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感想日記

生活の感想を書き綴る場所。
日常の感想とか、本の感想とか。

まだネットにつないでいません

2009-12-28 22:15:00 | Weblog
 クレームが来たとの連絡を受けてこんな時間に職場にやってきました。
 ついでにここを覗いたら変なコメントが残っていたので削除しました。うがー。寝不足なのにさらに不愉快にさせるようなコメント見せるんじゃない!(注:エロサイトの広告でした)。ちなみに昨日は午前二時まで仕事だったぜ! はっはっは。年の瀬は忙しいね。

 この時期、本来なら今年読んだ本で面白かったものを列挙したりしてるんですが、最近あんまり時間が無いので御勘弁を。少し余裕が出来てから、ネットカフェでも利用して、読んだ本の感想はまた書きます。

 それでは皆さんよいお年を。

「あなたのための物語」(著者:長谷敏司)

2009-09-13 18:38:18 | Weblog
 読了。面白かった。読み終えたとき、三度ほど流した涙で頬がべたついていました。えーい。気色悪いなぁ。気色悪い男だなぁ、俺。

 あらすじは・・・・・・
 『西暦2083年。研究者のサマンサは経験や感情を直接伝達する言語ITPを開発したが、ITP移植のための検査で余命半年だと判明。ITPテキストによる仮想人格「wanna be」は、彼女のための物語を語り始めるが…。 』(オンライン書店ビーケーワンの内容説明より)

 長谷敏司さんという作者は、私にとってはラノベ「円環少女シリーズ」の作者として馴染んでいる人です。逆にいうと、その作品しか今まで知らなかった(笑
 ただ円環少女という作品が中々に私と波長があっており、戦闘描写の中に挟まるお笑い要素や社会描写、そして人間ドラマが非常に好みであったため、今回この作者さんがSFで新作を出すと聞いて、どんな作品を書くのかと興味を持って購入した次第でした(普段私はSFを読みません)。

 そして読んだ感想としては……面白い! 正直、このあらすじからは、ここまで面白い作品になっているとは推測できなかった。

 面白さを分析してみると、コレは一人の人間……主人公サマンサの発症から死までを、余すことなく書き綴ろうと試みた点にあるでしょう。
 病から来る身体や精神の変化を、正面から描こうとした。人間が人間らしさを失い、そして人間らしさを得て、そこからまた動物的な死を迎えるまでを、シーソーのように主人公の揺らぎとして克明に描き出した。
 題名にある「あなたのための物語」。コレはあらすじではまるで「wanna be」がサマンサに宛てて書いた小説のことをさしているように錯覚させますが、作品を読んだ読者には容易にわかるように、フェイクです。作中で盛んに比喩される“物語”という言葉。それは出版物だけでなく、人とのコミュニケーション、自分自身とのコミュニケーション、そして取り巻く社会のみならず、過去と未来をも含めた知覚し想像しえる、未知を包括した全世界のことである。それを実感するために、主人公は全ての基準点足りえる零に向かって、死の道を歩む。その死に向かう主人公のありのままの心を見つめるのは、主人公の物語を読む我々読者と、研究室のITP人格「wanna be」である。「wanna be」の誕生から死までを見つめるのは、サマンサと読者だけである。そして「なりたい」という感情から端を発した物語は、何もかも捨て去った動物的な死へと還元されてしまう。最後に「wanna be」とサマンサの物語を知るものは読者だけになる。
 題名の副題は「A STORY FOR YOU」。物語は一つだけ。それは「wanna be」の物語をさしているのかも知れず、サマンサの物語かも知れず、サマンサがサマンサ自身へ宛てた“物語”かも知れず、サマンサを取り巻く全世界を指したものかも知れません。そして読者が読み終えた、この一冊の本なのかも。
 wanna beとサマンサ、二人の生と死。本の中で物語りは完結し、完結したが故に外へ語りかけてくる。いい作品だったと思います。

