テニスのメモ帖

テニス好きが嵩じて、いままでのコーチ経験から書き綴ったものです。少しでも役立てばと願っております。

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第430号

2016-09-16 21:10:36 | 日記
◇◆テニスのメモ帖◇◆ 第430号 平成28年9月15日
 <メンタル面の強化>

  陸上の100m競争では、スタートダッシュが勝負の大半を占めると言われます。
 そのため、誰かがフライングを起こしたとき次のスタートは非常に難しいものとさ
 れています。一旦切れた集中力をどう取り戻すのか大きな課題です。

  よく言われる集中力は、自分自身が主体的かつ能動的な集中でなければなりませ
 ん。自分のしたいことを明確にして、それを達成するために全力投球する、これが
 集中力を更に高めるのです。

  それだけに、号砲後のストップを命ずる次の号砲は、最初に命を掛けたアスリー
 トにすれば取り返しの付かない中止でしかないのです。これを時間経過で取り返す
 ことは殆ど不可能なのです。後は惰性で取り繕っているのです。

  最近の女子テニスの試合で2試合が気になりました。先ずは大坂なおみの活躍で
 す。1STサービスの平均スピードが201キロはセリーナの210キロに迫る勢
 いです、この事実は将に驚きです。明るい性格は将来性抜群です。

  橋本総業のジャパンウーマンオープンが開催され、ランク69位の大坂はコンタ
 ベルトに6-0/6-2で勝利しました。このとき190平均の高速サービスとコ
 ントロール重視の緩急サービスで相手を圧倒したとのことです。

  一方、愛1シードの土居美咲は35位でありながら、サスノビッチ110位に5
 -7/3-6で敗戦したのです。このとき、左利きの特徴を持ったスライス・サー
 ビスを、充分には生かせないままの敗戦だったようです。

  土居は、全米オープンで初めてシード権を与えられたのですが、気の弱さなんで
 しょうか、無残な一回戦敗戦となりました。大坂からすれば追い付きたい思いが強
 いだけに良いチャンスかも知れません。

  誰でもコートに立ち、相手次第で心が波立つようでは戦いに勝つのは難しいです。
 自分を信じて戦うしかないのがアスリートの基本原則です。それを支えるのが日頃
 の懸命な練習なのです。自分自身のメンタル力を高めるべきです。

  アスリートにとって、勝負に勝つ方法としてそれぞれの考え方に精通しなければ
 ならないのです。それは単純に勝てば良いものではありません。そこにいたるまで
 にいろいろな成長に寄与するテクニックが必要なのです。

  しかし、現実は更に厳しいものがあります。錦織が全米オープン決勝を間近の無
 念な敗北、残った選手を見ると優勝も決して無理ではなかったのですが、現状の地
 位に座しながら不本意な敗戦は残念でならないでしょう。

  全米オープンで、準決勝で敗戦した錦織の感想はプレスの発表しかないですが、
 そのコメントは「疲れました」「暑さに参りました」等の言葉がありました。どう
 してこうなった自分自身の弱さを反省しないのでしょうか?

  試合が開催され、それに参加すれば周囲の環境等はすぐ分かるものですし、それ
 に適合した心技体への的確な処置は当然認識されなければならないのです。なれば
 それを把握してなきゃ駄目じゃないですか?

  その状況を考えると、準決勝まで到達した選手としての言葉ではないでしょう。
 全て了解済みで参加しているなら、もった自己反省型の言葉があってしかるべきだ
 と思います。メンタル面の弱さが垣間見られます。

  メンタル強化が必要となるのは何故なのか?アスリートとして試合に臨む場合、
 忘れてならないのは練習の成果が試合で充分に出せることです。その中で相手を充
 分に知りそれを凌駕する気持ちを継続する必要があるのです。

  テニスの場合、ポイントとポイントの間が長いため集中力が緩み、雑念が掴みど
 ころがないほど横溢するのです。その結果は、自分を見失い延いては練習の成果が
 出ないのです。自分に縛られて雁字搦めになるのです。

