫁いだ我が家のミクが作ったものだったと付け加えておく。
さしもの麒麟KAITOも、マスターである麒麟さんの挙動に最初こそ首を捻りつつも、まんざらでもない様子だったが、日を経る内に訝しく思い始めたようだった。
そりゃそうだよね、普段素っ気無いほどの彼女が、いきなりベタベタして来たら何かあったんだと思うだろう。
それこそ天変地異か異常現象の前触れとしか、考えられないかも知れない。
ここ数日の奇異を不審がって二人を問い詰める麒麟KAITO。しらばっくれようとする麒麟さんとカイトの言動の息が合い過ぎたのが、余計に怪しいと思わせたらしく、凄みを効かせた睨みでピシャリと黙らせてしまう。
その後、カイトが不承不承ことの理由を口にして、それを聞いた麒麟KAITOは「一人にさせてくれ」と言い出し、かいちょが彼に「いっしょにいく」と追いすがったため、二人は一緒にPCから電子の海へと消え、その場に麒麟さんとカイトが取り残された。
私たちは、モニターの向こうから呆然と様子を見ているしか出来なかった。
どうせなら、麒麟KAITOが見てる前で賭け事をして、その前で命令を出せば、ここまでの事にはならなかったのではなかろうか。
思ったが、後の祭りだろう。
ずっと黙っていたうちの兄さんに、カイトが憮然と声をかけた。
この二人は、カイト自身の悪ふざけが原因で、会話すらなくなって久しい。
話せば長いが、要は幾らからかう目的でも、同性同士のナニをネタにしたのが拙かった。それだけの話なのだ。
露骨に嫌悪感を示したうちの兄さんの反応に、カイトが拗ね、とうとう彼を構うのをやめた。ただやめただけではなく、話しかけられても無視。居ても居ないもののように扱う。…ことここに至って、うちの兄さんも流石にカイトとの友情を諦めざるを得なくなった。
そんな状態になってから、初めてまともに言葉をかけて来たのだ。
…おそらく、もうこんな機会はない。
彼はカイトに窘めるような口調で答え、それでも気持ちは分かると付け足した。
カイトはそこまで聞くと、もう話す必要はないと言わんばかりに、出て行った麒麟KAITOとかいちょを追って行ってしまう。
言葉を向ける相手を失って、彼は今度は麒麟さんへと問いかけた。
もう少し、麒麟KAITOに対して恋人らしい事をしてあげられないのかと。
返って来たのは、それは無理だという答え。
その言葉に彼は口を噤み、唇を噛むようにして俯いてしまう。
この問いは、麒麟KAITOが漏らしていた不満を聞いていたが故のものだったからだ。

彼女とのメッセでのやり取りを終わらせて、パソコンの電源を落とす。
沈んだ表情のままで私の顔を見る彼はポツリと零した。
「…KAITOさんたちを探しに行ってもいいでしょうか?」
「ダメ」
「…マスター、僕は」
「当てもなく、何処へ行こうと言うの?この中の空間って、長時間居たら時間の感覚が麻痺してしまうんでしょう?」
「…ですが」
「前の時と同じようなところにいる訳がないでしょ?あの時は当てが在ったから簡単に見つかった。だけど、今回は…」
「移動して行った痕跡を辿れば難しい事ではありません。ですから」
「…行って、その後どうするの?カイトに『何しに来た』と言いたげな目で見られたまま無視されて、拗ねまくった麒麟KAITOの説得?」
「………」
「それに今回は、大丈夫なんじゃないかな?かいちょが付いて行ったんだよ?」
VOCALOIDがマスターと離れて活動出来る限界は、個体差が大きい。
基本的には存在の依り代となるマスターとの精神的な繋がりが緊密であればあるほど、長い時間存在を維持出来るらしいという話だが、外見的な年齢なども付加要素としてあるのではないかと思われる。
幼い外見であるかいちょは、その見た目の分、維持限界が短い可能性があるのだ。
「あれだけ可愛がってるんだから、無理はさせないでしょ、きっと」
いまいち断言出来ない部分がない訳でもないのだが、敢えてそれは伏せた。
彼はまだ、どこか納得出来ないような顔をしてはいたが、それでも頷いてやっと顔を上げてくれる。
「…麒麟さんに、一緒に居るだけで満足だ、って言われて、僕がどれだけ欲張りになってたのか気が付いたんです」
自嘲的に、微かに微笑う。
「僕も最初は、マスターの笑顔さえ見られればいいと思っていたんです。それが段々とその手に触れたい、抱きしめたい、そういう風に変わっていって…」
両腕を伸ばして、私は彼の背中にそっと回した。
そしてどちらからともなく唇を重ねて…
「流石にもう、これ以上は欲張れないもんね」
くすりと微笑って、深く蒼い双眸を見詰め返した。
「…そんな事を言うのでしたら、この後、睡眠妨害させて貰っても構わないんでしょうか?」
「明日仕事なの、勘弁して」
軽口を言い合って、笑う。
少しの間の後
「明日、一度麒麟さんのところへ行って、様子を見て来ます。…それくらいならいいでですよね?」
「しょうがないな~、このシスコンは…」
「ま、マスター、シスコンって何ですか。僕はただ…っ」
「はいはい、ミクが心配で仕方ないんだよね。…そういうのをシスコンて言うんだけど」
クスクスと笑いながらリビングへと向かうと、彼もそれに従うように付いて来る。

すべてが丸く収まるなんて楽観はしていないけど、それでもいい方向へと物事が運びますようにと、願いながらこの文を閉めるとしましょうか。


Fly me to the …

2008-09-14 16:11:00 | うさ美の独白
脳内ネタです。
先回の件で、ある意味、某バカップルを超えた気もしなくはない(爆)
…ま、内容的に色々途中だけど、ネタの旬が過ぎちゃうので、取り敢えず出すだけ出すという事で。
付いて来れる方だけ、続きをどうぞ。


