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絵日記

「世の中の役に立つ」ものではなくただ「絵でしかない」ものを描いてみたいな、と。

左手

2025-02-26 08:53:52 | 刃物

木彫で、小物を仕上げるとき、左手で制作物を包み込むように持ち、右手で小刀を使う。

ときに左手親指で刃の背を押したり、右手親指に添えたりもする。

これは、あくまで右利きの場合。左利きの人はその反対になる。

で、右手は何をしているか、と言うと、柄を握りほぼ同じ角度同じリズムで小刀を動かしている。

左手は、彫り進む度合いにあわせて、くるくると制作物を回していく。

刃が制作物に当たる角度を調整し、適切な当たり方を探りながら形を作っていくのは、実は左手だ。

右手より多くの複雑な仕事をしている。

 

つぎに、木彫鑿について、考えてみる。

荒彫りや小造りでよく行われる、刃裏を上にして掘り進む場合。

図の茶色の部分が材だとして、実線で囲った楔型が鑿の断面、一番上の鑿の柄頭を叩いているのが玄翁。

木彫玄翁でも、こんなに柄を短くすることはないだろうけど、これは描画の都合です。

で、玄翁によってPの力で加えられたとすると、刃先には同じくPの力が加わる。(厳密にはわずかに減衰する)

これをベクトルで考えると、水平方向への力x1と垂直方向の力y1に分解できる。

この力は材にぶつかってP`の方向に刃先を跳ね上げようとする。

P'はx'1とy'1に分解できる。

刃先が跳ね上がっていては仕事にならない。なので、使用者によってy'1と反対の力が常に加えられ、y'1とy1は相殺される。

すると、水平方向x1の力だけが残る。

そして材の応力(抵抗)zがx1と逆方向に働く。

最終的に刃先に働く力はx1-zになる。

ただし、実作業では、刃元Nを支点とする回転の力=モーメントが加えられることが多いだろう。

いわゆるテコである。

これは、

鑿のほぼ全長÷刃の出の長さ

という「起こす」力となる。

このモーメントを考慮すると、さらにもう一段ベクトル分解しなければならないが、煩雑になるだけなので、ここではやりません(笑)

 

以上、分解して考えると、なんだかややこしくなるが、注目して頂きたいたいのは、柄を握る左手が、それら複雑な力の関係をコントロールしている、という一事。

勿論、身体全体の動きで補助されるのは確かだが、鑿を微妙に操っているのは右手ではなく左手なのだ。

木彫を造形するのは、左手である。

 

 

 

 

 

 

 


大人の大研究 番外編

2025-02-24 11:47:28 | 刃物

木彫刃物は変わった形のものが多い。

平の曲がり。こんな変形刃物でも、首を一度に曲げるのではなく、逆方向にタメを作り、曲がりの勾配を抑えて、極力、刃が柄の延長上に収まる工夫をしている。

これは鑿ではなく、別の鍛冶屋さんの丸曲がりの小道具だが、タメを作らずいきなり曲がっている。

仕方なく首をかなり斜めに挿したけど、力が逃げて使いづらく、あまり出番はなかった。

これは研綱の深曲がり。

人形頭の内繰りに使うが、桂(下げ輪)が付いている。これ、どう叩いても刃先に力が伝わるとは思えず、叩いてみたことはない。で、桂も下げていないのでときどき、ころんころんと、はずれます。

