ベッドに寝転がって漫画を読んでいたら、携帯が鳴った。
少年はディスプレイに表示された男の名を見て舌打ちする。
「もしもし」
「------?」
「つーか今忙しいんだけど」
「------!」
「ふーん、それで?」
「------!?」
「だからさぁ~、俺言ったよねえ? ほんの少しでも触ったら最後だって」
「------!!!」
「あ~、はいはい。悪いけど切るね。俺たちの関係これにてしゅーりょー。
もう掛けてくんなよ、おっさん。それじゃ」
少年は電話を切って携帯をベッドに投げつけた。
「バッカじゃねえの!」
言ったそばから着信音が鳴る。またあの男だ。
少年は乱暴に携帯を拾うと通話ボタンを押して、
「つぎ掛けてきたらあんたの会社にあんたがやってることもやろうとしたことも全部ぶちまけてやるからなぁ! 覚悟しとけクソジジィ!」
それだけ叫んで電話を切った。
忘れないうちに男の番号を着信拒否リストにブチ込む。
少年はベッドに寝転がり再び漫画を開いたが、腹が立って全く内容が入ってこない。
「クソが!」
漫画を床に叩きつけて舌打ちをした少年、
彼こそがこの物語の主人公、海星高校二年B組み、中村ダイヤである。
ダイヤモンドのように輝く人生を送って欲しい。そんな願いを込めて親から授けられた名前。
彼は今、光り輝く自分の名とは正反対の、薄暗い迷路のような生活の中にあった。
中学でゲイに目覚め、高校入学と同時に買ってもらった携帯電話が日常崩壊に拍車をかけた。
出会い系アプリにハマったのだ。
興味本位で登録したその日から、ダイヤの携帯にはあらゆる男からメッセージが届いた。
大学生、社会人はもとより、酷いときは還暦間近の男でさえダイヤに声をかけた。
みんなダイヤのプロフィール画像を見て可愛いと言った。会って話しがしたいと言った。
そして実際に会うと、どの男もダイヤの外見をひどく褒めた。
最初は嬉しかった。誰だって容姿を褒められるのは嬉しいもんだ。
しかし、ダイヤはすぐに気づくことになる。
――どいつもこいつもやりたいだけの気色悪いロリコン野郎。死ねばいい。
一年前、三番目に会った男とドライブをした時のことだ。
地元から一時間ばかり車を走らせた場所にある海岸へ向かっていると、
信号待ちで車を止めた男が、何の脈略もなく突然ダイヤの太ももを撫でた。
驚いて体をビクつかせたダイヤに、男は意味深な目つきでニヤっと笑う。
ダイヤはその薄気味悪い笑みを見た瞬間、全身の毛が逆立つような嫌悪感を覚えた。
まるで触れられた箇所から全身が腐っていくような錯覚を覚えたほどだ。
「あの、そういうのやめてもらえますか……何か気持ち悪いんで」
「あははっ! 気持ち悪いって、君ゲイでしょ? 何言ってんの」
「いや、そういうことじゃなくて……」
「こういうことされるの初めて?」
「はい……」
「言っちゃなんだけど、君、結構な数のメッセージもらってんでしょ?」
「それが何か関係あるんですか」
「まだ十五歳なのによくやるよなぁ。俺の若い頃じゃ考えられない。
あの当時はまだ文通が普通でさぁ、手紙で何度かやり取りして、写真を交換して、
それからようやく会う約束にこぎつける。どことなく逢瀬みたいな感じがして燃えたもんだよ。
それが今じゃ、ネットで簡単に画像交換できるだろ? あのアプリもそう。
お互い気に入れば連絡取り合ってサクっと会う。安い出会いになったもんだよ」
なに訳わかんないこと言ってんだ、こいつ。
ダイヤは男の手を払いのけた。
「その若さであんまり派手にやってると、後で痛い目に合うから気をつけなよー」
男は小馬鹿にしたようにそう言うと、急に喋らなくなった。
ダイヤも何も言わなかった。海岸に着いて車を降りても、言葉一つ交わさなかった。
普段なら心地よい波音が、ただの雑音のようだった。
「さっきのこと、怒ってんの?」
男が不意に訊いた。
「べつに」
「っていうかさ、君どういう目的であのアプリやってんの?」