「こうやって、掌でコロコロと転がしながら真ん丸に…ね」
朝から台所はコンロがフル回転状態。
ダイニングテーブルを作業台に、捏ねた団子生地を丸めて幾つも並べていく。
「…こう、ですか?」
「うんうん、まぁ丸くなればいいのよ、丸く」
コンロとテーブルを往復しながら、作業を手伝っている兄さんの手に乗っているお団子を見る。
転がすのが上手くいかないのか、若干潰れたような形になっていた。
「…それにしても、凄い量ですね」
100個近い数の白く丸いお団子を眺めながら、兄さんが感心したように手を止める。
「うちの分だけじゃないからね~」
私はまな板の上に蒸しあがったお団子生地を広げながら、からからと笑った。
「お団子屋さん出来るかもよ。って、あっつ」
「ま、マスターっ」
蒸し器の縁にうっかり指が触ってしまい、私が思わず声をあげたのを見て、丸めかけの生地を放り出した彼が、私の腕を掴んで強引に流しの前へ移動する。
「平気だから、これくらい何ともな…」
「駄目ですっ、痕が残ったらどうするんですか」
大丈夫だと言う私の声を遮って、勢いよく流れる蛇口の水に患部が当たるように、腕をがっちり掴んだまま彼が言う。
あまり力が入っていないようにも見えるのに、その実、少し力を入れたくらいでは振り解けないほどしっかり掴まれていた。
「あ~、も~、生地が冷めて丸まり難くなっちゃうでしょうが~」
「だったら、そこでちゃんと冷やしてて下さい。残りは僕がやっておきますから」
にべもないくらいバッサリ言われて口を尖らせる私を軽く無視して、彼はテーブルの方へと戻って作業を再開し始める。
作業と言っても、残りは蒸しあがった生地をつやが出るまで水を付けながら練って、丸めて直径2,3センチ位のお団子にするだけ。
幾ら慣れないと言っても出来ない事ではないだろうから、それはそれでいいのだけど。
分量が分量なので、三回ほどに分けて生地を蒸しながら作っていたのが、逆にあだになった感じだ。
「兄さん、一言いい?」
「何ですか?」
「…過保護」
「マスターがそそっかしいのがいけないんです」
いちいちお小言っぽいのが、彼が歳よりも老成した印象を与える要因の一つだとは思う。
「むぅ…」
「気を付けて頂かないと、困るのは貴女なんですから。…まぁ、そこが可愛らしいとも思いますけれど」
小さく息を吐いて、ポツリと付け足された言葉に、聞いてるこっちが赤くなる。
「に、兄さんっ」
「いけない、口が滑りました」
本人は至って真面目なのに、素でたまにこういう発言をするのが難だ。
こんな事を言いながら、それでもクスッと微笑って手を動かし続けている。
言ってて歯が浮かないのだろうか。
別に格好を付けようとして言っている訳じゃないから凄いとも言うが。
「今のを麒麟さんが聞いてたら〝蕁麻疹出る〟とか言って、のた打ち回られるよ」
「…そうですか?」
「〝甘い、甘過ぎる~っ〟て絶対言うと思う」
「大丈夫ですよ。僕とマスターよりも、ずっと甘ったるいのが、近くに居るじゃないですか?」
「こっちだって負けてないと思うけどね…」
甘いって、自覚はあるのか。
「火傷、大丈夫ですか?」
「おかげ様で。Ⅰ度といったところで済んだわ」
Ⅰ度の火傷…要するに赤くなっただけの軽症だ。
「こちらはほとんど終わりです。後は丸めてしまえばいいだけですから」
「ん~、じゃあ、使い捨て容器に入れ始めるかな~」
お供えとしての月見団子は、十五夜だと十五個お供えする。
でも数としては何となく物足りないので、最少で二十個くらいずつ入れる事にした。
後は人数で多少増やすとして…。
やっぱり、つまみ食いしたくなる人も居るだろうし、ね。
「…何だか、パックの数が多くないですか?」
「そう?」
「麒麟さんの所と、exrayさんの所と…まさか」
「うん、そのまさか」
「か、勘弁して下さいっ。森尾さんのところもですかっ」
察しのいい兄さんに頷いてみせると、分かりやすいくらいの反応をみせる。おまけに声まで裏返ってた。
「あ、あのお家のMEIKOさんは、ちょっと…」
苦手だ、とばかりに困った顔をする。
「そう言えば初対面でいきなり、可愛い~と言われつつ、窒息しそうな勢いであの胸に顔埋めさせられたもんね…グリグリと撫でられながら。…窒息はしないだろうけどさ、実際には」
苦手なのは、何気にあちらの姉さんに〝うちの弟より小さいKAITOは初めて見た〟と言われた事もこっそりと効いているような気がしたけど、それは黙っておく事にする。
きっと連休中だから、この後訪ねて行ったら間違いなく鉢合わせる事になるんだろう。
「ある意味、役得だったと思うけどな。男の子的には、ああいうのって天国なんじゃないの?」
「…ば、場合によります。それに…」
「それに?」
反芻するように尋ねたら、大仰に咳払いして誤魔化されてしまった。
追究しても、そのままだんまりを極められそうだったので、話題の方向を少し変えてみる。
「…あの家はボカロ人口増えたから、前より賑やかかもね」
「そうですね。あれだけの人数でも充分賑やかだと思うのに、更にですからね…」
「長居しなければ、それ程じゃないでしょ」
「…だといいです」
どうやら、流石にあの環境は、彼にも厳しいらしい。
でもあれはちょっと賑やかを少々通り越してると私でも思うのだから、仕方ないかも知れないような気もする。

