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月夜の五線譜(仮設置)

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甘さの塩梅

2008-09-18 02:06:00 | ミクのひとりごと
脳内ネタです。
付いて来れる方のみ、続きをどうぞw

ブログパーツって結構重いようで、私のPCの回線には負担が大きいみたい。
記事を上げた直後の反映チェック用に別タブでブログのTOPを開いているのですが、お陰で管理画面の反応が悪いの何の。
…やっぱり早急に光にした方がいいなと思った今日この頃。


こんばんは。
望月ミクですぅ。
今日はマスターのお家に里帰りしてましたぁ~。
マスターのお家も、私のお家なんですけど~、どっちかと言うとカイトが居るから、今は麒麟さんのお家の方が私のお家ですぅ。
それでも私のマスターは、やっぱりマスターしか居ないんですけど~。

「マスターただいま~、ですぅ~」
マスターのお家のPCの中を潜り抜け、お部屋の中へと降り立って、体の再構築が終わると同時に私は帰宅を告げる挨拶をする。
どちらのお家でも、家を出る時は「行ってきます」で、帰ってきたら「ただいま」と言う事になっているんです。
考えたら、ちょっと面白いですよね~。
折りたたみテーブルで書き物をしていたマスターが、私の声に反応してこちらを振り向いて「おかえりー」と微笑った。
マスターと同じ空間に居る、それまでどこか疲労みたいなものがあったのが、潮が引いていくみたいに軽くなっていくのを感じる。
「あぁ、ミクおかえり」
部屋の向こうのドアから兄さんがひょこっと顔を出した。
相変わらず、見た目は私とどっこいの歳だ。
袖を捲くって、エプロンをしている。片手には包丁、反対の手には黒っぽい果物みたいな物…(たぶんアボカドかも知れない)を持ってた。
「今日の夕ご飯、作るって聞かなくってさ…」
兄さんの格好の理由をマスターが説明してくれる。
「兄さん、お料理作れるようになったんですか~?」
「まだまだ、レシピと首っ引きだけどね」
「そうなんですか~」
どこか嬉しそうに、苦笑してマスターが言うのを聞く。
兄さんは、部屋を覗いてすぐに台所へと戻ってしまった。
キリが悪くて手を休められないのかも知れない。
「今日もまた、すぐに行っちゃうの?」
「カイトが待ってますし~、遅いと心配かけちゃいますから~」
「ご飯くらい食べてってもいいのに」
「え~。そんな事したら、折角マスターと兄さんがラブラブしているのにお邪魔になっちゃいますぅ~」
「ら、ラブラブって…」
「兄さんに~〝はい、あ~ん〟ってしてあげたり~、おべんとが付いてるのを取ってあげたり~」
「してない、そこまでしてない。と言うか、流石に無理」
「えーーー。しなきゃダメですよぅ」
「…あんたのとこと違うんだからね」
「そんな事ないです~。それにマスターのしてるの、結婚指輪ですよね?」
「ペアリングなだけだよ…シルバーだけど」
「でもでも、左手の薬指にしてます~」
「こ、これは…何と言うか…」
「見ていいですか?」
「…うん」
マスターは指輪を引き抜いて、見せてくれる。
細い銀細工で、縁が盛り上がってて真ん中が経こんでるシンプルな指輪。
小まめに磨いているのか、曇り一つない。
内側に、字が彫り込まれているというのは、私のしているのと同じだけど内容が違います。
「あ…」
「な、なに、どうしたの」
「マスター、イニシャル本名の方で入れてますぅ…」
ここだけの話、マスターの本名のイニシャルと兄さんのイニシャルは同じなんです。
表記すると、K to Kという事になります。
「ハンドルの方使ったんじゃ、返って嘘っぽいでしょうが…」
「でもサイズ同じだったら、どっちか見分けつかなさそうですぅ」
「…あ、あははは」
指輪を返すと、マスターは大事そうに、それを指に戻していました。
「マスター、さっさと兄さんとしちゃった方がいいですよ~?」
「…まぁ、焦る事もないよ。心変わりしないって自信あるし…って、するって何を?」
「え~、ここで言うんですか~?」
そう言うと、見る間にマスターの顔が赤くなっていく。
「ま、ま、まさか…そっちの方の話、してない?」
「…ダメですよ~マスター、二人してそんなのだから、いつまでもキス止まりなんです~。もっと押してかなきゃ…」
「いや…そもそも、そっから先はない気がする」
「何でですか?好きなんですよね、兄さんの事。指輪をその指に出来るくらい大好きなんですよね?」
「…うん。でもこれは愛情表現の差、と言うか、ね」
目を伏せるようにして、俯きながらマスターが言う。
「私、兄さんには背伸びしないで貰いたいって、そう思うの」
一呼吸置いて言葉を続けると、もじもじと持っていたシャープペンを弄る。
「私は焦ってないよ。焦らなくても…」
「あの、マスター」
ドアの向こうから兄さんの声が聞えて、マスターが言葉を止める。
「何、分からない事でもあった?」
ちょっと待っててね、と言い置いてから立ち上がって、マスターはドアの向こうに行ってしまった。
私もその背中を追うように、台所が見えるドアの敷居のところまで移動してみる。
丁度、兄さんがマスターに味見用の小皿を差し出しているところだった。
「マスター、お式は何時なんですか~?」
二人が並んで居る光景が自然で、私が入り込む隙なんてないなって思えて、つい味見のタイミングに合わせて声をかけてみてしまった。
マスターは激しく咽てしまっている。
「み、ミクっ」
慌ててマスターの背中をさすりながらも、兄さんが真っ赤になりながら窘めるように声をあげた。
からかいに反応してる兄さんは、本当に久し振り。
何だかんだと、スルーするようになってしまってたから、ずっとつまらないなと思ってたんですよね…。
「…今のは、わざとだったね?」



途中途中。
ガールズトークって大胆発言多いよな…

何にもない、訳がない

2008-06-19 22:55:00 | ミクのひとりごと
脳内ネタです。
付いて行ける人だけ、続きをどうぞ。

こんばんは~。
望月ミクですぅ。
…このところ、兄さんとマスターって何の進展ないんですよね~。
その癖、兄さんたら、うたた寝してるマスターの横に何気なく座って、意識のない間にちゃっかり体勢直して膝枕させてたりとかしてるしぃ。
あと、出掛けに何気な~く、ハグしてたり~。
マスターは、「小さい頃の甘え癖が戻ってるだけ」だとか言ってますけど、それにしては最近ベタベタしてると思うんですよね~。
実を言うと、私がメッセでPC前に呼ばれてると、私室の方にマスター居ないんですよ?
これは私の目が届かないところで、こっそりと進展させてるんじゃないか、そう推測してるんですぅ。
ここしばらく、平日の20時前後に、マスターを迎えに行ってますし~。
少なくとも、マスターがバス停に到着して、玄関を開けて帰って来るまでの数分間は二人っきりな訳ですからぁ。
出歯亀しようにも、バス停から家までは所要時間が2分足らず。
隠れられるような場所も殆どないという状態なので、殆ど不可能と来てます。
だから、どうしても確認しようがないんですぅ。
業を煮やして私、一計を案じてみました~。
マスター、比較的アルコールに弱いんで、飲ませて酔っ払わせちゃおうかなって。
酔っちゃえば絶対、普段抑えてる素が出ると思うし~。
それに、兄さん酔わせるよりも、絶対に手っ取り早いですから~。
もうこの際、勢いでキスでも何でもしちゃえばいいんですぅ。
…と言う事で、冷蔵庫やストッカーの棚をゴソゴソと漁って、何本かあったリキュールとか日本酒とか引っ張り出して…
ここのところマスターと一緒に台所に立って居るので、どこにどんな物が仕舞ってあるのかだって、私知ってるんですからね~。
お酒の匂いを誤魔化すのに、香りの強いココアとか混ぜて~
あと、苦いかも知れないからガムシロップとか入れて~
幸い、マスターは今、兄さんと一緒に居て、私の挙動に気付いても居ない。
こうして一見、アイスココアという、秘密兵器が完成。
カモフラージュ用に、私の分と兄さんの分のアイスココアを普通に用意して…
兄さんの方がお茶を淹れるのは上手いけど、いつも淹れている訳でもないし、私が何か持って行くのが珍しいという訳じゃないので、まず警戒なんてされる筈がないんです~

