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民法総則⑧

2005年02月07日 | 民法
八 心裡留保
1 心裡留保の要件と効果
  心裡留保とは、表示行為に対応する真意がないことを知りながらする意思表示である。たとえば、Aが、自分の自動車を売る意思がないのに、冗談でBに「売ろう」と言ったような場合である。この場合には、「売ろう」という意思表示を信頼したBを保護するために、Aの意思表示は原則として有効であり(93条本文)、ただ、Bが、冗談であることを知っていた場合(悪意の場合)や、ふつうの注意をすれば知ることができた場合(過失がある場合)には無効となる(93条但書)。

2 第三者の保護
  Aの心裡留保につきBが悪意または有過失の場合には、AはBに対して無効を主張しうる(93条但書)。この場合に、AはBからさらに権利を取得したCに対しても無効を主張することができるか。民法93条には虚偽表示における民法94条2項のような規定はないが、善意の第三者保護のために94条2項が類推適用されると解されている。

3 表意者の損害賠償責任
  Aの意思表示が心裡留保により無効になる場合に、相手方Bは、契約が有効であると思って支出した費用等を損害として、その賠償を請求できないか。Bが善意無過失の場合は契約が有効であり、Bが悪意の場合にはBを保護する必要はないから、この問題が生ずるのはBが善意有過失の場合である。この問題について、かつては法律行為が無効である以上は、表意者の損害賠償義務が生ずる余地はないとする学説もあったが、最近では、不法行為ないし契約締結上の過失に基づく損害賠償義務が生ずるとする学説が多い(Bの過失は、過失相殺の問題として考慮される)。賠償の範囲は、いわゆる信頼利益(意思表示が有効であると信頼したことによって被った損害)とする学説が多いが、416条の一般原則によるとするものもある。

4 心裡留保の適用範囲
  民法93条は、契約上の意思表示のみならず単独行為(取消、追認、解除など)にも適用される。また、相手方のある意思表示のみならず、相手方のない意思表示(広告、遺言、寄附行為など)にも適用される。ただ、相手方のない意思表示については、93条本文の適用はあるとしても、相手方がいないのだから、93条但書の適用はないと解する学説がかつては多かった。
  しかし、最近では、当該意思表示により権利を取得する者が悪意または有過失の場合に有効とする必要はないとして、但書の適用を認める学説が有力になっている。
  また、婚姻や養子縁組など、当事者の真意が尊童されるべき身分上の行為については、93条の適用はない。
  なお、代理人ないし法人の代表者が代理権・代表権を濫用して自己の利益のために代理行為をした場合に、判例は、93条但書を類推遭用して、相手方が当該の権限漬用を知りまたは知りうべかりし場合には、本人に効果が生じないとされている。

5 相手方からの無効主張
  表意者Aが無効を主張しうるにかかわらず、それをしない場合に、Bの側から無効主張することができるかについては、無効の原則通り相手方の無効主張を認める肯定説と、心裡留保のため無効になるのは表意者を保護するためであるから、相手方の無効主張は認められないとする否定説が対立している。
  肯定説は、相手方Bが悪意の場合を考えると(Bは、Aの意思表示は冗談であり、無効であるとの信頼を抱くであろうから)、Bの無効主張を認めるべきであるとするが、これに対して、否定説は、Aの意思表示(たとえば、売買契約の申込)が心裡留保により無効であることを知りつつ意思表示(たとえば承諾)をしたBは、自己の意思表示の心裡留保(この場合、承諾それ自体も心裡留保になる)を主張すればよいという。
  しかし、Bが自己の意思表示の無効を主張できるのは、Aが悪意または有過失の場合に限られるから(93条但書)、Aの意思表示の無効を相手方であるBにも主張させる実益がある。それゆえ、肯定説が妥当であろう。

6 代理人の虚偽表示
  代理人が相手方と通諜して虚偽表示をした場合に、判例は、心裡留保の問題とする。すなわち、代理人Bが本人Aを騙すつもりで相手方Cと通諜して、債務負担の意思のないCの借用書をAに提出した場合、BはAを欺罔する権限はなく、BはCの意思表示を伝達する機関でしかないから、Cのした真意でない意思表示の相手方はAであり、AがCの真意を知りまたは知りうべかりしときを除き、Cの債務負担の意思表示は有効であり、消費貸借契約も有効であるとする(大判昭和14・12・6民集18・1490)。
  これに対して、学説には、次のようなものがある。
 (1) B・C間の虚偽表示をCの意思表示(心裡留保)に転換することは妥当でないとし、Bの虚偽表示はAに無効行為として帰属する(101条)が例外として、BがAを騙すとか害するつもりでCと通謀して虚偽表示をし、そのことについてAが善意無過失のときは、Cは信義則上Aに無効を主張することができないとする。
 (2) B・Cの虚偽表示とし、Aを94条2項の第三者として保護する。
  (2)説は、上の判例の事例で、Aが事前にBに消費貸借契約の締結を委任していて、AとCとの間に消費貸借契約が締結されたと思ったのであれば、Aは94条2項の第三者として保護されるとし、Aが94条2項の第三者に当たる場合には、101条1項の適用はないとする。
  ここで問題となっていることの実質はB・Cの虚偽表示であるから、判例より学説の立場が妥当であるが、(1)説のように信義則を適用すれば、Aは悪意(あるいは・重過失)がない限り保護されるはずであり、(1)説では、この説が帰結する結論(Aに善意無過失を要求する)を導けないと思われる。(2)説も、本人を第三者と見る点は検討の余地があるが、難点は最も少ない。