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谷やんの ”まなブログ”

最近思う事・自動車全般・ムフフ話・など自分の今思う旬なネタを題材に社会派で迫ります。

Expressions

2009-01-09 | 最近思う事

噂のCDを買ってみることにした。

”竹内まりや”という女性の存在を知ったのは中学生の頃だろう。

♪~レモンライムの青い風~♪

の、フレーズがテレビから流れてきたのを思い出す。
とても親近感を感じるロートーンボイスは耳に心地よく、軽快なリズムはそのCMの主人公である清涼飲料のイメージを爽快なものにしていた。

それから暫らくして兄貴がLPを買ってきた。
テープにダビングしたその楽曲たちは、2段ベッドの下に寝る私のウオークマンに納まり、電気を消してから始まる深夜のライブの幕が開く。

そこはかとなくビートルズを髣髴させるリズムは、私の体を流れる”血”を活性化させた。
ひと通り、ノリが納まると今度はスローテンポの曲が始まる。
今度は精神面で私に追い討ちをかける。
無垢な心に傷が目立つようになった頃、その傷に染み入る歌詞は時として傷を深くし、又は癒してもくれた。

それから30年。

お店でCDを見つける。
レジで紙袋に納まった楽曲たちは、私に抱えられ車に乗り込む。
キャラメルのように包装されたセロファンを剥がし、3枚組みCDの”Disc 2”を取り出す。
センターコンソールのイジェクトボタンを押し、今度はその”Disc 2”が吸い込まれていった。

ボリュームを少し大きくする。
重低音が小気味よく発生し、懐かしいリズムが始まった・・・

楽曲を一々説明するような野暮な話はやめよう。
これらの曲を改めて聴くと・・・
そんなのは感動するに決まっている。

驚いたのは、歌詞カードの説明を読んでいると、そこには、「安部恭弘」「杉真理」「EPO」なるミュージシャンが名を連ねる。
私は理解していなかったが、”まりや”は、彼らと振興が深かったようだ。
そして、ご主人である「山下達郎」の影響を他聞に受けて作られる曲・・・

私は意識はしていなかったのだが、彼らの曲を殆んど持っていた。
私の嗜好がそうだったのか、彼らが影響を受け合って作られる曲は同じ雰囲気を醸し出していたのかは解らない・・・

だが、私の感性を刺激した曲には一貫性があったのかも知れない。

3枚目を聞き終わったころには心地よい疲労感に包まれていた。


またひとつ、思い出深い品物を手に入れた。

Mariya Takeuchi Manhattan Kiss
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正月

2009-01-04 | 最近思う事

既に2009年の幕は切って落とされた。

歳を重ねると、新年は有りがたくないものであり、どうせなら一気に定年ぐらいの歳になって悠々自適な生活を送ってみたいとか、有り得ない想像をしてみたりもする。

最近、雑煮の餅を食べづらくなった気がする。
食物を飲み込む力が弱くなったのか、老人が餅で命を落とすニュースは実感を持って見る事が出来るようになった。

目も遠くなった。
仕事柄、運転は付き物だが、夜間にルームランプで地図を見るのが難しく、ハイワットなLEDランプを新調したりして対策している。

そんなこんなで・・・

新年、明けまして、おめでとう、ございます

今年も、谷やんも”まなブログ”を、ご愛好の程、宜しくお願いします。
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リフト

2008-12-23 | 最近思う事

私が始めてスキーをやったのは、小学5年の時だった。

叔父にスキーの指導員がいて、冬場暇そうにしている私を見てはスキーに声をかけてくれた。

当時の貸しスキーは、簡易的なものが多く、”バッケン”と言って靴の後ろにワイヤーを引っ掛け、前の方に取り付けたバネつきレバーを前に倒しスキー板に靴を固定させるものだった。
ストックのリングもべらぼうに大きな円だったように思う。
場合によっては、竹のストックだったし、競技スキーの連中もポールに竹を利用し赤や青のスプレーで色づけしていた。

スキーを始めて履いた時の印象は、”身動きできない感じ”で、しかもあんなに長いスキー板を足に固定されては、歩く事もままならない感じだった。

でも、子供は吸収が早く、一日も滑れば何となく滑る事ができ、そして止まる事ができないので、転がっては立ち上がりの繰り返し。
結果、当時ウエアーはナイロンで水分を吸収してしまい、ビショビショになって帰ってくるのだった。

初心者に待ち構えている最大の難関。

それは、リフトに乗る事だった。

当時のリフトは、シングルリフト(一人乗り)が主流で、今日のように滑らかな滑車もなく、リフトの支柱辺りではしっかり捕まっていないと振り落とされる危険性さえあった。

それからしばらくするとペアリフトなるものが出現した。
あるスキー場では、”ロマンスリフト”なる名前が付いて、偶然隣り合わせた男女がリフトを下りるまでに意気投合し、その後結婚に至った、なんて逸話もあったほどだ。