案の定、そ怪しまれずにマスターはグラスを受け取ってくれる。
兄さんも気付いていないみたい。
そう思ってたのに、私から自分のグラスを取って…ふと手を止めた。
兄さんの困るところは、やたらと勘がいいところなんですぅ。
それも理屈とか完全無視してるところ。
一応電子データの筈なのに、それはどう見ても動物的直感とか言っても言い過ぎじゃないくらい。
「…マスター、それ飲むのちょっと待って下さ…」
でも、制止する声より先に、マスターはグラスの中身を半分くらい一気に空けてしまっていました。
だけど飲んでから、後味が何かおかしいのに気付いたみたいで、眉を少し寄せる。
「…何、これ」
えっと、これって…失敗、かなぁ?
そう思って、顔を少し引きつらせる。
「…ミク?」
咎めるような眼差しで、兄さんがこっちを見ているのに気付いて、思わず目を泳がせてしまう。
「…えっとぉ~」
説明して貰おうか?と言いかける兄さんが、ふとマスターの方へと視線を向けた。
これはどうやら、マスターの姿勢が少し傾いだからみたい。
「マスター?」
兄さんが咄嗟にそれを支えている間に、私は後ずさって「ごめんなさい~」そう言いながらPCの中に飛び込んでいた。
…こんな筈じゃなかったんだけどな~。
そう思いながら、私はつい、行き慣れた道を歩いていた。


ささやかなる奇跡

2008-06-09 11:03:00 | ミクのひとりごと
脳内ネタです。
のんびりやってるので、どうぞ宜しく。
付き合える方のみ、続きをどうぞ。

こんにちは~。
望月ミクですぅ。

昨夜、メッセでは行くと言ったんだけど、あんな事があったので、かなり行くのが嫌です~。
…まさか、義兄さんがあんなに無神経な人だなんて思いもしませんでしたよぅ。
あんなんじゃ、麒麟さんも苦労しているんじゃないかと、本気で思ったんですけど~。
だいたい「Bか?」とか、普通はずけずけ訊く内容じゃないですからぁ。
(確かにちゃんとした付け方すれば、一応そうなんだけど、AではキツくてBだとかなり余るので、声を大にして言い切れない)
でも少し、何かお返しした方がいいですよねぇ…
地味に痛い事で、何かあったでしょうか。

結局、行くって言ってしまったので、ドタキャンするのも何ですし~、行くしかないですよねぇ…。
そんな訳で、すっかりお馴染みになった麒麟さんのお宅へ向かう事にしました。
マスターが複雑な顔をしていたのは、内緒です。
本当は…行くのにはまだちょっと辛いけど、避けていたら記憶を風化させてしまうだけだって、そう思ったから。
…どれだけ胸が痛くても、それごと大切なものだって抱き締めているんだ、そう決めていたから。
左手の薬指に嵌めた指輪をそっと撫でて、私はPCという扉を潜り抜けて電子の海へと、この身を躍らせました。

「予告通り、遊びに来ましたぁ~」
電子データを物理干渉の出来る実体へと置き換え、私は勝手知ったるその家の床へ降り立った。
部屋の中には長身長髪の、彼と同じ面影を持つKAITOと…小さな子供。
この子が義兄さんが産んだって言う子供なんだろう、と思った。
「あぁ、よく来たな」
相変わらずの無表情と紙一重といった無愛想さで、義兄さんが私に言う。
その傍らで、ジッと見詰めてくる視線に気付いて、私はその視線の主に目を遣りました。
KAITOの特徴とも言う蒼い髪と蒼い瞳をしたその子は、食い入るように私の事を見上げています。
その大きな瞳に浮かぶのは、初めて見る相手に対する好奇とは違う、何か別の色。
何故、そんな眼差しを向けられるのかが解らなくて、不思議に思っていると、その子が不意に口を開いた。
「…みきゅ」
初めて聞く、幼く舌足らずな声で紡いだ言葉は、私の名前。
「あいちゃかった、みきゅ」
トテトテと、こちらへと歩み寄ってくるのを見て、私は腰を屈めて視線を合わせました。
小さな頃の兄さんと話をするのに、マスターがよくそうしていたのを思い出したからです。
会うのは初めてですけど、昨夜のメッセで少しだけお話をしたので、たぶんそれで私だって解ったんだろうって、思った。
賢い子なんだって、よく知っている彼からは想像も出来ないほどの、頬の緩ませっぷりが見えるような話し具合で義兄さんが言っていたのを思い出す。
「こんにちは~」
私がにこりと微笑って挨拶をすると、人懐こい零れんばかりの笑みが返って来ました。
それを見て思わず、こういうところは義兄さんに似なくて良かったね、と心の中で呟いてしまったのは、ここだけの話にしておくとして…。
「なに、もってるの?」
彼は目敏く私の持っている荷物に気付いたらしく、興味津々といった顔で指を指す。
「あぁ、そうです~」
私は大き目の持ち手の付いた紙袋から、大判の本を取り出しました。
「これ、マスターからの預かり物ですぅ。あげてもいいけど、すぐに要らなくなるだろうから、貸すだけだそうですけど~」
それはハードカバーのアンデルセンの童話集でした。
絵本ではないけれど、A4サイズほどある全編フルカラーの童話全集から一冊選び出して、マスターが出掛けに渡してくれた物です。
グリム童話ではなくて、アンデルセン童話という辺りが、マスターらしいチョイスかも知れません。
言葉の方は義兄さんに向けて言いながら、分厚い、藤紫の装丁にに金の箔押しがされた本を差し出された小さな手に、そうっと渡す。
「あぃあと」
ちょっと重そうに受け取ったそれを抱えて、嬉しそうに微笑っていました。
「あと~」
紙袋の中に再び手を突っ込んで、平たい手の中に納まるほどの物体を取り出す。
エンジ色の箱型のパッケージには、白でトランプ、という文字。
「このお家って、あんまり余分な物なさそうだったので~。持って来ました~」
ルールが難しくて、煩雑なゲームは無理かも知れませんけど、子供でも充分理解出来るようなものなら、大丈夫だろうと言って、これもマスターから借りてきた物です。
実はトランプではなく、花札にしようかとも考えたんですが、賭け事っぽいという事で、マスターに却下されていました。
「…確かに、いろいろと有る訳ではないが…」
私の家に、何でも有り過ぎるだけだろうと、言いたげにポツリと義兄さんが漏らす。
「…そうだ、義兄さん?」
ニコニコとした笑みを崩さないまま、私は見上げんばかりの長身の美丈夫然とした彼の側へと歩み寄った。
「…何だ?」
微かな殺気に気付いたのか、声音に訝しそうな色が混じる、
「昨夜はいろいろと言ってくれて、ほんっとうに、あり…」
「らめ~~~~っ」
散々人の気にしている事を言いまくられたので、ちょっとだけ痛い目に遭って貰おうか、そう思って小さく足を振り上げかけた瞬間、素早い動きで間に入って来て、その足にしがみ付かれて、私は咄嗟に動きを止めた。
半端な動作の途中だった為、私はそのまま軽くバランスを崩して尻餅を付いてしまう。
…幸い、しがみ付かれたのが一瞬だったので、止めに入った小さなKAITOまで派手に巻き込まずには済んだ訳だけど。
「きゃっ」
強か腰を打って顔を何気なく上げる。
「…あ」
転んだ私に釣られて、膝を突いた格好になっている、幼い彼の大きな、子猫を思わせる少しだけ釣り上がった瞳が、零れんばかりに見開かれているのに気付いた。
「ご、ごめ…っ」
ハッと我に返ったのか、愛らしい顔に僅かに朱を差し、幼い子供の舌足らずな声でそう言うと同時に、飛び退くようにして、後ろへ下がる。
…が、生憎と部屋の隅の方だったゆえに、背後にあった電話台に思いっきりぶつかってしまい、その衝撃で上に載っていた電話機が、その頭に落ちてきて、いい音を立てた。
呆然としている私の前で、火の点いたかのごとくの泣き声があがって、その場の変な緊張感は一気に崩れてしまう。
義兄さんが、慌てて泣き出した我が子を抱え、その頭をさすりながらあやしだし…私はと言えば、どこかで見たような既知感に、半ば呆然とそれを見ていた。
何を見て驚いたのかと、ふと思い視線を落として自分の体勢を見る。
「・・・・・・・」
転んだ時にミニ丈のスカートが捲れて、白地にピンクの小花柄の下着が見えていた。
恥ずかしくなって、思わず裾を直して隠す。
そんなこんなで、もう仕返しするどころの空気ではなくなってしまっていた。

