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悶茶流的同性愛小説

小説を書く練習のためのブログ。

大吾の思い出 その59

2011年04月19日 | 小説 「大吾の思い出」
四月。俺とマメ柴は二年生になった。
柔道部へ復帰した俺は、マメ柴と新入部員の勧誘に奔走したが、
ほとんど素人同然の部員が二人しか居ない柔道部に興味を示す生徒はおらず、
二十年以上続いた海星高校柔道部の歴史は、俺達の代で幕を閉じてしまった。
そのことを知った先輩は、残念そうに「そうか」と呟いただけだった。

五月になり、俺はある人に会うため計画を立てた。
名前以外何も知らない相手を探すのは困難を要すると思ったが、さすが佐々木先輩だ。
どっから仕入れたのか知らないが、二つ返事ですぐに情報をもってきてくれた。
俺は教えられた住所に手紙を出し、返事は一週間もしないうちに返ってきた。

そして五月のある日。
電車を乗り継ぎ、目的の町に着いた。
待ち合わせの喫茶店は少し寂れた昔ながらの建物で、どことなく懐かしい雰囲気があった。
入り口のドアを開けると、爽やかな鐘の音が鳴り、

「いらっしゃい」

七十代と思われる、少し腰の曲がった白髪のお婆さんが出迎えてくれた。
見るからに品がよく、人懐っこい笑顔をしている。

「どうぞ、お好きな席に座って」

「はい」

さほど広くはない店内を見渡すと、窓際に座る一人の少女が目に入った。
彼女もこちらを見て、目が合うと小さく会釈した。
俺は彼女の前まで行き、

「あの……向井佐和子さん、ですか?」

彼女は立ち上がり、

「そうです。君は、山本新太郎君?」

「はい」

「はじめまして」

「はじめまして」



++++++++++



「あら、佐和ちゃんのお友達だったの?」

注文を訊きに来たお婆さんが言った。

「そんな感じ。だけど今日が初対面なの。山本新太郎君」

「まぁ、そうなの。どうぞごゆっくり。新太郎君、何にします?」

「じゃあ、ミックスジュースお願いします」

「はい。ミックスジュースね。佐和ちゃんはミルクティーでいい?」

「うん、お願いします」

お婆さんが去ったあと、俺は小声で、「実のお婆さんなんですか?」と訊いたが、
どうやらただの常連客ということらしい。
改めて見ると、向井佐和子さんはとても愛くるしい顔をした女の子だった。
特別派手な容姿ではないけど、ちょっとした仕草に儚げな女性らしさがあり、
知的な雰囲気をごく自然に身に纏っているように見える。
そして何より、きらきらと輝く澄んだ瞳が印象的だった。

「新太郎君って呼んでいい?」

「はい、どうぞ」

「新太郎君は、大事な話しをしに来てくれたんでしょう?」

「そうです」

「聞かせてもらおうと思います」

佐和子さんはそう言って小さく笑った。
俺は少し緊張しながら姿勢を正し、

「どこから話はじめればいいのかな……。
あっ、まずは自己紹介からします。
俺の名前は山本新太郎。高校2年生になったばかりです。
1年の頃は柔道部に所属してたんだけど、訳あって辞めることになりました。
今日あなたに聞いてもらいたいのは、俺が柔道部を辞めることになった最大の原因を作った人、
鈴木大吾先輩についてなんです」

それだけ言い終わると、
お婆さんがミックスジュースとミルクティーを運んできた。

「おまちどうさま。ごゆっくり」

「ありがとう」

「ありがとうございます」

佐和子さんはほんの一口ミルクティーを飲むと、
俺を見ていたずらっぽく笑った。

「えっ? どうしたんすか?」

「実は知ってたの。新太郎君のこと」

「へっ? 知ってたって……」

彼女は手提げバッグの中から小さな巾着袋を取り出した。
それをテーブルの上に置き、中を開く。出てきたのは十数通の封筒だった。
見覚えのある黄色い封筒。パンダの絵がプリントされている。
これは――

