風がヴギウギ

自由気ままな風の様に毎日を切り取っていく

親父の自作本・・・青春の詩<耳鳴り>2

2020年11月05日 | 自作本

<ある雨の夜に>

滑油の赤い粘性に耐へて

昇りゆく気泡の速度に

吼え 猛り 廻る

過給器の轟音に

疲れ切った頭を俯向けて

黴臭い下宿に帰ってきた私に

一体どれ程の憩ひがあるをいふのだ

淡墨色の夕暮は 秋のおとづれ

地にすだく虫の音は 命のなみだ

ああ この寂莫たる無窮のなかでは

私は呼吸さへ出来ないのを覚てる

かすかに降りくる 毯栗達のざわめき

遠く耳底にひびく 子ども達の叫びが

真昼の白い幻を

そして

故郷の星のささやきを思はせる

今宵も亦 雨が降って来た

あの憂鬱なメフィストの嘲笑うのやうに

ぴやぴたと ひそひそと・・・

やけにふかす煙草の煙がもつれ合って

無涯の闇に流れてゆく

その紫色の薄衣の流れに

忘れてゐた感傷を引き出してしまふ

故郷・・・ ・・・ ・・・それは 私の生命だ

思い出・・・ ・・・ ・・・それは 私の生命の糧だ

限り無く愛(いと)としきものよ

どうしてかう私の心を弱くするのだ

感傷・・・ ・・・ その甘さは拭はれねばならぬ

私達に望まれるのは 闘志のみ

ひそやかな夜雨の冷たさに

私は再び今の心を取り戻す

さうだ 私の現実

現実の生命をと流れゆくもの

それは戦だ

この闇の彼方に浮く島々の

燃上がる緑を染めて

流さるる同胞(はらから)の赤き血潮

現実は戦のまっただ中

ひそやかな夜雨の冷たさに

亦 新たなる闘志を燃やさう

1944年9月19日

 

※故郷への思いが募っていても

大戦中であり断ち切る強い心を自分にかす 

同胞がどこかの戦場で戦っているからであろう

同じ年代の時

僕らとは まったく違う 時代を生きてきたことは確か・・・

それだけ 日本や同胞への思いが強いのであろう

 

すだく-集くと書く・ 虫などが集まってにぎやかに鳴く

無窮-果てしないこと・そのさま・無限・永遠

毯栗-いがぐり

無涯-限りのない・はてしのないこと


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