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バイク・キャンプ・ツーリング

NERIMA爺、遅咲きバイクで人生救われる

2000年8月20日 夏・タンデム宮崎帰省 最終日

2025年06月08日 | 2000年 夏・タンデム宮崎帰省
8月20日(日)

 早めに起床。まだだれも起き出さない午前7時過ぎには出発。
 195号をひたすら、東進。ほとんど出会う車なし。四ツ足峠をこえたあたりで、木材を積んだトラックに追いつく。道を塞ぐように走っているので、よほど追い越そうと思ったが、まあ、無理はしないことにする。桑野というところで左折、55号に合流して徳島(和歌山まで就航している南海フェリーの乗り場は、小松島から徳島に変便されたと昨夜、ライダーズインで聞いたばかりだ――こういう情報はホントにありがたい)に向かう。

 徳島港には午前9時前には到着。出航までまだ1時間くらいあるので、先にキップだけ買うことにする。2等、バイク代込みで、3140円也。
 フェリーターミナルでトイレにいったり、うろうろとヒマをつぶす。食堂でウドンといなり寿司を食って(ホントは徳島ラーメンを食べたかったが、町にいく時間なし)、バイクを所定の位置に停めにいくと、X4のライダーやハーレーのライダー、8~9台のバイクがやってくる。 

 12時前には、和歌山に到着。
 あとはひらすら奈良を目指して走るのみ。今年の春に、国道24号の渋滞は経験済みなので、今回も覚悟して走りはじめる。橋本市で、柿の葉寿司を買う。かなり暑いので、特製のドライアイス入り保温袋にいれてもらい、サイドバッグに押しこむ。これが今回唯一のカミさんへの土産だ。

 思ったとおり、奈良に近づくにつれて渋滞。市内のガソリンスタンドで、名阪国道への抜け道を教えてもらう。午後2時過ぎには名阪道に乗る。あとはひたすら東京目指して走る。走る。
 名古屋経由東名道。東京は用賀インターで渋滞とかで、足柄SAでゆっくり休息。夜9時過ぎには東京着。





2000年8月19日 夏・タンデム宮崎帰省 9日目

2025年06月07日 | 2000年 夏・タンデム宮崎帰省
8月19日(土)

 午前7時、起床。
 ホテルの食堂で朝食をすませ、すぐに出発。XJRは昨日のままだ。たぶん、自分がここに宿泊したのは知らないままだろう。
 四国に渡るために217号を佐賀関に急ぐも、フェリーターミナルについたときにはすでに一番船は出航したあと。次の便は約2時間後。近くをぶらぶらしようと思っていると、オフ車がスコスコとやってくる。沖縄からやってきたらしく、昨夜は阿蘇に泊まって、これから四国をめぐって再び帰路につくという。出航時間まで時間があるとわかるとどこかに走り去る。

 自分も近くのガソリンスタンドにガソリンをいれにいくつもりで、197号をちょいと先まで走ってみる。5~6キロいったところで引き返し、佐賀関の関崎灯台までいってみることにする。細い山道を灯台近くまでいき、そのままぐるりと小さな半島を1周。フェリー乗り場に戻ってみると、フェリーが接岸していて、今にも出発しようとしている。あわてて、キップを買いにいくと、わしの1人前で閉めきられてしまう。どうやら、臨時便のようだ。だが臨時便が出るなど、どこにも案内がなかった。窓口もカーテンが閉め切ってあったのだから、張り紙でもしておくのが筋ではないか。夏休みの帰省客とか、多いはずなのだから……。

 がっくりくる中、フェリーは目の前を出航していく。
 30分後、ようやく三崎に向けてフェリーの人となる。バイクは自分とあの沖縄のライダーだけだ。
 フェリーは乗客でけっこう混んでいる。

 正午前。三崎に到着すると、今回はメロディラインは走らずに、半島の南側を走っている旧道をいってみることにする。目的のひとつは、Kさんの故郷、川之浜だ。とろとろと旧道を走るのは気分がいい。川之浜を見下ろす場所では、ゆっくり走る。意外なことに川之浜はかなり大きな集落のようだ。半島の山向こう、家が点在している3年前に泊まった神崎みたいなさみしい集落を予想している。

 Kさんから見せてもらった写真集にあったような浜はもうなく、護岸工事で隅から隅まできっちり整備されている。あの牛たちが繋がれていた浜はどこだろうかと想像する。浜には公園が整備され、駐車場には四駆の車などがかなり停まっている。漁船が係留してある港にもいってみるが、観光客は1人もいないから、長居は無用という気になってきて川之浜を後にする。

