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第二 公訴① 訴訟構造論と審判の対象2

2005年01月29日 | 刑事訴訟法
四 審判の対象の変更
1 問題の所在
  訴訟が提起され、証拠調べが進むうちに、当初掲げられた訴因と証拠調べの結果認定されるべき事実との間に食い違いが生じることがある。その食い違いには、例えば、訴因では1万円の窃盗であったものが、実は2万円の窃盗であったという場合もあるし、訴因では1万円の窃盗であったものが、実は1万円の遺失物横領であったという場合もある。このような事態が生じた場合にどのように処理すべきかが問題となる。
  現行法は、このような場合を想定して訴因変更の制度を設けた。この制度により、検察官は、証拠調べの結果認定されるべき事実に添って、訴因を変更することにより、当初掲げた訴因と異なった事実の認定を裁判所に求めることができる。
  しかし、訴因と証拠による事実とが些細な点で食い違った場合にもすべて訴因を変更しなければならないとすると、手続が煩雑にすぎることになる。そこで、訴因と証拠による事実とが厳密には同じでなくとも、ある範囲内において、裁判所がこれを認定できるものとすること、つまり、訴因の拘束力にも一定の幅があることを認めなければならないことになる。
  どのような場合に訴因の変更が必要か、裏から言えば、どのような場合に裁判所は訴因変更なしに訴因を超えた事実を認定できるのか、というのが訴因変更の要否の問題、すなわち、訴因の拘束力の及ぶ範囲=訴因の同一性の範囲の問題である。これが審判の対象の変更の第1の問題である。
  次に、訴因変更の必要があることを前提にして1回の訴訟手続の中で、どの範囲までの訴因変更が許されるか、すなわち、訴因変更の可否の問題がある。312条1項は、公訴事実の同一性の範囲内で訴因変更ができる旨規定しているので、「公訴事実の同一性」という文言の解釈の問題として現れる。これが、審判の対象の変更についての第2の問題である。
  そして、第1、第2いずれの問題にも、審判の対象を訴因と考えるか公訴事実と考えるかという理論的な問題が深く関わっている。また、訴因変更の可否の問題は、理論的問題と共に、一回の訴訟手続でどこまで審理し判決することが妥当なのかという実際的な問題を含んでいる。すなわち、訴因変更の可能な範囲を広げれば広げるほど一回の訴訟手続内で事を処理することができ、訴訟経済に資することになる。一方、被告人の立場からすれば、その範囲が広がればそれだけ防禦を必要とする範囲が広がり、立場は弱くなる。
  このように、訴因変更の可否の問題は、訴訟経済と被告人の立場とをいかに調整すべきかの問題をも含んでいることに注意する必要がある。

2 訴因変更の要否の問題=訴因の同一性の範囲の問題
 ◇法律構成説(罰条同一説)
   訴因は公訴事実の法律構成の仕方に重要な意味をもち、その法律的構成の点にこそ拘束力がある。審判の対象は公訴事実であり、事実の変動が法律的構成の仕方に影響を及ぼさない限り訴因変更を必要としないが、逆に、事実の変動がない場合でも法律的構成に影響を及ぼすときは訴因変更を必要とする。
  批判:①法的評価を示すためには別に罰条自体の記載も要求されており、訴因はその前提たる事実を明らかにすることを任務とするというべきである。
  ②法律構成を同じくする場合にも具体的な事実が変われば、被告人はそれに応じた防御を必要とする。法律構成が変わらない限りいかに事実が変わっても訴因変更を必要としないとするのは、被告人の防禦権を全うさせることを目的とする訴因制度の趣旨を十分生かすものとはいえない。
 ◇事実記載説(通説、判例)
   訴因の拘束力は訴因として記載された具体的事実の点に存する。法律的構成に変更がなくとも、事実の点で変化があれば訴因の変更が必要である。
  ※上記批判①②からして、事実記載説をとるべきである。法律構成説は審判の対象が公訴事実であることを前提とした説であるが、事実記載説に立った場合でも、審判の対象を公訴事実と解するか(公訴事実対象説)、訴因と解するか(訴因対象説)によって、変更を必要とする基準について差異が生ずる。