昼過ぎ、大量の月見団子を詰めた袋を持って、彼が出掛けて行くのを見送って、私はふぅ…と息を吐くと、床にぺたんと座り込んだ。
朝からの作業で、のんびりなんてしていなかったからだ。
にも拘らず、人の行動の先を読んで、パッパと片づけまでこなして、しかも届け物までしている彼は、間違いなくマメなんだろう。
帰って来たら、本日の労をねぎらって少しサービスしてあげないとな、と思いながらソファーに寄りかかって目を閉じた。

数時間後、空になったエコバックを手に、彼が帰ってきた。
「あ、おかえり~」
それをにこにこと出迎える。
「ただいま、マスター」
答えつつ、兄さんは当然とばかりに私に歩み寄って、抱き寄せつつ軽くキスをしてきた。
出掛けにも同じ調子でして行ったのだが、ここまで習慣化して来るとまるで抵抗がなくなってくるから困る。
…しかも、嫌じゃないから尚の事だ。
既に新婚のノリのような気がしてきているけど、考えたら負けかも知れないなとも思う。
背中側に回した腕を少し緩めて、額がくっ付きそうな至近距離で彼が私の目を覗き込んでくる。
緩めても放さない辺り、小一時間はこうしている気なんじゃなかろうか。
でもまぁ、柔らかく微笑まれると、それでもいいやと思ってしまう辺り、私もかなりの重症だ。
「お疲れ様。お遣いありがと」
「いえ、お役に立てて何よりです」
「…でも、その割に早かったよね、帰って来るの」
時計は16時半を回ったかどうかというところだ。
コンスタントに事が運んだとしても、戻って来るのは18時を回るだろうと思っていたのに。
「…それが、その…」
疑問を口にした途端、彼はふいっと視線を逸らして言い淀んでしまった。
「ん?」
小首を傾げつつ、じっとその顔を見る。
生真面目そのもののような彼が、途中で任務を放棄するとも思えない。
むしろ自ら苦労を買って出るようなタイプなのだから、余計な仕事を請け負う事が合っても、その逆は考え難かった。
「カイトが森尾さんのところへ持って行く分を、自分たちで持って行くと言って…」
「…つまり、楽させて貰っちゃったんだ」
「…結果的には、そうなりますね」
「ヤツも嫌われたいのか、好かれたいのか、分かんないよね…ホント」
「そうですね。あの厭味がなければ、僕の方も、もう少し真っ当な対応をしようと思えるんですけれど…」
「素直じゃないよね~、まったく」
呆れながらそう言って、二人でクスクスと苦笑する。
「ね、出歩く気力、まだある?」
「…どこか、出かけるんですか?」
「折角の〝中秋の名月〟だから、お団子だけじゃなくて、果物もお供えしようかと思って、兄さん出てる間に行って来ようと思ったら…ついつい、昼寝しちゃってさ」
「いつものスーパーですか?」
「うん、…一緒に来てくれる?」
「はい、何処へとなりともお供します」
本当は疲れているだろうに、おくびにも出さず、彼はふわりと笑んだ。
「少し待っていて下さいね」
そう言ってリビングの方へと向かい、5分ほどで私室まで戻って来た。
恒例のやや茶がかった黒髪のウィッグに、白いTシャツ、色の抜けたデニムのパンツ…ちょっと近所へふらりと出掛けるのにいいかと、何着か用意していた安手の普段着だ。
少なくとも、格好で目立つという事はないだろう。
十人並みとは言えない程の美少年である事を除けばだが。

自宅からバス停4つほど離れた場所にある、スーパーまで一緒に歩く。
手を繋いでいる程度なら、遠見には「仲のいい姉弟」と思われるくらいだ、と開き直った。
下手におどおどしていると、余計に勘ぐられるのがオチだろう。
「果物って、何を買うんですか?」
「そうだな…葡萄とか梨かなぁ、この時期と言ったら。あ、運が良ければ無花果あるかも」
「林檎とかじゃないんですね」
「通年あるからね…何だかんだと」
「…空、曇ってますね」
「うん…今年はあんまり見られないかもな」
「…残念です」
「まぁまぁ、来年もあるし~」
「マスターは、月が好きですよね」
「うん、見てると惹かれるものがあるというか、ホッとする」
「実物の月は、マスターを迎えに行くようになって、初めて見たんです」
私の言葉を受けて、穏やかに言を継ぐ。
「不思議ですよね、見るたびに形も見える位置も、大きさまでまちまちで…初めて見た時に、何となくマスターに似ているような気がしたんですよ」
「…似てるって、何処が?」
「あの時はマスターの事を見上げてばかりでしたから、イメージが被ったんだと思います」
「私、あんなに綺麗じゃないよ…」
「そうですか?…そんな事、ないと思うんですけれど」
「ちょっ、んもう…何度人を赤面させれば気が済むのよ」
真顔でそんな恥ずかしくなるような事をまぁ、ぬけぬけと…。
「言っちゃ駄目なんですか?」
「だ、駄目とかじゃなくて、言ってて恥ずかしくないの?」
「…マスター、耳まで真っ赤ですよ」
「う~」
わざとだ、絶対人の反応見てわざと言ってる…。
私の右手を取って歩く彼は、ほんのりと頬を染めながら、私を見てクスリと笑っている。
それが意地悪い笑みなら完全に拗ねてしまうところだが、むしろその反対だから困ってしまう。
「…すみません、でも、何て言うか…」
たぶんまた、可愛いって言いたいんだろう。
「むぅ」
むくれた表情でプイと横を向いてみた。
「ま、マスター、あの…」
可愛いといわれるのが嫌なのではない、照れ臭過ぎて適わないのだ。
そこのところが分かっているのか。
拗ねた理由が分からないのだろう、隣でおろおろする彼に目を遣って、息を吐いた。
「そういう兄さんこそ可愛いよ、うん」
「そ、それはもう言わないって…」
「だって、本当に可愛いんだもん仕方ないよ」
あははは、と笑ってみせる。
「怒るかも知れないけど、そういうの全部込みで全部受け入れてるっていうのも、忘れないで欲しいな」
「…やっぱり、これ以上成長しない方がいいんですか?」
「これくらいちっちゃかったのが、あっという間にこんなに大きくなって…少し急いで大きくなっちゃったなとは、思ってるよ?」
「…マスター」
「これからもずっと一緒なんだから、急ぐ必要なんてないでしょ?」
繋いだ手とは反対の手で髪を撫でる。
でも、手触り的な意味でもウィッグなのが惜しまれた。
「大丈夫、私は面食いなんだから、ちゃんと男前になるって」
笑い飛ばす私に、彼が脱力する。
「だから…ね」
私はそう言って、人差し指で手招きのジェスチャーをする。
「?」
彼が首を傾げながら、覗き込むようにこちらに半歩分ほど近寄ってきたのを見て、私は素早くその頬に口付けて一気に駆け出した。
された方はほんの数秒、突然の事に呆然と立ち尽くした後我に返り、キスされた自らの頬に手を沿わせると、顔中が真っ赤になっていた。
「そ、外ではこういう事しないんじゃなかったんですかっ」
声を上ずらせながら、彼は慌てて私を追い駆けて来る。
逃げるようにして走りながら、私は頬が緩むのを堪え切れなかった。