 八幡浜市手前で、雨がパラパラ。本降りになってからカッパ着るのは面倒くさい。早めにカッパ着用。――だけど、こういうときに限って雨は降らないものだ。そう思っていると、案の定、この先、雨がふることなし。途中の道の駅みたいなドライブインで、ウドン定食。

 197号を高知に向けて走る。なつかしい道の駅・ゆすはらを横目に、須崎までは順調に走るが、須崎から高知までえんえんと慢性渋滞。ガンガンすりぬけをして進むが、高知市に着くころにはへとへとになる。どこか温泉でもあったら、そこで休憩して、小松島まで走るつもりだったが、とても体力がもたないと判断。

 そのまま、以前、世話になったことのある物部のライダーズインに直行。もし、そこが満員だったら、ロビーを使わせてもらい、朝早く出発しようなどと考える。だが運良く部屋が空いていて、すぐさまシャワーを浴びて、ロビーでがんがんビールを呑む。静岡のライダーやライダーズインの経営者とわやわややる。
 あとからライダーが数組くるが、疲れていたので、早めに部屋に引き上げる。
 この日は、なぜか寝慣れているはずのエアマットがよそ行きの雰囲気で、なかなか熟睡できない。どういうことだろう。



2000年8月18日 夏・タンデム宮崎帰省 8日目

2025年06月06日 | 2000年 夏・タンデム宮崎帰省
8月18日(金)

 雨。
 しかし、今日はなにがあっても出発の予定。
 午前11時。雨の中、出発。都城のインターから高速に乗り、熊本に向かう。えびのインターあたりから雨足が強くなりこそすれ、弱くなることはない。ゴアのライディングシューズをはいているが、踵の上からつつっと浸水。気持悪い。八代までずっと雨。ようやく八代のインターあたりで、雨が上がる。

 福岡を抜けて本州に渡るか、阿蘇を抜けて四国にいくか、しばし迷うが、阿蘇方面にいくことにする。幸い、雨にはたたられず。阿蘇駅近くの57号沿いの小さな店で食事。定食を注文。値段は忘れたが、かなり安くてうまい。

 このあたりでテント張ってもいいかなと、古代の里キャンプ場にいってみるが、バイクは1台も見当たらず。ほとんどファミリーキャンパーばかり。まだ午後3時前。もっと走ってみることにする。やまなみハイウェイを北上、瀬の本から442号に右折。久住高原をへて竹田市へ。さらに臼杵市に向かう。今夜は、臼杵のビジネスホテルに宿泊と決定。明日、朝早くに四国に渡る予定。

 飛びこみで、臼杵駅近くのビジネスホテルにいくと、あいにくシングルは満室とのこと。ただ、500円プラスでセミダブルの部屋が1部屋あるという。そこに決定。道路沿いのオープンな駐車場には、京都ナンバーのXJRも停まっている。サイドバッグはそのままにして、車体カバーをかける。こんなところでサイドバッグを盗むやつもいないだろう。
 部屋で、弁当とビール。
 早めに就寝。



2000年8月17日 夏・タンデム宮崎帰省 7日目

2025年06月05日 | 2000年 夏・タンデム宮崎帰省
8月17日(木)

 渕之上宅で、1日中、ウダウダ。風神亭にラーメン食いにいったりする。
夜。雨。

(2025年追記。渕之上とは就学前の季節保育園からの友人で、ありとあらゆることをお互いに知り尽くした仲だ。一時期、東京高輪で個人塾もやっていて、阿佐ヶ谷に住んでいた自分は、たまに呑みに行っていたものだ。自分が荻窪から阿佐ヶ谷に引っ越すとき、渕之上が2トントラックを運転してくれたのも懐かしい)


2000年8月16日 夏・タンデム宮崎帰省 6日目

2025年06月04日 | 2000年 夏・タンデム宮崎帰省
8月16日(水)

 三股の奥にある渓谷に車で泳ぎにいく。犬2匹、渕之上、渕之上の奥さんであるカズヨ、子供2人。ちょっとだけ泳いでみるが、水はかなり冷たく、長くは泳いでいられない。
 夜は、また、わやわやとばかみたいに呑む。
 明日は大雨だという予報なので、もう1日世話になることに決定。

(2025年追記。カズヨちゃんは、去年2024年の暮れから2025年の新年にかけて、東京の我が家に2週間ほど滞在して、毎夜わやわや呑むことになる。もちろん、そのときには、70近くでそのようになるとは想像もしていない。息子の一人も中央沿線に居を構えることになる)