パラティーナ礼拝堂(Cappella Palatina)は、パレルモのノルマン王宮内に位置する、12世紀の建築物だ。この礼拝堂は、1130年に建設が始まり、1143年に完成した。シチリア王ルッジェーロ2世(Roger II)の命により建設されたこの礼拝堂は、その美しさと複雑さにおいて、当時の芸術的および宗教的な頂点を象徴している。日本の平安時代と比較してみるとその凄さがわかる。
ノルマン、ビザンチン、イスラムの要素が見事に融合し、この建築物は文化的交差点としての役割を果たしている。
ノルマン王朝がシチリアを支配していた時期、特にルッジェーロ2世の治世下では、さまざまな文化が共存していた。彼の宮廷には、ノルマン人、ギリシャ人、アラブ人、ラテン人など、多様な民族が集まり、それぞれの文化的背景が礼拝堂の建築に反映された。パラティーナ礼拝堂は、この多文化的な共存を象徴する建築物であり、その内部装飾は、その複雑な歴史を表している。
礼拝堂の建築には、ノルマンの建築技術、ビザンチンのモザイク芸術、そしてイスラムの装飾的な影響が融合している。例えば、ビザンチン様式のモザイクは、ギリシャ正教の聖人やキリストの姿を描き、金色の背景が神聖さと光を象徴している。一方、イスラム的な装飾は、天井の木製のムカルナス(鍾乳石装飾)に見られ、その幾何学的なパターンは、無限の創造を示す象徴として解釈される。このように、礼拝堂全体が異なる文化の要素を統合し、一体感を持ったデザインが施されている。
パラティーナ礼拝堂は、長さ32メートル、幅12.4メートルという比較的小さな空間でありながら、その内部は極めて豊かな装飾が施されている。礼拝堂内の最も印象的な特徴の一つは、ビザンチン様式のモザイクであり、その多くは12世紀中頃に作られたものである。モザイクは、キリスト教の聖書の場面を描写し、特にキリストのパンタクラトール(全能者)像が中央のドームに配置されている。このキリスト像は、全能の支配者としてのキリストの力を象徴しており、その下に広がるモザイクのシーンは、キリストの生涯や聖書の物語を描いている。
もう一つの注目すべき要素は、礼拝堂の木製天井である。この天井は、ムカルナス(鍾乳石装飾)と呼ばれるイスラム建築に特有の装飾が施されており、シチリアのイスラム文化の影響を強く感じさせる。天井のデザインは、複雑な幾何学模様が連続し、訪れる者に対して視覚的な奥行きと動きを与える。さらに、この装飾には、アラビア語の詩が刻まれている。
パラティーナ礼拝堂はルッジェーロ2世がシチリアの王権を正当化するために建てたものであり、その内部の装飾は、王の権力と神の加護を象徴している。
タイル装飾 パラティーナ礼拝堂には、幾何学的なアラブ文様の大理石と青、赤、ベージュの石が埋め込まれている。
パラティーナ礼拝堂、タイル装飾、アラブ文様。
写真の中央に見えるのは、パラティーナ礼拝堂内に設置されたバルコニーで礼拝堂の南壁に位置しており、主に聖歌隊が使うために設けられた。バルコニーの下部に位置するのが、礼拝堂内の円柱で、この柱は大理石でできており、上部に装飾的なキャピタル(柱頭)が彫り込まれている。このキャピタルには、イスラムの影響が見られる幾何学的な装飾が施されており、ビザンチンやノルマンの影響と共存する。
バルコニーの側面には、円形のパターンが並んでおり、その中には十字架のデザインが見られる。
さらに、写真の右上部には、ビザンチン様式のモザイクが見られる。ここには、聖書の物語やキリスト教の聖人が描かれており、金色の背景が神聖さを強調している。これらのモザイクは、礼拝堂全体にわたって広がっている。
