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BS日テレ『長七郎江戸日記2』第31話「同心物語・父ありき」

2013-07-26 19:14:00 | 江戸時代初期、家康~秀忠~家光~家綱
BS日テレ『長七郎江戸日記2』第31話「同心物語・父ありき」
加納半兵衛(演:佐野浅夫)が墓参りしている場面で墓に書かれてある日付が「丁卯年己月(三月?)」でその下が「五日」のように見える。
故人の享年は二十七歳か二十八歳だったと思う。
江戸時代で丁卯の年は1627年、1687年、1747年、1807年、1867年。
長七郎が活動したのは家光または家綱の時代で、該当するのは1627年、家光の治世。

裏番組にはBS-TBSの『江戸を斬る』第5部があった。


天地明察

2012-08-15 21:01:00 | 江戸時代初期、家康~秀忠~家光~家綱
天地明察」の検索結果 - Yahoo!検索

渋川春海の生涯を描く。

家綱~綱吉の時代の話のようである。

【時代劇の時代設定】天地明察:渋川春海(1639~1715)の生まれた年は家光の時代の島原の乱(1637~8)の翌年で、生きた時代は「長七郎江戸日記」「樅ノ木は残った」「水戸黄門」「忠臣蔵」等の時代を含む。春海没後、翌1716年に吉宗が将軍になり、1719年に西川如見が吉宗に謁見。大和暦が貞享暦として採用されたのが1684年で翌1685年から施行。映画で中井貴一が光圀を演じていたが石坂浩二の水戸黄門第29部第1話では1684年から話が始まり時代が入れ替わりとなる。1684年に後の徳川吉宗誕生。
午後3:58 · 2012年9月11日 
午後8:21 · 2012年10月23日 

「天地明察」の終盤で大和暦が貞享暦として採用された。この時代は石坂浩二版「水戸黄門」と重なる。石坂黄門は光圀藩主時代の1684年(貞享元年)から始まる。この年、後の徳川吉宗も生まれたので「八代将軍吉宗」とも時代がつながる。
 

令和5年tw
天地明察 (Tenchi Meisatsu) | Insight into the Universe 予告編 FULL TRAILER  

前後一覧
2012年8月(T-CupBlog)

関連語句
天地明察(twiog)
天地明察(twitter)

参照
【時代劇の時代設定】天地明察 - teacup.ブログ“AutoPage”

中村主水年齢変遷(40歳基準20年間隔)…天明まで

2012-02-14 15:30:00 | 江戸時代初期、家康~秀忠~家光~家綱
まず、江戸後期の中村主水の年齢を1820年で40歳、1840年で40歳、1860年で40歳の3種類で想定し、さらに1820年から20年前の1800年で40歳、そして1780年で40歳…というように各時代の主水の年齢を考えてみる。

【画像】





中村主水年齢変遷(40歳基準20年間隔)…寛政以降

関連語句
中村主水年齢変遷


淀から江へのてがみ

2011-11-13 20:21:00 | 江戸時代初期、家康~秀忠~家光~家綱

宛名が「かうとの」だったと思う。
初が書いたてがみでは「こうとの」だった。
「江」の音読みには「コウ」「カウ」の2種がある。

11月19日土曜日の再放送で確認しようと思ったが、2時に中国残留邦人に関する講演があり、それを聴きたいので、移動に1時間近くかかるので、家の者に再放送を観てもらうことにした。
『江~姫たちの戦国~』は小説も中巻と下巻を買ったが、映像化における細かい部分はテレビを観ないといけない。しかしテレビは放送中にテレビの前に座らないといけない制約があり、まだまだ紙の本よりもテレビのほうが不便だ。
以前なら再放送を録画できたが、テレビが地デジになったので録画もできない。

結局、時代劇は映像より本のほうが便利だということになる。
放送時間が外出の時間と重なると観ることはできない。テレビを持ち歩くわけにもいかない。
そういうわけで、連続時代劇がテレビからなくなるのもいい機会である。
時間が限定された電気紙芝居など半世紀で節目を迎えたと言っていい。

