九 虚偽表示
1 虚偽表示とは
虚偽表示とは、相手方と通じてなした虚偽の意思表示をいう。たとえば、Aが債権者による強制執行を免れるために、知人Bと通謀して自己所有の不動産をBに売ったことにして登記も移転したが、実際には当事者間に売却の意思がない場合である。
この意思表示は当事者間では無効であるが(94条1項)、この無効は善意の第三者Cには対抗できない(94条2項)。善意の第三者に対抗できないとされる理由は、意思表示の外形を信じて取引に入った者を保護する必要があり、また虚偽の意思表示をして真実でない外形を作った者は、権利を失ってもやむをえないと考えられるからである。
善意とは虚偽表示であることを知らないことであり、知らないことにつき過失があってもよいというのが判例である。表意者Aが虚偽の外観をあえて作出したのだから、第三者Cが保護される要件は善意のみで足りるとする趣旨であるが、学説では94条2項が権利外硯理諭によって説明されることを根拠として、同様の理論に基づく他の諸規定(192条・112条・480条など)と同様に無過失を要求すべきだとする見解も有力である。
また、虚偽表示の場合には、虚偽の外形を作出した点で表意者の帰責事由が大きいこと、第三者が虚偽表示の当事者の内部関係を調査するのは煩雑であることから見て、第三者に無過失を要求するのは妥当でないが、第三者がわずかな注意をすれば虚偽表示を知りうる場合には第三者を保護する必要はないとして、第三者に無重過失を要求する見解もある。
なお、A・B間で、ある虚偽の外観を作出したが、Bがそれを利用して別の新たな虚偽の外観を作出し、それを信じた第三者Cが出現したという場合には、判例は、94条2項と110条を併用して、第三者に無過失を要求している。たとえば、A・B間で通謀して売買予約による不実の仮登記をしたところ、Bが自己名義の本登記に直し、不動産をCに売却した場合である(最判昭和43・10・17民集22・10・2188)。110条は、本人が代理人に与えた基本代理権の範囲を超えて代理行為がされた場合に、相手方に「正当の理由」(善意無過失)があれば、有効な代理行為と同様に扱うことを定めており、この110条の場合に似ていることに着目して、相手方に善意無過失を要求する。
「対抗」することができないとは、BはもちろんAからも、Cに対して無効を主張することができないということである。また、善意の第三者が登場しても、虚偽表示の当事者間では問題の意思表示はあくまで無効であるから、AはBに対して目的物に代わる価値の返還を求めることができる(それが実現されるかは別問題)。
2 「第三者」の意義
(1) 第三者とは、虚偽表示の当事者やその包括承継人(相続人など)以外の者のうち、虚偽表示の外形に基づいて新たな法律上の利害関係を持つに至った者をいう。第三者に当たる者の典型例は、目的物の譲受人や目的物について抵当権の設定を受けた者である。また、仮装債権の譲受人も第三者であり、債務者は債務の不存在を主張し得ない(468条2項の対抗事由に該当しないことになる)。虚偽表示の目的物に差押をした者も第三者に当たる(最判昭和48・6・28民集27・6・724)。
(2) これに対して、仮装譲受人の一般債権者(大判大正9・7・23民録26・1171)、代理人・代表者が虚偽表示をした場合における本人(大判大正3・316民録20・210)、取立てのために債権を黎り受けた者(大決大正9・10・18民録26・1551)は、第三者に当たらない。
判例は、土地の仮装譲受人Bがその土地上に建物を建てて、この建物をCに賃貸した場合の建物賃借人Cは、仮装譲渡された土地については法律上の利害関係を有しないとして、94条2項の第三者に当たらないとする(最判昭和57・6・7判時1049・36)。この場合、Cは建物の収去を受忍せざるをえないから、Bの建物賃貸借契約の履行不能を主張して契約を解除し、損害賠償を請求することになる。これに対し、学説では、建物の利用は敷地の利用権を前提とし、Bの土地利用権が否定されるとCの建物利用は法律上くつがえるという関係があり、また、Aは、Bが土地利用権を有するがごとき外観を作出しているのであるから、Cは第三者に当たるとする見解が有力である。しかし、Cが第三者に当たるとすると、BはAに対して土地明渡義務を負うが、AがCに対して土地明渡を請求できない結果、BはAに対する返還義務を履行することができないから、それに代わる地代相当額を不当利得または損害賠償としてAに支払うことになり、不安定な法律関係になる。