「ゲイの友達とか居ないから、そういうの作りたくて……」
「ふーん。俺みたいなおっさんでも友達になれると思ったってこと?」
「いや、まだ使い始めたばっかでよくわかんないし……これから――」
「キスとかしたことある?」
「は?」
「ない?」
「ないですけど……」
「そうなんだ」
男は辺りを伺うように首を振ると、いきなりダイヤの唇にキスをした。
生臭いタバコのような臭いが鼻を突く。
「……!」
ダイヤは男の体を突き飛ばした。
「あははっ! ファーストキス、もらっちゃったかなぁ?」
何も言えなかった。
怒りを言葉にできない代わりに、殺意を持って相手を睨み付けた。
「キスくらいでそんな怒るなよ。やっぱまだまだガキだね、君」
二人目までは完璧だった。うまい食事をご馳走してくれ、映画をおごってくれる。
安い物だが、欲しい小物があると言ったら買ってくれたこともあった。
容姿を褒められ、王子様のように扱ってもらえることが楽しかった。
この日もそうだ。ダイヤはただ軽い気持ちで海岸を見たいと思い、
連れて行ってくれるというこの男を選んだだけだ。
そこに深い意味はないし、何かを期待したわけでもなかった。
「何かしらけたな、帰ろ」
男は車に乗ってエンジンをかけた。
ダイヤは相手を睨んだまま動かない。
すると、クラクションの音が潮風を切り裂くように響いた。
「早く乗れよ! 帰るから!」
男は執拗にクラクションを鳴らし続ける。ダイヤは仕方なく車に乗った。
運転中、男は口先で独り言のように何かを呟いていた。
可愛げのないガキ。つまらない。時間の無駄。
ときどき聞き取れた言葉はロクでもない台詞ばかりだった。
そうして自宅近くの喫茶店前で車を降ろされると、男は何も言わずに去って行った。
ダイヤは自分という人間をこれほどぞんざいに扱い、馬鹿にする大人が居ることにショックを受けた。
可愛い可愛いと褒められ、いい気になっていた自分が間抜けに思えた。
そして、激しい怒りと屈辱の中で誓ったのだ。
――これから出会う相手には、指一本体に触れさせない、絶対に……。
男達の誘いはそれからも止まなかった。
しかし、うぶで世間知らずだったダイヤも、一年しないうちに大人の扱いになれてしまった。
完全に冷め切っていった。大学生など馬鹿の集まりだし、どんな社会的地位を持った大人の男も、
今のところダイヤにとってはただの醜い豚でしかなかった。
さっきの中年男もそうだ。初めて会った日に、
「少しでも体に触れたら最後」
そのことは伝えてあった。
初対面でいきなり自分の名刺を渡してきた時点で筋金入りの馬鹿だとは思ったが、
どっかの商社勤めで、そこそこの地位にあるのをよほど自慢したかったらしい。
くだらない見栄だと思いつつも、男は物腰が柔らかく話しやすかった。
もしかすると、こいつは今までの奴らとは違うかもしれない。
ほんの少しだけ期待したが、男は三回目に会ったときダイヤの頬に触れた。
たったそれだけのことで烈火のごとく怒るダイヤに唖然とするが、そんなものは関係ない。
俺は俺のルールでやってくって決めたんだ。約束を守れない奴は消えろ。
それでもしつこく言い寄ってくる奴には、
「同性愛者で未成年とセックスしたがってるって会社にバラしてやる」
そう言えばあっけなく引き下がった。
この頃のダイヤには、自分では気づいていないが、特定の人間に作用するある種の魅力が備わっていた。
ちょっとした仕草や声の調子に、何故か彼らは惹かれてしまうのだ。
ダイヤが大人の男、厳密に言えば、同性愛者を毛嫌いすればするほど、
より同性愛者の目にはダイヤが魅力的に映っていたのである。
「俺はいったい、何を望んでるんだ……」
ダイヤは深いため息をついた。
それは男に触れられ、関係が崩れるたびに繰り返してきたことだった。
しかし、この時の彼はまだ気づいていない。
明日、ダイヤの運命は大きな変化を迎えるのである。
この物語のもう一人の主人公である、進藤虎男との鉢合わせによって……。