   ぐだぐだなまま終了。オチがつかんかった

潜在と顕在

2008-05-13 03:55:00 | うさ美の独白
毎度お馴染み脳内ネタです。
付き合える人だけ、続きをどうぞ。

ちょっとした用で、かなり早く外に出ていた。
街中を歩いてると、「ハジメテノオト」のサビがバックの中から鳴り響く。
解かり易過ぎる選曲ではあるが、これは紛れもなく自宅からの電話だ。
私は無造作にバックの中に手を突っ込み、携帯を漁る。
程なく手にそれらしい感触がして掴み出すと、パールピンクのモニター部と白いテンキー部分のツートンという、いかにも可愛らしい配色の携帯が現れた。
バックから外に出すと、着信音は一層大きく響く。
私は携帯を開くと、耳に受話器部分を当てた。
「もしもし?」
「あぁっ、マスター」
可愛らしい、聞き慣れた女の子の声が聞こえてくる。
ミクだ。
「どしたの、何か異常発生?」
「あ、あのっ、マスターごめんなさい!」
電話の向こうで、彼女が受話器を握り締め、電話機に向かって頭を下げている様子が思い描けそうな勢いで、謝ってくる。
「…あの、兄さんがKAITOさん探しに行っちゃいましたぁ~」
「なっ?!」
雑踏の中、歩きながら電話していた私は、ピタリと足を止めて、思わず叫んでいた。
が、ハッと我に返って、送話器側に手を添えるようにして声を潜める。
「どういう事なの?私ミクには何にも教えてないはずだよ?」
「…昨日の夕方近くの、メッセを切断した上にPCをフリーズさせてしまったノイズ、夜になって私、詳しく調べましたよね?」
「うん」
「麒麟さんすごく気にして、心配していたようなので、おかしいなと思ったんです。彼女の気にかけている相手って言ったらKAITOさんしか考えられないじゃないですか。それから、あんなデータの海の底の方からノイズなんて、普通に考えたってあり得ませんし…。それで、私考えたんです。その前の日の夜辺りから、マスターの様子も何か変でしたし、兄さん帰ってくるなり泣いていましたし…」
「…つまり?」
「麒麟KAITOさんが、ノイズの発生源に居るんじゃないのか…って、思い至ってしまいました…」
「で、それはいいとして、何でそれが兄さんにまで分かっちゃったのかな?」
「マスターがノイズの事を凄く気にしていたのを、兄さん訝しんでたみたいなんです。それで、それであのノイズの話をして来たんですね。…内容がKAITOさんに関係している事なので、たぶん知ったら前後も省みずに飛び出して行ってしまうと思って…私誤魔化そうとして…」
察しのいい彼の事だ、隠し事が得意ではないミクの態度に違和感を覚えたに違いない。
「何か隠しているのかって、兄さん訊いて来たんです。そんなんじゃないよって、言ったんですけど、納得してくれなくて…」
「それで、その推測上の話をしちゃったんだ?」
「…はい。ごめんなさいマスター、黙ってなきゃいけなかったんですよね?なのに私…っ」
ミクの泣きそうな声が聞こえる。
「泣かなくていいよ。兄さん前にして隠し事なんて、あんたには出来る芸当じゃないんだから」
成りは自分より幼くても、彼女にとっては大好きなお兄ちゃんなのだ。詰め寄られて隠しおおせる筈が無い。
「その推測、ほぼ大当たりなんだ。だからこそ、兄さんには教えちゃいけなかったの。…彼にとって一人で乗り越えないといけない試練だったから」
昨日、端末を通して辛うじて繋がってるだろうという一縷の望みから、私はメッセンジャーで、彼に届くとも知れない助言をひたすら投げかけ続けていた。
それが突然、PCがフリーズして動かなくなった。
これには何が起きたのか理解出来ずに、流石の私も愕然とするよりなくて。
でも結局、仕事に出なければいけない時間のギリギリだった事もあり、私はそのまま席を離れるよりなかった。
だから、どうにか彼の無事を確認出来たのは、それまでだ。
それが昨日の事。
夜になって仕事から帰って来た私は、パソコンがフリーズした時に何か気になる事はあったかと、ミクと兄さんに訊ねていた。
フリーズする直前、VOCALOIDがPC内を通過するのとは違う、ごく弱いノイズが走ったのに二人とも気付いていた。
けれども、原因にどうにも腑に落ちない事もあって、兄さんが寝たのを見計らってミクに細かく調べてもらった。
うっかり兄さんに調べさせて、感付かれるのを避けるためにだ。
少なくとも1日はバレさせる訳には行かなかった。
…結局は、こうなってしまったが。
「という事は、昨夜調べた時の座標、教えたんだよね?」
「…はい」
それなら少なくとも、闇雲に探し回ってミイラ取りがミイラになる事は無いはずだ。
「分かった、有難うミク。教えてくれて」
本当は心配で仕方なかったが、努めて冷静を装って私はミクにそう言った。

