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素晴らしき20代

文学部出身の社会人が書くエッセイ評論ブログ。

崖の上のポニョ

2008年08月20日 23時40分13秒 | 映画
 久々の新作映画レビューだ。ジブリのアニメはほとんど見ていて、今回もかなり楽しみしていたのだが、前評判が良くなかった。ネットでもダメ出しが多いし、知人が見た感想も「微妙」とかノーコメントなのだ。ストーリーに山場が無くあっけなく終わる感じ、と聞いていたのだが、自分はハリウッド大作のような単純明快なエンターテインメントにそれほどこだわりが無いつもりだったので、「別に山場が無くても良い映画はあるけどなあ」と思っていた。それゆえ、微妙との評価が多い「ポニョ」が果たしていかほどの物か気になっていて、仕事に集中できない日々も続いた。
 夕方5:00から上映の回に行ったのだが、子供より大学生などの大人が多い。やはりジブリブランドは健在で、大人でも安心して見れるということか。全体的に客席が空いていた。口コミが悪い影響を与えているのだろうか?

 冒頭の海中シーンは美しくて非常に完成度が高い。キャラの動きもコミカルでわかりやすくて良い。さすが宮崎駿が子供たちのために作ったというだけある。ただし、海中シーンを後でよく思い出して見ると、動きがディズニーっぽくてどこかで見たような気もする。
 主人公宗介の住む町は水彩画風に描かれていて味わい深い。そこにジブリ伝統のリアルな動きのキャラアニメーションが重なる。この組み合わせこそ日本的な、ジャパニメーションにしか出せない雰囲気だ。
 所ジョージが声優をする悪い魔法使い=ポニョの父親が、声とキャラがマッチしていて意外にいい。キャラデザも凝っているし、潜水艇みたいな乗り物も宮崎駿のファンタジー世界がよく表れている。
 ストーリーは説明不足で観客の解釈に任される部分が多い。ただ、これはどんな映画にもあるので僕は全然かまわないと思う。ポニョもかわいくて好感が持てるストーリーなのだが、途中で人間化してからのテンポが良くない。僕の理解不足なのかもしれないが、妙にダラダラしていて、強調すべきでないシーンが幾つかある。この「幾つかのシーン」は見た後もどうしても許せなくて数日間悩んだ。テンポの悪さは何回か繰り返し見れば慣れるのかとも思ったが、「あのシーンだけは要らないよなあ・・・」と思い、再び観る気が萎えるのである。

 宗介とポニョの「純粋な両思い」も単純すぎて、露骨であざとく感じた。この純粋さがこの映画の良い所と言う人もいるが。「海と船の魅力」がちょこちょこ演出されているが、子供が食いつく楽しさではなく、軍事オタクの監督が描いているからだろうか、なんとなく置き去り感があった。
 終わり方が唐突なのはそれほど気にならず、こうゆうのもアリかなと思う。ただし、全体を通して退屈させない映画かと言えば違う。ひいき目にみてもケチがつく。「ラピュタ」や「トトロ」のすっきり観終われるのがとても懐かしくなった。というか「千と千尋」がどれほど面白かったか、「ポニョ」と比較してわかった。
 山場が無いのではなく、内容がうまく煮詰まっていない。子供向けであるならば「トイストーリー」や「ニモ」に負けたと僕は思い、悲しくなった。やっぱりアメリカ人は観客を楽しませるのが上手い。 
 宮崎駿の一頭体制でやっているから、内容の推敲ができていないのだろう。ピクサーのアメリカ人はたぶん民主的に、大勢で色んなアイデアを出しながら内容を工夫しているのだろう。天才が勢いで引っ張っている間は独裁でも強いが、組織内部で自浄作用が無くなると組織は立ち行かない。結局、ジャパニメーションの強みって一体何なのか、考えさせられた。
 ポニョは素材が良いのに活かしきれていない。この設定ならばもっと面白くなる可能性があった。素人の勝手な意見だが、全編ミュージカルにしてはどうかと思った。ますますディズニーの真似になってしまうのだが。結局、僕自身もわかりやすい娯楽的ストーリーじゃないから満足できていないのだろうか?というか子供のためならば、「パンダコパンダ」みたいなのでいいと思う。
 インターネットで調べていたら、宮崎駿が語ったという「ポニョ」に隠された意味や製作の意図などを知ることができた。かなり深く考えてあって、さすが巨匠と関心したのだが、「ポニョ」のDVDを買うかどうかは微妙だ。今後、海外で発表されてどう評価されるかが気になる。僕の評価では100点満点で60点だ。
 過去の名作で現実逃避をしたい。犬の「名探偵ホームズ」のDVDボックスでも買おうかと思っている。 

