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桃太の一写一句

駄句が一枚の写真で様になるか!?

永平寺

2012年10月15日 | 

「覚悟きめ山門抜ける風さやか」

 

二年ぶりに永平寺の七堂伽藍を、修行僧による説明をお願いして参拝した。

曹洞宗の大本山である永平寺は僧侶の育成の聖地でもあり、常に多くの雲水たちが厳しい修行を続けている。修行の内容は簡単に言えば、座禅・朝課(読経)・行鉢(正式な作法に則った食事)・作務(掃除などの労働や作業)を毎日毎日繰り返すことである。修行の期間は特別に決められてはいなく、平均的には2年ぐらいとのこと。永平寺の冬は寒く、夏は暑い。寝床も畳一畳のスペースしかなく、足はもちろん素足。食事は質素な精進料理。しかも寺の朝は早い。

仏殿・僧堂・法堂などをじっくりと説明していただき、最後の説明が山門になり、ちょうど七堂伽藍を一回りしたことになる。吹き抜けの山門の両側には2008年に修復された仏教の守護神である四天王の像が睨みをきかせている。又、「ここは出家修行の道場であり家風はすこぶる厳格。求道心のある者のみこの門をくぐるがよい」との意味が書かれた聯(れん)が正面の両柱に掲げられている。修行僧たちは入門する時に、まずこの門の前で待たされるのだそうだ。編笠だけの身には、雨の日や雪は特に辛い。この門をくぐるには、相当の覚悟がいるようだ。(12-10-7)


博多 薬院 「あ三五」

2012年10月15日 | 

「新涼や鍋がきこする馴染み客」

 

福岡市薬院にある蕎麦屋『あ三五』を久しぶりに訪れた。店主は磯部さんといい、私と同世代。以前は下関で店を開いていたが、還暦を前にして蕎麦人生にもう一花を咲かせたいとの思いが強まり、大都市の激戦区である博多に転出したという経歴を持つ。

『あ三五』では料理はおまかせ。店主は「うちは居酒屋です」が口癖で、蕎麦も魅力ではあるが、カウンターに座ると、いわゆる蕎麦屋の酒肴小皿料理が次から次へと出てくる。気がつけば1時間半ほどの時間があっという間に過ぎ、時には2時間にもなる。今回出てきたメニューは、茗荷の御前そば・卵焼き・湯葉焼き・馬鈴薯の天麩羅・芝海老の抜き・鴨焼き・そばがき・そば味噌・十割・二八、とフルコースだ。蕎麦も量的には二人前以上は食べたことになる。酒は〆張鶴の本醸造と決まっている。「吟醸酒では蕎麦よりも酒が勝ってしまう。蕎麦屋に吟醸酒は贅沢です」も店主の口癖だ。

写真はそばがきを作った鍋。ガツガツとすばやくかき混ぜて作ったそばがきをカウンターの隣の客に出すと、私には薄く鍋に残ったそばがきを「鍋がきで~す」と鍋のまま出してきた。これも毎度のパターンである。店主に言わせると、そばがきは鍋から直接食べるのが本当は旨いのだそうだ。うそか本当か。そういえば、「アサリの酒蒸も鍋のまま手で食べるのが旨いなあ・・・」と、突然に思いが巡ってきた。(12-9-27)


大相撲秋場所

2012年10月02日 | 

「綱決める砂にまみれた顔さやか」

 

第71回全日本力士選手権が10月1日に両国国技館で行われ、第70代横綱に昇進したばかりの日馬富士が優勝した。この全日本力士選手権は幕内力士32人のトーナメント方式による一発勝負の試合である。15日間のリーグ戦ともいえる大相撲場所とはことなり、記録をみても横綱が必ずしも優勝するわけではなく、意外な力士が勝ち進んだりして大相撲場所とは違う面白さがある。

日馬富士は決勝戦で大関稀勢の里を下手ひねりで下し、4度目の優勝を果たした。安馬時代にも優勝したことがあり、一発勝負に強味を発揮するタイプのようだ。ちなみに4回の優勝は最多タイ記録であり、過去にあの名横綱の双葉山と曙の二人の力士が達成している。名古屋場所、秋場所と2場所連続全勝優勝という見事な成績で横綱になったばかりの日馬富士の昇進に花を添えた結果となり、強い横綱の出現を期待していたファンにとっても、又協会にとっても、よかったことだったと思う。