債権が仮装譲渡された場合の債務者は譲受人に弁済したり、譲受人と準消費貸借を締結したりした場合のほかは、虚偽表示に基づいて新たな法律関係に入ったとはいえず、また、譲渡の無効によって不利益を受けるわけでもないから、第三者に当たらない。
3 虚偽表示の撤回
虚偽表示の撤回とは、虚偽の外形を作った者が、その虚偽表示はなかったことにするということであり、虚偽表示に表示通りの効果を与えようということではない。虚偽表示を撤回するためには、撤回する旨の意思表示をするだけでなく、虚偽の外形を取り除かなければならない。外形を取り除かない(たとえば、虚偽表示によって移転された登記を残している)間に善意の第三者が出現した場合には、94条2項が適用される。
4 94条2項の類推適用
94条2項は、A・Bが売買契約を仮装するなど、A・B間に意思表示の通諜があることを要件としている。しかし、A所有の財産がB名義になっている場合は、A・B間に意思表示の通謀がある場合だけではない。たとえば、Aが建築した建物につきB名簑の保存登記をして放置していたところ、これを知ったBが事情を知らないCに売ったという場合である。この場合、登記に公信力がない以上、Cが無権利者Bを権利者と信じても所有権を取得しないのが原則である。
しかし、判例は、このような場合、民法94条2項を類推適用してCの保護を図っている。民法94条2項の類推適用が可能な場合としては、①BがAから買った不動産につき、Cの承諾を得てAからCへの移転登記をし、CがDに譲渡した場合(最判昭和29・8・20民集8・8・1505)、②Aが自己所有の不動産につき、Bの承諾を得ることなくB名義に登記し、これを知ったBがCに譲渡した場合(最判昭和45・7・24民集24・7・1116)、③A所有の不動産につき、BがAに無断でB名義に移転登記したが、これを知ったAが明示・黙示に承認している状態で、BがCに譲渡した場合(最判昭和45・9・22民集24・10・1424)などがある。また、前記の④A・B間で、ある虚偽の外観を作出したが、Bがそれを利用して別の新たな虚偽の外観を作出し、それを信じた第三者Cが出現したという場合(94条2項と110条の併用事例)も94条2項が類推適用される場合の一つである。
5 善意の第三者と対抗要件の要否
(1) 第三者と登記の要否
Aが虚偽表示によってA所有の不動産をBに譲渡して登記を移転し、Bがさらにこの不動産をCに譲渡した場合、CはAに対して登記なくして自己の権利を主張することができる。
これについては、①A・B間の行為は、善意の第三者Cとの関係では有効とみなされ、AとCとの関係は、売主の前主と買主の関係となり、AとCは対抗関係に立たないという説明と、②94条2項の効果として、Cが(Bをとばして)Aから有効に取得し、AとCとの関係は売主と買主の関係となって、AとCは対抗関係に立たないという説明が可能であるが、Cが取得する権利を有していたのはAであり、Cの権利取得を認めるための説明としてBの権利取得まで認める必要はないから、②の説明がよい。
(2) 真の権利者からの取得者との関係
上の例で、Aが同じ不動産をさらにDに譲渡した場合に、CとDの関係はどうなるか。通説・判例は、Aを起点として有効な譲渡がCとDとに行もれた場合と同じように、C・Dのうち先に登記を備えたほうが勝つとする(最判昭和42・10・31民集21・8・2232)。
これに対し、Dに対する関係ではA→B→Cの譲渡が有効とされるから(上の①の考え方)、Bに登記がある以上、DはBに優先され、Bの承継人たるCは、Dに対し登記なくして所有権取得を対抗しうるという説もある。
しかし、94条の規定からすると、AはCに対してA・B間の無効を主張しえないが(2項)、A・B間は無効なのだから(1項)、DはBに優先されるとはいえない。CとDのうち先に登記を備えたほうが勝つ(A→CとA→Dの二重譲渡となる。すなわち、上の②の考え方に立つ)と解したうえで、具体的事情に応じて、Dを背信的悪意者と認定することを考えればよい。