 ただまあ、欠点もあったと思います。一つは含めるものが多すぎたこと。「なりたい」とか「物語」とか肉体の既得権利とか、キーワードに込めた象徴が多すぎて、作品全体像がぼやけてしまっていると思う。何を最も強く描写したかったのか? それが不鮮明になっている。
 単に死の情景を描きたかっただけとは思えません。そして死が全てのゴールなのだとしても、そこにまさに「全て」を抱え込まれてしまっては、答えが無いのも同じ。読者としては混乱してしまう。カフカ的な万華鏡的メタ作品を目指したのだとすると、逆に不満が出てしまうしなぁ。
 正直、そういった点ですっごく感想が書きにくい作品です。色々と考えさせられて心動かされる情景はあるんだけど、それらは本当にこの本の主題にあっているのか、「紹介」として扱っていいものなのか悩む作りになってしまっています。実際読み終えた現在では、感傷を味わっただけで、内容は理解できていないんじゃないかと不安を抱えています(笑
 でもその確かな感傷という点では、感動の涙を流したという点で良作に間違いないでしょう。
 ちなみに泣いた三箇所は、一つがサマンサが故郷に帰ってきてからの母親との対面シーン。そして両親からのビデオレター。そして最後が、サマンサとwanna beの最後の会話後の、4章。お約束、スタンダードなものに弱いなぁ、私。

 個人的にオススメの本です。この作者さんの内世界や、死生観を扱った物語に興味がある方は是非ご一読を。

 あ、それと。
 SFに疎い私には判断つかなかったけれど、有名SF作品へのパロディというか御遊びもおそらく要所要所に含まれているんではないかと思います。ちなみに私にはハインライン(だっけ?)の夏への扉しかわからなかった。
 それとこの作者さん、読者をも含めて「物書き」という職業に対して結構自虐的なのかな~なんてのも思いました(作者は同時に読者)。でも同時に物書きの力も信じているんでしょう。
 作者と主人公の年齢が同年齢に設定されているので、多分そこら辺も自覚的に書いているんだろうな~、なんて楽しみ方もしながら読んでました。
 ではでわ。

 
 あ、最後にもう一つ追記。というか補足かも?
 上記の「シンボルを詰め込みすぎて全体像がぼやけてる」という感想は、実はちょっと冗談的に「平板化してる」と書こうかと思ったりしてました。ITPテキストを紙面で再現しようとしたんじゃないかとか……
 別に読み難い文体などではなかったです。むしろ読みやすかった。ただし、冗談っていう事はちょっと本気も入っているということです。
 そういった、優先順位が付けられていないような印象は確かに受けました。それが狙ってのものなのか(平板化ではなく、万華鏡的カフカ的作品を狙ってのことなのか)、それとも単に失敗している点なのか、判断つかなかったんですけどね。
 個人的にはちょっと失敗していると思いますけど。

ヘルニアでした

2009-09-12 18:48:48 | Weblog
 病院の検査&診察終了。ヘルニアでした。
 んー、でも治るらしいよ? 医者は「治る」という表現は使わなかったけれど。とりあえず痛み止め(炎症止め)とシップを貰って帰ってきたけど、痛み止めを飲むと本当に全く痛くなくなるのが、驚き&恐怖。腰に悪いことやってもちっとも痛くないから、逆に症状が悪化しそう。なるべく痛み止めは使わないようにしよう。

 んでもって検査とか診察とかで読み始めた本を、一冊読み終えました。後ほど感想書きます。では。

「蒲公英草紙―常野物語」(著者:恩田陸)

2009-09-05 20:19:08 | Weblog
 読了。素晴らしかった。
 この作者さんの本を読むのは三冊目。「六番目の小夜子」「夜のピクニック」ときてこの本だったんですが、今のところその全てにハズレがない。凄い作者さんだ。
 以下、幾分ネタバレの感想です。

 読み始めは主人公:峰子の回顧録だと単純に思っていました。夢のようにふわふわしていて、とりとめない。(この感想を書いてて気がつきましたが、この“ふわふわ”という読後感はそのまま蒲公英の種にも重なるイメージですね。でも本当に、素直にふわふわした話だという感想が、読書中の私の感想でした)
 しかしラストまで読み終えたとき、一転してその宙に浮いたような感じが一気に抜け、堅い地を意識させて、常野物語という副題の意味に気づかされます。
 回顧録には間違いない。ただ、その回顧録を公開するという行為自体が常野の「誰にでも出来る行為」であるところの、「しまい」「響かせる」行為であるのです。そして、主人公の少女時代に聡子と交わした約束や、各登場人物の想い等に重なり、読者へのメッセージとなる。
 現代に生きる我々は、聡子のように生きれているのか?
 受け継いだ想いを、裏切らずに生きていれるのだろうか?
 読者は響かされることによって、その問いに直面することになります。
 このラスト数ページによる転換が効果的だった。そしてほんとうに素晴らしかった。槙村での生活の幸せさが美しく描写されていたからこそ、私の心に響いてきた(本読んでて泣いたのは多分数ヶ月ぶりです)。