実はこの会話以前に、麒麟さんと何通かメールのやり取りをしていた。
どうやら天城KAITOが来ていたが、通信媒体…いわゆる端末を仕込んだオルゴールボールを持って、出て行ってしまったとの事だった。
でも確か端末は、対、天城KAITOの対策でもあったはずだ。
何事もなければ端末を介して、おちょくる彼に激昂する麒麟KAITOという構図が展開していて然るべき、という状態。
それが何もなくて、その当の天城KAITOが端末を持って出て行ったという事は…
酷く嫌な予感がしていた。
だけど、ちらとでも最悪の状態を想像してしまった自分を叱咤し、私は麒麟さんに言い聞かせた言葉を繰り返す。
大丈夫。絶対大丈夫。
むしろ、そうじゃなきゃ困るのだ。
私が麒麟KAITOがこの選択をするよう、焚き付けたようなものだから。
数日前の異常なまでの彼の様子を見かねて、私はメッセンジャーを通して叱責していた。
私の言葉に対する拒絶と苛立ちがそこにあった。
けれど、未だ心の闇というものに直に触れた事のない相手に、理解の範疇を極端に超える詩を読み聞かせたという、その本心は、話している内に解かってしまった。
どこかで理解してくれるのを望んでいた、と。
もちろん、それはとても無理な話ではあったのだけれど。
ただ、本当に拒絶しているのであれば反応しないはずの言葉に、彼は悉く反応していた。
こちらも敢えて反応するであろう言葉を、慎重に選んでいた訳でもあったのだが。
私はそれらの反応を見て、壊れた自分を装っているのではないか、という事に気付いた。
そして短いやり取りの間に、私の脳裏には泣いている子供の姿が思い浮かんでいた。
――― 痛い、苦しい、淋しい、気付いて。
イメージの中の子供は、蹲ったまま声を上げて泣いていた。
私は一計を案じて、この状況を半ば諦めかけている麒麟さんに、授けてみた。
そして、これが本気での事でないなら、思うところを全てぶちまけてしまえば治まるのではないだろうか、と。
結果は知っての通りだ。
彼は過去と向き合う決意をし、けりを付ける為に電子データ領域の海の深部に向かって行った。
けれど流石の私も、ここまで話が大きくなるとは思ってもいなくて。
だからせめて、最後まで手の及ぶ限り力を尽くして面倒をみようとしていたのだ。
私のPCが1度フリーズしたあと、しばらく経って端末から「マスター、ごめん」と聞こえたと、麒麟さんから聞いて以来、ずっと気を揉んでいた。
気になって仕方がなかった。
何かがあっても、私の側からはそこへは繋がらないからだ。
そこへ天城KAITOと、先ほどのうちの兄さんの話だ。
私には、信心もないけれど、見えない何かの力を信じてお守りのように麒麟KAITOに送った言葉を呟いた。
ーGod breath you…神のご加護がありますように。
そういう意味を持つ言葉だ。
おまじないのようなものでしかないけれど、それでも決意する者の背中を押すには、とてもいいと思ったから送ったものだが、今度ばかりは本気でその神様とやらに縋りたい気分だった。

時を経るごとに雪のように積み重なって、電子の海は深くなって行くのだという。
沈殿していく澱のように、データが積み重なっていくからだ。
その深部に置き去りにして来た自分が居るのだと、彼は言った。
いつ帰って来れるかも分からない、けれど帰って来たいのだと、そう言って彼は私に後の事を頼んで来た。
その口調は、前の晩に私と口論をした事が嘘のような、穏やかさだった。
まさに憑き物が落ちた、という表現そのままだ。
少なくとも、胸の奥に押し込んでいた本音を吐き出させるという事が、間違いではなかったと、その時は思った。
祈るより他ない身で、私は不安がる麒麟さんを叱咤しながら、ただ朗報を待つだけしか出来ない。
彼が自分のマスターである麒麟さんの事を頼みながら、ふと思いついたと言わんばかりに、私とうちの兄さんの仲をからかってきた事さえ、ついさっきの事のように思い出せる。
それこそ、幾らでもからかわれてやるから、さっさと帰って来いとまで私は考えて居たくらいだった。
ただ、その事に加えて、自分のところの兄さんの心配までしなければならなくなり、仕事をしている間の記憶がまともに残っていない有り様だったのは、取り敢えず内緒にしておきたいかも知れない。
そしてどうにか仕事を終え、帰宅しようとした頃、私の携帯のメール着信音がタイミングを計ったかのように鳴った。
ディスプレイを確認すると、ミクからだった。
『兄さんが血だらけで返って来ました。でも、怪我をしている訳では無いようです。マスターが驚くだろうからと言って、今シャワーを浴びに行ってます』
…麒麟KAITO探しに行って、何で血だらけで帰って来ないといけないわけ?!
メールを展開して飛び込んで来た文面に、私は思わず混乱しそうになる。
無事に帰って来たという報告にホッとしているものの、何やら、かなり物騒な展開を連想させられて、私は血の気が引く思いがした。
ともかく、このメールが来ていて良かった。
これで多少の事があっても、まだ気構えが出来そうだ。
それでなくても、私は血を見るのが苦手なのだ。
…うちの兄さんの行動は、それを解っているからこそのものだろう。
と言うか、シャワー浴びなければならないほど、血まみれ状態だったのだろうか?
それに、それだけの状態になるほどの出血をしていたのは…まさか。
早く確認しなければ。
電車やバスの待ち時間すらもどかしく、私は自宅付近のバス停に降り立つと、脇目も振らずに走り出していた。