6 第三者からの転得者の問題
Aが虚偽表示によってA所有の不不動産をBに譲渡し、Bがこの不動産をCに譲渡した後、Cがさらに転得者Dに譲渡した場合の法律関係はどうなるか。
まず、Cが悪意でDが善意の場合には、Dは94条2項の第三者として保護される(最判昭和45・7・24民集24・7・1116)。
問題は、善意の第三者Cが権利を取得してそれを悪意の転得者Dに譲渡した場合に、Dは権利を取得できるかどうかである。これについては、転得者は前主の地位を承継し、悪意でも権利取得するという絶対的構成と、行為の効力は行為者ごとに個別的に判断すべきであり、悪意のDは虚偽表示による無効を対抗されるという相対的構成が対立している。
絶対的構成は、相対的構成に対して、DがAから目的物を追奪されたときには、Dは売主であるCに対して、追奪担保責任(561条)に基づき、契約を解除して代金の返還を請求することができるから、善意者保護の意味が失われると批判し、他方、相対的構成は、絶対的構成に対して、悪意者が善意者をダミーとして介在させることによって、有効に目的物を取得できることになって不当であると批判する。
相対的構成をとった場合に、DからCへの担保責任の追及が可能だとすると、善意の第三者を保護しようとした94条2項の趣旨に反するから、絶対的構成がよい。そのうえで、悪意者が善意者をダミーとして介在させた場合には、信義則違反として権利取得を否定すればよい。
絶対的構成をとると、Aは悪意者からも目的物を取り戻せないことになるが、善意のCが取得した時点で一度はあきらめたわけであり、その後に悪意のDが現れたからといって必ずAを保護しないと不都合というわけではない。また、相対的構成をとると、①Cから権利を譲り受けようとするDは、取引上の注意をすればするほど悪意とされ、保護されないことになること、②Dが目的物の所有権を取得した場合ではなく、目的物に対して賃借権、抵当権の設定を受けた場合を考えると、相対的構成では法律関係が複雑になりすぎることも難点である。
1 虚偽表示とは
虚偽表示とは、相手方と通じてなした虚偽の意思表示をいう。たとえば、Aが債権者による強制執行を免れるために、知人Bと通謀して自己所有の不動産をBに売ったことにして登記も移転したが、実際には当事者間に売却の意思がない場合である。
この意思表示は当事者間では無効であるが(94条1項)、この無効は善意の第三者Cには対抗できない(94条2項)。善意の第三者に対抗できないとされる理由は、意思表示の外形を信じて取引に入った者を保護する必要があり、また虚偽の意思表示をして真実でない外形を作った者は、権利を失ってもやむをえないと考えられるからである。
善意とは虚偽表示であることを知らないことであり、知らないことにつき過失があってもよいというのが判例である。表意者Aが虚偽の外観をあえて作出したのだから、第三者Cが保護される要件は善意のみで足りるとする趣旨であるが、学説では94条2項が権利外硯理諭によって説明されることを根拠として、同様の理論に基づく他の諸規定(192条・112条・480条など)と同様に無過失を要求すべきだとする見解も有力である。
また、虚偽表示の場合には、虚偽の外形を作出した点で表意者の帰責事由が大きいこと、第三者が虚偽表示の当事者の内部関係を調査するのは煩雑であることから見て、第三者に無過失を要求するのは妥当でないが、第三者がわずかな注意をすれば虚偽表示を知りうる場合には第三者を保護する必要はないとして、第三者に無重過失を要求する見解もある。
なお、A・B間で、ある虚偽の外観を作出したが、Bがそれを利用して別の新たな虚偽の外観を作出し、それを信じた第三者Cが出現したという場合には、判例は、94条2項と110条を併用して、第三者に無過失を要求している。たとえば、A・B間で通謀して売買予約による不実の仮登記をしたところ、Bが自己名義の本登記に直し、不動産をCに売却した場合である(最判昭和43・10・17民集22・10・2188)。110条は、本人が代理人に与えた基本代理権の範囲を超えて代理行為がされた場合に、相手方に「正当の理由」(善意無過失)があれば、有効な代理行為と同様に扱うことを定めており、この110条の場合に似ていることに着目して、相手方に善意無過失を要求する。