 この本はオススメです。機会があれば、是非読まれてください。




 んで、以下盛大にネタバレの感想です。

 と思ったけどやめました。どうしても、本の内容以外の、現在の社会情勢や過去の戦争に対しての個人的な意見が混じってしまう。それは無粋ですから。
 ですから一点だけ、老人と化したの峰子に対しての感想だけを。
 私にとっては終戦時の峰子は後悔の只中にいると感じました。一つは聡子との、村のために尽くすという約束を守れていないこと。一つは廣隆の気持ちに、応じることも断ることも無く正面から答えずに逃げたこと。
 また、草紙が一つを除いて全て焼けてしまったということは、峰子が「しまい」「響かせる」受け継いだものは、この物語に書かれていることだけだったという気がするのです。戦死した子供たちや、亡くなった夫からは、受け継ぎ損なってしまった。家族から「しまう」ことが無かった。だからこそ、残った娘に投げ掛ける、慰めに足る「響かせる」言葉を持っていない。
 そしてやがて最後の一冊の草紙さえも、焼け落ちて失ってしまうほど、峰子の心は力を失ってしまうのではないか、と感じました。
 しかしそれではあまりにも悲しすぎる。彼女が最後に心にしまっていた記憶がこれほど読者に響くように、全てが失われかけて価値など無くしたように見えても、受け継がれ美しく再生していくものがあると思いたい。
 仏がなくなったと嘆いているのは仏を信じる心の裏返しだったように、価値がなくなったと思い始めている今でもどこかで常野が旅していると信じられることは、彼女が再び連綿と続く素晴らしい生の流れを感じられる可能性があるからなのだと思いたいです。
 それを実現するために「みんな一緒に作っていく」なんて言ったら、やっぱり本の感想から外れちゃうんでしょうけれど(注:私は別に作中の時代やそれ以前の時代がみんなで一緒に作っていたとかいないとか思っていません。ひとくくりにして画一的に語れることじゃないと思う)。
 ああ、やっぱり余計な言葉が出ちゃいそうなので……この辺で。
 でも本当にいい本だったと思います。うん。

Hell near

2009-09-03 19:40:20 | Weblog
 今日は仕事を休んで病院へ行ってきました。症状は腰痛、並びにそれによる足の神経痛。そう、ヘルニアの症状。
 3月30日にぎっくり腰になって以来、腰痛とお友達になっていたのですが、最近はその痛みがだんだんと酷くなってきたうえに足に痺れにも似た痛みが走るようになり、ヤバイかもしれんとネットで検索をかけたら「症状ヘルニア」と出てきたもので、慌てて行く予定を組んだのです。
 とりあえずレントゲンを取って医者に診断してもらったのですが、レントゲンを見る限り異常は無いとのこと。ただし整体まがいの診療では、なにやらヘルニアらしき様子。よって、当初の私の希望通り、MRI検査を来週受けることになりました。
 本当はすぐにでもMRI検査を受けたかったのですが、予約が詰まっていて来週のその日にしか開いてないとのこと。ざっと頭の中でスケジュールを確認して、その場で予約してきました。スケジュールが駄目でも何とかして検査を受けるつもりです。こーゆーとき、私は自己中な人間になるのです。まあ夏休みをまだ全然使っていないから、それを使えば大丈夫だろう。
 検査を終えないことには結論は出ないけど、もしヘルニアだったとしても、なるべく手術はしたくないなぁ。

 それはそうと、レントゲンを取った後に、病院の手違いで写真が中々医者の手元に届かないというトラブルが発生しました。その間一時間ほど余計に長く病室で待たされたワタシ。
 いやまあ、人間誰しも間違いやミスがあるものだから、受付のお姉さんを責めるつもりはないのですが(医者が身内や私の手術でミスったりしたら、さすがに私でも怒るけど)、せめて自分の居ないところでレントゲン科と連絡を取ったらどうだろうかと思った次第。
 だって目の前で「まだ届いていないんですけど」「え、送った? 4番?」「もう一度探してみます、はい、はい」「やはり無いんですが・・・」とかやり取りしているのを聞くと、長く待たされている原因が病院の連絡ミスだと丸分かりじゃないですか(笑。裏方で連絡取り合ってれば、例え待たされても「写真をじっくり見てるのかなぁ・・・」とか私みたいなぼんやりさんは気にしないだろうし(ヘルニアはレントゲン写真では診断しにくいらしいようだし。時々異常を異常と認めず診断ミスが起こるらしい)。
 下手に隠されるよりいいのかもしれないけど、それも内容次第。ケースバイケースだと思います。
 まあ、いくら待たされても、読書がはかどった私にとっては、気にならなかったけど。はっはっは。でも本を持ってってなかったらやはりイラついてただろうと思う。

