言葉にしないと伝わらないんだなぁ。

~どんなに心から想っていても、その半分も相手には伝わらないんだと分かってきた~

パンクする心。

2007-08-22 00:07:58 | 日記
携帯からこんばんは。
サンサンサンデーレポの途中ではございますが、
色々な感情が私を支配しており、
なかなか手がまわらないでおります。
お待たせしちゃってごめんなさいね。





感情というのは色々ございますね。
『悲しみ』
『怒り』
『辛さ』
『不安』
『心配』
“陰”ばかりを並べましたが。
そのどれもがいっぺんに来てパンクしております。
かえって真っ白と言ってもいいかもしれません。
そのひとつをお話します。




去年の春、知り合ったおじいちゃま。
明治生まれでね。
素晴らしい笑顔のおじいちゃまでね。
涙もろいおじいちゃまでね。
そのおじいちゃまにね。
もう逢えなくなっちゃいました。


義祖父の入院先で、隣のベットにいらっしゃいました。
毎日見舞う家族を当たり前に思うことなく
「今日も来てくれてありがとう」と
嬉し涙を流すおじいちゃまでした。





先週の金曜日。
急に思い立って、私は実家に泊まりに行きました。
一泊で帰る予定でいましたが、なんとなく二泊し、
日曜の午前中に帰ることにしました。
その日曜の朝刊で、おじいちゃまの名前を見つけたのです。
実家の購読紙は地方紙。
我が家は全国紙を取っています。
その全国紙におじいちゃまの名前はありませんでした。

つまり。

突然思い立ち実家に行き、一泊の予定を変更して日曜の地方紙に私が目を通した。
だから、おじいちゃまのことを知ることができたのです。
奇跡と言ったらオーバーかもしれないけれど。

わたしはね。

おじいちゃまが“そうしてくれた”んだと思うのです。
おじいちゃまの御家族の方が私に連絡するのはためらわれる。
隣のベットに居合わせた義祖父を、見舞っていた私に連絡は・・・。
だから、おじいちゃまは「新聞」という媒体を使って
最期の挨拶を私にしてくれたのだと思います。
そして多分、逢えば必ずしていた“我が子との握手”に
ありがとうを言ってくれたのだと思います。





お陰でお別れの式に行くことができました。

ありがとうね、おじいちゃま。

知らせてくれてありがとう。

おじいちゃまの笑顔、忘れません。





ありがとう。

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2 コメント

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どんな‥ (ムク)
2007-08-22 01:30:46
言葉をお掛けすればいいものやら‥。

そんなに沢山の「負」に一気に襲われてしまったなんて。。

ゆっくり時間をかけて一つずつ取り払っていきましょうね。



おじいちゃまの件は、江原さんがよく仰ってるように、偶然連泊したのではなく、おじいちゃまに引き留められた必然だったのかもしれないですね。



別の世界に逝ってしまったおじいちゃまにはこの世界とは逆で言葉は通じませんが想うだけで気持ちが通じるそうです。

みきにょさんがおじいちゃまの為に悲しんでいるならば、それはおじいちゃまにとって悲しいことでもありますよ。

元気出してくれんかのぅ‥ってどこかで悲しい目をして見てると思います。



でも無理してため込んでもダメです。泣きたい時は思いっきり泣いてください。いっぱい泣いたら‥おじいちゃまの笑顔をいっぱい思い出してあげて下さい。思い出すことが最高の供養ですって。

みきにょさんにも笑顔が戻ってきますように。

待ってます。

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ムクさま♪ (みきにょ)
2007-08-22 10:31:44
こんなにコメントの言葉が難しい記事に
気持ちを寄せてくれてありがとうねぇ。

必然だったのだろうね。私もそう思います。
新聞で名前を見つけたとき、
体中に電気が走るような、そんな衝撃を受けました。

喪主の方が、
「夫婦仲がとっても良かったので、
向こうで愛妻に会い、喜んでいると思います」とおっしゃっていました。
ならば「良かったね、おじいちゃま」と
私も喜んでいいのだと感じています。
寂しいけれど、悲しまないように。

とてもいい出会いでした。
「人間」を学ばせてくださり「笑顔のチカラ」を教えてくれました。
実は教育者であったということを最期の日に知りました。
最後の最後まで学ばせてくれる方だったのです。
その笑顔のおじいちゃまのために
私が悲しんでいたら怒られそうです。

笑顔のチカラ、私もみんなに教えられるような
そんな人間になりたいです。

大丈夫です。
ありがとうね。
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