2分の鏝鑿。穂はもっと長かったが切ってしまった。首も適当に鑢で直している。

鏝鑿でも、首の角度を抑え裏刃がもっと上を向いて、柄の中心付近に向かうように作られたものがあるが、たぶんその方が力は伝わりやすいだろうな。


大人の大研究 その2

2025-02-24 08:09:50 | 刃物

他の木彫鑿、大工鑿も調べてみたが、穂の角度としては、ほぼ似たようなものだった。

木彫平鑿は裏刃がほぼ柄(束)の中心線と一致し、大工鑿(追入鑿)では首裏側の輪郭線と裏刃の角度が、ほぼ重なる。

では、なぜ「木彫鑿はうつ向く」とされていたのか。

一つは「甲のアウトラインが穂先に向かって急に薄くなっている」からかもしれない。木彫鑿は取り回しや軽快さが優先される。穂先の厚みは薄い方が良い。一方、大工鑿では造作用の追入鑿と言えど、木目に直角に掘り進むことが多いので、穂先まで身の厚みが必要になる。

すると穂を側面から見た甲のラインは、木彫鑿ではうつ向いて見え、追入鑿では上反り気味に見える。

もう一つは、首の付け根から刃先までのライン。

つまり裏刃側のシルエットだが、追入鑿では裏刃の延長線が極力首に当たらぬような穂先の角度にしている。

追入鑿で首が埋まるほどの深い枘を彫る人は少ないと思うが、確かに首が当たらぬ角度の方が、気を遣わずに使用できるだろう。裏刃の研ぎにも邪魔にならない。

こうすると、当然、裏刃は上反り気味になり、研ぎ減って穂が短くなれば、柄の中心線からは離れていく。そのあたりの矛盾を、各々の鍛冶屋さんがいろいろと塩梅した結果が、完成した鑿のシルエットになるのだろう。

小信の木彫鑿は研ぎ減らしても裏刃の位置は動かない。その代わり、裏刃と首は干渉する。当然、鍛冶屋さんがそれに気づかないはずはなく、それよりも裏刃の角度を優先することを選んだのだろう。

 


木彫鑿と大工鑿の穂の角度について

2025-02-23 13:36:28 | 刃物

木彫鑿の穂は、大工鑿に比べてやや「うつ向く」あるいは「こごむ」と言われています。

木彫平鑿は刃裏を上にして叩く使い方が一般的で、木彫看板やレリーフの地透きには、確かにややスクイの方が使い良いかもしれない。

木彫鑿は24°から27°位に研ぐことが多いと思われますが、これは大工鑿一般の30°に比べてかなり浅い角度です。

て゛、その浅い角度に研いだ切れ刃を材に密着させて叩いたとすると、柄(束)の角度はかなり寝た状態になりますね。

それを防ぐ為には穂をややスクイ角にした方が有利ということになる。

一方、小品や、反対に巨大な立体像を彫るには、このことは、あまり関係ないかもしれない。

で、実際にはどうなのでしょう。

写真を撮って調べてみました。少ないサンプルですが、どちらも代表的な鍛冶屋さん。

まずは、大工鑿と言っても追入ですが、清忠。

甲のラインだけ見るとかなり上反りに見えます。

刃先と柄の中心線はほとんど一致。

刃先から口金まではほぼ一直線です。そして裏刃の角度はこの線とほぼ一致。

次に小信。斎藤さんではなく3代目の滝口さん。

やはり、刃先と柄の中心線はほぼ一致しますが、ほんの少し裏刃側に寄っていますね。

そしてこの線と裏刃の角度は一致しています。

刃先と口金を結ぶと、わずかに隙間ができて、「こごんでいる」と言えなくもありません。

甲のラインも反りは感じられず、直線に近い。

比べてみると、ほんのわずかな違いですが、確かに差はあるようです。木彫鑿は首が短いので角度の差が出やすいのかも。

実用的には、使い込んで穂が短くなったときに裏を研ぐ場合、首に砥石が当たると研ぎ辛いかな。

木彫やる人はたいてい沢山の鑿を持っているから、一本をそこまで使い切る人は少ないかもしれないけど。

 

以上、連休の「大人の研究」でした。続きがあるかどうかは、今の処不明です。

 

 

 