 読んでた本はまだ読み終わっていないので、感想は後ほど。後日になるかも。

 あ、それとリメイク版の13日の金曜日のDVDを買いました。
 特典映像で監督や俳優女優のインタビュー映像が収録されていたんですが、監督達が「今回のジェイソンは頭脳派。シリーズで一番頭良いよ」とか言っているのをみて違和感が……。
 いや、今回もかなりお馬鹿さんでしたよ、ジェイソン君。主人公達がそれ以上にお馬鹿だったからつりあい取れてたけど(まあいつものことですね)。
 ジェイソンの頭の良さを示すエピソードとして、被害者に止めを刺さず、その助けを呼ぶ声で主人公達をおびき寄せようとするシーンが紹介されていたんですけど……。私はあそこで主人公が「出ちゃ駄目だ! ヤツは俺たちをおびき寄せようとしてるんだ!」とか言う場面で“主人公馬鹿だ”と思いましたもん。そして本当におびき寄せようとしているんなら、ジェイソンも馬鹿だと思いましたもん
 だって、そのシーンでは庭の照明の中で、ジェイソンが武器を持たず皆の前に姿を現しているんですよ。他の仲間たちは、誰も気がつかないうちに、個別に一人一人影から殺されているんですから、ジェイソンに正面から対決できる(しかも現在こちらの方が人数が多い)絶好のチャンスじゃないですか。逆に、いくら強いとはいえ、4人がかりで救助にこられたら、ジェイソンにとってもピンチなのです。そこはいったん退却して、改めて襲う機会を窺うしかなくなる。
 もちろん、主人公達は他の仲間たちがどのように殺されたのか詳しい経緯は知らないから、ジェイソンが個別にハンティングするのが得意だと思わなかったのかもしれない。正面きって戦うのが得意なプロレスラーのような殺人鬼だと思ったのかもしれない。
 しかしそれならなおさらのこと、多対一の形を取れる今こそが、最も勝率の高い機会だと思わなきゃ駄目なのです(とっさに協力し合えたかは別として。まあ少なくとも2対1の形には持っていけたはずだよね)。
 しかし目の前で人が死に掛けてて、殺人鬼が手ぶらでそれに近付きつつある姿を目視しながら、4人がかりで助けに行くことも可能なのに、罠を懸念して家から出ようとしない。私の目にはそれはただのビビリに見えました(この後、屋根の上でジェイソンが待ち構えているような姿が描写されたりしますが、それは助けを求めていた男が止めを刺された後の話です)。
 また主人公達はジェイソンを向かい撃てる機会がいくらでもあるのに、それを全部「走って逃げる」行為でフイにしてるんですよね。ジェイソンも、そうした危険があるのに平気で姿を晒して、しかも場合によっては無警戒に走る。基本的に今までのジェイソン君と変わらない気がしました。
 その点、例えば3作目のヒロインなんかはジェイソンの動きを把握して待ち伏せしたりしてた。ジェイソンも逃げそうな場所に死体を配置して悲鳴によって隠れたヒロインの位置把握をしてたりしてた。もっともその死体にナイフを刺しっぱなしにしてたのがジェイソンのドジッ子なところで、変わらなくお馬鹿なところなんですが。あ、いや、複数人の前に平気で姿を晒している時点で、やはりリメイクのジェイソンは今までのジェイソンより頭が悪いな(6作目以降不死身になったのは除外)。
 そのほかのインタビューには、なるほどと頷く内容も多々あったのですが、この「頭脳派」という部分にだけはどうしても納得いきませんでした。反撃を受けること考えずに攻めることしか考えていないハンターを頭良いとは言わないよ。つーか、ハンターとは呼ばないな。
 でもこういったことを愚だ愚だと考えられるということでも、やはり楽しんだことになるんだろうな(笑)。うーん、旧作を見返したくなってきた。
 更なる続編、13作目の13金作成も決定しているそうですし、これからもジェイソン君の活躍に期待したいと思います。