「大吾君がわたしに送ってくれた手紙」

「そ、そうなんですか?」

佐和子さんは封筒の一つを手に取ると、中の便箋を取り出し、

「読んでみて」

「えっ……いいのかな、読んでも」

「新太郎君なら大丈夫」

俺は手紙を受け取って目を通した。





佐和子、元気にしてるか。俺は相変わらずだ。
でも最近少しだけ良いことがあった。柔道部に新しい部員が入ってくれたんだ。
一年の山本新太郎。それが新入部員の名前だ。こいつは体格が恵まれてるだけじゃなく、
筋肉の質もすごくいいんだ。運動は嫌いだって言ってるけど、トレーニング次第でどんどん伸びると思う。
これからはマメ柴と新太郎との三人で、柔道部を続けられるよう頑張るつもりだ。
不思議なんだけどさ、俺と新太郎はまったくの初対面なのに、初めて会った気がしないんだよ。
この感じは佐和子に出会ったときによく似てる。ずっと昔から知ってるような、そんな感じ。
いつもどうでもいい話ばかりでごめんな。
困ったことがあったらいつでも連絡してくれ。
じゃあまた。 鈴木大吾





「その手紙に初めて新太郎君の名前が出てきてから、
大吾君の手紙は毎回新太郎君の話ばかりになったの」





佐和子、いつも勝手に手紙を出してごめん。
読んでくれてるかわからないけど、どうしても聞いて欲しいことがあるんだ。
今日、新太郎に柔道部を辞めるように言った。もちろん納得なんかできない。
だけど、あいつの身の回りで原因のわからないトラブルが起こっている。
それに新太郎にまで俺達の間にあったことを知られてしまった。
佐和子、お前の時と同じように、もしかして俺と関わったせいであいつは……。
考えすぎなんだろうか。佐々木も榎本が怪しいと言っていた。
佐和子、お前を守れなかったことは、今でも本当に悪かったって思ってる。
だからこそ、俺はもう二度と同じ過ちを繰り返したくない。
新太郎とはもう口を利くこともないだろう。
正直なところ、俺にとってあいつはただの後輩じゃなかった。
いつか親友って呼べる相手になると思ってた。とても残念だ。
こんな話しで悪い。また手紙書くよ。 鈴木大吾





「それから大吾君の手紙は一度途絶えて、
次の手紙にはおばさんが倒れたことが書いてあったの。
すごく心配だった。すぐに駆けつけてあげたかったんだけど……」

「何か返事を書いたんですか?」

「ううん、返事は一度も書いてないんだ」

「えっ? どうして……」

「どうして、か……。ねえ、その前に、新太郎君の話を聞かせてもらっていい?」

「あ、はい。わかりました」

俺は大吾先輩と出会って、色んな出来事があったことを掻い摘んで話した。
(もちろん俺達に肉体的な接触があったことは伏せて話した)
相澤真知子と榎本先輩のこと、佐々木先輩やマメ柴のこと、
おばさんが倒れてから、先輩が地元を引っ越すまでのことも全部話した。
佐和子さんはときどき驚いたように目を丸くしたり、悲しそうに俯いたり、
表情豊かに話しを聞き終えると、ミルクティーを飲んで窓の外を眺めた。

「真知子だったんだ。犯人」

「はい」

「わたし馬鹿だなぁ~……あんなに近くに居たのに、全然気づかなかった」

「先輩はこのこと、手紙に書いてなかったんですか?」

「うん、書いてなかった」

「そっか……」

「でも、榎本君が大吾君に謝ったっていうのは、すごく意外だった」

「確かに謝るタイプじゃないですもんね、あの人」

佐和子さんも俺も笑った。
その笑顔に過去を引きずったような陰は少しもなかった。

「わたしね、この町へ越してきたばかりの時は、まだ気持ちの整理がつかなくて、
自分の選択は本当に正しかったんだろうかって、すごく悩んだの。
わたしが大吾君を庇う形になったせいで、彼はそのことを負い目に感じてたようだし、
わたし自身も、飼っていた犬をあんなふうに亡くしたショックや、
何かしらの嫌がらせがまだ続くんじゃないかっていう恐怖もあった。
だから、こっちでの生活が落ち着いた頃、大吾君から手紙が来た時は本当に嬉しかったの。
わたしはもう大丈夫だし、大吾君のことを責める気持ちは少しもない。
今でもあなたのことが大好きですって、すぐにでも返事を書こうと思った。
でも、そのあとすぐに、佐々木君から手紙が届いたの」