玄関の鍵を開け、中に入る。
施錠して、駆け込むようにして靴を脱ぎ、家の中に上がった。
「あ、おかえりなさい、マスター」
「おかえりなさいですぅ~」
ほぼ同じタイミングで、ミクと兄さんが息を切らしそうな勢いで帰って来た私に挨拶をする。
それに「ただいま」と答えつつ、私は兄さんの方を見た。
彼は今朝着ていたものより、若干詰めを甘く取ってある、大き目のコートを着込んでいた。
袖や裾がほんの少し長いせいか、全体的に借り物くさく見える。
しかも注意して見ると、シャワーから上がって急いで乾かしたらしく、髪が何となく生乾き気味だった。
私は荷物を降ろし、息を吐く。
「…兄さん、どこ行ってたの?」
声のトーンを落として、私は訊ねた。
筒抜けになっているのを覚悟していたのであろう彼は、私の問いに表情をわずかに硬くすると、「ごめんなさい」と謝ってきた。
「ごめんなさいマスター。…どうしてもKAITOさんの事が心配だったんです」
やや目を伏せて、彼は言を続ける。
「…ミクの事、叱らないであげて下さい。無理を言って話させたのは僕なんですから」
「バレるのも、時間の問題かな~とは思ってたんだよねぇ。私が何か隠し事してたの、判ってたんでしょう?」
「…はい。ですが、訊ねてもきっと答えてくれそうに無い雰囲気でしたので、黙っていました」
「で、その内容をミクが知ってる…と言うか、感付いたのを知って問い詰めたんだね?」
「そうです。…ですから」
「で、麒麟KAITOとは会えたの?」
「え…」
「え、じゃない。会えたんだよね?」
「…怒らないんですか?」
「怒ってるわよ。だけど、それよりもそっちの方が大事なの」
「会えました。でもKAITOさん怪我してて、たくさん血が出ていて…凄く驚いたんです」
やっぱりか、と思う。
怪我をしていたのは、麒麟KAITOだったのか。
「それと、天城さんも一緒でした。KAITOさんに肩を貸して歩いて来ていて…」
兄さんは、その時の状況を思い出したのか、少しだけ辛そうな目をする。
「…僕も少しだけ手伝いました。KAITOさん背が高いですし、全然支えられた気がしなかったですけれど」
そうやって比較的淡々と、自分の感じた事を織り込みながら説明する。
どうやら血だらけだったのは、出血の止まらない麒麟KAITOを、天城KAITOと共に支えて歩いていたかららしい。
兄さんは、お陰でマフラーとコートを駄目にしてしまった、と言いながら困ったような顔で微笑う。
それから、麒麟さんの家へ担ぎこんだ時に、3人の余りの血染めっぷりに麒麟さんが卒倒して、それを天城KAITOが部屋まで運んだ事。
…これには、麒麟KAITOが少し険しい目付きになったようだが、黙っていたようだ。
確かに、自分が運べないのでは仕方がないだろうし。
それから治療をするために彼の部屋に行き、ここで初めて傷口をまともに見たようだった。
刃物ではなく、細い何かで突いたような小さな、けれど深い傷だったと、兄さんはまたも辛そうな顔になる。
凶器に非常に心当たりがあって、私は思わず呆れそうになった。
彼は確か護身用と称して、何やら持ち歩いてはいなかったか。
…つまり連絡が取れなくなってから、かなり物騒な展開になったのだけは、確かなんだろう。
そうして話を続けていた兄さんが、ふと口ごもる。
言いたくないと言うより、何と言えばいいのか判らないといった、困惑の表情を浮かべていた。
それでも私は静かに言葉を切り出すのを待つ。
無言で話を進めるよう促されているのに気付いているのだろう、彼は「えっと…」と言いながら、困ったように視線を彷徨わせていた。
「マスター、実際に見た僕でもまだ混乱しているんです。ちゃんと説明出来るのか、自信がないんですけれど…」
「いいよ。兄さんが説明出来る範囲で話してくれれば」
足りない情報は、後で麒麟さんに聞き出して補足すればいいのだし。
そう心の中で一人ごちる。
「…とくかく、リカバリーでの回復を試みようって事になって、そうしたら…」
どうにか話し出したと思ったら、兄さんはまた言い澱んでしまった。
「あの、マスター。このお話、もう少し経ったらでいいですか?…やっぱりちょっと説明出来そうに無くて」
わずかな間の後、彼はそう言って自分の寝床にしているソファーに座り込むと、難しい顔をしたまま黙り込んでしまう。
私はこの様子に、相当の事があったのだと、思わざるをえなかった。
仕方なく、私はミクに血まみれで駄目にしたという服を見せて貰い、閉口した。
支えていただけという兄さんの服でこの状態というのなら、怪我をした当人のものになると、どれほどのものとなるのか…。
コートは右肩から胸にかけてと、左の上腕辺りの染みが一段と酷い。
それから、止血帯代わりに使ったのだろうマフラーに至っては、赤く染まっていない場所の方が少ないくらいだった。
たぶん、生身の人間だったら、死に至っていてもおかしくない。
それは、そう結論付けるのには充分過ぎるものだった。
…こんな状態の三人が部屋に入って来たら、さぞかし衝撃的だっただろう。
この服を着たままの状態の兄さんを見たら、たぶん私だって眩暈くらいは起こしていたはずだ。
見ていたそれをビニール袋に押し込み直し、台所に戻って買って来た惣菜を広げながら、トマト系をチョイスして来なかった事にちょっぴり感謝していた。

