<蝉>
-亡友小口兄の霊に捧ぐるの詩-
蝉が鳴いてゐる
渇ききった空気の中で
緑色の帳(とばり)をゆるがせて蝉は鳴いてゐる
その声は あの白い 円やかな ふんわりした夏雲の去来する
炎熱の空を恋ふるかの様だ
縁石に座って
かすかな空気の流れに身をさらしながら
私はその声に耳を傾ける
そして油蝉がジイジイジイと陽を恋ふて鳴きつづける
亡き友よ
私は君の声をその中に探し
そして はぐれてしまふ
君の声は聞こえない
君は遙かな白蓮の匂ひ世界へ旅立ってしまったのだ
明方の筑摩の森にしんしん深く沈んで行ってしまふ
ただ蝉の声だけがかしましく響く
蝉が鳴いてゐる
青いオ-ロラの中を鳴き移り
泣き続け
時の無限にさまよひながら
動かない酷熱の大気を恋ふるかのやうに
昭和20年8月19日
※何とも言えない詩である
筑摩出身の友だったのかもしれない
帳(とばり)⇒室内や外部との境などに垂らして区切りや隔てとする布帛
筑摩⇒長野県の地名で 昔は「つかま」と読んだが
明治時代以降は「ちくま」と読むことが多いようです
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