近況・シンプソンズムービーとか

2008年04月25日 23時37分19秒 | 映画
全然更新してなくて平謝りです、ほんと。
3~4月は繁忙期で土曜は仕事でヒイヒイ言っておりました。

いまさらですが、年末年始の休日にやったこと、見た映画を紹介しましょう。


1月3日 晴れ

 ノリで買ったボア耳あてハンティング帽で外出した。冬っぽくていいかもと買ったが、街ではっきり言って浮く。なんとか全身の服装をまとめて外出したが、やっぱ恥ずかしい。それで服屋のセールとか行ってしまった。
 Bshopって店で、この冬になって急に欲しくなったバブアーのインターナショナルジャケットが約7万から4万に下がってるのを発見!

 これはチャンスと色めきたったが、試着してみると小さいサイズでも袖あたりが太くてダサい。おっさん向けのシルエット。イギリスの高級ブランドなので憧れていたが自分の中の幻想は消えた。無駄遣いしなくて良かった。

 街をブラついてたらJAZZ喫茶の看板があった。これまでジャズ喫茶なんて行ったことがないので、少し勇気を出して入った。地下に降りる階段に、大音量でブラスが聞こえる。うわあ、アンダーグラウンドなムード!
 ドアを開けると気さくなマスターが迎えてくれた。低くて座りやすい皮張りの椅子が並ぶ。ものすごい音量のジャズが流れる。スピーカーの正面の席でずっと聞いていると、だんだんボーっとしてくる。うたた寝してるのか聞いてるのかわからない先客(おじさん)がいたが、自分も20分も聞いていると同じように、寝てるのか聞いてるのかわからない状態になった。ひたすら一人で音楽に浸りたい時、また来ようと思う。次の用事の時間が来たので出た。

 今日のメインイベントはシンプソンズ ザ・ムービーの鑑賞だ。話題作りのため、吹き替えに既存の声優を使わずタレントを起用したため、ネットで無茶苦茶に叩かれている。しかしながら大画面で見たかったので行くことに決めた。
 夜の上映を見に行ったのだが、客がいねえ。まさか貸しきり状態か?と思ったら高校生か大学生ぐらいのカップルが一組いた。
 結局、自分を合わせてわずか3名で上映開始。そういえば受付で「シンプソンズ一枚」って言った時、受付のお姉ちゃんが半笑いだったような・・・馬鹿にしてるのか、それとも客が来ない映画に客が来てくれた嬉しさの笑いだったのか?もう一組のカップルなんてどう考えても普段シンプソンズ見てないし。お互い「こいつさえいなければ貸切だったのに」って感じできまずい。
 映画の内容はかなり良かった。ストーリーはテレビ版から程よくスケールアップしており、細かいギャグもいつもどおり、笑いあり家族愛ありで文句なしだ。ただ、所ジョージのホーマーはアルフを連想してしまうので駄目だ。マージの和田アキ子もおばさん声過ぎて×。甲高い声のマージが聞きたいのに。バート役のロンブー田村淳、がんばって子供風にしてるのはわかるが・・・。リサがベッキーだったのは最後にスタッフロールで知った。可もなく不可も無く・・・。ハリセンボンとかどこに出てたんだ??
 画質は日本のアニメみたいにハイクオリティ。CGも効果的に活用されていて映画のスペシャル感が出てる。グリーンデイの演奏も○、カーペンターズの挿入歌も○、総合的に見ればシンプソンズ ザ・ムービーは吹き替えの配役ミス(というかテレビ版の声優使え!!)以外は100点をあげて良い。
 全ッ然客が入ってなかったので、興行的には大失敗だろう。糞吹き替えをFOXジャパンに反省させるためにはいい事だ。しかし、これで日本からシンプソンズ関係が全面撤退されてはかなわない。自分は英語がわからないので、せめて日本語字幕を付ける部署だけは日本に存在していて欲しい。そのため、暇な人は映画館に足を運んでもらいたいし、DVDはオリジナル吹き替えらしいので(未確認ですが。すみません)できればファンの人には購入して欲しい。



とまあ、そんな休日を過ごした正月でした。それから繁忙期に入って、このGWが久々の大型連休。なんにも予定が無い。家でDVDでも見るか、映画や展覧会に行くか。なんか「紀元前10000年」とかいう映画がおもしろそうだ。そういえば去年の初夏は「300」見て興奮してたな。なぜか歴史物みたいな映画が好きだ。

 最近あった自分的に大きな出来事は「チベット騒乱」である。この事件は間違いなく年表に載る。僕らはまさに歴史の転換点の目撃者になっているのだ。
 明日は長野で聖火リレーである。何が起こるか、今から気になって仕方が無い。チベットに自由を!!