写真は、秋場所の千秋楽結びの一番で力相撲の末白鵬を破った日馬富士の映像である。しばらく起き上がれないほどの力を使い切った日馬富士は、額を土俵の砂につけて祈るようなしぐさを見せた。後でインタビーを聞くと、土俵の神様に感謝の気持ちを示した、と語っている。ハワイ・モンゴル出身の横綱が続くことを嘆く論評を目にするが、こんなに、日本人以上に日本人的な心をもった力士は稀ではないだろうか。日本人の横綱てなくとも、相撲道の歴史と文化・精神が引き継がれていくことが大事である。これが大相撲のグローバル化というものだろう。それにしても、全勝優勝を決めて花道を下がり、同部屋の兄弟力士達に迎えられた時の日馬富士の晴れ晴れとした笑顔は、忘れられないほど印象的だった。(12-10-2)


金沢ジャズストリート2012 石川県中央公園

2012年09月18日 | 

「秋空へビッグバンドの音弾け」

 

今年の金沢ジャズストリートには、ギターの渡辺香津美やトランペッターの大野俊三、ピアノの山中千尋、アキコ・グレースといった日本人プレイヤーをはじめ、世界各国からもトップ・アーチストが出演している。彼らの国際レベルの演奏を聴くのもいいが、個人的にはイベントの華はビッグバンドの演奏だと思っている。そうした思いから、三日目の17日は中央公園での学生ビッグバンドの競演を楽しむことにした。

13時、最初の早稲田大学ハイ・ソサエティ・オーケストラの演奏が始まった。伝統あるバンドの迫力ある演奏が公園広場に響き渡る。各バンドの持ち時間は50分、準備の10分を含め、一時間ごとにバンドが交替となる。二番目が慶応大学のライト・ミュージック・ソサエティ、三番目は初顔の洗足学園音楽大学のスウィギング・エクスプレス、そして四番目が国立音楽大学のニュータイド・ジャズ・オーケストラ。何と4時間も連続して聴いてしまった。

いずれも学生ビックバンドの雄たちであるが、中でも最後の国立音大のニュータイド・ジャズ・オーケストラの演奏には度肝を抜かれた。管打楽器専攻の学生中心に編成された伝統あるバンドで、権威ある山野ビッグバンド・ジャズ・コンテストで6年連続最優秀賞受賞のつわもの達だ。ロックとのフュージョン的な曲目を得意としていることもあるが、それぞれの音の迫力とリズム感溢れる演奏は、学生バンドの域を越えている。全員が自在なソロを操る優れた技術力を持つが、加えて女性プレイヤーたちはいずれも美人揃いである。ビッグバンドの魅力に、ますます嵌りそうだ。(12-9-17)


金沢ジャズストリート2012 尾山公園

2012年09月18日 | 

「夜の秋ウチナービートの冴え渡り」

 

連休の三日間、金沢ジャズストリートの演奏を満喫した。2009年からスタートしたこのイベントは、世界のトップアーチストや学生ビッグバントが、市内中心部の20会場でコンサートを開催するもの。2008年から開催が始まったクラシックの「ラ・フォル・ジュルネ金沢」と合わせ、今や観光都市金沢を代表する二大イベントに成長してきた。駅前から武蔵が辻・香林坊・広阪周辺は、どこを歩いても音楽が溢れている。

日曜日の夕方からは、定番の散歩帰りに尾山神社の境内の特設ステージを覗いてみた。ビックバンドでは今回が初参加の「沖縄ジャズオーケストラ」のステージがちょうど始まるところだった。神社の境内とジャズの組み合わせは、意外としっくりくる。

戦後、米軍が駐留した歴史を持つ沖縄は、アメリカ音楽に触れる機会が多かったことから、ジャズが盛んなところである。その中でも、沖縄ジャズオーケストラは伝統あるビッグバンドで、全国的に有名な数々のプレイヤーも排出してきた。ユーモアに溢れたMCの進行で演奏が進められたが、途中で今回の金沢のイベントに随行してきた沖縄ジャズ協会の会長が紹介された。76歳になる会長さんは上原昌栄さんといい、この道では伝説(まだ現役ではあるが)のドラマーということだ。曲はイン・ザ・ムードで達者なバチ捌きを見せてくれた。ダイナミックなドラムソロは予想を超える迫力で、会場は盛り上がり拍手喝采だった。(12-9-16)


修善寺 「あさば」

2011年11月19日 | 

「ひとひらの紅葉揺れるや朝露天」

 