  有名な大会ランクアップに関わる試合に出場すると、殆どのアスリートが自分を
 見失う傾向にあります。また、このようなとき思わぬ番狂わせが起きるのも人間が
 人間たる所以かもしれません。

  アスリートとしては、苦境に立ったとき如何に平常心を維持できるかが勝敗の別
 れ道になるのです。いずれを選択するかは、その闘いに参加しているアスリートが
 それこそ肌に感じるものなのです。

  決して手助けを考えてはいけないのです。自らが自らを助けないとそこから脱出
 は出来ないのです。多くの場合、グループでの戦いは少なくその殆どが個人的な戦
 いに終始するのです。自分にしか頼れない現状を知るべきなのです。

  孤立無援の現状は、アスリートの誰もが充分に認識していなければならないこと
 なのです。例えば、あなたはどうでしょうか?舞台に立つまでは肌身にその怖さを
 認識するのは難しいのです。

  しかし、舞台に上がって周囲を見回すと周囲に手助けをしてくれる人は誰も居な
 いを自覚するのは直ぐ来ます。それを知った途端に、目の前が真っ暗になり自分の
 存在が危うくなるのです。それを実感するのは勝負に負けたときなのです。

  どのような大勝負にも、ゆったりと身構えて対処するのがアスリートの真骨頂な
 のです。決してどのような場面が展開されようとも、心穏やかに泰然としていなけ
 れば勝負に勝つことは出来ないのです。

  土居の場合も、試合における関係者のコメントは、気持ちで守りに入るとどうし
 てもプレーが小さくなる傾向があるとのことでした。ならばそのような指導をして
 いるんでしょうか?私も応援しているだけにいま一度バックして欲しいです。

  時々後輩の練習を見ていますが、どうしようもない年代差を感じます。第一練習
 の日程が不安定です。その内容も見ていて歯がゆい思いですが、アスリートとして
 どうあるべきかを再考して欲しいです。

  どのような場合に遭遇しても、それを見事に打破し特にメンタル面を自分に取り
 入れるには、どのような方法があるのか熟慮して欲しいものです。自分の考え方を
 取り入れることで何とかアスリート開発を考えて欲しいです。



  ◎ 発行者 : 遠藤 侖允 (えんどう みちまさ)     
  ◎ メール : yaendou@po4.oninet.ne.jp

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第429号

2016-09-01 18:59:42 | 日記
◇◆テニスのメモ帖◇◆ 第429号 平成28年9月1日
 <土居美咲への失望感>

  全米オープンが開幕しました。日本勢は女子シングルスで初出場の大坂なおみが
 第28シードのバンダウェイ(米国)を破り2回戦に進出し、第30シードの土居
 美咲はビットヘフト(ドイツ)に敗れたのです。

  土居は全米オープンで初のシード権を得たのですが世界102位に敗れました。
 これは勝負の世界ではよくあることです。しかし終了後のコメントは駄目です。相
 手の思うように引っ張られて何も出来ないで敗戦したとは・・・。

  これではシードが泣くでしょう。その内容は相手に徹底的に攻められ自分は為す
 すべ無と完敗に近い負け方をしています。これでは同情の余地もない。メンタル面
 の強さは他に抜きん出ていると思ってました。

  土居も初めての経験で、今までとは違う緊張感はあったでしょうが、それだけに
 メンタル面への心遣いが必要だったと思うのです。誰でも通る道だからではなく、
 自分が通る道だから、相手は自分よりは格下だという意識を持つべきなのです。

  一方、大坂なおみは28シードを破っておりこれは大きな自信になるでしょう。
 特にメンタル面では、リラックスするため好きなメロディを思い出しながらゲーム
 を楽しもうとしたのです。メンタル面強化は、人それぞれで考えることなんです。