映画:300

2007年06月11日 00時12分59秒 | 映画
 土曜出勤が昼過ぎで終わり、帰りになんか映画見るか、と思ってワーナーマイカルの映画館に行った。
 話題作の「大日本人」を見たかったのだが上映時刻が少なくて夜7時ぐらいからのしか残っていない。そこで駅のポスターを見て少し興味のあった「300」を見ることにした。ポスターのキャッチフレーズが「300人対100000人、真向勝負」。これは忘れられない。どんな内容か気になっていた。
 鑑賞後に帰宅して知ったのだが、公開初日だったらしい。映画館に行くこと自体が数年ぶりで「亡国のイージス」以来だ。まして初日なんてありえない。「亡国」は中途半端な映画だったが・・・。

 「300」はギリシャ対ペルシャの実際にあった戦争の話だ。だが映画の原作はアメコミらしい。監督はシンシティとかいうバイオレンス映画で有名な人だという。そのため、300は歴史物というよりアクション映画であり、演出過剰で娯楽に徹している。

 始まりがやや不穏な空気だった。スパルタに生まれた男子は、障害や病気が見つかると殺され、健常者のみが残るという。そして幼少から過酷な軍事訓練を受ける。成人の儀式には一人で森にすむ狼(ライオン並みにデカくて強そう)と戦って帰還しなくてはならない。狼を倒して帰った少年は、スパルタの王となる・・・。
 観てる時は原作が漫画と知らなかったので少し心配になる。「おいおいこれ本当かよ。誇張し過ぎじゃねえの。ファンタジー映画なのか?300人で戦うってのも超人が魔法みたいな力で大群をなぎ払うって設定じゃあねえだろうなあ?」と思った。忍空のOPみたいな歴史・戦争映画は嫌だ。

 だが戦闘シーンはそんな子供だましではなく安心した。というか迫力があって出来がいい!思わず手に汗握っていた。
 この映画、ストーリーは簡潔になっており、戦闘の映像美がメインだ。それに特化している。
 筋肉隆々のスパルタ戦士が槍と盾のみで武装して陣形を組み(わずか300名)、津波のように押し寄せるペルシャの大群(数万人。細かい数字は諸説ある。)を受け止め、押し返す。

 スパルタの戦士は国内で選りすぐりの精鋭集団。個々の力が強い上に、訓練を積み陣形を組んで一糸乱れぬ戦闘行動をとるため威力が高まる。それに対してペルシャ軍は数は多いが内訳は奴隷や従属民族の寄せ集め軍隊。この違いが戦争の最前線で現れてくる。
 少数で大群と渡り合うため、決戦場は断崖に囲まれた狭い場所を選ぶ。
 
 戦闘シーンでは屈強なスパルタ戦士がペルシャの雑魚を簡単にバッタバッタとなで斬りにする感じではない。
 陣形を組んだスパルタが大きな鉄の盾で敵の大群を受け止め、押し返し、ひるんだ隙に槍で一気に串刺しにする。揃った動きが美しく、理に適っている。
 戦闘が進み乱戦となると、スパルタの戦士が敵の中に切り込んでいくのだが、盾を駆使して敵を翻弄しつつ、槍で敵を次々と刺して行く。
 時には槍を投げて倒し、すかさず腰のサーベルを抜いて斬りつける。一連の動きをスローモーションも使って流れるように見せる例えるなら古代ギリシャ版「殺陣」が圧巻だ。
 この戦闘シーンの迫力、完成度の高さが本作の全て。CGを使って緻密に処理されており、個々の人物の動きに無駄がない。なにより鍛え抜かれたスパルタ戦士の肉体の躍動がすごい。スパルタは盾以外の防具はなく裸に近いのだが、ああやって動けば十分戦えるんだ、と納得させる出来だ。