鈴木嘉一『大河ドラマの50年』によると、橋田壽賀子は『おんな太閤記』について、主婦が家事をしながらでも筋がわかるように台詞を長くすると言っていた。それならテレビの意味はなくて、ラジオドラマの時代のほうがよかったことになる。

『水戸黄門』などもとは講談だったのだから林家三平が講座で噺(はなし)にしたらどうか。

バラエティ番組で漢字の書き分け。
「周知」と「衆知」、「未到」と「未踏」 - 漢字論原点回帰II - Y!ブログ

やはりこの回で淀が江に書いた文(ふみ)では「かうとの」「ちや」と書かれてあったようだ。

後にDVDをレンタルして確認した。
やはり初が書いたふみ(文)では「こうとの」、茶々が自害の直前に初に託した江当てのふみでは「かうとの」と書かれてあった。

2012年10月01日(月)
2011年のNHK大河「江~姫たちの戦国~」で初が江に宛てた文には「こうとの」、夏の陣の時に淀が江に宛てた遺言の文では「かうとの」。三女の名前を書く時のかなづかいが長女と次女では違っていた模様である。
posted at 12:16:58

2013年07月27日(土)
漢字「江」の日本語の音読みは呉音で「コウ」、漢音で「カウ」である。現代かなづかいではどちらも「コウ」になる。「江~姫たちの戦国~」で初(演:水川あさみ)が江(演:上野樹里)に宛てた文(ふみ)では宛名が「こうとの」だったが、淀君=茶々(演:宮沢りえ)が江に宛てた遺書では宛名が「かうとの」だった。
posted at 06:19:00

2013年12月24日(火)
@kyojitsurekishi 「江~姫たちの戦国~」の第20回「茶々の恋」で、おそらくは新婚の初(演:水川あさみ)が妹の江(演:上野樹里)に「おノロケ」のてがみをたくさん送っていた。この宛先が「こうとの」。
「江」はなぜ「ごう」と読むのか(『江~姫たちの戦国~』) - Yahoo!ブログ
posted at 07:19:29

@kyojitsurekishi 漢字が異なる「豪姫」は前田利家とまつの娘で1981年「おんな太閤記」で岩崎良美が演じた。ネットで調べると92年の松竹映画「豪姫」で宮沢りえが演じた。宮沢りえは89年「春日局」で少女時代の初姫も演じた。
posted at 07:37:37

2013年12月26日(木)
「江~姫たちの戦国~」(2011年)で初(演:水川あさみ)が「こうとの」にふみ(文)を送ったのは、初が京極高次と結婚し、秀吉が茶会を開いた1587年。茶々(演:宮沢りえ)が「かうとの」にふみを書いたのは大坂夏の陣で自害する直前なので1615年。
posted at 03:46:32

2014年01月07日(火)
「江~姫たちの戦国~」(2011年)での茶々の自害は第43回「淀、散る」で描かれたが、茶々が江に遺した文(ふみ)に「かうとの」と書いてあったのが判明したのは、初が文を江に渡した場面なので、第44回「江戸城騒乱」の時だったと思う。
posted at 20:37:41

@kyojitsurekishi 「大奥 第一章」で徳川家康を演じたのは藤田まこと。「江」では北大路欣也が家康役。北大路は「剣客商売」の秋山小兵衛役も受け継いだ。
11:41 - 2014年9月6日

上野樹里は大和ハウスのCMで7人の仮面ライダーと共演している。藤岡弘は「おんな太閤記」で信長役だった。
11:52 - 2014年9月6日

時代劇のかなづかい、ことばづかい 弐 #知恵ノート_
12:34 9月6日(土)

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関連語句
江~姫
江 こう かう(twilog)
江 こうとの(twitter)

参照
Y!Blog 漢字論原点回帰II>淀から江へのてがみ
Y!Blog ものがたりの歴史II>「江」はなぜ「ごう」と読むのか
Y!Blog ものがたりの歴史III>「江」の字音 非公開
Y!Blog 漢字論原点回帰III>「江」の字音 藤堂漢和より 非公開

『江~姫たちの戦国~』で江が受け取ったふみ・非公開(漢字論)
『江~姫たちの戦国~』で江が受け取ったふみ・非公開(歴史)