普段これだけ表情に変化の無い人が、有り得ないくらい破顔するとか…これって天変地異の前触れなんじゃないかと思うんですよねぇ。
…兄さんが見たら、フリーズどころの騒ぎではないと思いますよ、これは。
私ですら、一瞬固まったくらいですし…。
まあ、兄さんは頭固いので、許容出来ないとすぐにアウトなんですけど~。
ここまでデレデレになる気持ちは、解らなくもないんですけどね。
本当に可愛いし。
ちょっとだけ、私も…とか考えちゃったりとか。
…それは別に、どうでもいいんですけど。

小さなKAITOは、彼の名前を貰っていました。
それは、義兄さんたちの願望みたいな物もあったんじゃないかと、最初は思ってたけど。
それが、そうじゃないんじゃないんだという事に薄々気付いてくるのには、そんなに時間は掛かりませんでした。
片時も義兄さんの側を離れないほど懐いているという彼が、膝の上に乗って来たりする事も度々あって、愛らしい笑顔で「ぼくの、みきゅ」と、私の胸に顔をうずめるようにしながら、言うのを何度も聞く事になったですし。
…「彼」は、私を膝の上に乗せて、それこそ暇さえあれば『俺のミク』って、何度も囁いてた。
「…お前の番だぞ」
「あ、…そ、そうですか~?」
私はハッとして、床の上に裏を向けて並べられたトランプに目を落とした。
そして持ち込んだトランプで、神経衰弱をして居たんだという事を、思い出す。
「みきゅ、ぐあいわゆぃの?」
「何でもないですよぅ~?ちょっと、考え事してただけです~」
だいぶ拾われて、まばらになったトランプの一枚を適当にめくる。
集中なんて、全然出来てなんていませんでした。
幼い彼の服の襟元から覗く銀色の細い鎖。それに通されているサイズの大きなリングは、見覚えがあるなんて物ではなかったからです。
つい先ほど、膝の上に乗ってきた彼に断りを入れて、見せて貰う事が出来て…私は酷く驚く事になった。
それはあれほど探しても見つからなかった、彼と一緒に消えてしまったこの世に二つとない指輪だったから。
この指輪の裏には、私と彼の名前の頭文字の刻印の他に、「VOCALOID」という掘り込みまでされていて。だからまかり間違っても、区別出来ない筈がないんです。
これを持って生まれて来た、それだけで充分この稚い子が私の一番大切な、あの人なんだと言えるだけの証拠と言っても差し支えなくて。
…だけどまだ、確信が持てません。
というより、そう決め付けていいのか、解らないと言う方が正しいかも知れない。
ただ…彼には以前の記憶はなくて。
それでもあの時の約束を守る為に戻って来てくれたのだとしたら、それ以上何を望む必要があるんだろう…。

そうこうしている内に時間が過ぎ、帰らないといけないだろうという時刻になってしまいました。
「…あのぅ私~、そろそろ帰りますね~」
言って席を立とうとして、
「ぃやぁー、みきゅ、ずっとここにいゅのー、かえっちゃ、らめぇぇぇぇ~っ」
むんずとばかりに、自慢の髪を掴まれてしまいました。
しかも困った事に、ツインテールにしている両サイドをです。
イヤイヤと首を横に振り、涙を浮かべて訴えるように見上げてくる、大きな蒼い瞳。
思わず頷いてしまいそうな、そんな気持ちになって来てしまうほどの反則レベルの愛らしさに、私は内心困惑しつつ、笑みを崩さずに宥めるように言いました。
「でも~、私のお家はここじゃなくて、マスターのお家なんですぅ。ず~っと居る訳にはいかないですよぅ」
「やなの~、みきゅ、ずぅっと、ぼくと、いっしょなの~」
その様子は、さっきまでの素直さはどこに行ったのか、と思うほど。
「…カイト、ミクが困っているだろう?いい加減にするんだ」
ひたすら、やだやだと駄々を捏ねるカイトを見かねて、義兄さんも宥めに入ってきた。
それでも彼は、いやいやと頭を振る。
何だか小さな頃の兄さんを見ているようだった。
まだ来て間もない頃、仕事や買い物で出かけようとするマスターの服の裾を、伸びるのではないかというほど掴んで、零れんばかりに目に涙を溜めながら引き止めようとする姿が、今の彼の様子と被る。
「出来るなら、ここに居てあげたいですけど~、そうしたら私、マスターとの繋がりが細くなって、消えちゃいますぅ。そうなったらカイトと遊んであげる事も、お話してあげることも、出来なくなっちゃうんですぅ~。…それは嫌ですよね?」
「みきゅ、きぇちゃうの」
驚いたのか、大きな瞳を殊更大きく見開いて、小さなカイトが言う。
本当なの?と尋ねるように義兄さんの方を見、それから私へと視線と戻して、その見上げてくる眼差しに、私は静かに頷きました。
「らめぇ、みきゅ、かえゅのも、きえゅのも、らめなの~っ」
ポロポロと大粒の涙が零れ落ち、ぐしゃぐしゃの顔で泣き出してしまいました。
とにかく、私が目の前から居なくなる、それが嫌なのだと…たぶん、幼い彼にはどちらも同じように感じたのかも知れないです。
「…だけど、消えなければ、また何度だって会いに来られますぅ~」
くしゃくしゃと、その柔らかな蒼い髪を撫でて、涙で濡れた頬をハンカチで拭う。
「だから、…帰っていいですよねぇ?」
長い沈黙、しゃくりあげながらジッと見上げていた彼が、やっと口を開いた。
「…またくゅ?」
「はい~」
「ほんちょに、くゆ?」
「もちろんですぅ~」
頷く私に、また少し考えているのか、間が空いて…
「…いいぉ、みきゅ」
そう言って、やっと掴んでいた私の髪を放してくれた。
本当は嫌だと、その目は訴えていたけど。
何とか納得してくれた事に少しホッとして、私はその場に立ち上がった。
そして、帰宅するべく踵を返しかけた時、幼い声が引き止めてくる。
「まって、あげたいもの、あゅ」
何かに気付いたように言って、義兄さんの部屋の方へとかけて行き、少しして大きな花束を抱えて出て来た。
いったい何本あるんだろうって思うほど大量の、紫色のチューリップと白いかすみ草。
花の余りの多さで、抱えてくるのもやっと、という感じの上、花で顔が隠れているせいか、何だか見ていて危なっかしい。
それでも、何とか私の前まで歩いて来ると、「あげゅの」、そう言った。
至近距離で見て、それが造花だと気が付いて…私はあの時のバラの花を思い出していた。
「…ありがとうですぅ~」
姿勢を低くしながら手を伸ばしてそれを受け取ったけど、本数のせいか重量があって、ちょっぴり驚いてしまう。
そんな私にギュッと抱き付いて、舌足らずな可愛い声で彼が言う。
「みきゅ、おおきくなったら、もっともっと、いーっぱいあげゅの」
いっぱいと言いながら、大きく腕を広げるジェスチャーをして、もう一度しがみ付くようにして抱き付いて来る。
耳元で囁かれて、私は微かに目を瞠った。
「どしたの、みきゅ?」
思わず彼の顔を覗き込むと、キョトンとして見上げてくるばかり。
やっぱり聞き間違いなんだ、と少しだけ心の中で自嘲的に笑った。
―――待っててミク、俺…早く大きくなるから。
こんな事、まだ幼いこの子が言う訳がないじゃないか、『彼』の声で。
動揺は悟られていないと思う。
努めて冷静を装ったから。
私は、挨拶を済ませるとPCの中に飛び込んで…そこで堪え切れず膝を付いた。
抑え込んでいたものが、堰を切ったように溢れてくる。
目を閉じれば今も思い出せる。
私の事を見る眼差しも、いたずらっ子みたいな笑みも、頬を撫でる指も、腕の中で感じた温もりも…その何もかもが未だ鮮やかなほど。
花束を抱き締めるようにして、一頻り胸の中の嵐に耐えた。
そうして、先刻小さなカイトの涙を拭ったハンカチで、自分の頬を濡らす雫を拭って立ち上がる。
あの声は『彼』を望んでいる自分の過度の期待が生んだ幻聴だと、言い聞かせて。