写真の中央には、アーチ状の窓が礼拝堂内の光を取り入れるために設けられ、縦長のアーチが特徴。窓の周囲は、色ガラスの小片で描く金と黒の幾何学的なモザイク模様で装飾されビザンチン美術における象徴的な要素であり、アラベスクを思わせるイスラム建築からの影響も感じられる。窓自体は、比較的小さく、内部に取り込まれる光の量を抑えながらも、外光を礼拝堂に柔らかく差し込ませる。ビザンティン美術は、5世紀から15世紀の東ローマ帝国で発達した東方的、キリスト教的風習の美術を総称。
窓の下には、複雑な植物模様とアカンサスの葉が描かれたモザイクが見られる。さらに、その下部には、円形のメダリオンに囲まれた聖人たちの肖像が配置されている。ここに見えるのは、聖ルカ(Sanctus Lucas)と聖アウグスティヌス(Sanctus Augustinus)。
パラティーナ礼拝堂黄金の間。1132年にノルマン人の王ルッジェーロ2世がイスラムを征服しアラブ人を医学、建築、科学などの仕事につかせたがその成果がよく現れている。
写真の中央には、アーチとそれを支える柱が見え礼拝堂の内部を区切る重要な構造要素であり、上部のモザイクを支える役割も果たしている。アーチの内側には金色の背景に描かれた宗教的なシーンが見られる。各アーチの側面や柱には、キリスト教の聖人が描かれ、中央の柱には聖ペテロと思われる像が立っている。聖ペテロは、初代のローマ教皇として知られ、キリスト教の基盤を築いた。
アーチの上部と壁面には、ビザンチン様式のモザイクが豊かに装飾されています。これらのモザイクには、聖書の物語やキリスト教の教えが描かれており、金箔がふんだんに使われた背景が、内部に光を放っている。
写真の上部には、礼拝堂の天井が見え木製であり、イスラムの影響を受けた複雑な彫刻が施されている。この天井は「ムカルナス」と呼ばれ天井から降り注ぐ光が、金色のモザイクをさらに輝かせている。
写真の中心には、アーチ状の窓が見える。壁面の高い位置に設置され外からの光を内部に取り込んでいる。ビザンチンで半円形のアーチが特徴。モザイク装飾は金色と緑色を基調とした幾何学模様で統一されている。模様はアラベスク風でイスラム文化の影響を受けている。
窓のアーチ部分には、緻密なモザイク装飾が施され窓の外枠から内側に向かって、次第に色彩とデザインが変化する。アーチの内側には、金色が施され窓から入る光によって輝きを増している。
窓の下部に幅広い装飾帯が幾何学的なパターンを描き、壁全体に広がる。窓の右側には、聖人の姿が部分的に見える。
パラティーナ礼拝堂に足を踏み入れると、圧倒的な黄金の輝きに目を奪われる。壁面を覆う金箔貼りのモザイクは地上の光景を超越した天上の世界を表現しているという。
中世において、金は神聖さの象徴であり、永遠性と不変性を意味していた。ビザンチン美術では、特に宗教的なテーマを描く際に金が用いられ、神の光を反映するものとされていた。
写真に見られる窓周りのモザイクで描かれた聖人が金色の背景に浮かび上がることで強いメッセージを伝えている。描かれた聖ペテロと聖パウロは信仰者にとっての導き手で金色の背景が崇高さを際立たせるとも。
右側の窓の下に描かれた場面は、神の奇跡や信仰の試練を表す。金色の背景に描かれることで、その神聖さと普遍性が強調され、訪れる者に対して強烈な印象を与える。金の使用は俗物の象徴と見なされることもあるが、ここでは金箔が物質的な豊かさを誇示するためではなく信仰の力を視覚化するための手段として用いられると説明される。
だがしかし神聖さと普遍性が強調されるほどに、歴史的なキリスト教会の腐敗を眺めるとやはり俗物という言葉がどこかで頭を擡げる。これは日本の仏教界でキンキンキラキラの袈裟を着て、金蘭の仏壇を前にする姿と共通するものだがいずれもわたしには俗物として映る。それでも惹かれるのはわたしも俗物だからだろう。