 マッチョな肉体美を観るために映画館に来る女性も多いらしい(ネット情報)。グロシーンは多めで、腕も首もバンバン飛ぶから注意が必要だ。エロシーンもいくらか有りで、バイオレンス映画と言ってもよい。実際R15指定だ。

 戦闘途中では非現実的な「モンスター」のような敵も登場するのでネタも混じっている。ペルシャ軍におもしろ秘密兵器がいくつか登場して「なんじゃアレ(笑)」と思った直後、○○が○○なデブが出てきた時はかなり驚いた。隣の席の人(他人)も吹き出していたので、「あ、やっぱりコレおかしいよな!笑うとこだよな!」と安心した。

 この映画の残念なところはペルシャ軍を野蛮で変態に描きすぎなところだ。CMでペルシャの王がオカシイのを見て知っている人も多いだろうが、兵士も悲惨だ。アラブのテロリストみたいな格好をしてるし(CGで作ったためか?)、「アジア最強覆面暗殺部隊」はニンジャ的な動きで、さらに仮面を剥がれるとなぜか醜悪な顔面なのだ。どうも偏見っぽい。まあ原作の漫画が悪いのだろうが。

 歴史の本でちょっと調べてみると、ペルシャは当時の地上最大の帝国で文化水準も高かったようだし、王様も変態ではない。映画の中では黒人っぽい民族に描かれているが、生粋のペルシャ人はヨーロッパから渡ってきた森の民(狩猟民族)がルーツらしい。ようするにギリシャ人とそんなに外見が違うわけはない。
 一番おかしいのは兵士で、ペルシャの彫刻(レリーフ)ではギリシャ人と似たような格好をしていることがわかる。
 世界史は欧米人の視線だからギリシャ・ローマ贔屓で困る。地中海世界の外にも最高水準の文明があったことを軽視してはならないし、それじゃ世界史という大河ドラマをエンジョイできないと思う。ペプシのボトルキャップもシス側のキャラが欲しかったりするのだ。

 この映画は古代ギリシャを舞台にした優秀な戦争アクション巨編である。槍と盾でここまで魅せるエンターテインメントはない!

 (本ブログにこんなタイムリーな映画批評を載せることができるのは珍しい。個人的偉業だ。)

映画:地獄の黙示録

2006年09月14日 00時11分31秒 | 映画
(再び豪州見物記をお休みです。また必ず書きます。)
 お盆は映画を見て、美術館に行ったり、友人とDSをしたりして過ごした。こんな時間があるのも盆と正月ぐらい。こうゆう文化的時間を奪う、サラリーマン(営業)って職業はなんて酷いんだろう。
 美術館は良かった。久々に心が潤った。大脳生理学的に、人間は何かを見て「美しい」と感じる機会が少なくなると、鬱になるらしい。美術はメンタルヘルスにとって非常に重要な役割を果たしているのだ。もちろん、美術が近くになければ自然の美しさでも良い。鬱患者に芸術鑑賞をさせる実験をしてみてほしいもんだ。いや、今の自分自身がまさに実験中なのかもしれない・・・。 

 今回DVDを借りてきて3本の映画を見た。「地獄の黙示録」「トレインスポッティング」「チームアメリカ☆ワールドポリス」だ。まずは「地獄の黙示録」からレビューしていきたい。

 本作は20世紀最大の傑作とか問題作と言われている。
 ピンクフロイドの超名作アルバム「狂気」のライナーに、『「狂気」は、映画で言えば「地獄の黙示録」、絵画で言えば「ゲルニカ」に匹敵する20世紀最大の傑作である』と書かれていた。とにかく、20世紀を代表する映画らしい。
 監督は「ゴッドファーザー」のフランシス・F・コッポラ。

 映画素人の僕でもわかるのは、コッポラは画面と音楽を調和させるのが非常にうまいということ。「ゴッドファーザー」では映画音楽の巨匠ニーノ・ロータのBGMと劇中のシーンが抜群に調和し、名シーンの連発となっていた。もちろんコッポラのカメラワークも素晴らしい。おまけに原作の小説まで面白いってんだからこの映画が名作にならないはずがない。