帰ってくると、行った時よりも大荷物なのに驚かれました。
無理もないですよね、ちゃんと数えたらチューリップだけで50本もあったんですから。
マスターに、持って行った本が喜ばれたという事、しばらくトランプで遊んだ事、途中で雷が鳴って怖くてカイトと一緒に義兄さんにしがみ付いた事、帰りに泣いて訴えられて大変だった事などを軽く報告して、小さく畳んでソファーの形状になっているマットレスのある部屋の隅の方で足を崩して座りました。
チューリップの花束を抱えながら、左手の薬指に光る銀の指輪に目を落としたまま、しばらく物思いに耽るようにしていると
「…ミク、元気がないね?」
まだどこか幼さの残った、柔らかな低めの声がして顔を上げると、兄さんが心配そうな顔で覗き込むようにして、私を見ていた。
そんな事ない、言いかけてやめる。
思ってもない事を言っても、勘のいい兄さんの事だから問答無用で見抜かれてしまうだろう。
口を開きかけて黙ってしまった事には何も言わず、兄さんは半ば目を伏せた。
「まだ、少し早かったかも知れないね、あの家に行くのは…」
そう言って微かに微笑むと、そのまま定位置まで戻ってしまう。
何があったのかを敢えて訊いて来ない兄さんの態度が、この時ばかりは嬉しかった。
夜半近くなって、またマスターがメッセンジャーを立ち上げて話を始めていました。
別れ際あれだけ大騒ぎになっていたので、少し気になってマスターの側に行くと、私の気配にこちらを見上げて「代わる?」と尋ねて来ます。
頷いた私に微笑いかけて、椅子を引いて立ち上がると、マスターは机の側に腰掛けている兄さんの側まで行って「お茶飲まない?」と、訊いていました。
その提案に読んでいた本をパタンと閉じて、兄さんが部屋を出て行き、それに続くようにマスターも出て行ってしまいます。
部屋に残った私は、PCの前に腰をかけました。
予告もなく入れ替わって、相手をしていた麒麟さんは最初、ちょっと面食らったみたいでしたけど、今日あった事とマスターと兄さんの話題で少しの間、一緒に盛り上がっていました。
彼女が、(兄さんとマスターが)さっさとキス位してしまえばいいのに、という私と同じ見解を持っているのに、少し気を良くして、以前に画策したポッキーゲームの話をしてしまったのは、ここだけの話です。
そうこうしている間に、メッセの会話の中に舌足らずな口調の文字列が現れました。
麒麟さんの話では、寝ていたという話だったのだけど、どうやら起き出してきたみたい。
思ったより機嫌が良かったことに安堵して、「また遊びに行く」と伝えると、嬉しそうに、「うん~、ぜったぃ~~」と期待を込めた返事が返って来ます。
私と居ると楽しい、そんな言葉につい笑みが浮かんでいました。
「おはにゃ、ど?」
おずおずと尋ねられて、先ほど貰ったチューリップに目を向ける。
赤紫の、落ち着いた色合いの花の色。
子供が選ぶにしては、ちょっと渋すぎるなぁと、改めて思う。
「今日くれたチューリップですよね~?とっても綺麗だし、嬉しかったですよぅ~」
嘘を言ってる訳じゃない。
本当に綺麗だったし、嬉しかったから。
ただちょっと、子供らしく感じなかっただけ。
そんな事を思っていると、新着のメッセージが表示された。
それを読んで、私は目を瞠った。
「それはよかった。俺だとまだ綺麗に作れないから・・・頼んで作ってもらったんだ。花言葉は・・・永遠の愛情」
幻聴だと思っていた、先刻の声を思い出す。
彼が首から提げていたのは、紛れもなく『彼』のもので…
まさかと思う。
信じられない思いで、もう一度読み返す。
だけど、と思う。
―――だけど、会いに来るから、絶対に。それまで、待ってて―――
あの時の言葉が支えだった。
その言葉だけで、いつか壊れて動けなくなる瞬間まで「生きて」いられる、そう思えた。
それが叶う事自体、淡い希望でしかなかった。
神様という存在に縋っても、起きるか分からない…そんな奇跡を願う事、それすら踏み躙られるんじゃないかと思ってしまいそうだった。
でも…
「カイト…?」
本当に?
不安と期待がせめぎ合っている。
信じたくて、信じ切れなくて
「うん」
返って来た返事に、僅かにでも浮かんだ疑念すら霧散した。
視界が滲む。
苦しくなるくらい、恋しくて、愛しくて
「嬉しい…また逢えた…」
そう口にしたら、涙が後から後から溢れて、止まらなくなった。
「うん、また逢えた。俺、もう、消えなくていいんだ。どこにも行かなくていいんだ」
きっと目の前に彼が居たら、しがみ付いていたかも知れない。
胸が張り裂けそうな哀しみを抱えて、ずっとこの先を歩いて行くんだとそう思ってた。
細い蜘蛛の糸のような一縷の望みを支えにして。
だから、張り詰めていたものが、そこで切れた。
「…もう、独りにしないでね?」
「しないよ。もう、離さないから」
あの時、消え行く彼を前に「行かないで」という言葉を飲み込んだ。
困らせてしまうだろうから、涙は見せなかった。
本当は子供のように泣いて駄々を捏ねて引き止めたかった。
いつの間に、私はこんな我侭になったんだろう。
彼と離れると不安で、どうにかなってしまいそうだった。
それでも彼の願いだったから、最後まで微笑っていた。
「俺、まだ小さいから、きっとミクを守れない。それでも・・俺はここにいる」
あんな、守れるか分からないような約束を、彼は守ってくれたのだ。
「貴方がそこに居てくれる、これ以上嬉しい事はないよ。それ以上望んだら、きっとバチが当たっちゃう…」
万感の想いを込めて、私は言を告いだ。
「…大好きよ」
それ以上、伝えたい想いはなかった。
それ以下になるという事もないけれど。
「俺も、誰よりも、ミクの事を愛してるよ」
遠く離れているのに、抱き寄せる腕を、私は確かに感じていた。



~了~

キスよりも早く

2008-05-24 10:28:00 | ミクのひとりごと
脳内ネタです。
続きは読んでもいいという方だけでお願いします。
ちなみに、ミクの記事が連投される事になる日が来るとは予想出来なかったのは、私も一緒だw
たぶん予想外の超展開…かも知れない(マスター側の思惑の上を行く意味で)
そして尚且つ、砂吐き注意報出てます。
なお、諸事情から執筆速度が猛烈に遅いので、注意。

