10月19日(木)

晴れ。4時半起床。
ようやく、1昨年から念願だった夜叉神峠より向こうに走りにいくことにする。
午前5時過ぎには永福から高速に上り、そのまま中央高速。この秋一番の寒さということで、やはり寒い。下はアンダー、インナーをはいてその上にジーンズ。上はTシャツ(半袖、長袖の2枚防寒)に、トレーナー、冬用長裾ジャケット。グローブは皮手袋一枚ではじきに手がかじかんでくるので、ゴアのグローブにインナーをつけるが、それでも爪先がじきに冷たくなってくる。
談合坂SAで、カレー朝食。
高速道大月ジャンクションで河口湖方面に左折。気温は5度とある。午前7時過ぎに、河口湖で高速を下りる。このあたりだけ、深い霧に包まれている。国道139号を本栖湖方面へ。料金所付近から霧。どうやら川口湖から流れてきたらしく、しばらく走ると晴れてくるが西湖あたりでまた霧。胸のあたりが霧でびっしょり濡れる。
本栖湖から国道300号で下部町に下る。
――7時40分。いったん練馬に携帯で電話。8時から9時の間に帰宅する予定とカミさんに伝える。
国道52号をつっきるようにして、そのまま南アルプスのふところ目指して走り、途中から雨畑渓谷に向かって左折。すぐに道は細くなり、未舗装の林道が続くかと緊張するが、けっこう開けた場所にでて、小学校や集落があるのでおやっと思ったりする。1車線の道は舗装はされているが、けっこう荒れている。
道の左側(谷側)に、電柱が立っているので、先に民家があるのがわかる。
こんなところに人が住んでいるのかというような場所にぽつんと農家が1軒、山間に隠れるようにある。素朴に不思議な風景だ。
斜面を切り開いてつくったような集落では、「すずり」ありますと手書きの看板が軒先に下げてある家もある。「雨畑硯」ともある。このあたりでは、硯に適した石が採れるところでもあるらしい。段々になった茶畑もある。
選挙の看板(8人くらいの候補欄に1枚だけポスターが張ってある)が立っている2~3軒の集落を最後に、電線の電柱もそこで終わり。
それでも道は舗装されているので、とりあえず先に進んでみる。
渓谷を見下ろすような高所に道が続いているので景色はいいが、まだ紅葉というほどではない。もう数週間でその季節になると思うが、ひょっとして、ここは穴場ではないだろうか。ただ、山向こうに通り抜けができないので、車が殺到したら身動きできなくなるのは間違いない。
ようやく舗装が途切れたところで、しばし休息。保安林とある看板によると、ここから先、山伏峠まではかなり道が蛇行した難所のようだ。マップルの地図にも路面崩壊により通行止めとある。今は開通しているかもしれないが、オンバイクではとても走る気がしない。
雨畑渓谷の分岐からここまで約20キロ。往復約2時間。
分岐点に戻ると、奈良田温泉目指して北上。道路標識には「南アルプス街道」とある。
奈良田温泉で一風呂あびようかと思ったが、まだ午前11時。もうすこし走ってから、ゆったりしたい気分だ。
広川原までいくことにする。
「マークスの山」で、あの登山者が下ってくる場面は、このあたりかななどと、斜面に目をやりながら走る。東電の建物が現れると、おお、ここかなどと一人合点。清冽な早川の流れを横に見ながらの道は、本当に気持ちがいい。雪解けの水かとおもうくらいに、きれいな水だ。
ダートは覚悟していたので、道が未舗装路で狭くなってもどうということはないが、素堀りのトンネルにはまいった。長いトンネルの中ほどで、ぐうっと90度近くカーブしているのもあり、もちろん電灯などなし。
あるトンネルでは、バイクとほぼ同時にトンネルに飛びこんだ鳥(スズメくらいの大きさだが、種類ははっきりしない)がいて、自分と並行するように、天井あたりを必死で飛ぶはめになる。追い抜いたり、追い抜かれたり。
壁は液状のコンクリで吹き固められているが、地面は剥き出しのまま、天井から始終垂れてくる地下水(?)で、無数の水たまりができている。思いもしない深いものもあり、ときおりドコンとフロントから突っこんでしまい、そのまま転倒しそうで、冷や汗タラタラ。対向車がこなかったのは、ついていたというしかない。下が舗装されているトンネルもあるが、地面剥き出し素堀トンネルがいくつもある。
鳥を追い越すようにしてトンネルを出たが、やつはなかなかでてこない。鳥目なもんで中でしばらく休んでいるのだろうか?