 それに対して「黙示録」はシナリオが悪い。ストーリーを楽しむ映画ではない。冗長で退屈な場面も多い。寝てしまいそうだ。

 ただ、見所はしっかりと用意されている。まずは膨大な費用をかけて撮影された戦闘ヘリのアクションシーンだ。CG無しでこの映像を作っているのだから、コッポラは撮影現場で「プチ戦争」をやったと言える。ベトナムの村で次々起こる爆発、上空を舞い飛ぶヘリ、逃げ惑う村人、攻撃を叫ぶ指揮官。実際に空爆してるのだからリアルであたりまえだ。
 ワーグナーの「ワルキューレの騎行」と共にヘリが隊列をなして飛ぶシーンは凄すぎる。鳥肌が立つほどの迫力。もはや映画の教科書、究極の調和を見せている。このシーンが撮りたかっただけではないか。

 現代の戦争におけるトマホークミサイルや気化爆弾、クラスター爆弾(ベトナム戦争時のヘリやナパーム弾の破壊力、火力を遥かに凌駕しているであろう)の炸裂する様を撮れば、現代版「地獄の黙示録」になるのだろうか。否、それは決して不可能だ。無人のミサイルが如何に堂々と飛行しようと、気化爆弾が如何に大きな爆発を起こそうと、操縦士の乗る戦闘ヘリが地上数十メートルを飛び、ジャングルを燃やし尽くしながら制圧する姿には及ばない。
 戦闘ヘリこそ、人類が太古より繰り返してきた生身の戦い~ある意味で美学ある「戦い」~が、究極に進化した姿と言えるのではないだろうか。ミサイルや気化爆弾は、そのような人類の戦争史から断絶して存在しているような気がする。ましてや核兵器など・・・。

 さて、いうまでも無くドアーズの名曲「THE END」とナパーム弾投下のオープニングも衝撃的だ。ドアーズはロックバンドでありながら本作中ではワーグナーと同列に扱われている。ドアーズのジム・モリソンとコッポラはUCLA大学の同窓生らしい。アメリカ出身でありながら神秘的な雰囲気を持つドアーズに興味が湧いてきた。ワイルドでスピリチュアルなボーカリスト、ジム・モリソンは音楽デビューする前、文学オタクで非常に暗い青年であったらしい。自分の中でドアーズブームの予感がする。

 他のシーンではベトナムのジャングルの不気味さがいい感じで醸し出されている。終盤ではベトナム奥地に創られた「王国」も禍々しいオーラを放って登場してくる。しかし、この辺のシーンはトロくて眠いので早送りしてしまった。一応粗筋は把握しているから問題は無いつもりなのだが。そんな僕がこのレビューを書いている事をお詫びしたい。

 「戦争の狂気」はこの映画の重要なテーマである。女子供を平気で殺戮するアメリカ兵。奥地に入り込むに連れ兵士は精神を病んでくる。決して戦争賛美映画ではない。
 実際にベトナム戦争で行われた空爆は、常軌を逸した非人道的行為だ。しかしこの映画をシーンを見ると闘争本能を刺激されるのか、むやみに興奮する。この構図はかわぐちかいじの漫画に似ている。「沈黙の艦隊」は戦争と平和をテーマの底に据えたストーリーであるが、原潜の戦闘シーンの興奮度は驚異的であり、最大の魅力は戦闘シーンにある。戦争の悲惨さを知りつつも胸躍るというこの矛盾。これを意識しつつ「黙示録」も「艦隊」も製作されたのだろうか。それはわからないが、やはり人間の本質を表している。

 今回見たDVDは特別完全版だ。公開時にはカットされていたシーンがいくつか入っている。簡単に言えばエロいシーンと政治的なシーンだ。後者もなかなか興味深く、画面の構成も整っていて良かった。どちらも決してカットされるべきではないシーンだと思った。必見。

 総評すると、戦争映画としては不満が残る。戦争映画ならば、戦場のシーンをメインにするべきなのにそうなってはいない。どうにも主題がはっきりしない作品だ。まあ見所は多いのだが、それは作品の内容(ストーリー)が良いのではなくて、監督の撮影テクがすごいからだ。
 ついでに、冒頭の主人公の発狂乱行シーンは本当に俳優が酒に酔って暴れていたらしい。途中で本物の死体が登場しているという噂もあり、この映画は本当にイワクつきの問題作だ。後世の評価も言うまでもなく、混乱している。

 戦場の狂気は観る者にジワジワと伝わってくる。当時のベトナムはイカレていた。実際に戦場にいった兵士の多くが精神を病んで帰還してきた。ナパームが紅蓮の炎を巻き上げ、兵士が女子供を殺し、戦闘ヘリが爆音をたてて舞う。地獄の様相を呈していたのだ。まさに「地獄の黙示録」というタイトルが、この映画には相応しい。(といった感じで話がうまくまとまる作品なのである。)