おはようございます~。
望月ミクですぅ~。
先回の記事では、あんな事を書いてしまいましたが、えっと…いろいろあって、カイトさんとお付き合いする事になりました。
…期間は限定されていますし、それが過ぎたらもう合えないって、解っていますけど、でもやっぱり、この気持ちは抑え切れませんでした。
今は…幸せです。
残り少なくても、ほんの僅かでも長く、私の時間を彼のために使ってあげたいって、そう思います。
そうして、その時が来たら、ちゃんと笑ってお別れをしようって。

それにしても、今までマスターや兄さんのことをいろいろ言ってたけど、いざ自分の事になると、動けないものなんですね。
ずっと外から見ていてヤキモキしてましたけど、こうなってみて本当は大変なんだって解った部分も、少しはあります。
だからって、マスターたちのはちょっと、心配になり過ぎるほどローペースですけどね。
少なくとも、今はそれよりも大切な事があるので、しばらくはお節介は焼かない事にします。
でも、私が何もして来ないからって、のんびり構えて居られるのも、今のうちだけですから、覚悟しておいて下さいよ?

さてと、それでは何でこういう話になったのか、というところからお話した方がいいですよね。
きっと、説明もないと話が飛び過ぎていて、あまりの事にどうなっているのか、訳が解らなくなっている方もいらっしゃると思いますし…
でも、こうやって話をしている私でさえ、どうしてなのかを理解なんて、きっと出来ていないんじゃないかと、思いますが。


最初は、メッセンジャーでマスターたちとの会話に混ざった時に、少しお話しした程度でした。
今でこそ事実関係が解っていますけど、その時の私は怪我して帰って来て、未だに眠っている状態…(当時KAITOさんの方はまだ意識不明でした)としか聞いていなかったので、彼の存在はまだ聞かされていなくて、とても困惑したのを覚えています。
言葉遣いから、気安い雰囲気はしてて、何なんだろうって思ってた…。
次の日になって、マスターに少し説明をして貰いましたけど、今知ってる事と比べたら本当に嘘と紙一重のものでした。
その晩に、またメッセンジャーで話す機会があって、兄さんとマスターの二人っきりになるシチュエーションを作って、もっと進展しやすくする作戦、と言うのを持ち掛けられたんです。
とは言っても、兄さんに対しては心配を煽って、マスターには怖いお話をするってだけの、ものでしたけど。
あの時、二人の状態にやきもきしていたのが、私だけじゃないんだって解ったのが嬉しかったのと、何だか共犯者みたいでワクワクしてた。

この時の作戦が効いたのか、兄さんは毎晩マスターを迎えに行くようになった、という当初の狙いに加えて、マスターが怖がる余りに夜中に兄さんを起こして、寝るまで手を握って貰ってたと言うんだから、予想以上の効果だったとは思ってます。

そのお話をした翌朝に、マスターに一抱えはありそうな紙袋を渡されて、麒麟さんのお宅へ届けてくるように、って言われたんです。
包装紙や紙袋から、おせんべい屋さんのものだって一目で判って、何日か前に兄さんがお見舞いで持って行って、好評だったとお話ししてくれた事とかを思い出しました。
その時は、何で私なんだろうって思いましたけど、頼まれたのですから行かないといけませんよね。
なので、届けに行って…そこで初めて彼に会いました。
記憶の中の麒麟KAITOさんと寸分違わない容貌でありながら、くるくるとよく変わる表情と気さくな口調、柔らかい物腰でありながら、どこか無邪気で…こう言ったら失礼かも知れないけど、何だか可愛いって言うのが初対面の時の感想。
ただ、何か私の事、意識されてるなぁって思って、次にお話しをする時は、少し考えた方がいいなって、そう思ってた。
次の日になって、マスターたちがメールで相談事を始めてて、その内容が彼の耳に届いたらしく、私の方にも話が振られて来て、そのうちマスターたちを介して、その頭の上で会話をしているような状態になってしまいました。
でも、それがちょっと楽しかったのは、ここだけのお話。
だって、こんなに熱心に、しかも解り易いくらい口説きに来てるのが解るんですから。
しかも、警戒してるって思わせて焦らすと、くすぐったいくらいの返事が返ってくるんですよ?
これだけで数日楽しめそうかも知れない、そう思った晩に、マスターが「もう会ったり、お話したりしない方がいいよ」って言われてしまいました。
少し残念でしたけど、マスターが駄目って言うんですから仕方ありませんよね。
だから、渋々だけど頷くしかなくて。
その次の日の朝、彼が来て少し驚きました。
会っちゃ駄目だって言われた次の日でしたから、本当にびっくりでした。
マスターは彼が来る事を知っていたらしくて、人払いとばかりに兄さんと部屋の外へ出て行って、実質、私と彼の二人きり。
微笑っているんだけど、その目は哀しそうで、彼もやっぱり私と同じように、もう会ってはいけないって言われてるんだと、何となく判ってしまいました。
渡したいものがある、そう言ってバラの花束を私に差し出して来て。
それは、赤とピンクの大輪のバラに蕾のものが二つ、そして何故か小さな黄色いバラが添えられている、造花の花束でした。
昨夜マスターに言われたせいもあって、どうしようかと思いましたが、受け取らないというのも気が引けます。
私は戸惑いながら、丁寧にラッピングされたその花束を受け取ろうと、手を伸ばしました。
彼に差し出された花束を手に取りかけた次の瞬間、息が出来なくなるんじゃないかというくらい抱き締められて、受け取り損ねた花束が指をすり抜けて床に落ちていって…。
背の大きな人だって解ってたけど、実際にこうやってギュって抱き締められると、本当に腕の中に私がすっぽり納まってしまうほど。
突然の事に呆然として、動けない。
掻き抱くその腕の力が少し緩んで、いきなりの事に驚いて目を見張っている私に、彼が顔を近付けて来て、唇に彼のそれが触れて…
一瞬、何をされているのだか理解出来なかった。
至近距離過ぎて、視界に入っているのは彼の長い睫毛と額にかかっている、長めの髪くらい。
ほんの僅かなのか、それともとても長い時間だったのか、解らないくらいの時間が経って、唐突にその腕の中から開放されると、私はへなへなとその場にへたり込んでいました。
兄さんの大きな声が聞こえていたような気もしたけど、そんな事その時の私にはどうでもいい事だった。
彼がその場を去った事にも気付くことも出来ないまま、私はぼんやりと自分の唇に指で触れていました。
それは時間にして十秒そこそこだったらしいですけれど、それでも、彼の存在が私の中に焼き付くには充分過ぎだった。
何とか思考出来るだけの意識が戻って来て、私はフロアカーペットを敷いたの床に転がっている花束を前に静かに泣いているマスターに気付きました。
どうしたのかと問いかけると、マスターは手の甲で涙をグイと拭ってから、大切なものを扱うように、そっと花束を拾い上げて私に手渡してくれました。
そして、これには彼の気持ちが全部詰まってるから、そう言って本棚から花言葉の本を抜き出して、私の側に置くと、部屋の外へ出て行ってしまったんです。
微かに水の音が聞こえて、どうやら顔を洗っているらしいっていうのが、私にも解った。
花束に目を落として、その内の一輪の花びらをそうっとなぞる。
バラの花には「愛」という花言葉が在りますけど、色や大きさ、咲き具合でも違うと言うのを、私はここで初めて知る事になりました。
大輪のバラと蕾二つで「本当に君が好きなんだ。でもこれは誰にも内緒」そして、異彩を放つ小さな黄色いバラが「笑ってさよならだ」。
もう会ったり話したりしちゃダメだって、マスターが言っていたのを、今更思い出していました。
…ただ胸が苦しかった。
あまり上手くものが考えられないまま、夜になってマスターが「今日は一緒に寝ようか」と言って来ました。
頷くと、枕と掛け布団をベッドから下ろしてからマスターは私の横に潜り込むようにして、並んで寝転びます。
「どうしたの、今朝からずっとぼんやりだったよね?」
問いかけてくるマスターに、私は素直に頷いた。
察しのいい人なので、嘘なんて吐いてもすぐに解ってしまうから。
「…無理も無いよね、いきなりアレは衝撃大き過ぎるってもんだし」
苦笑混じりに言うマスターに、私はまたも頷いていた。
「驚きました…。まさかあんな風にキスされるなんて、思ってもみなかったです」
「ホント、堪え性がないよね、まったく…」
呆れた、と言いたげに再びマスターは苦笑する。
「…マスター、私、胸が苦しいです。もう会っちゃいけないんですよね。話しちゃいけないんですよね。そう思ったら、凄く…つらい」
思わず口をついて言葉が出てしまう。
少し驚いた風に瞬きをしてから、マスターは苦笑いを浮かべたまま小さく溜め息を吐いた。
「…やっぱりか」
「マスター、どうしたらいいですか?ずっと彼の事しか考えられなくって、思い出すだけで苦しい…」
これが何かなんて、もう知っているし解っている。
ただ、この気持ちにもう行き場が無い、それだけが哀しくて苦しかった。
こんなに簡単に、一瞬で人を好きになってしまうものなんだと、理解出来た時にはもう諦めなければいけないなんて。
「…どうして、ダメなんですか。マスター?」
薄暗い中でマスターが困った顔をしたのが見えた。
「…言ったら、納得してくれる?」
躊躇うように目を逸らしながら告げられて、その言葉に頷く。
マスターが教えてくれたのは、彼があと少ししか存在出来ないという事。
元々、麒麟KAITOさんの精神の一部なので、彼が回復してくれば自然と取り込まれて消えてしまうのだと。
そして、彼から言付かっていたのか、『これは俺の我侭だから、…どうか忘れて』と口調を真似て言い添えた。
泣きそうな目で私を見詰めるマスターが、そう言うのを黙って聴いているだけしか出来ない。
「酷いです、勝手です…そんなの、無理だよぅ…」
呟くと、知らず一緒に涙が零れていました。
涙は後から後から溢れて来て、せり上がってくる哀しみを堪える事が出来なくなっていって…小さな子供のように声をあげて泣き出してしまう。
マスターもそんな私を抱き寄せて、一緒になって泣いていました。
そうして、泣き疲れるようにして眠りに落ちた次の朝、私は一つの決心をしました。
勝手に好きになられて、抱き締められて、初めてのキスを奪っただけじゃなくて、この心まで奪っていったのに、自分の事を忘れろという彼の我侭なんかに付き合う必要なんて無いと。
忘れてなんてやるものですか。
そう思って、マスターに文面通りに読めば駄々を捏ねているだけの、だけどちゃんと読めば私の嘆きが伝わる内容の伝言を頼みました。
駆け引きをしていたくらいですから、これくらい読み取れると信じて。
返って来たのは「思い出すな、忘れてしまえ、もう会えなくて清々する」という言葉。
…会った事を後悔してるんだと、すぐに分かってしまった。
それと同時に、その言葉が嘘だらけなんだという事にも、すぐに気付いてしまって。
彼が居なくなった後、きっとその存在が私の心の中にとげのように残り続けて、苛み続ける事になるんだ、そう思いながら贈られた花束をずっと抱き締めていました。
いつかはそれすら思い出になって、記憶の中に埋もれていく、それが当たり前の事でも、その時の私にはとても認められることじゃなかった。
…出来る事なら、その限られた時間の間だけでいい、傍に居られたらどんなにいいだろう。
たとえ、その記憶以外に何一つ残らなかったとしても。