つづく。
少年はディスプレイに表示された男の名を見て舌打ちする。
「もしもし」
「------?」
「つーか今忙しいんだけど」
「------!」
「ふーん、それで?」
「------!?」
「だからさぁ~、俺言ったよねえ? ほんの少しでも触ったら最後だって」
「------!!!」
「あ~、はいはい。悪いけど切るね。俺たちの関係これにてしゅーりょー。
もう掛けてくんなよ、おっさん。それじゃ」
少年は電話を切って携帯をベッドに投げつけた。
「バッカじゃねえの!」
言ったそばから着信音が鳴る。またあの男だ。
少年は乱暴に携帯を拾うと通話ボタンを押して、
「つぎ掛けてきたらあんたの会社にあんたがやってることもやろうとしたことも全部ぶちまけてやるからなぁ! 覚悟しとけクソジジィ!」
それだけ叫んで電話を切った。
忘れないうちに男の番号を着信拒否リストにブチ込む。
少年はベッドに寝転がり再び漫画を開いたが、腹が立って全く内容が入ってこない。
「クソが!」
漫画を床に叩きつけて舌打ちをした少年、
彼こそがこの物語の主人公、海星高校二年B組み、中村ダイヤである。
ダイヤモンドのように輝く人生を送って欲しい。そんな願いを込めて親から授けられた名前。
彼は今、光り輝く自分の名とは正反対の、薄暗い迷路のような生活の中にあった。
中学でゲイに目覚め、高校入学と同時に買ってもらった携帯電話が日常崩壊に拍車をかけた。
出会い系アプリにハマったのだ。
興味本位で登録したその日から、ダイヤの携帯にはあらゆる男からメッセージが届いた。
大学生、社会人はもとより、酷いときは還暦間近の男でさえダイヤに声をかけた。
みんなダイヤのプロフィール画像を見て可愛いと言った。会って話しがしたいと言った。
そして実際に会うと、どの男もダイヤの外見をひどく褒めた。
最初は嬉しかった。誰だって容姿を褒められるのは嬉しいもんだ。
しかし、ダイヤはすぐに気づくことになる。
――どいつもこいつもやりたいだけの気色悪いロリコン野郎。死ねばいい。
一年前、三番目に会った男とドライブをした時のことだ。
地元から一時間ばかり車を走らせた場所にある海岸へ向かっていると、
信号待ちで車を止めた男が、何の脈略もなく突然ダイヤの太ももを撫でた。
驚いて体をビクつかせたダイヤに、男は意味深な目つきでニヤっと笑う。
ダイヤはその薄気味悪い笑みを見た瞬間、全身の毛が逆立つような嫌悪感を覚えた。
まるで触れられた箇所から全身が腐っていくような錯覚を覚えたほどだ。
「あの、そういうのやめてもらえますか……何か気持ち悪いんで」
「あははっ! 気持ち悪いって、君ゲイでしょ? 何言ってんの」
「いや、そういうことじゃなくて……」
「こういうことされるの初めて?」
「はい……」
「言っちゃなんだけど、君、結構な数のメッセージもらってんでしょ?」
「それが何か関係あるんですか」
「まだ十五歳なのによくやるよなぁ。俺の若い頃じゃ考えられない。
あの当時はまだ文通が普通でさぁ、手紙で何度かやり取りして、写真を交換して、
それからようやく会う約束にこぎつける。どことなく逢瀬みたいな感じがして燃えたもんだよ。
それが今じゃ、ネットで簡単に画像交換できるだろ? あのアプリもそう。
お互い気に入れば連絡取り合ってサクっと会う。安い出会いになったもんだよ」
なに訳わかんないこと言ってんだ、こいつ。
ダイヤは男の手を払いのけた。
「その若さであんまり派手にやってると、後で痛い目に合うから気をつけなよー」
男は小馬鹿にしたようにそう言うと、急に喋らなくなった。
ダイヤも何も言わなかった。海岸に着いて車を降りても、言葉一つ交わさなかった。
普段なら心地よい波音が、ただの雑音のようだった。
「さっきのこと、怒ってんの?」
男が不意に訊いた。
「べつに」
「っていうかさ、君どういう目的であのアプリやってんの?」
「ゲイの友達とか居ないから、そういうの作りたくて……」