料理評論家の山本益博の著書に、「味な宿に泊まりたい」(新潮社文庫)という大変魅力的な一冊がある。日本の一流和風旅館のガイドブックの体裁を取っており、行動派山本益博の和風旅館を極める情熱が読者にぐいぐいと伝わってくる好エッセイである。18の旅館での宿泊と食事の体験を軸に構成されており、まず最初は「旅のはじまりは京都から」の炭屋旅館から始まる。『手入れのよく行き届いた庭を横目に眺めながら、廊下伝いに仲居さんの後について部屋へ入った。日本建築のよさをほとんど知らないままに育ってしまった私でも、部屋に通された一瞬に感じるこの静謐なたたずまいを美しいと思う。お膳を中心として、什器類のいっさいがあるべきところに整然とおさまって置かれてある美しさ。それはまた、一分の狂いや隙のない端正なたたずまいでもある。その無駄をはぶいて抑制のきいた部屋は、日本人であるならば美しく思わない人はいないであろう。かっての日本人の生活様式に根ざした文化や美学や思想が日常から失われて久しく、それが一流旅館にはいまだに色濃く残っているということなのだ。四季に応じての部屋や調度品の模様替え、毎日職人を入れて手間隙をかけて季節の風情を維持している庭、檜の香り豊かな風呂、選び抜かれた器と素材を生かした繊細な料理の数々。時間を作り、お金をかけて、その贅を味わう価値がある。・・・』。最後の18番目は「夢はこの宿の常連」というタイトルの同じく京都の俵屋旅館の体験談で締めくくられる。『京都では、俵屋・柊屋・炭屋が御三家と呼ばれている。ともに京都の街中に位置し場所は近い。それぞれ三軒ともユニークで質の高いおもてなしがある・・・』。その中で、山本益博は、もてなしのきめ細かさで言えば俵屋が出色で、俵屋の常連客になることが夢であると語っている。

「味な宿に泊まりたい」には随分とお世話になった。何度も読み返したし、お客様の招待に利用させてもらったり、思い切ってプライベートで利用した旅館もある。少し不満なのは、この本では修善寺の「あさば」がしっかりと紹介されていないことである。山本氏が何故省略したのか真意は解らぬが、それでも付記として、『もし修善寺まで足をのばされるのなら、「あさば」がお奨め。その食事は最近一層磨きがかかり、高品質で無駄がなく洗練され、旅館最高峰の食事のひとつといって過言ではない』と短くコメントはしてくれている。

その「あさば」に、15年ぶりに訪れる機会を得た。創業三百年を超える老舗旅館で当代主で10代目。600坪の中庭に浮かぶ能舞台や建物の外観と心安らぐおもてなしに変りはないものの、部屋のしつらえは確実に新しくメンテナンスがなされており、旅館としての魅力は明らかに進化している。料理は洗練の極みでありながら、客の緊張を溶き解いてくれる優しさと暖かさに溢れている。名物の「穴子の黒米すし」もしっかりと伝統の味を受け継いでいる。「あさば」を語るに多くの言葉は必要あるまい。日本人に生まれてよかったと、つくつ゜く感じることができた一泊だった。最後に、若女将が素晴らしい美人だったことを付け加えておく。(11-11-16)


播州赤穂

2011年11月12日 | 

「行く秋や宴も終わりに近づきて」

 

 日本の食文化は奥が深い。今や和食は世界的に認められた人気の食文化であるが、日本の素晴らしいところは外国の料理についてもそれを受け入れ、日本人にあった料理としてこなしてしまうところではないだろうか。

兵庫の旅の最終日の昼食は、赤穂市にある「ピッツェリア・リストランテ・さくらぐみ」という、ナポリピッツァ協会の認証番号92番(日本での第1号)の店に出かけた。場所は姫路からJR赤穂線で約30分。赤穂駅からはタクシーで10分ほどの距離。御崎という瀬戸内海に面した海辺にある。移転したばかりとかでナビで検索しても出てこない。辺りは小さな温泉街で寂れた雰囲気の旅館や店が点在している程度。苦労してようやくたどり着くと、そこはまるでナポリの海(行ったことはないが)を思わせる絶好のロケーションではないか。この辺鄙な場所にあるビッツェリア・リストランテが、今兵庫では予約が一番取りにくいレストランとして大評判とのこと。一ヶ月前から予約開始となるが、一瞬で予約は埋まってしまう。どうなることかと思ったが、我々は幸運にも人数分の予約を取ることができた。

メニューはシェフお任せで、日替わり前菜盛り合わせ(まずこのボリュームがすごい)、季節のパスタ、お任せピッツァ、窯で焼いた魚と肉、デザートとナポリエスプレッソ。食べきれないほどのボリュームで料金は一人前3670円。しかもどの皿も食材は新鮮で美味しい。目の前の港に揚った取れたての魚介類を使い都会では考えられない贅沢な海鮮ナポリ料理は、わざわざ訪れてみる価値が十分にある。大食漢ではない私は、ピッツァにワインがあれば量的には十分。聞いてみると、ピッツァを持ち帰る客もいるようだ。気の置けない仲間とわいわいがやがやと喋り捲り、お奨めの白と赤ワインを次々と空けると、あっという間に予定の2時間が過ぎてしまった。(11-11-6)