彫刻鑿鍛冶の廃業

2022-06-22 09:22:02 | 刃物

「小信」(このぶ)という彫刻鑿・彫刻刀鍛冶の存在を初めて知ったのは、小畠さんという若い木彫家の著作からでした。

それまでは上野の「光雲」「宗意」という刃物店で、彫刻刀・鑿を購入していました。八分(24mm)巾で一万円ほどもする彫刻鑿は、当時の私には大変高価なものでした。

その「光雲」「宗意」よりも名高い鍛冶師が存在していたことに驚き、ぜひ「小信」の彫刻鑿を手に入れたいと思うようになりました。

ふつう刃物の銘というものは堅苦しく「義正」「清綱」などと言うのがふつうですが、「小信」という、なんだか女性名のような柔らかい鍛冶名も魅力的に思えました。また、「光雲」「宗意」のような店名ではなく、鍛冶師個人の銘であることも新鮮でした。

(後に知ったところによると初代は義宗で「信」の一文字を銘にしたそう。その後「信吉」が次ぎ、先々代で「小信」になったのだとか)

しかし、現在のようにwebを介して何でも調べられる時代ではありませんでした。しばらくの間、「小信」の入手方法が分からず、「小信」は私の中で手の届かない幻の道具でした。

1978年、渋谷宇田川町に「東急ハンズ」がオープンしました。

新聞に折り込まれたオールカラー見開き広告に、見たこともない道具がたくさん紹介されて、その中に「彫刻刀・鑿、小信」が写真入りで載っていました。

オープン当日、ごった返す人混みの中、階段を駆け上がり4F木彫売り場で、初めて「小信」の刃物と対面しました。

このときは八分の丸鑿一本だけ買いました。飾り気は無いが美しい刃物でした。

以来数十年かけて、多くの鑿や彫刻刀を「小信」で揃えました。数えたことはありませんが、木彫鑿で30本くらいはあると思います。誂えで造ってもらった品物もあります。

「小信」の仕事場である田無の工房にも、何度かお邪魔して、直接ご本人と話しをしたこともありました。その滝口さんは身体を壊して引退され、弟子の斎藤さんが仕事と仕事場を引き継いで「左小信」銘で鑿や刀を鍛っていたのですが、2021年10月で廃業された、とのこと。それを、つい最近、偶然知りました。

いま、ヤフオクなどのオークションサイトでは、「小信」の刃物が大量に出品されています。きっと、廃業された木彫職人や宮大工さんの持ち物だったのでしょう。

貴重な品々ですが、使い手が居なければ仕方ありません。

一方、現在、仏像彫刻・鎌倉彫・日光彫などを生業にしている職人の間では、やはり「小信」が一番で、「手に入れたくても入らない」と困っている方も。

使い手を失った刃物たちが、それを必要とする職人の手に渡っていけば良いようなものですが、なかなかそう、うまくは行きません。一口に「木彫職人」と言っても、使う道具は様々で、Aという職人が使っていた道具がBという職人には合わない場合も多いのです。

逆に言えば、それだけ木彫刃物の種類は多様である、と言うことなのです。

彫刻刀は「清綱」「義延」など、まだまだ達者な鍛冶屋さんが居ますが、あの優美で使い良い彫刻鑿はやはり「小信」。鑿に関しては他の追随を許しません。 

さて、下の写真は「直行」と読めますが、(道行とも読めますが、さすがにそんな銘は無いと思います)家の近くのごみ置き場に他の道具と一緒に捨てられていた鑿。妻が見つけてきました。

研ぎ減らされ、黒檀の柄も短くなっていました。錆びついていましたが、ここまできれいに研ぎ減らし、桂を下げているのですから、大した腕前です。職人の使っていたものでしょう。三ツ割という珍しい造りで、木彫鑿のように耳が薄く整形されています。直角以下の鋭角の隅を仕上げる為の鑿でしょうか。刃巾一寸ほど。

もとは直刃でしたが木彫用に研ぎ 直してみました。まだまだ完全には研ぎあげていませんが、なかなか良い切れ味です。