映画:ロックンロールハイスクール

2006年04月13日 21時06分18秒 | 映画
お久しぶりです。新入社員研修でシゴかれ、レポートに追われている筆者です。
久々の更新です。数ヶ月前に見た映画のレビューをのせます。

映画『ロックンロールハイスクール』

 NY出身、伝説のパンクバンドRAMONESの映画。ロックンロールを愛する高校生達の、ハチャメチャコメディだ。最高に自由でブっ飛んだハイスクールライフを描いている。これがアメリカだと言わんばかりに。

 この映画の肝心な所は、RAMONESがすごく輝いているところだ。RAMONESは不遇のバンドである。人気も実力もあったのに、後期はメンバーの不和などのせいで苦境に立たされた。別の映画「エンド オブ センチュリー」はRAMONESのドキュメンタリーで、彼等の影の部分が描かれていた。こっちの映画によると、「ロックンロール~」の頃のアルバムはバンドとプロデューサーとの折り合いが悪く、失敗作になってしまったらしい。
 しかしこの映画ではそのアルバムの曲がとても引き立ち、若者のヒーローとして見事にカリスマ性を発揮している。

 この映画の中の高校生活はヤバイな。タバコもマリファナもガンガン吸っちゃうし、学内で売春斡旋までやってる。こんな映画を観て僕等のアメリカのイメージは膨張しちゃうんだよな。これはフィクションとしても、実際はどうなのだろう。

 映画のラストが結構意味不明。こんな事しちゃってどうなるの、って感じ。アメリカ人にとってもこの映画は「理想の高校生活」なんだろうけれど。

 とりあえずRAMONESがすごいカッコイイ映画ってことは確かだ。シナリオはB級映画的でまあまあだ。しかしこれ以上語ることは無い映画かもしれない・・。

ドイツ映画:「グッバイ・レーニン!」

2006年02月23日 19時45分55秒 | 映画
 ケーブルテレビの番組表を見ながら、見たい番組を探す。映画専門チャンネルは幾つもあるが、観たいと思うような作品は滅多に無い。最近はベタなハリウッド映画に飽きてきたので、アメリカが製作したのではない映画を探している。
 そんな中見つけたのがこの「グッバイ・レーニン!」だ。公開当初から興味があり、結局上映する映画館が少なくて見に行かなかった映画だ。ケーブル初登場らしく、楽しみにして観た。

 ストーリーは東西に分裂していたドイツが舞台。主人公の少年の家族は社会主義の東ドイツに住んでいた。母は熱烈な社会主義者で、東ドイツの社会体制に貢献することを生き甲斐としていた。しかし、ある事がきっかけでこの母は意識不明の寝たきり状態になってしまう。その後体調はやや回復し目を覚ますが、彼女が寝ていた間にベルリンの壁は崩壊し、旧東ドイツは急激に資本主義化(事実上西ドイツへの吸収)されつつあった。体調の悪い母に精神的なショックを与えては命に関わるということで、主人公の少年は東ドイツの体制が存続しているかのように振る舞うことになる・・・・。

 社会体制の変化に適応する人とそうでない人のドラマが、コミカルかつしみじみと描かれている。東側を中心とする視点なので、西側の文化(すなわち我々に馴染み深い米国式ライフスタイル)が下品で醜く見えてくるのが面白い。旧東側の生活は、貧しくも厳かなもの、つまり「清貧」のような物だったという印象を受ける。ドイツ人の生活を見る機会はあまりないのでこの映画は貴重だ。ヨーロッパの映画はトロくて難解なものも多いらしいが、これはとても判りやすい(この判り易さが皮肉にもハリウッド的なのだが)。

 この映画のテーマの中心には家族愛があり、社会が変わっても普遍の「家族」が浮かびあがってくる。最終的には母親を軸にストーリーが展開し完結するのだが、主人公の少年のその後も気になる。ベルリンの壁崩壊は20世紀の歴史で最も大きな事件だ。それを経験した人々がどんな人生を送るのか、どんな人生観を持っているのか、のんべんだらりとした平成日本に生きる筆者は興味深い。そんな事をテーマにしたら一本の映画ではとても足りないだろうけど。

