気まぐれ徒然なるままに

気まぐれ創作ストーリー、日記、イラスト

恋愛小説のように 2

2020-11-25 12:26:00 | ストーリー
恋愛小説のように 2





私は高校の時に“深川 榛(ふかがわ はる)”という作家の本と出会った


オススメ書としての書店員のコメントに目が留まり軽い気持ちで買ってみたのがきっかけだった



はじめは“これがオススメ〜?”と思ったけれど

途中から徐々にその物語の世界に引き込まれていった



美しい情景や音までも聞こえてくるような表現と

登場人物の心情が共感でき


読みながら主人公と一緒に泣いたり笑ったりしながら

気付かされることも多くて


何故そう考えるのか 私にはわからないこともあったり

学んだり 想像もつかない深い世界に連れていってくれる



私には深川 榛の世界をもっと知りたくて
先生の作品を全て読んだ



私の中で深川 榛先生は女性だと思い込んでいた

何故なら繊細な女性の感情の機敏を
読み手側が手に取るようにわかる表現をしているから


それが ーーー




『深川先生よぉ、新刊出たんだろ~?金入ってるんだろぉ?ここは奢れよ(笑)』


“深川先生!? 新刊!?”


たまたま私が好きな作家先生と同じ名前で反応してしまった


居酒屋の隣の席には中年のおじさんが二人

どうも親しい仲のようだった



『ダチのくせにこういう時だけ先生呼ばわりかよ(笑)』


気になって一緒にいた友達との話はそっちのけでおじさん二人の話に聞き耳を立てた


『ベストセラーのー、あれ?なんだっけ?ロンドンの、ほら、あれで幾ら入ってきたんだよ(笑)』


えっ!?


『んなこと、どうでもいいだろ。おめぇはほんと下世話なヤツだなぁ(苦笑)』



やっぱり“深川 榛(はる)”!!


女流作家とばかり思ってたのに...

おじさん... だった




『お前ん家で“座れるなら”酒とツマミを持ってってやるけどよ。ちっとは掃除すれば?彼女でもいればねぇ(苦笑)』



そのまま話を聞いていると先生はおじさんなのに恋人もいない独り身で洗濯や掃除は面倒くさく後回しにし

ひたすら執筆活動している …ということか


あの感じ、納得(笑)




40代前半かなぁ…?

先生の情報は全く世に出てないから
年齢や女性か男性かもわからなかった



少し天然パーマ気味の髪はボサボサで無精髭面

襟首が伸びたTシャツにダボついたヴィンテージデニムにサンダル

凄く細いのに肩や背中の骨格はしっかりしている

箸を持つ手は大きく 指は細く骨ばってて長い

横からでは伸びた前髪で目元が見えない


低い声で少し気だるそうに話すその姿は 確かにどう見てもきちんと家の中が整理整頓できているようには思えない

それであんな素敵な作品が描けるって…

深川先生はやっぱ “天才”!!




先生のサイン、欲しい!!!

なんで今日本持って来なかったんだろう
こんなチャンスもうないかもしれないのに!!


こうなったら!!!


