<高台学会>

高台の鑑賞と研究 

事例 百八十

2013-11-13 06:39:18 | Weblog
全体が青みを帯びた呉器茶碗です。
高台内は呉器の約束通り丸匙で掬ったように削られています。
高台の様子は大徳寺などと比して粗粗(あらあら)しく、いわゆる番匠呉器に分類される手であります。

只今根津で開催中の井戸茶碗展図録中に高麗茶碗制作の背景として、従来窯と借用窯と云う考え方が発表されております(井戸茶碗ーその研究の未来 谷 晃氏 野村美術館館長)。
16世紀後半、朝鮮半島南部の稼働中の陶磁器窯で制作されたものを従来窯の作品(それ以前の作品も含め朝鮮国内需要の茶碗を日本人が選択し日本に持ち込んだもの)とし、
16~17世紀前半にかけ日本人が関与し朝鮮半島南部の稼働中の連房式窯の一部、あるいは全部を借用し日本向けの茶碗を制作したということで、借用窯の作品とした論考です。

御本以前の高麗茶碗の最後に位置づけられている呉器はその形状、朝鮮には一碗も残存していない事等から借用窯の作品と位置づけられるものと考えてよいのでしょうか。
そうすると井戸も同様に考えられますが、窯の発掘調査等が進展しなければまだまだ謎の部分が多いのであります。
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