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三神工房

2006年1月11日から約8年、OcnBlogで綴った日記・旅日記・作品発表は、2014年10月gooへ移動しました。

9月中国旅情

2015-09-20 | 旅行記
9月15日(火)午後12時35分に関空を飛び立ち、一路山東省の西に位置する
済南へ向かった。市内に黄河が流れ、南にある泰山が有名である。昔から
「泰山(大山)鳴動して鼠一匹」という言葉があるが、この泰山とは違い、
またそこ言葉自体も中国の諺ではない、というのが正解らしい。
 
済南到着したものの、入管の前はいっぱい。台湾・韓国等からの到着便と
重なった模様で、通りぬけに三十分程掛かった。ロビーへ出ると、そこに
懐かしい笑顔が。取引先の社長が出迎えに来てくれた。「ニンハオ」とい
うのが精一杯の私ながら、そこらか車で二時間、彼の車で東へ走った。
 
関空から昼に飛び立つ済南直行便を選んだお陰で、当日の朝はゆっくり
出来たものの、目的地の莱蕪市内のホテルに入ったのは、午後6時半過ぎ。
時差があるので午後7時半。やはり疲れを感じる。それでも夕食の円卓を
囲み、久方ぶりの再会に「乾杯」を連呼する頃には、再び生気が漲る!
 
今回、円卓に置かれたのは、わざわざこの席のために青島で買い求めて
くれた新種のビールであった。
  

 
漢字表記で「老船員」という。ラベルのイラストが正にそのものの。
ただどこか西洋風の老船員を使うのは、やはり青島風というべきか。
 
続いて出された料理で、円宅は立ちどころに満杯となり、やがて酒は
ビールから白酒となっていくのである。そして最後はまたビールとなり、
その飲み方自体も、どこかドイツ風!?いや酒飲み大国である。
 

 
初日は、缶ビール1本(750ml/度数4.5)+白酒(度数50度以上)1杯で終了。
楽しい語らいで無事初日完了。熟睡と相成った次第。

以下次号。

三神工房

釜山・博多・長崎

2015-08-30 | 旅行記
今週もまったく忙しい一週間となった。
 
26日(水)、午前11時のフライトで関空から釜山へ。12時半には到着したが、
ちょうど中国からの便と鉢合わせし、イミグレで長蛇の列に遭遇。今月は
どうもイミグレが鬼門の様。それでも午後1時には無事解放された。問題は
在中韓国人旅客が外国人ゲートに並んだことの様。東アジアの難しさである。

空港から黒塗りのGold Taxiで、アポを取った工場まで約30分。GOLDは、
通常のTAXIより割高だが領収書がもらえ、安心と確実の確保、急ぎの時
に良く利用する。昔と違い、もう日本語を流暢に話す運転手はいない。
概ね皆さん温厚。ただ日本人の減少か、いつも人待ちが長そうではある。

午後3時打合せを終え、工場に呼んでらったTAXIで釜山空港へトンボ帰り。
行きも帰りも、台風15号の影響はなし。ただし午後6時発の福岡行きの
フライトは少し遅延。それでも夕闇の中、まだ西日の明るさが残る福岡
空港へ着陸。いつもながら市街地に接した空港への着陸は冷や汗である。
 
初めての釜山日帰りで、それなりに疲れを感じながらTAXIで博多市内の
ホテルに入るとすでに午後8時近く。「さて!」と鞄を置いて(旅で辛い!
のは、なにあろう鞄の重さ)ホテルに着いた際、目ざとく見つけておいた
居酒屋へ一目さん。なにはともあれ、せめて写真だけでもご堪能あれ!
   
まずは地酒!と思ったものの、まずは龍馬の郷の「船中八策」を一献。
 

 
あては味噌と野菜。これで一杯。
次の一杯は「ヤリイカ」。
 

 
そして最後の一杯は「関アジ」で、もうたまりません!
 

 
最後は「卵かけごはん」で締め!
博多の夜は・・・素晴らしか!

翌朝、「福山」で満杯の長崎へ向かった次第。
以下、次号・・・!?
 
三神工房






MANILA旅情

2015-08-23 | 旅行記

8月17日(月)朝一で長崎へ飛び、翌日JRで帰神。(夏季休暇で復航満杯)
8月19日(水)朝6時に家を車で発進、09:55発のF航空でマニラへ!

現地時間午後1時半過ぎに無事に着陸。なにごともなく入国審査へ。
飛行機は満杯だったものの、そのままCEBUへトランジットした人も多く、
日本人の数はまばら。すっと空いたカウンターへ着いておもむろに
パスポートを出したところまでは良かった。

どうも入国管理官の顔つきが良くないと思ったのも後の祭り。私の
パスポートを見て!!!。内心(またか)と思ったものの、なにも返事
をしないまま、相手の目を見ていた。しかしどうも埒が明かない。
(もうこれで五回目のマニラなのに、なぜ?)と言うと、その言い方が
不味かったのか(これまでの管理官がなにも言わなかったか?)と。

どうもボタンの掛け違いではなく相手が悪かった。実はマニラへ来た
初回から少しトラブルはあった。私の名前と同姓同名の男が入国管理
局のブラックリストに載っているのである。最初に見た管理官は、私
のパスポートを持って後ろにいる責任者に聞きに行った。(なんや?)
と思ったが、隣の男との話に夢中だったのか、手持無沙汰な左手で、
チャラチャラ!と聞こえた訳ではないが、結果無罪放免となった。

他の場合も、見る度に管理官の手が止まる。若い女性の管理官の場合、
(ブラックリストに載っているんやろ!前も言われた)と言ったら、
ウインクして通してくれた。しかし今度ばかりはそうか行かなかった。
(やっぱり並んでも若い子にすれば良かった!)と思ったのも後の祭り。
結局、難しいそうな中年のおっさんは、鬼の首を取った!とばかりに、
私のパスポートに読みにくい字のコメントを書きこんでいたのである。

Certificate of Not Same Personを次回までに取れ!
さもなくばお前は、強制送還!二度とマニラへは入れない。

以上の処分が決定され、私は放免された。私は自分の鞄を取りに人で
溢れるターンテーブル方へ歩きながら、思わず自分に問うたのである。
【本当にお前はなにもしていないのか!?】と。

以下次号。






中国蘇州の旅  「心如水中月」

2013-12-10 | 旅行記

中国の人の、なんと大らかで我慢強いことか。空は低く垂れこめ、
水墨画の世界とは程遠い、白濁の空気の中で、人は語り、笑い、
そして食している。それはまるで数千年前からそうであったかの
如く、はたまた未来永劫変わらぬかの如く、時が流れている。

文化の違いは言わずと知れたもの。それは南半球の人々が顔
を洗うとき手を動かさず顔を動かしたり、熱が出た子供を氷水の
お風呂へ入れたりすることと同じ程度のことなのだが、やはり顔
がどこか似ているだけに、互いに憤懣やり方なくなったりする。

しかし、かつて呉と呼ばれた蘇州の街は、運河に浮かぶ舟一艘
を見ても、どこか優雅であり、ただ富貴と貧困がないまぜの中、
それでも栄枯盛衰を繰り返す天井人の縁はいざ知らず、市井の
人に憂いはなく、大湖の水と幸を糧に数千年の時を育んできた。

贅沢を極めた王者が、富貴に任せて造ったという拙政園の巨大
な庭園の中ほどに立てば、景色の切れ目に遠く聳え立つ虎丘の
塔を借景に、さぞかし酒池肉林を繰り広げたであろうと推測する
ものの、その成れの果てを想えば諸行無常と思わざるを得ない。

(つづく)