オーストリア継承戦争での各国の要求と結果をかなり砕けた感じでざっくりまとめてみました。
プロイセン「シュレージェンくれ」
→「え?駄目?よろしい、ならば戦争だ」
→そしてシュレージェン占領(第一次シュレージェン戦争)
→「ベーメン侵攻じゃーー!!」(第二次シュレージェン戦争)
→ベーメンは貰えなかったけど、ドレスデンの和約、アーヘンの和約で正式にシュレージェンゲット!
(フリードリヒ2世)
ザクセン選帝侯「モラヴィア(ベーメン)ちょうだい、うちにもハプスブルク領の相続権あるからいいよね?ね?」
→「ベーメン侵攻じゃーー!!」
→和平交渉により撤退。
(フリードリヒ=アウグスト2世さん。この人ポーランド国王も兼任してました。奥さんがハプスブルク出身。)
バイエルン選帝侯「ボヘミアちょうだい、あと王位も。」
→「侵攻じゃーー!!」
→チロル地方やボヘミア占領、神聖ローマ皇帝の座もゲット
→オーストリア「やばい!助けてハンガリー!!」
→オーストリアにチロル地方やボヘミアから撃退される & バイエルンまで占領される…
(カール=アルブレヒトさん。奥さんがハプスブルク出身。)
フランス「南ネーデルラント返せ」(今のベルギー)
「イギリスなぐりたい」「バイエルンと秘密条約交わしちゃった☆」
→「時は満ちた、ネーデルラント侵攻じゃーー!!」
→ネーデルラント占領
→アーヘンの和約、撤兵
(ブルボン朝、ルイ15世。このイギリスなぐりたいがけっこう重要だったりする。)
サルデーニャ王「ミラノ返して欲しいよぉ…」
(しかしオーストリア側で参戦。一応王国だけど実質はスペインの植民地。サルデーニャは現在の北イタリアにあった王国です。)
スペイン王「ミラノとパルマとピアチェンツァ返せよ」(今の北イタリア)
→「ミラノ侵攻じゃーー!!」
→ミラノ占領
→しかしサルデーニャ王国が足を引っ張って奪還ならず。
(ブルボン朝、フェリペ5世。)
か、かなりややこしい……
そして七年戦争へと続いていきます。