内分泌代謝内科 備忘録

内分泌代謝内科臨床に関する論文のまとめ

2022/07/23

2022-07-23 21:00:05 | 日記
アルコール性ケトアシドーシスについての総説
Emerg Med J 2006; 23: 417-420

アルコール性ケトアシドーシス (alcoholic ketoacidosis: AKA) は英国におけるアルコール依存症患者の入院の主な原因である。

AKA はよく知られた病態であるが、英国の救急医が正しく診断することは稀である。AKA の症状は嘔気、頑固な (intractable) 嘔吐、腹痛であり、アルコール依存症患者の多くの緊急疾患の症状と重なる。

治療されれば、AKA は速やかに寛解し、後遺症を残さないが、最近の法医学研究 (forensic studies) からは治療されない場合は重度のアルコール依存症の突然死の原因になり得ることが分かってきた。

1. 疾患の特徴

1940年に Dillon らは糖尿病の既往がなく、長期にわたる過量のアルコール摂取があるケトアシドーシスの 9症例を報告した。さらに、1970年に Jenkins らは糖尿病の既往がなく、慢性的にアルコールを過量摂取しており、ケトアシドーシスをくり返す 3症例について報告している。Jenkins らはこれらの患者に共通する病態生理を推測し、アルコール性ケトアシドーシスと命名した。

その後、複数のグループによる AKA のケースシリーズの報告が続いた。これらの患者は皆、長期にわたるアルコール過量摂取があり、嘔気、激しい嘔吐、腹痛を呈する数日前に飲酒をやめているという共通の経過がある。

AKA の症状としては頻呼吸、頻脈、低血圧、上腹部の圧痛がある。糖尿病ケトアシドーシスと比較すると、アシドーシスやケトン血症が重度でも意識は清明であることが多い。血液検査では、血糖は正常~やや低値で、アニオンギャップ開大性の代謝性アシドーシスを認める。

このアシドーシスの原因は乳酸およびケトン体 (3-ヒドロキシ酪酸、アセト酢酸) の蓄積であると考えられる。AKA では 3-ヒドロキシ酪酸/アセト酢酸の比が高値となる。血清 3-ヒドロキシ酪酸の濃度は 5.2-14.2 mmol/L と高値になるが、重度のアシデミアを認めることは少ない。アルカレミアを認めることもある。

アルコール依存症の患者の最大 10%で予期しない突然死が起こる。突然死したアルコール依存症患者 30症例と他の死因で死亡したアルコール依存症患者を比較した研究では、突然死した患者では 3-ヒドロキシ酪酸の濃度が 10倍以上高値だった (P <0.05)。

AKA では糖尿病ケトアシドーシスの患者と比べて、遊離脂肪酸の濃度がはるかに高い。コルチゾールと成長ホルモンの濃度も高い。一方、インスリンの濃度は低い。肝機能はしばしば軽度異常である。AKA では生理食塩水静脈注射と糖の投与で速やかに (通常 12時間以内に) 改善する。

2. 病態生理

エタノールは肝臓でアセトアルデヒドに酸化される。エタノールが酸化される経路は 3つあり、ひとつは細胞質での酸化、もうひとつはミクロソームでの酸化、3つめはペルオキシソームのカタラーゼによる酸化である。

アルコールデヒドロゲナーゼによる酸化は最も重要である。この酵素は酸化剤としてとして NAD+を必要とする。アセトアルデヒドは肝臓のミトコンドリアで酢酸に酸化され、アセチル-CoA に変換される。この過程でも酸化剤として NAD+が消費される。

アルコールを多量に摂取すると、肝細胞内の NADH/NAD 比が上昇し、ミトコンドリアの代謝活性が妨げられる。このアルコール摂取による NADH/NAD 比の上昇は AKA や乳酸アシドーシスの病態生理に重要なはたらきをしていると考えられている。

アルコール依存症患者では、蛋白質や炭水化物の摂取量が減り、慢性的に栄養不足になる。その結果、肝臓におけるグリコーゲンの貯蔵が減少する。また、アルコールを多量に摂取すると、NADH/NAD 比が上昇し、肝臓において乳酸やグリセロール、アミノ酸からの糖新生が妨げられる。このために急性アルコール中毒では低血糖が起こる。

アルコールによる激しい嘔吐は細胞外液量を低下させる結果、低血圧と交感神経の亢進を来す。低血糖と交感神経の亢進はさまざまなホルモンの反応を引き起こす。インスリンの分泌は低下し、グルカゴン、アドレナリン、グルカゴンの分泌は上昇する。さらに成長ホルモンの分泌も上昇する。飢餓もコルチゾールと成長ホルモン分泌を上昇させる。

これらのホルモン分泌の変化は脂肪組織における脂肪分解を促進し、遊離脂肪酸を放出させる。エタノール自体が脂肪分解を促進する可能性もある。

肝臓に運ばれた遊離脂肪酸はアセチル-CoA に酸化される。この代謝経路はグルカゴンの刺激で促進される。アセチル-CoA の一部はケトン合成に利用される。2分子のアセチル-CoA からアセト酢酸と水素イオンが合成される。NADH/NAD 比が高いと、アセト酢酸は 3-ヒドロキシ酪酸に還元される。3-ヒドロキシ酪酸が脱炭酸されるとアセトンになる。

