バリのビラで滞在した頃のプール談義で、ある日にくさい食べ物自慢が始まった。スペイン人のホセはブルーチーズを筆頭にあげた。ゴルゴンゾーラはイタリアのブルーチーズだがスペインにも相当な物があるという。そろそろ出るぞと予想しているとやはりナポレオンとジョセフィーヌの話が。
すかさずスエーデン人のハンスが割って入りシュールストレミングのくささを披露する。俺はとてもじゃないが喰って見る勇気はないと顔をしかめてぶるるっと頭を震わす。
何故そんな臭いものを作り出したのかと尋ねると「スエーデンでは昔は塩が貴重品で他の国のように保存のためにふんだんにつかえなかったんだ。バリのようにカンカン照りの太陽が無いからね、天日干しの塩なんて出来なかった。そこで鰊を薄い塩水で保存したところくさいがそれでも腐敗を妨げることがわかり兵士の携帯食にもなった。これがシュールストレミングの生まれた背景だ。だからシュールストレミングは太陽の貴重さのうら返しなんだ」
なるほどハンスはスペイン人のホセに劣らず博識だ。わたしは琵琶湖の名産の鮒寿しのくささと旨さを説明する。なれ寿しの一種で、タイの山岳地帯から伝わったとの説もあるというとタイ人の愛人を持つスペイン人のホセの目が一瞬輝いた。
現在の日本のすしのルーツで、琵琶湖のニゴロブナの子持ちの雌を一年ほど塩漬けにし、塩を抜いたあとで、炊いた米に漬け込んでさらに一年、これを薄切りにし、漬け込んだご飯を肴に日本酒で飲むとたまんない、鮒寿しを喰ったら最後は鮒寿しの湯漬けで〆ると語るとちょうど夕飯時に差し掛かる頃で二人の口元が緩んでくる。
どうだ参ったかと調子に乗ったわたしは八丈島のクサヤを紹介する。魚の腸などを発酵させて何年も置いた黒ずんだ汁の中にとぷんとつけてと言い出したら二人は手を振ってそれぞれの部屋に帰って言った。これはどうもうけなかったようだ。
シュールストレミング
主にスウェーデンで生産・消費される、塩漬けのニシンの缶詰。密封状態で発酵させるため、発生したガス(二酸化炭素など)圧によって丸く膨らみ、開封すると充満していたガスによって汁が噴出し、臭いが広範囲に拡散する。
「発酵と腐敗を区別するのは、科学ではなく文化である」という言葉は 小泉武夫