「対抗」することができないとは、BはもちろんAからも、Cに対して無効を主張することができないということである。また、善意の第三者が登場しても、虚偽表示の当事者間では問題の意思表示はあくまで無効であるから、AはBに対して目的物に代わる価値の返還を求めることができる(それが実現されるかは別問題)。
2 「第三者」の意義
(1) 第三者とは、虚偽表示の当事者やその包括承継人(相続人など)以外の者のうち、虚偽表示の外形に基づいて新たな法律上の利害関係を持つに至った者をいう。第三者に当たる者の典型例は、目的物の譲受人や目的物について抵当権の設定を受けた者である。また、仮装債権の譲受人も第三者であり、債務者は債務の不存在を主張し得ない(468条2項の対抗事由に該当しないことになる)。虚偽表示の目的物に差押をした者も第三者に当たる(最判昭和48・6・28民集27・6・724)。
(2) これに対して、仮装譲受人の一般債権者(大判大正9・7・23民録26・1171)、代理人・代表者が虚偽表示をした場合における本人(大判大正3・316民録20・210)、取立てのために債権を黎り受けた者(大決大正9・10・18民録26・1551)は、第三者に当たらない。
判例は、土地の仮装譲受人Bがその土地上に建物を建てて、この建物をCに賃貸した場合の建物賃借人Cは、仮装譲渡された土地については法律上の利害関係を有しないとして、94条2項の第三者に当たらないとする(最判昭和57・6・7判時1049・36)。この場合、Cは建物の収去を受忍せざるをえないから、Bの建物賃貸借契約の履行不能を主張して契約を解除し、損害賠償を請求することになる。これに対し、学説では、建物の利用は敷地の利用権を前提とし、Bの土地利用権が否定されるとCの建物利用は法律上くつがえるという関係があり、また、Aは、Bが土地利用権を有するがごとき外観を作出しているのであるから、Cは第三者に当たるとする見解が有力である。しかし、Cが第三者に当たるとすると、BはAに対して土地明渡義務を負うが、AがCに対して土地明渡を請求できない結果、BはAに対する返還義務を履行することができないから、それに代わる地代相当額を不当利得または損害賠償としてAに支払うことになり、不安定な法律関係になる。
債権が仮装譲渡された場合の債務者は譲受人に弁済したり、譲受人と準消費貸借を締結したりした場合のほかは、虚偽表示に基づいて新たな法律関係に入ったとはいえず、また、譲渡の無効によって不利益を受けるわけでもないから、第三者に当たらない。
3 虚偽表示の撤回
虚偽表示の撤回とは、虚偽の外形を作った者が、その虚偽表示はなかったことにするということであり、虚偽表示に表示通りの効果を与えようということではない。虚偽表示を撤回するためには、撤回する旨の意思表示をするだけでなく、虚偽の外形を取り除かなければならない。外形を取り除かない(たとえば、虚偽表示によって移転された登記を残している)間に善意の第三者が出現した場合には、94条2項が適用される。
4 94条2項の類推適用
94条2項は、A・Bが売買契約を仮装するなど、A・B間に意思表示の通諜があることを要件としている。しかし、A所有の財産がB名義になっている場合は、A・B間に意思表示の通謀がある場合だけではない。たとえば、Aが建築した建物につきB名簑の保存登記をして放置していたところ、これを知ったBが事情を知らないCに売ったという場合である。この場合、登記に公信力がない以上、Cが無権利者Bを権利者と信じても所有権を取得しないのが原則である。
しかし、判例は、このような場合、民法94条2項を類推適用してCの保護を図っている。民法94条2項の類推適用が可能な場合としては、①BがAから買った不動産につき、Cの承諾を得てAからCへの移転登記をし、CがDに譲渡した場合(最判昭和29・8・20民集8・8・1505)、②Aが自己所有の不動産につき、Bの承諾を得ることなくB名義に登記し、これを知ったBがCに譲渡した場合(最判昭和45・7・24民集24・7・1116)、③A所有の不動産につき、BがAに無断でB名義に移転登記したが、これを知ったAが明示・黙示に承認している状態で、BがCに譲渡した場合(最判昭和45・9・22民集24・10・1424)などがある。また、前記の④A・B間で、ある虚偽の外観を作出したが、Bがそれを利用して別の新たな虚偽の外観を作出し、それを信じた第三者Cが出現したという場合(94条2項と110条の併用事例)も94条2項が類推適用される場合の一つである。
