読了。面白かった。読み終えたとき、三度ほど流した涙で頬がべたついていました。えーい。気色悪いなぁ。気色悪い男だなぁ、俺。
あらすじは・・・・・・
『西暦2083年。研究者のサマンサは経験や感情を直接伝達する言語ITPを開発したが、ITP移植のための検査で余命半年だと判明。ITPテキストによる仮想人格「wanna be」は、彼女のための物語を語り始めるが…。 』(オンライン書店ビーケーワンの内容説明より)
長谷敏司さんという作者は、私にとってはラノベ「円環少女シリーズ」の作者として馴染んでいる人です。逆にいうと、その作品しか今まで知らなかった(笑
ただ円環少女という作品が中々に私と波長があっており、戦闘描写の中に挟まるお笑い要素や社会描写、そして人間ドラマが非常に好みであったため、今回この作者さんがSFで新作を出すと聞いて、どんな作品を書くのかと興味を持って購入した次第でした(普段私はSFを読みません)。
そして読んだ感想としては……面白い! 正直、このあらすじからは、ここまで面白い作品になっているとは推測できなかった。
面白さを分析してみると、コレは一人の人間……主人公サマンサの発症から死までを、余すことなく書き綴ろうと試みた点にあるでしょう。
病から来る身体や精神の変化を、正面から描こうとした。人間が人間らしさを失い、そして人間らしさを得て、そこからまた動物的な死を迎えるまでを、シーソーのように主人公の揺らぎとして克明に描き出した。
題名にある「あなたのための物語」。コレはあらすじではまるで「wanna be」がサマンサに宛てて書いた小説のことをさしているように錯覚させますが、作品を読んだ読者には容易にわかるように、フェイクです。作中で盛んに比喩される“物語”という言葉。それは出版物だけでなく、人とのコミュニケーション、自分自身とのコミュニケーション、そして取り巻く社会のみならず、過去と未来をも含めた知覚し想像しえる、未知を包括した全世界のことである。それを実感するために、主人公は全ての基準点足りえる零に向かって、死の道を歩む。その死に向かう主人公のありのままの心を見つめるのは、主人公の物語を読む我々読者と、研究室のITP人格「wanna be」である。「wanna be」の誕生から死までを見つめるのは、サマンサと読者だけである。そして「なりたい」という感情から端を発した物語は、何もかも捨て去った動物的な死へと還元されてしまう。最後に「wanna be」とサマンサの物語を知るものは読者だけになる。
題名の副題は「A STORY FOR YOU」。物語は一つだけ。それは「wanna be」の物語をさしているのかも知れず、サマンサの物語かも知れず、サマンサがサマンサ自身へ宛てた“物語”かも知れず、サマンサを取り巻く全世界を指したものかも知れません。そして読者が読み終えた、この一冊の本なのかも。
wanna beとサマンサ、二人の生と死。本の中で物語りは完結し、完結したが故に外へ語りかけてくる。いい作品だったと思います。
ただまあ、欠点もあったと思います。一つは含めるものが多すぎたこと。「なりたい」とか「物語」とか肉体の既得権利とか、キーワードに込めた象徴が多すぎて、作品全体像がぼやけてしまっていると思う。何を最も強く描写したかったのか? それが不鮮明になっている。
単に死の情景を描きたかっただけとは思えません。そして死が全てのゴールなのだとしても、そこにまさに「全て」を抱え込まれてしまっては、答えが無いのも同じ。読者としては混乱してしまう。カフカ的な万華鏡的メタ作品を目指したのだとすると、逆に不満が出てしまうしなぁ。
正直、そういった点ですっごく感想が書きにくい作品です。色々と考えさせられて心動かされる情景はあるんだけど、それらは本当にこの本の主題にあっているのか、「紹介」として扱っていいものなのか悩む作りになってしまっています。実際読み終えた現在では、感傷を味わっただけで、内容は理解できていないんじゃないかと不安を抱えています(笑
でもその確かな感傷という点では、感動の涙を流したという点で良作に間違いないでしょう。
ちなみに泣いた三箇所は、一つがサマンサが故郷に帰ってきてからの母親との対面シーン。そして両親からのビデオレター。そして最後が、サマンサとwanna beの最後の会話後の、4章。お約束、スタンダードなものに弱いなぁ、私。
個人的にオススメの本です。この作者さんの内世界や、死生観を扱った物語に興味がある方は是非ご一読を。
あ、それと。
SFに疎い私には判断つかなかったけれど、有名SF作品へのパロディというか御遊びもおそらく要所要所に含まれているんではないかと思います。ちなみに私にはハインライン(だっけ?)の夏への扉しかわからなかった。
それとこの作者さん、読者をも含めて「物書き」という職業に対して結構自虐的なのかな~なんてのも思いました(作者は同時に読者)。でも同時に物書きの力も信じているんでしょう。
作者と主人公の年齢が同年齢に設定されているので、多分そこら辺も自覚的に書いているんだろうな~、なんて楽しみ方もしながら読んでました。
ではでわ。
あ、最後にもう一つ追記。というか補足かも?
上記の「シンボルを詰め込みすぎて全体像がぼやけてる」という感想は、実はちょっと冗談的に「平板化してる」と書こうかと思ったりしてました。ITPテキストを紙面で再現しようとしたんじゃないかとか……
別に読み難い文体などではなかったです。むしろ読みやすかった。ただし、冗談っていう事はちょっと本気も入っているということです。
そういった、優先順位が付けられていないような印象は確かに受けました。それが狙ってのものなのか(平板化ではなく、万華鏡的カフカ的作品を狙ってのことなのか)、それとも単に失敗している点なのか、判断つかなかったんですけどね。
個人的にはちょっと失敗していると思いますけど。