広川原についてからバイクを見ると、白いドロ状のものがエンジンからフロントフェンダーはいうに及ばず、はいているブーツにまで分厚く付着している。フロントフォークにいたっては、前部がほとんど白く塗り固められたようだ。
広川原でしばし、休憩。
広場から山を見上げてみるが、もちろん北岳など遥かかなた見えるはずもない。雨畑渓谷と違って、こちらのほうが標高があるのだろうか、紅葉というほどではないが、全体が黄色く染まっている山もいくつかあり、けっこう目をひく。ここが紅葉のシーズンになったら、見事だろうと想像できる。
広川原から夜叉神峠に向かって走っていると、減速もしないで急カーブを飛び出してくるアホチン4駆が何台もいる。こんな狭い林道で、なに考えて走っているんだ。
途中、バイクにも2台ほど遭遇。
芦安温泉を抜ける近道(?)を下っていると、道路の真ん中に犬が座っていて、こちらをじっと見ている。横をすり抜けできないワケじゃないが、その犬の横とゆっくり通過。顔を見てみたい。時速、約20キロ。さらにゆっくりゆっくり。
甲斐犬というだろうか。凛々しい顔をして、こっちをじっと見据えている。
犬の正面に向かって、じわじわっとバイク進める。
「なんだあ、この野郎」
という表情をしたわけではないが、心の中でそう思ったのは間違いない。
バイクが数メートルまで近づくと、さっと体を右にかわし、バイクが横を通り過ぎたとたんに、吠えかかってくる。くそ、くそ、くそおと、吠えている。
10メートルほどまで先に進み、バイクを停止して、バックミラーでじっと犬を見ていると、犬もじっとこっちを見返す。
エンジンをブオンとふかすと、犬はもう1回吠えようかどうか迷った表情のあと、すぐにばかばかしいというように、ゆっくりと踵を返して道の向こう側にゆっくり歩いていく。
犬は大好きだ。面白い。
ま、そんなことをやってから、さらに街道を下る。
何軒か、温泉があったが、白根町に町営の施設があるようなので、そこにいってみることにする。
町民は300円。町外民は610円。券売機で券を購入。入り口横にある休息室では、地元のおばさんたちのワヤワヤする声がかなりうるさい。入浴以外で、休息料金をとり、そこで休息もできるらしい。だけど町外民の男ひとりで、おばさん連中の中で休息する気にはなれない。
とりあえず、風呂。
10畳ほどのヒノキ(だろうか?)の広い浴槽が気持いい。
サウナも露天風呂も、薬草風呂もないが、たんに浴槽がでんとひとつあるというのが気持いい。横の半畳ほどの小さな浴槽には、源泉だという冷たい水が流れている。飲用もできるらしい。
頭の禿げたじいちゃんが、でていったあとは、貸し切り状態。
昨夜は3時間くらいしか寝ていないので、じっくり湯に浸かっていると、頭の芯がじーんとしてくる。ちょっと暖まって汗がでてきたところで、源泉水風呂にじっくり浸かって、汗を引かせてからあがる。
服を着たあと、脱衣所のイスでしばし横になるが、どうにも落ち着かない。飲用とある蛇口から、コップ半分ほど温泉水を飲んでみる。飲み過ぎると悲惨な目にあうのを体験的に知っているから、これで充分だ。
湯屋をでて受付にいき、食堂はないかと訊くが、ここは食べ物持ち込みになっているという。ハラ減り状態だ。
しかし、頭がぼうっとしてとても運転できる状態ではない。
待合いコーナーのソファでだれかが寝ているので、自分も対面にあるソファに横になり、しばし休息。
足元にあるでかいテレビでは、加山雄三がだれかにインタビューされて、ずっとしゃべり続けている。オヤジの話、結婚の話、どうやって芸能界にはいったかなど、などなど……。いつのまにか寝入ってしまう。
30分ほど仮眠して、午後2時には出発。
地方道12号から北上、10キロほど走り国道20号に合流。
ハラへった。道沿いの食堂に気をつけながら走る。軽い食事がいい。できればカレーでもいいか。そう思っていると、「手づくりカレーの店」というでかい看板が目に飛びこんでくる。赤い布に白抜き文字でカレーライスという幟が道沿いに何本も立っている。なにも考えずに駐車場に左折。
なんとなく煤けたような店だが、カレーさえうまければいい。
客は1人もいないが、カレーさえうまければいい。
カレー500円。カツカレー800円とある。カレー専門店らしくメニューはシンプル、種類はそれほど多くない。カレーさえうまければいい。メニューの数が多ければいいというものでもない。
しかし、カレー専門店にしては、カレーの香ばしいにおいがしない。そんなことを気にしてもしかたない。カレーさえうまければいい。