3 事実記載説を前提にして、公訴事実対象説と訴因対象説の検討
 ◇公訴事実対象説
   審判の対象は公訴事実であり、訴因は単に被告人の防禦権保障のための手続的制度にすぎない。したがって、被告人の防禦に不利益を与えない限り、訴因変更を要しない。
  批判:①被告人の防禦に不利益があるか否かを個々の事件の審理の経過にかんがみて個別具体的に判断するというのでは、基準があってもほとんどないに等しい。
  ②訴因変更手続をしないでも防禦に不利益が生じないということは仮定の判断であり、実際に訴因変更をしてみなければ、訴因変更の結果どういう防禦方法が提出されるか分からない。
 ◇訴因対象説
 (1) 審判の対象は訴因であり、訴因変更の要否は審判の対象としての訴因の同一性いかんという観点から、訴訟の具体的状況とは一応別個に一般的基準によって決すべきである。
 (2) 一般的基準
  (イ) 訴因変更が必要な場合とは、「重要」な事実の変化があり、訴因の同一性が失われたと判断される場合である。
  (ロ) 何が「重要」であるかは、被告人の防禦に支障を来す事実の変化であるか否かという点と、検察官の主張としての訴因の有する社会的・法律的な意味に差異が生じる事実の変化であるか否か、という点が同時に考慮されなければならない。
  (ハ) 少なくとも、事実が変わることによって構成要件の変わる場合、構成要件が同じであっても、社会上、あるいは手続上、実質的に違った意味をもつような場合には訴因の変更が必要である。


4 事実記載説のうち、訴因説を前提とする若干の個別的問題の検討
(1) 同一構成要件内の事実の変化
 ①日時・場所の変化がアリバイの証明などに関係する場合
  →有意的な変化であり、訴因変更が必要である。また、日時・場所の変化は、防禦の保障からみても重要と言える。
 ②詐欺罪における欺罔方法、殺人罪における兇器や手段が違ってくる場合
  →有意的な変化であり、訴因変更が必要である。防禦の点から見ても犯行の方法は重要事項である。
 ③窃盗罪等において被害額が増大した場合
  →有意的な変化であり、訴因変更が必要である。
 ④被告人の防禦という観点からも、社会的・法律的な有意性という観点からも大きな意味を持たない、日時・場所・方法などの多少の変化の場合
  →訴因変更は不要である。
(2) 異なる構成要件の事実の変遷(例:単純収賄→請託収賄、住宅放火→非住宅放火・住宅延焼)
 ①原則→有意的な変化であり、訴因変更が必要である。
 ②縮小認定の可能な場合→大の訴因の中に、小の訴因が予備的に主張されているとみることができ、訴因の同一性が害されないから、訴因変更は不要となる。また、防禦の点からも不都合はないであろう。(例:殺人→同意殺人、強盗致死→傷害致死、既遂→未遂、共同正犯→単独犯、財物A・B・Cの窃取→A・Bの窃取)
(3) 事実には変化がなく、単にその法的評価に差異が生じたにすぎない場合
  →事実記載説に立つ以上、訴因変更が不要となる。

