恋愛小説のように 3
え?
「それはどういう意味ですか?」
「言葉通りの意味だよ。」
言葉通りの意味って...
「だから、俺とお前。恋愛してみるかって。」
フワッと心が温かくなった
大好きな先生と...
「で、どうよ... 」
「... ほんと?」
「ほんと、だぁっ!」
私の髪をクシャクシャと撫でた
「... はっ、はい!喜んで!」
「フハハハハッ!居酒屋店員かよ!!(笑)」
ウソみたい...
憧れの人から付き合わないか、なんて...
「俺に過度な期待はするな!洒落たデートなんざ柄じゃねぇからできねぇ(苦笑)」
「物語の中では洒落たデートを描いてるくせに。」
「話の中でデートしてんのは俺じゃねぇし(笑)」
肩幅のある長い腕を伸ばし抱き寄せられた ...
先生の体温と好きな先生の匂いでドキドキがまた強くなってきた
やっぱり私...
先生が好きだった
「(ぷはっ!) 顔真っ赤(笑)」
「からかってるんですか?」
「違う。俺、お前のこと、、ほんとに好きだよ。」
そう言って照れくさそうに少し微笑んだ
少し顔を赤くした先生に私の胸はキュンとした ...
「... センセェ」
「マジマジと見んな、阿保 ...(笑)」
あ …
わぁ …
先生の唇が私の唇と触れてる...
愛おしそうに何度も唇や頬に触れてきて
一気に夢の中にいるような心地良さに包まれた
「ふぁ... 」
変な声が出てしまった私に先生は耳元で
「今のなんだ?(笑)」
どうしよう...
キスだけで頭が真っ白になってく
「今日はいろいろと… 我慢だな」
「いろいろ我慢… 」
「いろいろと(笑) 嬉しくて俺、今めちゃくちゃ心臓バクバクなってる(笑)」
またぎゅっと強く抱きしめられた
先生の鼓動が早い
本当にドキドキしてるのがわかる
身体全部汗ばんで...
先生じゃなくて
荒谷 幸輔という男性に
初めて触れた気がした
ーーー
あいつでも...
あんな顔すんだな
くそっ、
めちゃくちゃ可愛かったな!
もっといろんな...
いや、そうじゃなくて!!
遊が俺の懐に入ってきてくれたことが今は何より嬉しいんだ
遊に男ができた事を知った時
俺は内心どこにもぶつけようがない苛立ちと焦りと後悔で男として情けなく感じた
猫のミューのように
ただ愛でるだけでいい、それでいいんだ... と俺は自分の心を誤魔化してきたけど
俺は遊のこと本気で好きだったんだと
そこで気付くなんてな …
だから
どうかもう...
遊だけは
俺の腕からすり抜けていかないで欲しい...
俺は臆病者だから
ずっと独りで生きてきた
大事なものを失う恐さは
独りきりの寂しさよりもずっと辛く苦しい
それを知ったのは俺が28歳の時だった ーー
当時の恋人 美紗と俺は10年間交際を続け
俺が作家デビューを果たしたことを機に美紗にプロポーズをした
美紗は夏のひまわりのような
キラキラとした笑顔でOKをくれた
本当に幸せだった...
俺達は半年後の付き合い記念日に
二人だけのささやかな結婚式をあげ
入籍しようと決めた
デビューしたと言っても作家としての俺はまだまだ駆け出しで世に名はほとんど知られていなかった
それでも俺はこれから家庭を持つという経済的責任感を感じながらそれが原動力となって執筆活動に熱が入った
沢山の風景が目の前に見えるようにいろんなイメージが創造できて
こんなに絶好調なのは
未来の希望や幸せがこれから待っていると思えたからだ
それでもまだまだ駆け出しの作家
依頼も収入も安定していない俺に変わり
二人の生活は美紗が支えてくれていた
俺は美紗のために原稿を書き
美紗は俺のために働いてくれていた
『美紗にばっか負担かけてすまない… でも、今の俺はめちゃくちゃ良い感じで書けるんだ(笑) 今は美紗に負担かけてるけど、直ぐに美紗を楽にさせてやるからな!』
質素な暮らしだったけど
俺たちは心から幸せだった ーーー
美紗は強くて俺よりずっと精神的に大人で
そして底抜けに明るい女だった
“こうちゃんは書くことに専念して!”
“こうちゃんは才能がある。こうちゃんの書くものは沢山の人の心に残る作品が書ける!だから自信持って(笑)”
俺を励まし
時には激を飛ばしながら
どんな時も俺を信じてくれていた
経済的なことだけじゃなく
心も支えてくれていた
俺になくてはならない大きな存在の美紗が
ある日ーー
買い物に出かけたまま
この部屋に帰って来ることはなくなった
突然この世から去ってしまった
交通事故
即死だった ーー
最後に交わした言葉は
“ちょっと買い物行ってくるね(笑)”
だった
ちょっとって
ちょっとじゃねぇじゃん...
早く帰って来いよ ...
どこ寄り道してんだよ ...
俺は何日も泣いた
飯もまともに食えなくなっていった...