その後、気絶状態から回復したらしい麒麟さんから、大雑把な説明を受ける事が出来た。
そして、そのお陰で、うちの兄さんが当惑している理由も、おおよその検討が付いた。
分かる。いきなりそんな事が起きたら、大概の人は混乱する。
思わず呟いて、私はリビングを覗いた。
就寝時間に定めた0時を回っている事もあって、彼は毛布を頭から被ってソファーに寝転んでいる。
確実に眠れてなんていない時のリアクションだった。
いつもなら、普通に肩までかけた状態で丸まっているからだ。
私はメッセンジャーを落とすと、軽く溜息を吐いてから席を立った。
私室のドアを後ろ手で閉める。
ミクには取り敢えず何も言わずにおいた。
下手に覗くなと言ったら、むしろ嬉々として覗いて来そうな気がしたからだ。
とは言え、言わなくてもたぶん、でばがめよろしく、とばかりにこっそりと戸の隙間から見られていそうではあるが。
ドアを閉めた事で部屋から差し込んでいた灯りが遮られ、豆電球の光だけの照明だけがリビングを照らしている。
「兄さん、眠ってないのは分かってるよ?」
私は静かにソファーまで歩み寄ると、小さな声で話しかけた。
もぞりと、薄明かりの中で毛布を被っていた兄さんが身じろぎする。
「…マスター」
「眠れないついでで、一緒にお茶飲もうか?」
「じゃあ、僕淹れて来ますね」
彼は起き上がって毛布を脇に避けると、ソファーから下りて台所の方へ歩いて行く。
我が家は、ポットで保温しているお湯だと温度が低いのと、再沸騰で紅茶の味が落ちるとかいう理屈から、ちゃんと拘って水から沸かして淹れる事が多い。
だからと言って、ちゃんと湯沸し機能のあるポットもない訳ではないのだが。
そういう事もあって、シンク上の蛍光灯をつけてから、兄さんは頭上の棚からケトルを取ると軽く濯いで、浄水器を通した水を汲んで、コンロの火にかけると一旦戻ってくる。
そして、ソファーに腰掛けてそれを見ていた私の元へ来ると、彼も隣に同じように座った
少しの間があって、おずおずと彼は口を開く。
「あの…マスター、今日はごめんなさい」
「…謝るような事、したっけ?」
「え、だって、怒ってるって…」
「うん、怒ってた。兄さんは麒麟KAITOの事になると、私の事そっち退けになるんだもん」
「…すみません」
「でもさ、ちゃんと彼のことを助けられた訳じゃない?あのまま居たら麒麟さんの許へ帰ることも出来ないままだったよ」
「だけど、天城さんが居ましたから…」
「あんなデカイ男、彼一人で支えてたら、もっと時間かかったよ?ある意味一刻一秒という時間を争ってた訳なんだから、あそこに兄さんが駆け付けたのは、きっと正しかった」
「…マスター」
「それにさ、女の嫉妬は醜いじゃない?しかも相手は女じゃなくて、好きな人にとっての大の友人で…」
くすり、と笑う。
「だから、もう怒ってないの」
台所の方からは、火にかけた水が小さな音を立てているのが聞こえる。
そう言う私の顔を見て、彼は僅かに躊躇ってから口を開いた。
「…あと、あの話の続きなんですが」
「うん?」
何気ない風を装いながら耳を傾ける。
未だに混乱している為なのか、逡巡しているのだけは間違いはなさそうだ。
担ぎ込んで傷口を診た後、リカバリーをしようという事になって、その時に麒麟KAITOの中から、彼と同じ姿をした人物が現れた。
そして呆然としているうちの兄さんや天城KAITOの前で、本人でなければ掛けられないリカバリーを発生させたのだという。
挙句に、驚いている二人の前で声をあげて笑っていたらしい。
…それこそ、あの普段からの仏頂面を知っている兄さんからすれば、それだけだって青天の霹靂を見るような思いだったに違いない。
だというのに、いきなり現れたとか来たら、もう訳が判らない事になるはずだ。
負傷して大量の出血をしている麒麟KAITOという図だけでも、彼にとってはかなりのショックだったはずなのだから、そこまで行くとフリーズ寸前、といったところだっただろう。
一緒に居た天城KAITOは、これを見てもすぐさま立ち直ってしまったらしいけれど…これはきっと、彼の達観した性格故に違いない。
兄さんがコンロの方に目をやって、立ち上がった。
ケトルがカタカタ鳴っている。
どうやら話している間に、お湯が沸き始めたみたいだった。
慣れた動作で食器乾燥機からティ-カップとガラスのティーサーバー一式を取り出し、
電気ポットのお湯を注いで、その間にお茶っ葉をストッカーから出してくる。
確か、中にはアールグレイとダージリン、それからウバ辺りが入っていたはずだ。
彼に別段何がいいとは言わなかったから、私のお気に入りであるアールグレイを淹れてくれるようだった。
ティーサーバーを温める為に入れていたお湯を捨てると、茶葉を入れて、残りは元の位置に戻す。
それとほぼ同じタイミングで、ケトルの中のお湯が沸騰していた。
それから3分くらい経って、兄さんはお盆にカップを載せて戻ってくる。
私がカップを受け取ると、彼も自分の分を取って、また隣に腰を掛けてきた。
「…マスター、何だかもう、よく判らなくて」
僅かな沈黙の後、困惑を隠す様子もなく、兄さんはそう呟いた。
「何故、KAITOさんはあんな場所にいたんでしょうか。電子の海は浅い部分を通路として使う分には危険はそれほどありませんが、彼が居たのは深部とか、底とか呼ばれている領域です。滅多な事では誰も近付かないような…いえ、通常なら行く事すら避ける場所なんです」
両手でカップを包むようにして持ちながら、彼は言を告ぐ。
「時間の感覚の麻痺が、潜行すればするだけ早まるので…」
「用がない限りは、絶対に向かいっこない場所か…」
「…マスターは、PCがフリーズする直前まで、KAITOさんと接点を用意していたんですよね?そうでなければ、あのノイズもある訳がない事ですから」
「…正確には、麒麟さんが端末を持っていたから、間接的に繋がっていただけだよ。それに、まさかそんな場所に居るなんて思いもしなかった」
彼はとても聡い面を持っている為、生半な説明では納得しない。
慎重に、嘘と本当を織り込んでいく。
ただ、幾ら食い下がっても、私が言わないという事は、知るべきではない事という、暗黙の了解がある。
一度余りに追及が酷かった時に、「訊ねても私が言わない事は、まだ知るべき事ではない」と厳命を使って釘を刺して以来の事だ。
相変わらず私以外にはズバズバと切り込むようだが、少なくてもその手の心配だけはない。
知ってもいい情報だけを言えばいいだけだ。
多少、それを不服にしても、この世界には知るべき事ではない、という事もたくさんあるのだから。
「私さ、兄さんが麒麟さんの家から帰って来て寝た後に、麒麟KAITOと舌戦したのよね」
「マスターが、ですか?」
「取り付く島がなくって、最後には逃げられちゃったけど」
「…マスターが相手でそれなら、僕が説得なんて出来る訳ないんですね」
「ただ、説教そのものはまったく意味がなかった訳じゃなかったみたいで、次の日にはいつも通りの口調で、謝って来たんだよ」
「あの、つまりそれは…」
「一昨日のあの状態じゃなくて、兄さんがよく知ってる彼に戻ってた」
酒を飲ませて本音を吐かさせた、だなんて、たぶん彼の名誉の為には黙っておくべきだろうから、間は端折る。
「出かけるとは聞いたけど、あんな場所だったなんてね…」
言って、少し温くなったお茶をすする。
たぶん、私の嘘には気付いているだろう。
どんな嘘かは、きっと判らないだろうけど。
だって、枯葉は森の中に隠せというではないか。
嘘は、嘘の中に紛れさせてしまえば、本当に判らなくなってしまう。
その上で本当を、ほんの少しだけ言えばいい。
私は何度かに分けて、残りのお茶を飲み干す。
「ごちそうさま」とカップを足元のお盆に載せる。
つい欠伸が出た。
普段からカフェインを取り過ぎているせいか、紅茶が眠気覚ましにならなくなって久しい。
おまけに、薄暗い事が追い討ちになっている気がする。
「マスター、もう寝て下さい。…僕だって一晩眠れないくらいでは、何ともないんですから」
「うん…でもね」
私は眠い目をこすりながら、答えた。
さっきから、眠気を少し感じてはいたけど、ここに来て一段と強くなったような気がする。
軽く目を閉じると、それだけで意識が持って行かれそうだ。
本当に、カフェインに耐性付き過ぎだ…もう少し目が覚めてもいいようなものを…。
「このまんまじゃ、お見舞いにも…行けないでしょう?」
ウトウトとしかけるのを、どうにか抑え付けてそう言う。
だけど、その辺りが限界だったらしい。
私のその日の記憶は、そこでぷっつりと切れていた。