  大坂にとって、この試合は格別なものでしょう。試合中に、サービスではセリー
 ナのサービスを自分なりにイメージしたのは、誰にでも直ぐ出来るものでは無いの
 です。ある意味では、その図太さはメンタル面を和らげてくれたのでしょう。

  大坂なおみは、ビッグサーバー同士。試合後に大坂が予想したように「サーブ競
 争」の様相になりましたが、肝心なところでサーブ力にものを言わせた大坂が逆転
 勝ちしたのです。第3セット3-3からのサービスがキーになったようです。

  大坂は0-40から1ポイント戻し、15-40の場面でこの試合の最速、時速
   201キロのサーブを決めたのです。次のサーブもエース。大坂は試合後「セ
 リーナを思い浮かべたのです。エースでピンチを凌いだのです。

  最大の武器でピンチを脱した大坂は、5-4から相手のサービスゲームをブレー
 ク。第28シードをパワーで制し、2回戦に進みました。エース9本はバンダウェ
 イの12本に及びませんが、勝負強さが光った試合でした。

  第3セットではファーストサーブのポイント獲得率が93%に達したのです。緊
 張していた」と言うものの、四大大会初出場の今年の全豪、次の全仏とも3回戦に
 進出しており、まだ初戦敗退はないのです。地元のアメリカでの活躍期待です。

  土居美咲は、四大大会で初めてシードが付きましたが、初戦敗退という苦い結果
 が残ったのです。昨年の初対戦で勝っていますが、相手もそこで情報を得たのか、
 この試合では土居のフォアを避け、バックハンド中心に配球してきたのです。

  武器を封じられて精彩を欠いた土居は、第1セットは耐える時間帯の連続となっ
 たようです。フォアに回り込んで逆クロスをねらうなど打開を計ったが、相手に読
 まれて、逆襲を許してしまい粘り腰は充分に生かせなかったようです。

  第2セットは立ち上がりのゲームをブレークしましたが、すぐにブレークバック
 を許し、結局、6ゲームを連続で失い、ストレートで敗けたのです。土居は「相手
 が私のバックハンドを狙ってきたと述懐しましたが・・・。。

  普段はフォアで打って(相手を)動かしていく展開ができていますが、バックは
 フォアに比べ威力も精度も低く、難しい試合になったようです。どう戦っていくか
 という展開を終わるまで見いだせなかった」のが敗因でしょうか。

  これまでの上位に向かっていく立場から、シード選手として相手の挑戦を受ける
 側になったことも、心理的に影響したのでしょう。不本意な初戦敗退に「悔しさは
 あるが、この負けは絶対、次に生かさないといけない」との反省の弁でした。

  <錦織の銅メタル是非は?>
 
  錦織が銅メダルを獲得した日のTVで、松岡氏の内容説明コメントで問題が起き
 なきゃ良いがと心配していましたが、ニュース情報のスポーツ欄でその経過の案内
 がありました。それでは問題提起した情報から記述してみます。

  問題は、2ndセット終了後のトイレットブレークでした。実際にはコートを去
 ってから帰るまで12分経過したことです。この行為についてツイッターからかな
 りの批判が上がったということでした。ルール上は違反行為ではないのです。

  実際のトイレについて錦織は、コート近辺のトイレではなく、センターコートの
 更衣室に案内されたので片道500mもあり、思った以上に時間を要したというの
 です。このトイレットブレークはテニス界ではその活用が多発しているようです。

  ルールでは、3セットでは1回・5セットでは2回の取得権利があり、この時間
 的な制約はありません。あくまでもリーズナブル・タイムで具体的なタイム表示は
 ないのです。その意味から錦織の行動は違反ではないのです。

  先ほど書きましたが主流となった理由は、この休憩を試合の流れを変えたいとの
 考えから精神的に余裕がなくなったとき、それらの復活を目指すためにこの休憩を
 考えているようです。錦織にそのような考え方があったかどうかは不明です。