5 訴因変更の可否の問題=「公訴事案の同一性」の解釈の問題
  公訴事実の同一性と公訴事実の単一性(平野説の解説)
(1) 公訴事実の同一性と公訴事実の単一性の区別の必要
 (イ) 訴因は、公訴事実の同一性を害しない限度で変更が許される(312条1項)が、ここでいう「公訴事実の同一性」(広義の同一性)の中には、公訴事実の単一性と、公訴事実の単一性と区別された意味での公訴事実の同一性(狭義の同一性)とが含まれている(以下単に、同一性というときは狭義の同一性をさす)。
 (ロ) 同一性と単一性とは性質を異にするものであり、両者は区別しなければならない。これを区別することなく、広義の同一性があるかないかの判断をしようとすると混乱が生じる。
(2) 公訴事実の同一性と単一性の意義
 (イ) 公訴事実の同一性:両訴因が両立しえない場合の関係
 (ロ) 公訴事実の単一性:両訴因が両立しえる場合の関係
(3) 具体例
 (イ) 単一性の問題
  その1 A訴因:甲は乙の住居に侵入した
      B訴因:甲が乙の住居内でその時計を窃取した。
  その2 C訴因:甲は乙を教唆して丙の時計を窃取させた。
      D訴因:甲は乙が丙から窃取した時計を情を知って買い受けた。   ※考え方
   その1のA訴因とB訴因、その2のC訴因とD訴因とは、共に両立しうる関係にある。ここでいう両立とは、実際に両方の訴因とも成立しうるということである。その1で言えば、甲は乙の住居に侵入することができるし、その上で乙の時計を窃取することも可能である。
   その2で言えば、甲は乙を教唆して丙の時計を窃取させ、その上で乙が丙から窃取した時計を情を知って買い受けることも可能である。このように、両訴因が両立する場合には、同一性の問題ではなく、単一性の問題である。
   そして、両立しうる訴因を全体として評価して一個の犯罪を構成する場合(科刑上一罪)には、単一性がある場合であり、広義の同一性のある場合であるから、訴因変更が許されるし、両立しうる訴因を全体として評価した場合に、1個の犯罪ではなく、2個以上の犯罪を構成する場合(併合罪)には、単一性がないことから、訴因変更は許されないことになる。
  その1の場合、住居侵入と窃盗とは牽連犯として一罪で扱われるから科刑上一罪であり単一性がある。その2の場合は、窃盗教唆と盗品等有償譲受とは併合罪として別罪で扱われるのであるから、単一性がない。
  このことは、次のように考えると理解が容易である。
  その1の場合、「甲は、乙の住居に侵入した」という訴因で起訴した後、「乙の住居内でその時計を窃取した」という訴因が追加された場合、両訴因を全体として評価すれば、住居侵入窃盗は牽連犯として一罪であるからこれを認めざるをえず、しかる後に住居侵入の訴因を撤回すれば、窃盗の訴因だけが残ることになる、いわば、その1の場合でA訴因からB訴因への変更は、B訴因の追加とA訴因の撤回とが同時になされたのと同じ場合と考えられるのである。
  他方、その2の場合には、C訴因とD訴因とは併合罪の関係にあり、併合罪の場合には、訴因変更という簡易な手続でC訴因からD訴因への変更ということは許されず、一つ(C訴因)については公訴を取り消し、他方(D訴因)について新たに公訴を提起すべき場合なのである。単一性の場合、「両立しうる」というのは、以上のように別罪として(併合罪であれ、科刑上一罪であれ)、両立する場合に限らず、法条競合として両立する場合もある。
  そして、両立する場合には単一性の問題であり、全体として評価した場合に一罪と評価できれば単一性があるとして、訴因変更が可能であり、二罪以上になる場合には、単一性がないとして訴因変更が許されないのである。
  このように、単一性の問題であることから直ちに単一性が認められるのではないことに注意を要する。すなわち、単一性の問題であるかどうかと、単一性が認められるかどうかとは別に検討すべきものなのである。

 (ロ) 同一性の問題
  その1 A訴因:甲はA日B所で乙から時計を窃取した。
      B訴因:甲はA日B所で丙から盗品である乙の時計を情を知って買い受けた。
  その2 C訴因:甲はA日B所で乙から時計を窃取した。
      D訴因:甲はX日Y所で丙から盗品である乙の時計を情を知って買い受けた。
  ※考え方
   その1の場合も、その2の場合も、同じ時計であれば盗んだか買ったかのどちらかであり、したがって盗みもしたし買いもしたということは不可能である。ここで両立しえない場合とは、このような場合をいい、両立しえない場合には同一性の問題である。そして、その1の場合には、日時場所が同じであることから同一性がある場合であり、その2の場合には、日時場所にかなりの隔たりがある場合には、同一性が否定される。このように、同一性の問題だということは、直ちに同一性があるということではない。すなわち、同一性の問題であるかどうかと、同一性が認められるかどうかとは別に検討すべきものである。そして、公訴事実の同一性について、いろいろの学説があるが、主としてこの狭義の同一性の有無についての基準をどのように求めるかということで争われているのである。従来の学説は、単一性の問題と同一性の問題とを区別することなく同一の基準をもうけようとしたことから混乱が生じている。そこで、単一性の問題と同一性の問題とを明確に区別し、同一性の有無については、以下の6で述べるように基準を考えなければならない。

6 狭義の公訴事実の同一性の有無の基準
 ◇自然的事実同一説
   自然的事実(ないし社会的事実)の同一性で足りる。「何月何日何時頃、某所における被告人の行動」であるという点で同一であれば足り、それがいかなる犯罪であるかを問わない。
  批判:①この説は、検察官はただ素材を提供するにとどまり、裁判所が「それが何らかの犯罪を構成するか」という判断をするものであるという職権主義的な考え方である。
   ②法的観点を無視している点で妥当でない。
 ◇罪名同一説
   罪名ないし構成要件の同一性を必要とする考え方である。例えば詐欺について、1項詐欺と2項詐欺とでは、なお詐欺という罪名を同じくするが、詐欺と窃盗とでは罪名を異にするので、もはや同一性を持ちえないということになろう。
  批判:我が法は、「公訴事実の同一性」の範囲内で訴因の変更ができるとしており、「罪名の同一性」を要件としていないので、このような見解をとっていないことは明らかである。