5 善意の第三者と対抗要件の要否
(1) 第三者と登記の要否
Aが虚偽表示によってA所有の不動産をBに譲渡して登記を移転し、Bがさらにこの不動産をCに譲渡した場合、CはAに対して登記なくして自己の権利を主張することができる。
これについては、①A・B間の行為は、善意の第三者Cとの関係では有効とみなされ、AとCとの関係は、売主の前主と買主の関係となり、AとCは対抗関係に立たないという説明と、②94条2項の効果として、Cが(Bをとばして)Aから有効に取得し、AとCとの関係は売主と買主の関係となって、AとCは対抗関係に立たないという説明が可能であるが、Cが取得する権利を有していたのはAであり、Cの権利取得を認めるための説明としてBの権利取得まで認める必要はないから、②の説明がよい。
(2) 真の権利者からの取得者との関係
上の例で、Aが同じ不動産をさらにDに譲渡した場合に、CとDの関係はどうなるか。通説・判例は、Aを起点として有効な譲渡がCとDとに行もれた場合と同じように、C・Dのうち先に登記を備えたほうが勝つとする(最判昭和42・10・31民集21・8・2232)。
これに対し、Dに対する関係ではA→B→Cの譲渡が有効とされるから(上の①の考え方)、Bに登記がある以上、DはBに優先され、Bの承継人たるCは、Dに対し登記なくして所有権取得を対抗しうるという説もある。
しかし、94条の規定からすると、AはCに対してA・B間の無効を主張しえないが(2項)、A・B間は無効なのだから(1項)、DはBに優先されるとはいえない。CとDのうち先に登記を備えたほうが勝つ(A→CとA→Dの二重譲渡となる。すなわち、上の②の考え方に立つ)と解したうえで、具体的事情に応じて、Dを背信的悪意者と認定することを考えればよい。
6 第三者からの転得者の問題
Aが虚偽表示によってA所有の不不動産をBに譲渡し、Bがこの不動産をCに譲渡した後、Cがさらに転得者Dに譲渡した場合の法律関係はどうなるか。
まず、Cが悪意でDが善意の場合には、Dは94条2項の第三者として保護される(最判昭和45・7・24民集24・7・1116)。
問題は、善意の第三者Cが権利を取得してそれを悪意の転得者Dに譲渡した場合に、Dは権利を取得できるかどうかである。これについては、転得者は前主の地位を承継し、悪意でも権利取得するという絶対的構成と、行為の効力は行為者ごとに個別的に判断すべきであり、悪意のDは虚偽表示による無効を対抗されるという相対的構成が対立している。
絶対的構成は、相対的構成に対して、DがAから目的物を追奪されたときには、Dは売主であるCに対して、追奪担保責任(561条)に基づき、契約を解除して代金の返還を請求することができるから、善意者保護の意味が失われると批判し、他方、相対的構成は、絶対的構成に対して、悪意者が善意者をダミーとして介在させることによって、有効に目的物を取得できることになって不当であると批判する。
相対的構成をとった場合に、DからCへの担保責任の追及が可能だとすると、善意の第三者を保護しようとした94条2項の趣旨に反するから、絶対的構成がよい。そのうえで、悪意者が善意者をダミーとして介在させた場合には、信義則違反として権利取得を否定すればよい。
絶対的構成をとると、Aは悪意者からも目的物を取り戻せないことになるが、善意のCが取得した時点で一度はあきらめたわけであり、その後に悪意のDが現れたからといって必ずAを保護しないと不都合というわけではない。また、相対的構成をとると、①Cから権利を譲り受けようとするDは、取引上の注意をすればするほど悪意とされ、保護されないことになること、②Dが目的物の所有権を取得した場合ではなく、目的物に対して賃借権、抵当権の設定を受けた場合を考えると、相対的構成では法律関係が複雑になりすぎることも難点である。