「ふーん。俺みたいなおっさんでも友達になれると思ったってこと?」
「いや、まだ使い始めたばっかでよくわかんないし……これから――」
「キスとかしたことある?」
「は?」
「ない?」
「ないですけど……」
「そうなんだ」
男は辺りを伺うように首を振ると、いきなりダイヤの唇にキスをした。
生臭いタバコのような臭いが鼻を突く。
「……!」
ダイヤは男の体を突き飛ばした。
「あははっ! ファーストキス、もらっちゃったかなぁ?」
何も言えなかった。
怒りを言葉にできない代わりに、殺意を持って相手を睨み付けた。
「キスくらいでそんな怒るなよ。やっぱまだまだガキだね、君」
二人目までは完璧だった。うまい食事をご馳走してくれ、映画をおごってくれる。
安い物だが、欲しい小物があると言ったら買ってくれたこともあった。
容姿を褒められ、王子様のように扱ってもらえることが楽しかった。
この日もそうだ。ダイヤはただ軽い気持ちで海岸を見たいと思い、
連れて行ってくれるというこの男を選んだだけだ。
そこに深い意味はないし、何かを期待したわけでもなかった。
「何かしらけたな、帰ろ」
男は車に乗ってエンジンをかけた。
ダイヤは相手を睨んだまま動かない。
すると、クラクションの音が潮風を切り裂くように響いた。
「早く乗れよ! 帰るから!」
男は執拗にクラクションを鳴らし続ける。ダイヤは仕方なく車に乗った。
運転中、男は口先で独り言のように何かを呟いていた。
可愛げのないガキ。つまらない。時間の無駄。
ときどき聞き取れた言葉はロクでもない台詞ばかりだった。
そうして自宅近くの喫茶店前で車を降ろされると、男は何も言わずに去って行った。
ダイヤは自分という人間をこれほどぞんざいに扱い、馬鹿にする大人が居ることにショックを受けた。
可愛い可愛いと褒められ、いい気になっていた自分が間抜けに思えた。
そして、激しい怒りと屈辱の中で誓ったのだ。
――これから出会う相手には、指一本体に触れさせない、絶対に……。
男達の誘いはそれからも止まなかった。
しかし、うぶで世間知らずだったダイヤも、一年しないうちに大人の扱いになれてしまった。
完全に冷め切っていった。大学生など馬鹿の集まりだし、どんな社会的地位を持った大人の男も、
今のところダイヤにとってはただの醜い豚でしかなかった。
さっきの中年男もそうだ。初めて会った日に、
「少しでも体に触れたら最後」
そのことは伝えてあった。
初対面でいきなり自分の名刺を渡してきた時点で筋金入りの馬鹿だとは思ったが、
どっかの商社勤めで、そこそこの地位にあるのをよほど自慢したかったらしい。
くだらない見栄だと思いつつも、男は物腰が柔らかく話しやすかった。
もしかすると、こいつは今までの奴らとは違うかもしれない。
ほんの少しだけ期待したが、男は三回目に会ったときダイヤの頬に触れた。
たったそれだけのことで烈火のごとく怒るダイヤに唖然とするが、そんなものは関係ない。
俺は俺のルールでやってくって決めたんだ。約束を守れない奴は消えろ。
それでもしつこく言い寄ってくる奴には、
「同性愛者で未成年とセックスしたがってるって会社にバラしてやる」
そう言えばあっけなく引き下がった。
この頃のダイヤには、自分では気づいていないが、特定の人間に作用するある種の魅力が備わっていた。
ちょっとした仕草や声の調子に、何故か彼らは惹かれてしまうのだ。
ダイヤが大人の男、厳密に言えば、同性愛者を毛嫌いすればするほど、
より同性愛者の目にはダイヤが魅力的に映っていたのである。
「俺はいったい、何を望んでるんだ……」
ダイヤは深いため息をついた。
それは男に触れられ、関係が崩れるたびに繰り返してきたことだった。
しかし、この時の彼はまだ気づいていない。
明日、ダイヤの運命は大きな変化を迎えるのである。
この物語のもう一人の主人公である、進藤虎男との鉢合わせによって……。
つづく。