登場人物の相関は一筋縄ではいかない。マトリクスのなかに埋め込まれたそれぞれの人物のふるまいは混とんとしているが、まさにそれが人の世だろう。
①親に見守られずに育った4人の兄弟たちの奇人性。もっとも手をかけられなかったドミトリーが父を殺すと考えるのが自然だが、もっとも長い時間を父と過ごしたスメルジャコフが父を殺す。父はスメルジャコフを他の兄弟に比べて可愛がっていた。ドミトリーやイワンが持っていた嫌悪感ではなく、「賢い人は何をしても許される」言葉で父を殺す。最も意外性のあるスメルジャコフの犯行にしたのはなぜか。
②スメルジャコフは病気ではなく、自殺する。三度目の訪問でイワンに盗んだ現金を渡し、その夜に首をくくる。その原因を読者は明確には読み取ることができない。作者は大きな謎を残す。
③スメルジャコフの自殺とお金そしてイワンの供述がドミトリーの無実を証明するはずだが、読者のその期待に逆らって冤罪をこうむることになる。ドミトリーのような男は罰せられなければならないのか。
④スメルジャコフが言うイワンとフョードルの相似性とは何か。常識的には似ても似つかない二人なのだが。謎のまま。
⑤神の存在と無神論、神と社会主義、無神論と社会主義の対立も大きなテーマだが、作者は自らの考えをどこかに埋め込んでいるのだろうか。
⑥ゾシマ長老の決闘と紳士をはさんでの前半生と後半生の対立。ゾシマへの告白をはさんで紳士の殺人事件とその後の心穏やかな死。紳士のふるまいの意外性で何を語りたいのか。
⑦厳格な修行方法を巡るゾシマとフェラポイントの対立。作者は原理主義的なものを排したい。
⑨キリストとその後の教会、自由とパンを巡る対立。結論をだしていない。
⑩マイケル、紳士、ゾシマ、少年の平穏な死と、フョードル、スメルジャコフ、(そして恐らくイワン)のおぞましい死の対比はそれぞれの生の肯定と否定。
⑪カテリーナとグルーシェカ 貴族と庶民、高貴と猥雑、しかし作者はどちらを好んでいるのかはにわかには計りがたい。
⑫イワンとカテリーナ ドミトリーとカテリーナ ドミトリーとグル―シェカの配置 マトリクスの中の対立と相似、豊かな物語は2次方程式ではなく行列でこそあらわされる。