姫路市「好古園」

2011年11月12日 | 

「暮の秋神楽椿の紅と白」 

 

好古園は姫路市制百周年を記念して、1992年に開園した池泉回遊式の日本庭園。その面積はなんと一万坪と驚く広さ。姫路市が管理運営しており、姫路城とのセットの散策コースとなっている。

我々は「双樹庵」という裏千家家元の設計・監修なる数奇屋造りの本格的な茶室で抹茶をいただくことにした。雨の中の姫路城の見学にいささか疲れたところでの幹事の粋な計らいに感謝。茶室に案内されると、正座の苦手な人には椅子を用意しますとのこと。さすが裏千家、心配りが行き届いている。ちょっとがっかりしたのは、抹茶を運んでくれたのは高校生の茶道クラブの女生徒達だったこと。しかもそれぞれの学校の制服を着ている。せめて着物を着て欲しいと思ったのは私だけだろうか。

帰り際、神楽椿の一輪挿しが目に付いた。句会メンバーの「朝寒や神楽椿の紅と白」を拝借して一句。上五を勝手に変えての無断拝借を許されたい。(11-11-5)


姫路城

2011年11月12日 | 

「秋雨にけぶる城下の濡れ紅葉」

 

国宝姫路城の大天主の保存修理工事が2009年から始まり、2011年3月には天主を覆う素屋根の建設が完成し、壁面の修理や屋根瓦の葺き替え作業が始まっている。姫路城に近づくと優雅な大天主はすっぽりと巨大なビルのような箱で覆われている。高さは13階建てのビルに相当するとのこと。その建物(施設)は「天空の白鷺」と命名され、最上階まで登れるエレベーターまでが特設され、大天主修理見学施設として一般公開されている。

今回、初めて姫路城を訪れる機会を得た。姫路城は1993年我が国で初めて世界遺産に登録。築城技術が昂揚期を迎えた江戸時代初期に造営されて現存する最も完成された城郭建築であるが、まずは内堀の大きさに驚き、類を見ない壮麗な連立式の城の美しさとスケールにも感激した。見学コースをエレベーターで上まで昇ると、ガラス越しに天主の修復作業の様子を見ることが出来る。工事は大建築物の修復工事のノウハウを持つ鹿島が請け負っている。世の中には様々な職業があるが、手に職を持たないわが身を振り返り、ヘルメット姿の技術者達の姿が何とも羨ましく思えてきた。

小一時間程の見学を終えた後は、姫路城の西側に隣接した御屋敷跡に姫路市が気合を入れて造園した「好古園」を散策した。写真は好古園の茶室の庭で姫路城を望むことができる。紅葉には少し早かったが、雨の姫路城と好古園、そのしっとりとした風情はなかなか味わい深いものであった。(11-11-5)


フォーシーズンズホテル椿山荘

2011年10月21日 | 

「秋の日のヴァージンロードの一歩かな」

 

「花嫁の父」という古いアメリカ映画がある。1950年の製作で、名優スペンサー・トレイシーが父親役をユーモラスに演じている。花嫁役は絶世期のエリザベス・テーラーで、当時18歳。その完璧な容姿は今や伝説的である。リズはこの作品の撮影直後本当に結婚し、以後8回にわたる結婚と離婚を繰り返すことになった。

この映画のリメイクが1991年製作の「花嫁のパパ」。花嫁役のキンバリー・ウィリアムスよりも、両親役のスティーヴ・マーティンとダイアン・キートンの好演が話題となった。娘との辛い別れの時を迎える花嫁の父親ジョージをS・マーティンがモーモアたっふりに演じている。このリメイク版では音楽をスティーブ・タイレルが担当している。ディーン・マーティンやジュディー・ガーランドを使ってアメリカン・スタンダードの名曲を巧みにバックグランドミュージックとして使っており、「我が心のジョージア」はS・タイレル自身が歌っている。これがきっかけとなって、ロッド・スチュワートのザ・グレート・アメリカン・ソング・ブックシリーズの大ヒットが生まれたというわけである。

それはさておき、娘の結婚式が先日行なわれた。私の役割は教会でのヴァージンロードのエスコート役。事前にはリハーサルまであったが、ゆっくりと交互に左右の足を出す歩きは意外に難しいものである。最初の左足の一歩は、娘と「セイノー」とつい声を出してしまった。(11-10-21)