 注文を付けるなら、旧東ドイツの生活がもっと詳しく描かれていたら良かったのにと思う。社会主義賛歌を歌う少年合唱団や国営放送のニュースは雰囲気が出てて良かった。後は市民の仕事場や学校なども再現してみて欲しかったかな。 
 この数日前に同じくケーブルで観た「トンネル」というドイツ映画は、東ベルリン市民が西側へ秘密の地下トンネルを使って脱出するストーリーで、シリアス物だった。こちらでは東の秘密警察や言論封殺の恐怖が描かれていた。当時の体制をリアルに描くとこうなるので、「グッバイ・レーニン!」ではあくまでコミカルに観易くしてくれたからコレはコレでいいのだろうと思う。

 ところで「家族愛」がテーマにあると上に書いたが、この映画で最も考えさせられたのはそんな事ではない。「過去への郷愁」だ。主人公の母の姿は「過ぎ去った時代を愛するストイックな人々」を彷彿とさせる(彼女にとっては「過去」ではなく、「現在」のつもりなのだが)。
 
 今はもう滅んだと言える社会・共産主義。筆者にとってはおぞましいとしか思えない社会だが、そんな時代を懐かしむ人々が世界には確かにいる。彼等は決して言論が抑圧されるのが好きな訳ではなく、かつて生きた時代の文化や生活が懐かしいのだろう。どんな社会であれ、人は生活の中に輝きを見出して生きてきたのだ。だから、その過去が無性に懐かしい。それが共産主義でも、独裁時代でも、前近代的な生活でも、なぜだか、あの頃は良かったと思う。
 
 こんな想いが、昭和末期生まれ平成育ちの筆者にも共感できる。この感情は人間の持つ自然なものなのだろう。筆者の持つノスタルジーと言えば、せいぜい子供時代を過ごした90’sぐらいだというのに。(リンク先は我々の子供時代について懐かしむ2chのスレに関する友人のブログ。意外なタイミングでリンクしてみる。)
 
 旧東独やソ連のミリタリーにはファンが多い。郷愁とはちょっと違うかもしれないが、なぜか「この辺」の軍事物は独特の魅力を放っている。日本でも戦前・戦中のグッズは一部で人気がある。貧しく、抑圧された時代だからこそ、その時代の精一杯の美学が込められているのではないか。いや、人間は元々「(共産主義体制下の生活のような)清貧・禁欲的な生活」が好きなのかもしれない。
 現在の大量に消費をし、技術が高速に進化する生活の方が不自然で異常なのだろう。

 日本人なら、まだ「戻れる」と思うけど、実行するならば道は非常に困難で、何十年も何世代もかかるだろう。
 きっと僕らは、この凄いスピードで流れる大河の中、小さな船の上で、昔を懐かしむ箱庭を作り、それを時々眺めては楽しむ人生を送らないといけないのだろう。
 とりあえず、船が壊れて濁流に飲み込まれて死ぬのだけはゴメンだ。人類の長い歴史に基づいた、豊かな文化の船にしないと面白くない。
 
 この映画は、時代の狭間で光る「人間」を切り取ってみせてくれた。

映画『タップ・ドッグス』

2004年11月12日 23時51分29秒 | 映画
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0001N1LMC/qid=1100270684/sr=1-1/ref=sr_1_10_1/250-2334380-5799441
 この映画はオーストラリアの製鋼所に勤める若者が、オリジナルのタップダンスショーを創りあげる物語である。ずっと前にケーブルTVでCMをやっていて、その中で製鋼所の中で若者がタップダンスを踊るシーンがあり、そのワイルドな姿がカッコよくてシビレた。とても見たかったのだが機会が無く、先日ケーブルでオンエアされるのを番組表で発見し、喜んで見た。数えてみたら、CMを見てから3年も経っていた。
 私はタップダンスがかなり好きだ。足で刻まれる揃ったビートがタマラナイ。この映画ではタップがタップり楽しめるわけだ。
 しかしストーリー展開が単純でチャチなのが気になった。登場人物の恋やらケンカがありがちでくだらない。恋やケンカはそこそこにして、製鋼所に働く労働者の悲しみや、それをタップダンスで打ち破っていく爽快さをもっと強調するべきだった。カメラアングルやシーンの繋ぎ方は良く、工夫されていて面白いだけに、ストーリー面が残念でならない。どうしてこんな事になったのかと考えて見ると、この映画、製作国がアメリカ=オーストラリア合作なのだ。心象の機微のを描くのが苦手なガサツ大国の2つであるから、無理もない。ここにヨーロッパの国が噛んでれば、心に訴えるようなしっとりした作品になったろうに。
 と、思ってたらビックリ、なんとこれは実際にあった話をモデルにしているらしい。しかも実際にタップチーム「タップドッグス」というのがいて、世界的に評価が高いという。この映画のストーリーのチャチさは、構成が悪いのが原因のようだ。
 肝心のタップダンスのシーンは最高である。製鋼所の道具を利用したタップがド迫力で超カッコいい。これだ、コレが見たかったんだよって感じ。タップのシーンを楽しむだけでも見る価値がある映画だ。そして低予算っぽいのになぜか恋人役の女優がブロンドで超かわいい。エロシーンは無いがお色気は少しありだ。(←本ブログ初期の雰囲気が蘇ってきた!)
 