  これらは、個人の問題ですから選手の気持ちは分かりません。ただ、私が松岡氏
 の説明画面を見ていたとき、ナダルが主審に抗議らしき態度が見受けられました。
 ナダルが気持ち的に苛立っていたのも事実でしょう。
 
  これに対して、松岡氏はトイレブレーク本来の説明を何故しなかったのでしょう。
 結果としては、この時間内で自分の気持ちを変化させ新たな気持ちでコートに向か
 ったと判断されても致し方ないのではと思われます。

 <オリンピック・・あれこれ・・個人的に思うこと>

  解団式で、橋本団長が東京五輪の目標について次のように・・・「東京では メ
 ダル獲得数で3位以内を目指す」とし、実施される33の各競技で最低1つのメダ
 ル獲得を目指すことや、リオでの41個の倍以上のメダル総数を目標に掲げた。

  テロ問題を始めリオ五輪は課題満載でしたが、何とか無事終了したのは喜ばしい
 ことです。だからといって日本は治安維持等では問題ないだろうと胸を張るのは?
 しかし、東京五輪での目標メダル数は些か過大ではないでしょうか。

  これらに関連して、日本国内でも気になる関係役員の多さです。アスリートファ
 ーストの精神を忘れずに、観光を兼ねた物見遊山的な行動はやめて頂きたいです。
 それよりもコーチやトレーナーの参加を強化して欲しいものです。

  今回も問題となった役員団の先頭行進は出しゃばり過ぎです。あなた達は本気で
 選手達を支えようとしていますか?組織上の役員は縁の下の仕事で大勢の役員が選
 手に同行するものではないと思います。

  忘れてならないのは、次のアスリートを一人でも多く派遣することです。その考
 え方を明確にするのが次世代の成長を促進させるのです。本来のアスリートファー
 ストの理念を徹底させるべきなのです。

  オリンピック→オリンピズムとは、オリンピックで重要なのは勝つことではなく
 参加することにある(クーベルタン)であり、オリンピックの理想は、人間を作る
 ことつまり参加するまでの過程が大事なのです。

  フェアプレーとは、①運動競技で正々堂々と振る舞い②公明正大な態度と行為で
 あり、スポーツはルールがありそのルールを守ることで、アスリートが互いに競い
 合い高めあうのが本来的なスポーツマンシップだと思われます。

  オリンピックの輪は5大陸を表現しています、①ヨーロッパ(青)②アフリカ
 (黒)③オセアニア(赤)④アメリカ(黄)⑤アジア(緑)とされていますが、
 色と大陸との関係は俗説と言われています。

  4年に一度のオリンピック競技は、その時期世界中を駆け巡っているようです。
 すべて金・銀・銅の三色メダル争いです。これを後押しする争い、一体どこまで
 加熱するのかと・・・。

  最初に基本理念を記述したのは、参加する選手はこの理念を充分納得いた上で参
 加しているという事実です。それだけに勝ちに拘るのは当然の行為なのです。そこ
 には相手に対する労わりや同情があってはいけないのです。

  勝負の世界で一番尊重されるのは勝ちです。これ以外の何ものもないのです。も
 し、怪我をしているならそこを徹底的に攻撃すればいいのです。彼も闘う気持ちで
 参加しているのです。同情は相手に対して失礼な行為なのです。

  それを踏まえて今回のオリンピックを見ると、様々な選手模様が描き出されてい
 ます。観戦記だとかテレビ各社のコメンテーターやアナウンサーの熱狂は分からん
 でもないですが、冷静に戦況を知らせることからはどうでしょうか?