 ◇訴因共通説
   訴因と訴因とを比較した場合に、その重要な部分が重なりあうことが必要である。重要な部分が重なりあっているというためには、行為又は結果が重なりあえばよい。しかし法益が重なりあっただけでは足りない。
  理由:①訴因は具体的事実たる主張であるから、公訴事実の同一性とは、主張された事実(訴因)と主張された事実(訴因)との比較の問題であり、嫌疑ないし存在する事実そのものの問題ではない。訴因は具体的な事実であるから、その基本的な部分が共通であるためには、その具体的事実が共通であることを必要とする。往々にして、窃盗と詐欺とは同一性があるか、という形で問題が提起されるが、窃盗の構成要件に該当する「当該具体的事実」と、詐欺の構成要件に該当する「当該具体的事実」との比較の問題であることに注意を要する。
   ②公訴事実の同一性には、罪質ないし罪名の制約があるが、それは法的な事実である訴因と訴因とが重なりあうことが必要だということからくる自然の制約にすぎない。訴因は「構成要件に該当する」事実であるから、2つの訴因の基本的部分が共通であるためには、各訴因が該当している構成要件自体に共通性がある場合でなければならない。窃盗と殺人とが、基本的部分において重なりあうようなことは実際上ありえない。この意味で、公訴事実の同一性には構成要件的な制約がある。しかし、この制約は、訴因が構成要件的事実であることから生ずる制約にすぎないのであって、アプリオリに、罪名が同一でなければならないという原則があるわけではない。ここが、罪名同一説と違うところである。
   ③同一性の有無は程度の問題であり、どの程度を「重要な部分」と考えるか、という問題であって、白か黒かといった問題ではない。したがって、訴訟の構造によってもその範囲は異なりうるし、訴因制度の有無によっても影響を受けるものである。事実は無限に多様であり、事実それ自体の中に同一性を決定する絶対的な標準があるわけではないから、訴訟上の合目的性にしたがって決定されなければならない。検察官の立場から見た場合、同一性の範囲を狭くすると、訴因の変更ができず、一度無罪の判決を受けて、再起訴しなければならないという手数がかかる。同一性を広く解すると訴因の変更はできるが、他方既判力が及ぶため、訴因を変更せずに無罪判決を受けたときは、再起訴できない不利益がある。被告人の立場からみるとその利害はおおむね逆である。更に旧刑訴のように訴因変更という手続がない場合には、公訴事実の同一性を狭く解しないと、被告人の防禦に不利益であるが、訴因変更という制度があれば、準備の期間を与えさえすれば、広く解しても被告人の防禦の利益を害することはない。このような考慮の結果、現行法では基本的部分が同一であれば足り、その大部分が同一である必要はないと解しうる。
 ⇒(イ) 行為が重なりあえばいい、という場合
   刑法の錯誤で問題とされる「犬ピストルを撃ったら物(例えば犬)だった」という場合を考えてみる。犬が殺されたので器物毀棄として起訴したところ、被告人は付近にいた人を狙っていたことが分かったとする。法定的符合説、具体的符合説いずれによっても殺人未遂しか成立しないから、殺人未遂に訴因を変える必要がある。もし、罪名ないし罪質の同一性を強く要求するなら、殺人と器物毀棄とは罪名を異にするので訴因の変更は許されないことになる。しかし、この場合、ピストルを発射するという行為は全く同じであるから、訴因の変更を認めても良い。このように「行為が同じ場合」とは主として単一性の場合をいうことになる。
 ⇒(ロ) 結果が重なりあう場合
   判例(最判S35.7.15)の事例であるが、被告人がある建物の失火罪で処罰された後、放火の幇助であることが分かった。この場合、行為は異なっている。特に故意犯と過失犯とは構成要件上も異なるという考え方をとれば、行為は正に違うといわなければならない。しかし、建物の焼損という結果は全く同じなのだから、公訴事実の同一性を認めてもよいと思われる。
 ⇒(ハ) 法益の同一性では足りない、とされる場合
   例えば、窃盗と思って起訴したところ、遺失物横領であったというような場合、被害法益は同一である。しかし、日時・場所が著しく異なっておれば、公訴事実の同一性を認めるわけにはいかない。結果という概念は、日時・場所を備えた概念であり、結果が重なりあうことが必要だというのは、日時・場所もほぼ同じでなければならないということである。そして、日時・場所が著しく異なっている場合は、両立しうる関係にあるから単一性の問題となる。そして、罪数上併合罪と解されるので単一性が認められず、したがって同一性もないという論法になる。