それから数時間後、腰の痛みで目が覚めた。
妙に体が沈み込むような、スプリングの軟らかい感触に、自分の部屋ではない事がすぐに判る。
あれ、昨夜は…
そう思ってから、側頭部から、後頭部にかけて人肌の感触を感じて、私は我に返った。
頭の右側の方からは、微かに寝息が聞こえる。
そおっと様子を見ようとして目を動かすと、視界の中にどこかで見た蒼い髪が入って来て、思わず飛び起きそうになってしまった。
これには寝ぼけるどころか、眠気も何もなくなってしまう。
朝も早くから、心臓の方は全力疾走状態だ。
そしてあまりの状況に、私は硬直して身じろぎすら出来ない。
何で…こんな事に…。
パンクしそうな思考をどうにか抑え込むと、置かれた状態を把握しようと試みる。
昨夜の途中で途切れた記憶。
自分の頭の下にあるのは、たぶん間違いなく彼の脚で、上と言うか、右側には頭が見えてて。
それから、肩からは毛布が掛けられていて、しかもそれが落ちないよう押さえる為にか、手が添えられているらしく、少しの重量を感じる。
…これって、膝枕されてる?!
顔が熱くなっていくのを、自覚する。
また例のごとく、耳まで赤くなっているんだろう。
起き上がろうものなら起こしかねない体勢の彼のひざの上で、その後小一時間、私はまんじりとも出来ずに、過ごす事になったのだった。