そして
美紗のために頑張っていた作家という仕事も
美紗を失ったことで書く理由が無くなった
考えても考えても何も浮かばなくなり
とうとう俺は何も書けなくなってしまった
“才能は枯れてしまった” と思った
俺が書けたのは美紗がいたからだったんだ ...
独り残された俺は
それでも生きていかなきゃならない
昼に夜に
生活のためにバイトをした
生活のため... なんてのは口実で
本音は美紗を失った辛さを忘れたかっただけだった
寝ても夢を見ないほど毎日の労働で身体は疲弊しきって
暗いアパートに帰ると簡単に風呂を済ませて布団に倒れこむ
そんな毎日が続いていた頃
夜中に帰宅したら玄関の前に男が立っていた
編集社の担当 柴田だった
『先生、今までなにやってたんですか!いつ電話しても繋がらないし訪ねてきてもいない、ほんと心配してたんですから!
それ、、作業服ですよね... まさか工事現場とかで働いてるんですか!?』
『あぁ... 』
鍵を開けて部屋に入ると柴田も一緒に入ってきた
『こんな夜中に一体なんの用なんだよ。俺、疲れてんだ … 』
『これ、渡しに来たんです。』
柴田は俺に封筒を差し出した
仕事の依頼書と資料だった
もう仕事はできないと伝えると
柴田は顔を歪ませ涙目で俺に怒鳴ってきた
『先生の仕事は工事現場で働くことじゃないですよっ! !先生は“書くこと”が仕事なんです!!』
“書くことに専念して!”
そう言った美紗の笑顔を思い出した
『でももう... 俺は... 書けなくなっちまったんだよ... 』
『そう言うと思ってそれを持って来たんです。』
依頼書の内容は児童書の短編だった
『先生は児童向けの作品は書いたことないですよね。』
『ないよ。だから無理だって、』
『だからです!経験がないから“挑戦”するんですよっ。書くことから逃げないでください!』
“挑戦”って...
『児童書つっても... そんな簡単じゃねぇだろ... 』
『そりゃ挑戦ですもん、簡単じゃないです。』
『お前なぁ... 』
柴田は俺に向かって土下座した
『でもっ!今の先生だから書けることがあるはずです!子供に夢と希望と挑戦の意義を伝えてあげて欲しいんです!お願いします!僕、先生の書く話、本当に好きなんです!先生の書く話が読みたいんです!先生の本がっ...!!』
『なに言ってんだ... 俺なんか他の作家と比べても部数も大した事ない。名前も売れてない。世間様には受け入れられにくいんだろうよ... 元々物書きの才能なんて 俺には無かったんだ... それにもう、何のために書きゃいいのか...わかんねぇんだよ... 』
『そんな風に卑屈になって逃げないでくださいよ!!僕が慰めで言ってるって思ってるんですか!?
僕は!僕は... 本当は先生みたいな作家になりたかったんですよっ!!だから才能ないのは僕なんです!!
... 僕は先生みたいな作品を書きたかった ... 先生は才能もあるし作家デビューもしたのに、書くチャンスあるのに、、何やってんですか!先生は贅沢なんですよ!
何のために書くかわからない!? そんなの決まってるでしょ!! 先生の作品を待ってくれてるファンでしょう!!
これっ!見てくださいよっ!!」
沢山の手紙やファックスを俺に差し出した
「こんなにも先生の作品に感想の手紙が届いてるんです!あなたにはこんなに沢山のファンがいるんですよっ!!みんな先生の書く作品を待ってるんです!!ちゃんとひとつ残らず読んであげてください!!」
手に取ったファックスには俺宛に書かれた作品の感想が書かれていた
“いつも素敵な作品をありがとうございます”
“勇気をもらいました!私も頑張ってみようって思えるようになりました!ありがとうございます!”
“綺麗な世界を魅せてくれてありがとうございます”
“深川先生の次の作品も楽しみに待ってます”
ありがとうございます なんて...
待ってます... か
「いつまでも逃げて甘ったれてんじゃないですよ!!あなたのその才能、もう要らないっていうなら僕にくださいよっ!!』
悔しくて泣きながら必死に俺に訴えた
『... 柴田... お前 』
ーーー
俺は涙を拭いながら
一枚一枚
丁寧に全てのメッセージを読んだ
柴田の言葉や沢山の読者に救われた ーー
児童書の仕事を引き受けたことで
生きる意味や
作家デビューするまでに抱いていた夢や希望を
全部思い出した...
そして美紗から
俺に勇気を与えてくれた言葉の数々...
児童書なんて無理だと思ったけど
始めから無理だと決めつけずにやってみようと
真剣に取り組んだ
出来上がった草稿を柴田に見せると
柴田は泣きだした
『おいおい、泣くようなこと書いてないぞ(苦笑)』
と言う俺に柴田は
『僕は今凄く嬉しいんです!またこうして先生が書いてくれたこと!先生から子供達へと夢や希望が繋がっていくことが!ほんとに、本当に!嬉しいですっ!!』
柴田の熱い言葉に俺も涙が溢れた
『感謝しないといけねぇのは俺の方だよ...
ほんとありがとな... 柴田のお陰だ。そして読んでくれてる人達みんなにもな。』
俺はまた“書くこと”を仕事としてやっていくことを強く決意した
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