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三神工房

2006年1月11日から約8年、OcnBlogで綴った日記・旅日記・作品発表は、2014年10月gooへ移動しました。

白浜の夏①

2011-07-11 | 旅行記

それはどんよりとした朝だった。官舎の中の道中に立った両親が、
まるで家出をする子供を見るように、心配げに立っていた。私は、
確かに家出をしたかったのかも知れない。いや誰よりも彼女に認
めて欲しくて、無理をしたのかも知れない。

高校2年の夏のことだった。成績も振るわず、野球部も辞めて、
自分に何が出来るのか分からなかった。彼女に彼氏の影ができ、
天秤を掛けれられたのが我慢ならなかった。そんな時である。
中学の同期が自転車で北海道へ向かうと聞いた。一年の時に、
2人でヒッチハイクを試み、途中で挫折した相手だった。

私は対抗意識がなかったといえば嘘になる。なにもかもが嫌に
なっていたのかも知れない。自分の住む場所からいなくなれる、
という変な意識に駆られていた。自分ではどうしようもない瘧が
体の中に巣くっていて、それは自分の心を占拠しつつあった。

私は五段変速の自転車を駆ると、一路西へ向かった。目的は、
鈴鹿峠を越えて奈良へ抜け、そこから紀ノ川沿いに和歌山まで。
その距離約200キロ。そして翌日南へ向かい、紀伊半島を一周。
途中同級生の家で宿泊し、熊野大花火を見て、そして最終目的
地は松阪。そこで彼女の家に寄り、凱旋をする計画だった。

津の平野は穏やかだった。後ろを振り返ると伊勢湾に広がる、
穏やかな空が見えた。どこか両親の様に心配げに私を見送っ
ていた。それが嫌で走っているのだが、気持は複雑だった。

やがて道は狭い旧道を経て山道に変わっていった。今はもう昔、
昭和42年か43年のことである。地図を見て、村の人に聞いて、
とにかく道を登った。そこは背よりも高い芒の原であり、自転車を
降りて押しながら、時より手でかきわけないと先が見えなかった。

と、山の上から「どどどっど-」と、腹に響くような地響き。思わず
サドルの下へ身を伏せるような大音響が近づいてきた。「?」と、
思っている間もなく、目の上の切り通しの中ほどが割れ、芒の林
をものともせず、大型バイクが付き進んできた。もう少し私が先
へ進んでいたら、道路へ飛び出した猫でも引き殺すかの如く、
その太くてごつごつしたタイヤに蹂躙されていたかも知れない。

芒の林の中で怯える私に、皮のマスクで覆面をしたバイクの男
は言った。

「申し訳ない。自転車の道を塞いでしまった。ここを通って先に
行って下さい‥。」

私は面食らった。いくら図体のでかい私でも顔はまだ高校生。
に対して彼の方は明らかに年長であろう。しかしその言葉遣い
や態度は、ずいぶん謙ったものだった。遠距離を走る若者の間
でバイクよりも自転車、自転車よりもヒッチハイクが尊敬され、
常に相対すれば道を譲るという不文律があると知るのは、ずい
ぶん後のことである。

私は嬉しかった。自分が一人前に扱われたのである。もう後ろを
振り向かなかった。どんな坂でも音を上げず、まっしぐらに突き進
んだ。その日和歌山に着くのは、深夜の12時。喉の渇きに耐えら
れず、コーラの自販機を見るたび買って飲んだ。そしてショートパ
ンツの股は擦れ、どうしようもなく股間が熱かった。真っ暗な天守
閣を見上げ、ベンチへ横になったら、空がとてつもなく大きく、輝く
ような星でいっぱいだった。

こうして私の紀伊半島一周自転車旅行の初日が過ぎていった。
もう35年も前の、夏の思い出である。

以下次号。

三神工房


CAMBODIA 工房旅日記 ③

2011-06-14 | 旅行記

SHVで何をやっているかというと、ものを売っている。
ものを造りにきたのだが、まあ物事には順番という
か、色々あって日本製の雑貨や、いわゆる外車を売
って日銭稼ぎをしている。だが2年、未だ芽吹かず。

まあそれでも明るいスタッフに恵まれ、きっと成功す
る!いやさせねばならないと思っている。

だが何故カンボジアだったのか、事の顛末は言えて
も、じゃあ何故?と聞かれると、分からないとしか言
えない。ただ、その結果「哀愁のアンコールワット」が
出来た事は間違いない。きっとそうなっていたのだろ
う、と思う。

今、仁川空港のラウンジでこれを書いている。
06:14着、約5時間のフライトを経てプノンペンから辿
り着いた。どうも着陸に時間が掛かると思ったが、降
りてみれば一面霧。よく降りられた!と感心する。

カンボジアでのトピックスは、11日のプノンペンであろ
う。MARINE HOUSEなる名称で1号店を開いて2年。
12日が記念日である。よって前日、イブと称して店で
パーティを開いた。来賓9名、あとスタッフとその家族
を含めて30名程集まり、バーベキューをやった。

だがこの日は、私の誕生日でもある。スタッフが気を
利かせでケーキや爆竹!?で祝ってくれた。

2年前、翌朝がオープン式典と決まってながら深夜
12時を過ぎても内装が終わらず、店内はまるで物置
だった。私は一度ホテルへ戻り、出直すことにした。

部屋へ戻るとホテルがケーキを用意していた。とても
一人で食べきれない。シャワーもそこそこ車を呼んで
店へ戻った。

着いてみれば店は真っ暗。もしや諦めた!?と思い
きや、近づけば皆待ちうけていて、Happy Birthday!
皆連呼の渦。花火も出て、皆空に突き上げながら、
家族の様に祝ってくれた。あれから2年、また感動を
得た。やはり来るべくして来た、のかも知れない。