このペアリフト、ベテランと初心者の組み合わせで安全にリフトに乗車させる事が出来るようになり、初心者の指導に貢献した。

それからバブルの頃になると、輸送量の拡大に伴い、トリプルリフトやクワッドリフト(4人乗り)に移り変わる。

正月などの連休に膨大に膨れ上がる客は、リフト乗り場に並び、それは正に”長蛇の列”に達する。
ゲレンデを滑り降りるには5分程度、リフト待ちに30分なんてザラだった。

輸送量の拡大は必然であり、トリプルやクワッドはそれに貢献するのだった。

しかし、問題はそう簡単には解決しなかった。

勿論、リフトの待ち時間は軽減されたものの、今度はゲレンデに人が多すぎてしまい、滑走するのに危険な状態が起こるようになった。

自動車社会のミニュチュア版のようで、滑走するスキーヤー同士の衝突など、ゲレンデでの事故は社会現象にまで発展した。

ウインタースポーツの発展に寄与した”リフト”
それによって、起こる事故・・・

純粋にスキーを楽しむ連中は、バックカントリーへと移行したようにも感じる。

地球温暖化が懸念される昨今、スキーは生き残れる事が出来るのであろうか。

夏、ひっそりと佇む無人のリフトを眺めていると、そんな思いを感じる今日この頃である。
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黄色い救急車

2008-11-29 | 最近思う事

子供の頃、あまりにも頭の宜しく無い遊びをしていると、黄色い救急車に連れて行かれちゃうぞ!?

と、脅かされたものだ。

今になって疑問に思い、色々調べてみるが、欧州の一部の地域で黄色い普通の救急車は存在するようだが、特殊なものでは無いらしい。

多分当時は、精神に異常を起こした人間が強制収用される、との意味だったと記憶している。

この話、調べてみると私の育った地域だけでなく、全国的に存在した話のようだ。

今の言葉で言う、”都市伝説”って事なんだろう。

しかし、この救急車の色である”黄色”・・・

我々日本人には、関連のある話のようだ。


ある実験で、壁も天井も黄色で出来た部屋を造り、一人の人間をその部屋で篭もってもらう事にする。

頭にはセンサーを取り付け、血圧、体温を測定できるよう取り付けをする。

そこで得たデータは、血圧が上がり変調をきたすような結果が得られたのだ。

他の色の部屋では有り得ない異常数値であった。


つまりはこういう事なんだろうと思う。

我々日本人の祖先は、農耕民族であった。

春、田植えをし、維持管理しながら、秋の収穫まで面倒を見る。

その報酬として、民族は食料を得る事になる。

秋に黄色い稲穂が実れば、それは収穫を意味し、喜びを得る事になるだろう。

しかし・・・

秋の季節意外に稲穂が黄色くなる事・・・・

それは・・・

”枯れ”を、意味する。

つまりは、この一年に起こるであろう”飢餓”を予測させるサインなのだ。

どうやら、農耕民族のDNAには・・・

”黄色→異常”

という方程式が成り立ってしまったのだろう。


”都市伝説”といわれた、”黄色い救急車”問題も、実は意味の深い仮説が立てられたりする。

個人的には、好きな色なのだが・・・
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マウス

2008-11-23 | 最近思う事

マウスと言えば、ねずみである。

このマウス、パソコンの傍にウロツキ始めてから四半世紀が経つ。
その頃、パソコンのOSはウインドウズなどではなく、MS-DOSやベーシックなどで動いていたし、保存媒体もフロッピーデスクで3.5インチの前身の大きな薄っぺらい(5.25インチ)を使用していた。

その頃、私の傍にはまだマウスは存在していなかったように記憶している。
キーを動かすには、ファンクションキーを多用していたし、アップダウンは矢印キーで動かした。

ワード・エクセルなんて主流じゃなく、一太郎で練習した。
いや、街の家電量販店では、パソコンは一部のマニアックな人達のアイテムであり、一般人は”ワープロ”を購入していたような気がする。

そして、日本語版のウインドウズ95がお目見えした頃から、様子が変わってきた。
何だか、ねずみの様なコードのついた奴が15cm角のパットの上を自由自在に動き回り、アレヨアレヨと色んなプログラムを作製したり、お絵かきしたり・・・

気がつくとあんな奇妙なマウスは大活躍し、マウスが居ないと仕事の効率は半分以下に成ってしまうほどだ。

しかし、一体誰があんなものを作り出したんだろう・・・
あれを考え出した奴は、ある意味ノーベル賞者かもしれない・・・

そして、最近思うこと。

マウスではなく、最近違うものに見えたりする・・・・

まあ、お後が宜しいようで・・・
コメント (10)
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