わざわざ紹介するまでもない、リビングの家具。
1976年にウチへ来てくれたのだから、34年半もつきあっていることになる。
毎日一緒だから、もはや家族、とびきり無口な家族。
3年前に家を建て替えた時、ほんとうは、
イタリア製の黒いレザーのソファーが欲しくなった。
オークの丸木の堅い椅子じゃなくて、フワフワの柔らかいソファー。
もちろんそれは、資金的にも無理があって、実現不可能な夢ではあった。
でも、簡単に諦め切れたのは、この長椅子の行き場所がなかったから。
工事中は工務店の倉庫に預かっていただいた。
仮住まいのUR賃貸から新居に入居して、戻ってきた長椅子を、はて、どうしようか。
ウッドデッキで強い日光の晒し者にするわけにも行かず、
やはりリビングで使用し続けることになる。
丈夫なガタイ、ドイツ製だけあって大きく頑丈だ。
思えば、クッションやシートカバーを、何種類、縫ったことだろう。
10組前後、たぶん。
地厚なインテリアテキスタイル、昔のイケア、ワコールの北欧物、手織りインド木綿、
日本製では、粟辻博さんのモダンデザイン、等々。
現在は、フィリピンのTinalacという、マニラ麻の絣を被せている。
ただ、質感がツルツルと夏的なので、
長椅子には、ヨーガンレールのベッドスプレッドを巻き付けて、
木綿の肌触りで、寝転がってテレビを観る用にしている。
34年かかって、オークの粗野な丸木は、銘木の奥深い艶を醸し、
得も言われぬ存在感。
黒レザーのソファが買えなくて良かった、と愛着のいや増すこの頃です。
1976年にウチへ来てくれたのだから、34年半もつきあっていることになる。
毎日一緒だから、もはや家族、とびきり無口な家族。
3年前に家を建て替えた時、ほんとうは、
イタリア製の黒いレザーのソファーが欲しくなった。
オークの丸木の堅い椅子じゃなくて、フワフワの柔らかいソファー。
もちろんそれは、資金的にも無理があって、実現不可能な夢ではあった。
でも、簡単に諦め切れたのは、この長椅子の行き場所がなかったから。
工事中は工務店の倉庫に預かっていただいた。
仮住まいのUR賃貸から新居に入居して、戻ってきた長椅子を、はて、どうしようか。
ウッドデッキで強い日光の晒し者にするわけにも行かず、
やはりリビングで使用し続けることになる。
丈夫なガタイ、ドイツ製だけあって大きく頑丈だ。
思えば、クッションやシートカバーを、何種類、縫ったことだろう。
10組前後、たぶん。
地厚なインテリアテキスタイル、昔のイケア、ワコールの北欧物、手織りインド木綿、
日本製では、粟辻博さんのモダンデザイン、等々。
現在は、フィリピンのTinalacという、マニラ麻の絣を被せている。
ただ、質感がツルツルと夏的なので、
長椅子には、ヨーガンレールのベッドスプレッドを巻き付けて、
木綿の肌触りで、寝転がってテレビを観る用にしている。
34年かかって、オークの粗野な丸木は、銘木の奥深い艶を醸し、
得も言われぬ存在感。
黒レザーのソファが買えなくて良かった、と愛着のいや増すこの頃です。