これでカンボジアを終える。皆が祝ってくれる様子を
撮った写真もあるが、まあその掲載はやめておこう。
諸手を上げて祝ってもらうような歳では…と、多少の
衒いがある。だが忘れえない誕生日には違いない。

三神工房

 

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CAMBODIA 工房旅日記 ②

2011-06-14 | 旅行記

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6月9日から2泊、SHVのSOHKA HOTELへ泊まった。
プライベートビーチのあるリゾートホテルである。

PP から車で4時間以上も掛かる、非常にアクセスの
悪いところだけに日本人観光客は少ない。しかも雨
季であるだけに空いていると思いきや、プールも海
岸にもけっこうな数の人が戯れ、しかも日本人の観
光客もいた。これは驚きと共に少し寂しい。何か自
分の隠れ家が暴かれたような、そんな贅沢を感じさ
せるHOTEL、それがSOHKERである。

街は雨季だけに一旦雨が降り出すと様変わりする。
それは尋常ではない。降り始めると怒涛の如く降る。
2日目の夜など、2周年の食事会でスタッフを連れて
海岸沿いのSea Food Restaurantで蟹+海老を
堪能していたのだが、8時を過ぎることからまるで
台風の様相となり、仕方なくカラオケに場所を代え、
再び宴会!

若者に混じって楽しんだものの、歳を考え早々に
撤退。しかしSHVの醍醐味はやはり海。特にホテ
ルのプライベートビーチは抜群。アンコールビール
を片手に目と耳で楽しむ海は、なんびとも癒してく
れる。はからずも負った傷は消えることはないが、
自然の力は絶大であり、傷を癒し乗り越える力を
与えてくれる。だから特に海は好きだ。

さあ若者と海と、そして海の幸に癒され、頑張ろう
!と決まって変身するのである。それが例え一過
性のことであっても、恐らく人生はそれの繰り返し
でしかない。

捨てる神あれば拾う神あり。
人生とは、捨てたものではないはずである。

三神工房

   


CAMBODIA 工房旅日記 ①

2011-06-12 | 旅行記

6月9日(木)午前10時、プノンペン(PP)市内の事務所
からシアヌークビル(SHV)へ向かう。車はトヨタのラン
クル。ただかなり古い。借り物である以上、文句は言
えない。以前使っていた車は、日本で右から左へ
ハンドルを換装しカンボジアへ輸入して使っていたが
売れた。よって贅沢は言えない。

PPからSHVへは国道4号線を南西へ走る。距離にし
て250㌔位にて日本であれば通常3時間程か。しかし
PP市内を抜けるだけで優に1時間を費やす。そして
あとは1車線の国道を抜きつ抜かれずで疾走。故に
都合約4時間は掛かる。

途中ちょうど真ん中程の所に古い言い伝えで残る、
お婆さんの祠がある。日本で言えばお地蔵様、ある
いは古い観音様を祀るお寺と言えるか。小さな祠に
お婆さんの像が鎮座まします。公共トイレも備えられ、
ほとんどのドライバが車を留めて,お参りする。我々
もこれまでも必ず寄ってきた。

下の写真が、祠の後ろに広がるジャングル。虎でも
住みそうな、鬱蒼としたジャングルの谷が延々と続
いている。本当に虎がいるのか、あるいはいたのか
!?定かではない。ただうちの現地支配人トラ氏曰く、
いる!という。まあ眉に唾をつけて聞いておこう。

カンボジアは仏教の国である。小乗と大乗の違いが
あるというが、もともと小乗と大乗の違いも派閥争い
の結果の様なものであろう。自民党と民主党の違い
くらい!?ブッダが生きておられたら、きっと天罰を
お与えになるのではないか。

しかしPPからSHVへの街道、古の道を日本人が
歩いたのであろうか?たしか1675年、長崎奉行が
カンボジアとの密貿易で首を刎ねられているから、
古から交流があったのことに間違いはない。まあ
時代からして船で行き来していた頃。よってまずは
SHVへ着いて、中に好奇心の塊のような男がいて、
山へ分け入り、PPへ向かったのか知れない。

それが証拠に、アンコールワットの回廊の柱に、
紀州藩の侍が落書きをしているのも、同時代のこと
である。母の病気回復を祈った落書きになっている。
だが実は港で見かけた女に惚れて内陸へ追った!
のであれば、大いにロマンがあるのだが。

長崎に住みたいと思う。日がな一日図書館へ篭り、
当時の文献を漁ってみたい。日本で唯一海外へ
開いた港、長崎からいかにアジアへ男達は出て
いったのか。出来れば気心の知れた人と、茶店で
話しをしながら400年の時空を超える、そんな時を
過ごせたら、この上もない。まあ、叶わぬ恋か。

PPからSHVへ、クーラーの効きが悪い車内で、
そんなことを思いつつ4時間揺られた。
カンボジア国道4号線、そんな想いを起こさせる、
長い長い道程なのである。

三神工房

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CAMBODIA 工房旅日記 プロローグ

2011-06-08 | 旅行記

今、ソウル仁川空港です。18:35、プノンペンへ
飛びます。現地着21:55。二時間の時差がある
ので、12時ですね。

暑そうです。
でも「哀愁のアンコールワット」のCDx60枚、持参。
もっと!と思ったのですが、それでもBAGの重量
は25㌔弱。

今回は貯まったマイレージを使ってBusiness Class!
行きはともかく、帰りはミッドナイト便にて、齢が弱い!

日本で色々ありましたが、前を向くしかない。
がんばります。

行ってきます。
カンボジア、工房旅日記、乞うご期待!

三神工房