その夜になって、またマスターがメッセを立ち上げていました。
いつもならのんびりと自分の髪を弄ったりしているんたけど、とてもそんな気分にはなれなくて、私は少しでも彼の様子を知りたいと思って…マスターの側に行ってPCの画面を覗き込んでいました。
しかもタイミングよく、話題は私と彼のこと。
少し考えてから、私はマスターに少しの間でいいから席を替わって欲しい、とお願いをしました。
彼が出てくるとはとても思えなかったけれど、麒麟さんから彼が何をしているのかくらいは聞き出したかったから。
私の真剣な顔に、マスターは困ったような表情を浮かべながら席を立って、台所の方へと行ってしまいました。
入れ違いざまに、そっと私の髪を撫でて「気の済むようにすればいいよ」と言いながら。
普段は滅多にしないインカムの付いたヘッドセットを着けて、PC用に置かれたキャスター付きの椅子に腰掛ける。
―― ミクちゃんは、カイトのこと、どう思ってるんだろうなぁ
画面上に麒麟さんの発言が表示されていました。
―― あいつは、結構いろんな事にくびつっこみたがるし、うちのこともミクちゃんもすきーとかいう、結構薄情なヤツだぞ?
―― 後先考えない
「ホント、お子様ですよねぇ~」
何で好きになってしまったのか、自分でも解らない。
―― わるかったなぁwうちのKAITOはお子様だよぉw
思わず漏らした言葉に、ちょっとムッとしたような返事が返ってくる。
そんなつもりではなかったのに、失言してしまったのだと気付いて、私はその場で謝った。
知らない内にマスターと入れ替わっていたのに気付いて、麒麟さんは驚いていたけど、申し訳なさそうな言葉を投げかけてくる。
そして、この先にある結末を知っているが故に、もう会わない方がいいと判断したものの、最後の情けであの花束を渡す時間を与えた事が仇になった、と言って私に謝ってきた。
カイトさんは最初、この家の中を引っ掻き回すつもりで、本当は、ただのちょっかいのつもりで、私に近付いて…それがいつの間にか本気になってしまったのだと。
そんな動機で私に近付いたんだから、あの時に一発くらい殴ってやっても良かったんだぞ、そう言を告ぐ。
「…そうですよね~、それくらいしてあげたら、よかったのかも知れませんね~」
そうだ、いっそ嫌われたと思ってしまった方が、彼は苦しまなかったのかも知れない。
今更のように私は思い、そのままを言葉にした。
すると麒麟さんは、「嘘ばかり」だと鋭く否定して来る。
いつも通りの、のんびりとした口調を保って、平気な振りをして居ようとしていたのを、逆に指摘された格好だった。
本心と違う言葉を言うたびに苦しくなってた事に気付かれないよう、振舞っていたのに…。
本当に、嘘は下手なんだな、私。
窘めるような言い回しで、彼女は「人の仲を取り持つばかりしていないで、自分の事をどうにかしろ」と言う。
以前、KAITOさんをからかう目的でモーションをかけてた私は、どこに行ったのだ、と。
…本当にそうだ。
今の私は、ただどうしようもなく立ち竦んでいるだけ。
「…だって、あれはお芝居でしたから」
ポツリと、どうにか言葉を返す。
いつも通り、という仮面を着けているのは、もう限界だった。
――そう。じゃあ、カイトが今夜消えてもいいってんだ?
横っ面を殴られたと思うくらいの衝撃に、思わず机の端に手を突いて前に乗り出す。
「…ホントですか、それホントなんですか?」
声が動揺で上擦ってしまう。
マスターたちの前で保っていた、冷静な自分はもうそこには居なかった。
彼が、いずれはそうなる事は定められていることだとは知っていたけど、それが今夜だなんて…そんなに早く?
――カイトが望めば、それが出来る
苦々しい思いでそれを打ち込んでいるのが、伝わってくる。
頑なに忘れるのは嫌だという言葉を伝えた事、それが彼を苦しめているんだろうか。
「…私があんな事言っちゃったから、ですか?」
――ううん。違うよ
その考えは、すぐさま否定される。
――アイツだって馬鹿じゃない。少なくともKAITOよりは鈍くないからね
この時、自分の好きな人の事をそんなに卑下しなくても、という考えが浮かぶほど余裕すら、私にはなかった。
本来カイトさんは、本体であるKAITOさんの中に在るべき存在で、その彼が内側に戻った方が回復速度は速くなったと漏らす。
「…そうですよね。彼、そういう存在なんですものね…」
…今更のように、思う。
――そういう存在なのに、ミクちゃん好きになっちゃったんだよねー
仕方ないヤツだ、と言わんばかりの言葉に続けて、なおも文字列は続く。
――いつか自分の姿が維持できなる時、KAITOの中に溶けて消えてしまうってのに・・それでも好きになったんだねぇ
そして言葉を切って、続けた。
――・・・・いつか自分が消えてなくなってしまったら、どうしようって、考えられないぐらいに
そんな事、今になって言われてもどうすればいいんだろう。
もう会えないのに、会っちゃいけないのに。
「麒麟さん…その台詞ずるいです」
いつかは消えてしまう。
それは誰にでも言えることだ。
だからって、今の私に何が出来ると言うんだろう。
――KAITOが教えてくれたもの。カイトは、本当にミクちゃんを大事に思ってるからこそ、黄色い薔薇をつくったんだって
ピンクと赤ばかりの花束の中、不自然に浮いている黄色いバラ。
その示すところは…
「でも私、今笑えって言われても、本当は笑えな……」
嗚咽でのどが詰まって、言葉にならない。
――カイトだって、きっと笑えないよ
苦笑混じりに言っている顔が思い浮かぶような言葉が返ってきて、ふと思い付いた様に続く。
――今から、カイト、そっちに行かせようか
驚いた。
もう会わせてはいけないと言う話をしてきた麒麟さんから、こんな提案があるなんて。
それに、昨日の一件が発端で兄さんは一週間の麒麟家出入り禁止、カイトさんに至っては外出禁止を言い渡されているはずだ。
「…そんな、外出禁止なんですよね?確か…」
思いもしない言葉に、目に溜めていた涙が引っ込んでいた。
かなり厳しく言い渡されたと、聞いたように思う。
――俺は、寝てるから何もしらないって、言ってくれてるよ
急な申し出に、こちらの思考が付いて行かない。
今の今まで、会いたいと思っていたのに、戸惑ってしまってさえいる。
だけど…
――彼が居られる時間は本当に短いけれど、それまでの間に、ちゃんと告白ぐらいさせても、ばちはあたらないよね、きっと
貰った花束を見る。
想いを告げられてみたいと思った。
…何よりも、彼自身の声で。
そして、私はその想いに応えたいと、心の底から望んでいる。
「…はい、そうだといいです」
再び、涙で滲んで、視界がぼやけた。
――彼の身体は、きっと来週には消えてしまうけれど、それでも、いい?
定められた期限、それを越えて一緒に居ることは出来ない。
それでも、と思う。
覚悟を求められて躊躇ったのは、ほんの一瞬。
別れは避けられない。
ならばこそ、とも思う。
「はい、いいです。それでも、それでも私…っ」
頬を、温かい雫が濡らしていく。
――・・・ありがとうね、カイトのこと、好きになってくれて
感謝しなければいけないのは、私の方だ。
それに…
「…私だって、そんなつもりなかったんです。でも…」
つい、思っていた事が口をついていた。
――でも?
「ファーストキスごと、全部持っていかれたって感じ」
それは強引で、情熱的で。
…彼はあの一瞬で、私の世界を変えてしまったのだ。
――・・・・だ、そうだよカイト。早く、行って来い~
思わず我に返る。
柄にもないくらい顔が火照って来て、自分でも戸惑ってしまう。
「え、も、もしかして、今の…つ、筒抜けですか?!」
――いんや。ファーストキスごと、のトコだけ
動揺している私に気付いて、画面の向こうで彼女がクスクス笑っているような気がする。
麒麟さんが言うには、どうやら彼は思い詰める余りに、今まで彼女の私室に閉じ篭っていたらしかった。
それを病み上がりで、何とか起き出せるようになったKAITOさんが強引に引きずり出して来たと言うのが、あちらの状況のようだ。
説明の後、KAITOに感謝するのよ、と言い添えられる。
そんな事、言われるまでもなかった。
本当なら、彼が戻ってしまえば格段のスピードで回復する筈なのに、それを拒んで僅かな猶予を与えてくれたのだから。
けれど、起きて来るのがやっとだろうという状態で、同じ体格の彼を部屋から引き摺ってくるなんて、どう考えても、ただの無茶だ。
…後から知ったのだけど、KAITOさんはこの後、無理が祟ってPC前にへたり込んで動けなくなったらしい。
彼が来る。
そう思ってから、私は自分の格好を見て慌てて席を立つ。
時間が12時を回っていた事もあって、いつでも眠れるようにパジャマに着替えてしまっていたからだ。
髪だって下ろしてしまっていた。
こんな姿は流石にまだ、見せられない。
慌しく、いつもの服に袖を通す。
髪を梳く手が、もどかしい。
そうして、ふと、肝心な事に気が付いた。
…彼が来たって知ったら、兄さんはきっと、ただじゃおかないだろう。
幸いにして時計は0時を回っている。
けれど、どうせならば誰にも邪魔されずに会いたい。
起き出して来るかも知れないのを気しながらなんて…絶対嫌だし。
だったら…家を抜け出すしかない。
幸いにも、マスターの家は建物の一階の上、PCのある私室にはベランダもある。
そこからなら、兄さんの寝ているLDKを通らずに、外に出られるはず。
考えを巡らせていると、微かにヴ…ンというノイズをPCから感じた。
緊張で、顔が少し強張るのが分かる。
よぎった不安は、ほんの一瞬。期待がそれを軽く上回って、紛れて見えなくなってしまった。
青白い光を帯びた電子情報がPCから溢れ出て、実体へと書き換わっていく。
すらりとした、見上げるほどの長身。
まっすぐで、さらさらとした癖のない蒼い髪は膝裏に届くんじゃないかというほど。
それが、実体化に伴って長いマフラーやコートの裾とともに、ふわりと翻った。
黙って静かに…不機嫌そうにしていれば、本体であるKAITOさんで充分通るんだろうな、と思う。
だけど、当人と同じ、どこか刃物を思わせる鋭さと物静かさを併せ持った、怜悧な印象の顔立ちも、常に湛えた柔和な笑みと、纏ったどこか人懐こい物腰のお陰でまるで別人だ。
でも、そのいつもニコニコとしているはずの彼は、私の姿を見るなり、気後れしてしまったようだった。
微かに息を呑んだのが分かる。
とは言え、私の方も正直な事を言うと、彼を正面から見つめられなくなっていたから、お相子だったかも知れない。
カイトさんは私の気持ちを知ってしまっている。
そして、それは私も同じだった。
気不味いような、ぎこちない空気が互いの間に流れている。
「み、ミクちゃん…お、俺…」
どこか落ち着かないといった風情で、逡巡の後、どうにか口を開いた彼に私は歩み寄って、思わずその唇に人差し指を押し当てた。
「…待って」
言ってから咄嗟にしてしまった行動の大胆さに、自分で恥ずかしくなって顔が火照ってくる。
彼も軽く驚いていたようだった、その頬が僅かに赤くなってたのだって気のせいじゃない。
「邪魔、されたくないんです…」
手を取ろうと一瞬躊躇して、服の袖を摘まんで軽く引く。
促すように、窓を見る。
引っ張られた方のカイトさんは、ベランダ側の窓に顔を向けた私を見て、何を言わんとしているのか察したらしかった。
「外、出るの?」
問いかけにコクリと頷く。
窓の鍵を解除して開けると、一緒にベランダに出た。
「…そっか、ここ一階だったんだ」
部屋の外は興味がなかったから知らなかったよ、とどこか感心したような口調で彼が言った。
「はい、折角邪魔が入らないように外に出るのに、玄関から出たんじゃ意味がないですから」
「何か、駆け落ちみたいだね」
くすり、とイタズラっぽく彼が微笑う。
言ってから、手摺りに片手をかけてベランダの床を軽く蹴って、そのままヒラリと飛び越え、着地する、
一連の動きには無駄がなく、まるでネコ科の動物みたい。
そう思いながら、私も手摺りによじ登る。
流石に、彼のように一息で向こう側へなんて真似、とても出来ないし。
私が登りきったのを見て、彼は手を差し伸べてきた。
その手を取って、私も地面へと降りる。
下に下りたというのに、彼からは手を離す様子はない。
どうやら、半分は手を握る口実のつもりだったんだろう。
黙って握られたままにされてる私も、似たようなものだろうけど。
「どこに行こうか?」
その問いかけに私は微笑って、手を引くように先を歩き出した。