「佐々木先輩から?」

「うん」





迷ったけど一応知らせておきます。
あなたのせいで大吾は今とんでもない目に合っています。
信用も、友達も、何もかも失くして一人ぼっちです。
口を利いてくれる相手すら学校には居なくなりました。
責められるべき人間があなたじゃないのはわかってる。
だけど、あなたが黙って去ってしまったせいで、
大吾が苦しんでることだけは忘れないでください。





「そう書いてあった。わたしすごくショックで、どうしていいかわからなくなった。
榎本君も、柔道部のみんなも、あの事件のことは誰にも言わないって約束してくれて、
わたしはそれが守られてると信じてた。でも、噂はすぐに広まって、あとは新太郎君も知ってる通り。
何度返事を書こうとしても、大吾君にどんな言葉をかけていいのかわからなかった……」

「そうだったんですか……」

「うん。迷って迷って、何もできないまま時間だけ過ぎて、結局最後まで返事は書けず仕舞い。
でね、今年に入ってこの手紙が届いたの」





あけましておめでとう。
俺も何とか無事に新年を迎えられたよ。お袋も順調に回復していってる。
佐和子は今年、どんな一年を送りたい? 何か抱負は決まったか?
俺にとって今年は、今まで以上に大変な年になると思う。
お袋のこと、学校のこと、柔道のこと、何もかもがこれまで通りにはいかなくなる。
でも、俺は信じてるんだ。こうして変化していく日常が、俺自身の成長に繋がるって。
そういえば、いつか話した山小屋のことを覚えてるか? 俺の親父と叔父さんが建てたってやつ。
今年の初め、新太郎と一緒にその山小屋へ行ったんだ。佐和子にも見せてやりたかった。
秘密の場所から見える満月は、落ちてきそうなほどでっかくて、空一面に星が輝いてるんだ。
いつか俺達が大人になって、昔のことを笑って話せる日が来たら、一緒に行こうな。
それじゃあまた。 鈴木大吾





「そしてこれが、最後の手紙」

「最後?」

「最後……ううん、始まりの手紙、かな?」

「始まりの、手紙?」





とうとう明日、この町を出て叔父さんの居る地元へ帰る。
佐和子、突然だけど、お前に手紙を書くのはこれで最後にしようと思うんだ。
今まで自分のことばかり好き勝手書いてきて悪かった。
俺は佐和子がそっちで元気にやってるって信じてる。
よく言うだろ、便りが無いのは無事な証拠だって(笑)
佐和子が新しい道で頑張っているように、俺も自分の道を信じて頑張るつもりだ。
だから、もう過去に囚われるのはやめにしようと思う。
しっかり前を向いて歩かないと、つまづいて転んでしまうからな。
ありがとう、佐和子。お前と出会えて本当によかった。
俺からの手紙はこれで最後だけど、もし困ったことがあったらいつでも連絡してくれ。
出来ることなら何でもする。佐和子は俺の大事な友達だからな。
それじゃあまた! 鈴木大吾





++++++++++





俺は先輩の手紙を丁寧に封筒に戻し、巾着に入れて佐和子さんへ返した。

「あの、一つだけ訊いていいですか?」

「うん」

「佐和子さんは……いまでも先輩のこと、好きですか?」

佐和子さんは一瞬キョトンとした後、微かな笑みを浮かべ、

「もちろん。今でも大吾君のことは大好き。でも、昔の気持ちとは全然違う。
――わたしね、今付き合ってる人がいるの」

「えっ、そうなんですか?」

「うん。今年に入って付き合い始めたんだけど、彼を好きな気持ちと、
大吾君を好きな気持ちは、似てるけど全然違う。大吾君はいつまでも変わらない大切な友達。
わたしね、大吾君と一緒に過ごせて本当によかったと思ってる。
つらいこともあったけど、不思議とね、振り返ると幸せな気持ちで胸がいっぱいになるの。
新太郎君はどう?」

「えっ?」

「大吾君のこと、好き?」

「えっ……あ、はい……男同士で好きって、ちょっと変だけど」

「確かに」佐和子さんが可笑しそうに笑う。

「ねえ、目を閉じて、思い出してみて」

「は、はぁ……」

俺は目を閉じ、先輩を思い浮かべる。

「どう?」





優しい笑顔を、手の温もりを、
触れられそうなほど近くに感じる。





「やだ新太郎君、ニヤニヤしてる~」

佐和子さんが笑う。

「そ、そんなことないっすよ!」

俺は顔を赤くしてミックスジュースを一気に飲みほした。




次回、最終回へ続く。