AKA ではアセトンとその代謝産物の濃度が上昇し、オスモラリティーギャップ (osmolal gap, リンク参照) が開大する。AKA では 糖尿病ケトアシドーシスと比べて、同程度の 3-ヒドロキシ酪酸の濃度で比較した場合の 3-ヒドロキシ酪酸/アセト酢酸比は高くなる (19.1 v.s. 11.1)。

エタノールを酸化するために NADH/NAD 比が上昇するとピルビン酸が乳酸に還元され、糖新生が抑制されるために乳酸アシドーシスを来す。過剰な乳酸は肝臓から末梢に運ばれる。末梢の方が NADH/NAD 比は低いので、需要に応じて乳酸はピルビン酸に酸化されるかもしれない。この結果、乳酸とピルビン酸は正常よりも高い濃度で維持される。AKA では敗血症や痙攣、チアミン欠乏、肝不全を合併しない限り、重度の乳酸アシドーシスを来すことは少ない。

エタノール摂取を中止すると NADH/NAD 比が正常化し、糖新生の抑制が解除される。その結果、乳酸の濃度は低下し、アセト酢酸の濃度が上昇する(リンク参照)。

3. 診断

アルコール性ケトアシドーシスの古典的な経過は、長期にわたるアルコールの大量摂取と飢餓状態にある患者が、腹痛と激しい嘔吐を呈するというものである。患者は「膵炎疑い」、「アルコール性胃炎」などと言われて過去に入院したことがあるかもしれない。

身体診察では、(重度のアシドーシスの割に) 意識は清明で、頻呼吸である。腹部全体に圧痛を認める。腹膜刺激徴候は認めない。他に脱水やアルコール離脱による症状を認めるかもしれない。

意識障害を認める場合は、低血糖、痙攣、敗血症、チアミン欠乏、頭部外傷など、AKA 以外の鑑別診断を考えるべきである。

ベッドサイドの検査では、呼気アルコールは低値または検出感度未満である。血糖は正常または低値で、代謝性アシドーシスを認める。尿ケトンは陽性になる。ただし、陰性でも AKA は除外できない。

血液ガスと生化学からはアニオンギャップ開大性の代謝性アシドーシスを認めるが、乳酸アシドーシスや糖尿病ケトアシドーシスではない (乳酸値はアシドーシスの程度を説明できるほど高値ではない。血糖は正常または低値である)。

メタノールまたはエチレングリコール中毒は重要な鑑別疾患である。どちらも重度のアニオンギャップ開大性の代謝性アシドーシスを来し、オスモラリティーギャップも開大する。しかし、ケトーシスは認めない。

また AKA は意識清明だが、メタノール中毒とエチレングリコール中毒では中枢神経系の機能低下を認める。いずれも腹痛を認める。メタノール中毒では視力低下を来し、エチレングリコール中毒では結晶尿、乏尿、腎不全を来す。

4. 治療

アルコール性ケトアシドーシスで危険なのは、著明な細胞外液量の低下 (ショックを来す)、低カリウム血症、低血糖、アシドーシスである。

ハルペリンらは、AKA では速やかに等張食塩水を静脈注射し、必要に応じてカリウム補充を行うとしている。また彼らは低血糖を防ぐためにブドウ糖投与を勧めている。インスリンや重曹の使用は勧めていない。

Miller は 5%ブドウ糖液輸液は生理食塩水輸液と比べてより早くアシドーシスと 3-ヒドロキシ酪酸/アセト酢酸比を正常化させる。生理食塩水で輸液した場合は乳酸値は低下するが、3-ヒドロキシ酪酸の濃度は上昇し、治療開始から 12-24 時間はアシデミアは有意に悪化する。クロールの過剰負荷が高クロール性代謝性アシドーシスを引き起こしているのかもしれない。一方、5%ブドウ糖液で輸液した場合、pH はゆっくりと上昇し、乳酸と 3-ヒドロキシ酪酸は低下する。さらに、血清遊離脂肪酸、コルチゾール、成長ホルモンの濃度は低下し、インスリン濃度は上昇する。

アシドーシスが寛解するまでの時間は AKA の方が糖尿病ケトアシドーシスと比べて有意に短い (5-7 時間 V.S. 14-18 時間)。

以上より現時点では、AKA の初期治療は生理食塩水にブドウ糖を加えたものを急速に輸液し、必要に応じてカリウムを補充すると良い。マグネシウムとリンの濃度はモニターし、必要に応じて補充する。ブドウ糖を投与するとリンは急速に低下する。リン補充の意義を裏付けるエビデンスは乏しいが、リン濃度が 0.33 mmol/L (およそ 1 mg/dL) 以下の重度の低リン血症ではリンの補充を検討すべきである。

救急外来を受診した全てのアルコール依存症患者に対しては王立内科学会の推奨に従ってビタミン B 群を経静脈的に投与するべきである。また全てのアルコール依存症患者に対してはアルコール外来を受診する機会が提供されるべきである。


オスモラリティーギャップ
https://www.jaam.jp/dictionary/dictionary/word/0602.html

糖新生が亢進するとケトン合成が促進される理由: オキサロ酢酸 (糖新生の出発物質であり、クエン酸回路の基質でもある) が枯渇し、クエン酸回路の反応が進まなくなるため
https://lifescience-study.com/1-genelation-and-use-of-ketone-bodies/

元論文
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2564331/