 
 見世物のタップショーを困難を乗り越えつつ皆で作り上げる展開、何かに似てると思ったら『ウォーターボーイズ』だ。オーストラリア版ウォーターボーイズなのかもしれない。
 『ウォーターボーイズ』の監督の最新作『スイングガールズ』が見たい。女子高生がジャズバンドを組むストーリーで、全て女子高生が本当に演奏しているらしい。別にエロは期待していない。純粋にジャズバンドの青春モノというのが見てみたいだけである。たぶんまた忘れた頃に、テレビで放送するまで待つ事になるだろうが。 

映画『スタンド・バイ・ミー』

2004年09月02日 22時57分28秒 | 映画
 しばらく都合により更新してなくて申し訳ない。更新せずともちょくちょく見て下さってる方々がいるようで、感謝しております。

 この映画は名画だ。なぜか。人を感動させるから。派手なアクションや大どんでん返しなどはない。ただただ、観る者に少年時代を思い起こさせる。なにより、少年達の自然な演技が凄い。どんな俳優でもカメラの前で、彼らのように自然に笑い、悩み、泣き、怒り、ふざけあう事はできないだろう。彼らは真の「少年」であり、「友達」同士なのだ。かつて我々にも、何も考えずに懸命に生きていた少年時代があった。その時期こそ、人間が最も人間らしい時期なのではないか。
 テーマソング『スタンド・バイ・ミー』は最高の名曲だ。この曲だけで泣ける。訴えかけるような、強がっているような唄い方が感情を揺さぶるのだ。この曲を聞いて何も感じない人なんているのだろうか?いるとしたらその人は、人間の美しさや、愛や友情の尊さを知らない人なのだろう(なんか恥ずかしいこと言ってる気がするな)。
 この映画を見ると、遥かな遠くの空を眺めているような、そんな感覚になる。これからの自分を、もっと真っ直ぐにしようと思う。定期的に、10年に一度は見るべきだ。


 =恋人ができた友人Nに捧ぐ=     ていうかNは「スタンドバイミー」聞いて氏ね

『フルメタル・ジャケット』

2004年07月05日 17時52分09秒 | 映画
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005MIO0/qid=1089205978/sr=1-1/ref=sr_1_10_1/250-2334380-5799441 
この映画はベトナム戦争に行った新米兵士の、海兵隊の訓練所から戦場での経験を描いた映画である。映画ファンから極めて高い評価を受けている名画だ。
 ベトナムにいる米兵相手の売春婦や、戦争報道における情報操作、民間人の虐殺など、ベトナム戦争の負の部分がたっぷり描かれているのが凄い。どれも冗談みたいな話で笑える。しかしこれがベトナム戦争の真実なのだろう。男兵士ばかりの戦場の実態がとにかく低俗で、アメリカが主張する「正義」「自由」「民主主義」などがどうでもよくなってくる。およそ戦争映画において兵士は(多かれ少なかれ)英雄として描かれるが、この作品ではそうではない。この作品中では兵士は政治に翻弄される虚しい駒だ。これは反戦平和映画であることは間違いない。そしてコメディなのである。
 キューブリック監督は観客にメッセージを伝えるために、戦争の悲しみではなく可笑しさを強調した。海兵隊の訓練はどこまでが本当なのかわからないが、愉快過ぎる。そのことによりこの作品は従来通りの戦争映画から脱した。彼独特のわかりやすく迫力のある撮影手法が、娯楽映画たるために力を発揮したのは言うまでもない。戦争映画が彼にかかればここまで面白くなる。感動的だ。
 こう書くとまだ見たことがない人達には全体を通して喜劇映画であるかのように誤解されるかもしれない。前半は本当に笑えるが、後半はシリアスに人が死ぬので気が弱い方は注意して下さい。