駅から離れた場所という事もあって、ひしめき合うほど家が立ち並んでいない、どこか閑散とした住宅街の道を曲がると、鬱蒼とした緑を纏った桜の木々が用水路に沿って続いている。
「葉桜…か。それにしても、凄い本数だね」
「桜の名所、なんだそうです。満開近くに兄さんやマスターと一緒に、夜桜を見に来たんですけど、とても綺麗だったですよ」
「…そっか」
他愛無い会話はすぐに途切れてしまう。
たぶん、彼がそれをどう切り出そうかと考えあぐねていて、私もまた、それを待っているからかも知れない。
無言のまま手を繋いで真夜中の桜並木の下を、ただ歩いていく。
立ち止まったままでは、間が持たないとばかりに、並木道に沿って彼に手を引かれるまま、黙々と歩いて…ふと、俯くようにしていたカイトさんが足を止めました。
思わず見上げるようにしてその顔を覗き込むと、小さく「ごめんね」と小さな声で謝ってきたので、更に小首を傾げてみる。
「…何か気の利いた言葉ないかなって、ずっと考えてて…そればかり考えててミクちゃんの歩幅とか考えずに、こんなところまでズンズカ歩いて来ちゃって…」
確かに背が高い分、脚も長いから、歩調を合わせるのはちょっと大変だったけど、早足でも何でもなかったし、薄暗い夜道に繋いだ手の確かな感触とか温かさを感じながら、大きな背中を追うのに夢中だった。
少なくとも、置いて行かれるという感覚がまるでなかったから、謝られて逆に困ったくらいだったんだけど。
「これくらい平気ですぅ。カイトさんの手おっきいなとか、そんな風にしか思ってなかったですから~」
ただ、こうしている間にも、残された時間は減り続けてる。
頭を過ぎる不安を、私は笑顔で隅へと追いやった。
「…あ、えっと…」
言葉を探すように、彼が口ごもる。
用水路にそった遊歩道には、ところどころに街灯はあるけれど、薄暗い。
こうしているとカイトさんの姿が、その夜の色の中へ溶けてしまいそうだ。
私は繋いだ手を一層強く握り締めた。
長い長い、息の詰まりそうなほどの沈黙の後
「ミクちゃん、俺…」
俯けた視線のまま、搾り出すように彼は言を告ぐ。
「…君の事が、好きだ」
言った後、見上げる私とやっと目を合わせた。
そよ、と夜風が吹いて、頬を撫で髪が揺れる。
胸が詰まって声が出なくて、私は返事の代わりに彼の腕の中に飛び込む。
カイトさんは動揺して、わたついてたけど、それもほんの僅かな間だけ。
彼の腕が私の背中に回ったかと思うと、次の瞬間にはきつく抱き締められてしまってた。