ちょっときつめに化粧したおばちゃん(推定年齢55歳)に、とりあえず、カレーを注文。店の人はそのおばちゃんひとりだけだ。ほかに従業員は見当たらない。ということは、けっこうヒマということか。
普通のカレー屋さんなら、注文、即、カレーがでてくるのが普通だ。専門店なら、いつでもカレーは温めてあるのだから。
ここはけっこう待たされる。約5分というところか。たぶん、カレーを温めていると思うが、すこしもカレーのにおいがしないのは不思議だ。
「おまちどおさま」
と、もってこられたものを見て、あれっと思う。
そんな思いを中断させるように、おばちゃんが話しかけてくる。今日はどこからですかとか、これからどちらにとか……。適当に答えていると、おばちゃんに携帯電話がかかってきて向こうにいき、ようやく、カレーにありつくことができる。
だが、そのカレーのメシはパサパサで黄色い。
サフランの着色などではない。たんに保温のしすぎで、黄色くぱさついているだけのメシだ。なんだろう。これ。
さらに、メシにかかっているカレーをじいっと観察してあれっと思う。
こ、こりは、はっきりいってレトルトカレーだ。
吟味しながら、さらに1口食べてみる。
間違いなし。
レトルトカレーのあの、小さく小さくサイコロカットした見覚えのあるジャガイモ。ニンジン。独特の黄色い色。それに味が決定的だ。あのラムネを飲んだあとの、残り味のような独特の隠し味(?)。これは間違いなく、ハウスのククレカレーだ。
ぎゃははと、大声で笑い出したい気分になる。
ま、わかっていても食うのは当たり前。
さっきの待ち時間は、湯温め2分、カレーパック温め3分といったところか。
――と、しげしげと観察しながら食っていると、店の小上がりに置いてあるテレビの音量が急にバカでかくなる。
おばちゃんが上がり框に腰かけて、テレビを食い入るように観ている。
ワイドショーで、倒産した「エステ・デ・ミロード」の本社があったところで、レポーターが中継をしているようだ。店中に、レポーターのばかでかい声ががんがん響く。
なんか、こんなふうだったら、お客さんはこないわと素直に納得する。
金を払うだんになると、この20号をしばらくいくと、警察がスピード違反の取り締まりをよくやっている場所を詳しく教えてくれたのは助かったが。料金は500円プラス消費税。
店の外にでてあらためて外観を見ると、店の横が住居になっているようだ。なおのこと、店をきれいにしなくては。店のウィンドウに張ってある何枚もの「生ビールあります」張り紙もとうに色褪せて、いったいいつ掃除したのかと思うような汚れた窓ガラス。なんだか店主の性格が容易に想像できる。
立ち食いそば屋でレトルトのカレーをだされても驚かないが、カレー専門店と看板をだしている店で、レトルトカレーを出されたのははじめてだ。
手作りカレーの店とある看板には、夜になると、下からライトアップされるように小さなライトが何個か看板の下のほうについている。
気合い入れて、開店したんだろうなとは想像できる。
再び20号を走りはじめると、やたら、工事規制。すぐに渋滞。どうやら、光ケーブルを道路に埋め込む集中工事をやっているようだ。諏訪南インター入り口から右折、中央道を脇目にそのまま八が岳山麓に向かう。
地方道17号を走るつもりが迷ってしまい、八が岳ズームアップロードなどという道を気持ちよく走っていると、いつのまにかダート。ものすごい砂ぼこりを車があげる。ついにはどこを走っているのかわからなくなる。
1時間ほどウロウロしてようやく、国道299号(麦草峠方面)と国道152号(白樺湖方面)の分岐にでる。やれ安心。299号に右折。
麦草峠付近はさすがに、寒い。メットの中が吐く息で白い。
すっかり日が落ちて、あたりは暗い。
国道141号に合流すると、佐久に向かい、国道254号に乗る。途中、佐久市中込の交差点では、右折したとたんに、右手暗がりから自転車を押してくるおばさんに遭遇。あやうく跳ね飛ばすところだった。後輪が2度ほどロックして、車体が横に流れ、おばさんのすれすれのところを通過。思わず、大声で怒鳴ってしまう。道に外灯がなく、暗がりから急に人がでてきたのでびっくり――だ。少し走ってから、胸がドキドキ。
もうワンテンポ、ブレーキをかけるのが遅ければ、(確実に)事故を起こしていたのは間違いない。
まあ、そのあとはなんだかんだで254号を、それほどの渋滞もなく本庄児玉まで走り、午後7時20分過ぎに関越道に乗る。
午後8時半、自宅着。本日の走行距離約550キロ。