毎日が遺言

夢に祖母が

 明け方に夢を見た。祖母の夢だった。
 祖母が亡くなってから初めてのことだ。
 祖母は、長兄が念仏講の指導的な人だったので、念仏講に熱心だった。人柄はその趣旨とはずいぶん違うところが多かったんだけど(笑)、年に一度は自宅で講を開いていて、そのたびに見知らぬ人たちが集まってきて長時間大声で念仏を唱えるのだった。
 私がそれがイヤだった。
 集まってくる人は、言葉は丁寧だが行いは決して丁寧ではなく、中には傍若無人な振る舞いをしながらも態度だけは慇懃な人がいて、そんな人たちに我が家を乗っ取られたように、肩身の狭い思いをするのがイヤだったのだ。
 しかし、父が全く念仏講に加わらなかったこともあって、その人たちとは疎遠になり、祖母の長兄が亡くなって、我が家で念仏を聞くことはなくなった。
 その後、父も亡くなり、祖母も亡くなった。父の声は頭で響かなくなり、祖母は3回忌を過ぎても一度も夢に見たことがない。
 そんな祖母が、昨日の夜、夢に出てきたのだ。
 祖母は、私の寝ている和室と廊下を挟んだ奥座敷に小さな祭壇を祀ってその前に座り、何事かを呟きながら時折念仏を唱えていた。ふすまは全て開き放たれ、枕元から祖母の姿が見えた。
 私の頭には、「ああ、そうだ、今は家族4人で暮らしているが、祖母を施設に預けたままだった。祖母のことを忘れるなんて、悪いことをした」という思いが走った。
 思わず起きあがって見回すと、私の枕元にまで念仏講の人たちが正座し、二間続きの座敷いっぱいに整然と並んで手を合わせていた。だが、不思議にも、彼らは誰も声を発せず、ただ祖母のつぶやきと念仏に耳を傾けている風だった。
 私は起きあがり、居間に行った。するとそこには、妻と母が居心地悪そうに正座をしており、その居間にも念仏講の人らしき中年の男性がひれ伏すようにして座っていた。
 「相変わらず自分の思いだけの人たちだなぁ」と不愉快に感じながら私は祖母の背中を見ていた。祖母は、生前の口調で愚痴るようなことを呟きながら相変わらず念仏を唱えていた。
 いつもならそこから1時間以上に及ぶ念仏の大合唱が始まるところだったのだが、そんな私の気持ちを察したように、人々はそそくさと帰り始めた。「あれ?」と思う私を尻目に、人々は我が家の門の外に出た。その先頭には祖母が歩いていたのだった。
 そこで目が覚めた。

 「たぶん、もう我が家には未練なんてないんだろう」と、ばあさんと話した。もちろん、100年も生きた人だし、さんざん人に甘えてきた人だから、この世に未練なんてあるはずもないよ、と話した。
 「オレが念仏講を嫌っているので、あちら向いて行くよってことなのかも」と言うと、「お骨は念仏講の寺に収めてあるんだから、それが当然なんじゃないの」と妻が笑った。
 なんなんだろうなぁ、おばば。

コメント一覧

みらパパ
http://yaplog.jp/mirapapa/
マジでリアルでしたよ。
小学生や中学生のころを思い出しました。
祖母は全くこちらを気にかける風がなかったですね。
もうすっかりあの世に心が移っているんでしょうね。
それでよし、です。{YES}
おたむ
http://yaplog.jp/genkinaokan/
もの凄くリアルな夢ですね・・・・
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