『あっ、あのっっ!!!』



勇気を出して“深川 榛”先生に声をかけた





ーーー




先生の家政婦として働き始めた

表札には“荒谷”となっている

深川 榛先生の本名は“荒谷 幸輔”という名だった



先生は口は悪いけど とても優しい人だった


毎日訪ねてくる猫に“ミュー”と名付け餌を用意し

執筆中でも膝に乗ってくるミューを優しい眼差しで撫でている



『明日も必す来いよぉ… 』

見送る時の先生の後ろ姿が
いつも少し寂しげに見える


あんなに可愛がってるのに
何故 飼い猫にしないんだろ…



『おーい遊、すまんがコーヒー入れてくれぃ。』

タバコ休憩に入るといつもコーヒーを要求する

先生お気に入りの渋いマグカップいっぱいに
お気に入りの豆のコーヒーを入れて盆ごと縁側に置くと

必ず縁側に座ってタバコに火を点ける


『ふぅ~~っ… 』


煙りを吐き出してコーヒーを飲む背中は
いつも孤独な人のように見えた


執筆中の作品のことを考えてるのかもしれない

私は少しでも先生の手を煩わせないよう
掃除に洗濯に料理にと

私なりの精一杯を尽くした



私はうるさくしてるつもりはなかったんだけど
落ちつきの無い私にもっと静かにできないのかと始めの内は渋い顔をしてたけど


次第に慣れてきたのか
先生は何も言わなくなった



パソコンに向かって執筆している先生の後ろ姿

Tシャツから肩甲骨が浮き出て
時々 天然パーマ頭をポリポリと掻いては

『ふぅ~~ … 』と大きな溜め息をつき

首が凝るのか 頭を左右に傾けコキコキと音を立てて頭を回す

肩を揉みましょうかと声をかけると

『いや、いい。』と

私の顔を見ることなく
低い声で短い返事が返ってくる

パソコンに向かってる時の集中力が凄いのも尊敬してる





『そこに紙袋があんだろ。それ、頂きもんだ。食べてもいいぞー。』

『センセも食べますよね~?』

『ん… そうだな(笑)』


時々ミューに向けるような
優しい表情を私にも向けてくれる

ミューを撫でるように
私も時々 何かの拍子で頭を撫でてくれることがある


『作り置き、旨かった(笑) いつもありがとな。』

そう言って私の頭を撫でる

その度に 胸がドキッとする


子供を褒めてるように見えなくもないけど...



執筆中の先生をオンとすれば
その他の時間はオフになって


ぼんやりと考え事していたり
時折、オヤジくさい冗談を言ってみたり


冗談言ってる時の先生は
親戚の陽気なおっちゃんみたいにオヤジギャグなんか言っては自分一人でケラケラ笑っちゃってるような感じ


昭和時代の貧乏大学生がそのまま年取ったような風貌の先生から

どうやってあんな繊細な表現とロマンチストな物語が湧いてくるんだろう


そんな不思議な先生のパーソナリティの部分に次第に興味が湧いてきて


深川 榛(はる)先生のファンの私は


いつの間にか
荒谷 幸輔という男性を知りたいと思うようになっていた



それが“恋”だと気付くのは早かった





それでも先生は私のことは親戚の姪のような存在なのか、ずっと子供のような扱いで


私に色気がなく落ちつきもないから仕方ないことだとわかってたけど

ちょっとは女として見て欲しいと思うようになっていた



そんな時...




背格好や雰囲気が先生と似た男性に思いがけず告白されてしまった


告白の時
ふいに先生が私に言った言葉を思い出した


“ガキんちょのくせに、なに言ってんだか(笑) ははっ!”



ーー ガキんちょ…


私は先生の姪でもなければガキんちょでもない!


勢いで交際にOKで返事をしていた






ーーー





付き合い始めて一ヶ月


先生と違って若い彼とは今の流行りの話題も話せて普通に楽しかった


私のこと“好きだ”って言ってくれる人が存在してる

それだけで嬉しくて幸せを感じる



それが恋かどうかはわからなかった
先生の時は直ぐにわかったのに...


でも承認欲求が満たされていることは確かだった





ーーー





先生に初めて彼がいることを伝えた





きっと...

“お前に?変わった趣味の男もいるもんだな(笑)”

なんて言いながらケラケラと笑うんだろうと思ってたのに…




『お前… 男 いたのか。』

困惑顔をしたと思ったら...


『俺は聞いてねぇ!』

と怒った表情に変わった



先生は今まで私の父ちゃんみたいな気持ちだったの...?


それからの先生は
今までみたいにふいに私の頭を撫でることは無くなった


でもそれ以外 先生は今までと同じだった




ーーー




“なんか、ごめん。やっぱり付き合うのやめよ。”


私はたった一本の電話で彼にフラれた


恐いけどその理由を聞いた...


“もっとお淑やかな女の子らしい子かと思ってた。なんか、思ってたのと違うなって...” と

冷めたい彼の声がスマホから聞こえた ーー




だったら...

だったら、落ちついた女の子のように装えば良かったの?




フラれたことが悲しいんじゃない
また女として否定されたことが悲しい


お前は人間としても駄目だと否定されたようで深く傷ついた...





ーーー




先生の前ではいつも通りに…

そう心に決めていつも通り先生宅を訪ねた



先生はいつもの通り

襟首が伸びたTシャツとヴィンテージデニムに裸足でパソコンに向かっていた


私の顔をチラッと見て

『おぅ、今日もよろしく頼むー。』と気だるそうにそう言った



そんな いつも通りの先生に安心した



でもつい彼の言葉を思い出しては涙が出そうになってしまう


あんなに泣いたのに涙は枯れてくれない...




失恋したことを先生に伝えると
複雑な表情をした



先生が私に気を使ってる...

気を使わせるつもりはないのに
つい涙が出てしまう


でも家事はきちんとこなさないと
お仕事だもの...


先生は時々私の様子を伺うようにチラチラと私を気にしてる



先生...


彼は少し先生に似てたの

彼に言われた言葉は
先生に言われたようにも感じる


本当は先生も私のことそう思ってるんじゃないかって...


なんか
先生にフラれたような気持ちになるよ...





ーーー




家事仕事を終えて

約束の先生の草稿を読ませてもらった



主人公の想いが成就するストーリー展開になっていた



『私もこんな恋愛したいなぁ… 』

ふいに出た私の言葉に



『そういう恋愛、してみるか』



先生の言葉に



驚いた ...







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