「本当に、後悔しない?」
息も出来ないほどの抱擁とキスの後、今更のような事を彼が訊く。
私は何の事?とばかりに微笑んでみせた。
それで何が言いたいのかは、彼になんとなく伝わったみたい。
「…俺に残された時間は、ミクちゃんにあげるよ。その時が来るまで…」
ただ、私の手を握り締めて静かに、噛み締めるように言を紡ぐ。
「その時が来たら、笑ってさよなら、しよう」
私は頷いて、蒼色の双眸を見上げて…
「…うん、約束…」
鼻の奥がツンとしそうになったけど、それは笑顔の下に押し込んだから、きっと彼は気付いていない。
彼は「ありがとう」と小さく呟いて、もう一度ギュッと私を抱き寄せてキスをした。

それからしばらく経って、名残惜しくはあったけど、マスターが心配するよってカイトさんが言うから、仕方なく出て来た時と同じくベランダの下まで戻って…部屋の中から寝ていた筈なのに、いつ起き出して来たのか、兄さんの不機嫌そうな声と少し張り上げ気味のマスターの声が聞えて来た。
様子を見ていると少しして、不服そうに口を噤む兄さんが居間の方へ引っ込むのが見えて、マスターがそれを大仰に息を吐いて見送る光景に変わる。
「…何て言うか、典型的なシスコン…だよね」
ボソリと一緒に身を屈めて覗いていたカイトさんが言う。
「大丈夫です、障害が一つくらいあった方が、こういうのって燃えるじゃないですか~」
「ま、まあ、そうだけど…」
一瞬、彼の表情が引き攣ったのは見ない振り。
マスターは、窓を開けて戻って来た私たちを見て「タイミング良すぎ」と苦笑しながら迎えてくれた。
この後数日、兄さんとマスターは微妙に冷戦状態だったというのは、別のお話。
そのしばらく先で、どんな奇跡が起きるのかも。

                     BGM:「風の羽」 桑田貴子

恋と呼ぶには早過ぎて

2008-05-22 23:08:00 | ミクのひとりごと
脳内ネタです。
読んでもいいという方だけ、続きをどうぞ。

こんばんは~。
望月ミクですぅ。
…まだ何だか上手く物が考えられないというか、どこか混乱しているような気がしますけど、少し落ち着いてきたので久し振りに記事を投稿してみますね~。
兄さんは、今日はもう何にも手に付かないという感じで、今はマスターに宥めて貰ってるみたいです。
それを言ったら、私もあんまりいつも通りという感じじゃないんですけど…。
マスターのお部屋の隅に置いてある、折り畳むとソファー代わりになるマットレスの上には、今朝カイトさんから貰った花束。
…よく見なければ造花だって気が付かないんじゃないかってくらい、よく出来ていましたよ~。
これを受け取った時の事を思い出すと、正直に言って少し恥ずかしくなって来ますけど。

…よく考えなくても、私、まだ誰かに恋したことはないんですよね。
私自身、誰かを好きになってみたいって気持ちはあるんですけど、対象になってくれるような人、居ませんし…。
カイトさんにしても、お話しするの楽しくなってきたなぁって思ってた矢先に、「もう会ったり、お話ししない方がいいよ」と言われてしまいましたし~。
そう言えば、そのマスターが、私が貰った花束を見て泣いてました。
おかしいですよね、貰った私の方は、びっくりしてその場にへたり込んで、しばらく呆然としていたのに、その横で何も言わずに泣いていたんですから。
だけど、あそこでカイトさんを追いかけて行かなかったら、兄さんもたぶん同じような反応をしたんじゃないかと、マスターは言います。
兄さんの勘のよさも、人の感情を拾い過ぎてしまうところも、マスター譲りですから…。

でも、どうしたらいいんでしょう。
マスターが言うには、この花束自体が彼の気持ちだって事なんですよ。
花言葉の事典を読ませて貰ったら、何だか言葉が出て来なくて…。
だって、まだ付き合っても居ない人から、「笑ってさよなら」だなんて、それこそ笑っちゃうじゃないですか…。
私のことを抱きしめておいて、キスしておいて。しかもファーストキスですよ?
まだ恋もしていないのに、いきなり失恋だけしたみたいじゃないですか…
…だから、こんなに胸が痛いのかな