  レスリングの吉田選手は4連覇を逃しまいた。一方伊調選手は成し遂げました余
 程悔しかったのでしょうか場面場面での涙は留まる事がなったようです。これは吉
 田選手の勝負感を考えると不思議な気がしました。

  彼女は、勝負には相手に対する同情等での忠誠は全く不用で勝ちに徹するべきと
 いう考え方なのです。それであれば負けた現実を考えると、それを潔く認めるべき
 で悔し涙はいままでの栄光から考えると気になるのです。

  今回のオリンピックで一番印象的だったのは、ウエイトリフティングの三宅選手
 でした。メダルが確定したとき、バーベルに近づき愛おしいように撫でた姿に感動
 しました。彼女から日本女性の本来的な姿を見た気がしました。

  卓球男子の水谷選手の活躍は見事ですが、ガッツポーズに対する容認発言は何を
 勘違いしているのかと恐ろしい感覚でした。「戦場ですから」はないと思います。
 そこにフェアプレーが存在するわけが無いです。

  競技内容では、本来のアスリートとして闘った選手と、相手を敵であるとの認識
 が高かったアスリート間の性格の形成が強く感じられました。あくまでもアスリー
 トとして相手を尊重しながら闘った喜びを忘れないで欲しいものです。

  確かに、競技によっては全身をぶつけあいながら勝ち点を上げるために頑張って
 いる場合と直接触れあいも無い勝負もあるのです。フェアプレーはこの中で培われ
 るものだとの意識を持って欲しいのです。ノ-サイドはここに生まれるのです

  例えオリンピックだからとは言え、スポーツ競技であるのは間違いないのです。
 それを念頭に置かないと失敗するでしょう。水谷選手が自らのガッツポーズを非難
 され、戦場だからと表現したのは適切だとは思われないのです。

  オリンピックで競技ごとの表彰基準があります。その内容ですが団体と個人表彰
 でグループ競技と個人競技とのウエイトでいずれかに統一すべきです。それが不可
 能であるならメダルの受賞範囲を収縮すべきです。

  現実、競技内容でどうあがいても1個しか取れない場合もあるのです。極論すれ
 ば、選手のメダル獲得数は1個に限定すれば良いのです。そのためのメダル獲得競
 技を設定し出場の範囲を限定すればいいのです。

  個人で闘う競技では、その内容から重複して参加が可能です。サッカー・ラグビ
 ーのように個人参加は無理なのです。どうしても団体参加となるのです。このよう
 に競技参加の内容でメダル数が異なるのは運営で調整が可能では・・・

  


  ◎ 発行者 : 遠藤 侖允 (えんどう みちまさ)     
  ◎ メール : yaendou@po4.oninet.ne.jp

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第428号

2016-08-15 19:07:37 | 日記
◇◆テニスのメモ帖◇◆ 第428号 平成28年8月15日
 <メンタル・トレーニングのひとつ>

  よく本番に「強い選手」「弱い選手」と言われることがあります。誰しも本番
 に強いと言われたいのです。スポーツの完成度は「心」「技」「体」の三位一体
 と言われます。この三つのすべてが100%であるべきなのです。

  しかし、余程綿密なトレーニングスケジュールがないと、これらを総括するの
 は至難の業です。アスリートが、頂点を目指して努力するのは綿密なトレーニン
 グの結果として、これらの集大成を目指すからです。

  メンタル面の強化は、その重要性が認識され様々な方法が検討されています。
 この際忘れてならないのは、如何に自分に合ったメンタルトレーニングを実践し、
 それが残された身体と技の進捗に合わねば効果は薄いのです。
 
  試合に勝つことは、その集大成として「心・技・体」がすべてを上回る内容で
 なければならない事実を、しっかりと認識しなければならないのです。それぞれ
 が最高のレベルで三位一体になることが求められているのです。

  忘れてならないのは、これらが独立しているようで独立していないことです。
 人間は過度の緊張があると頭の中が一瞬真っ白になると言います。これでは考え
 ることも話すことも出来なくなります。これが三位一体の理由なのです。

  その表現が身体を使うことのトレーニングなのです。それは身体を鍛えるだけ
 ではなく血流をよくするためのボディマッサージや、ゆっくり時間をかけたスト
 レッチも緊張を和らげるための方法でもあるのです。

  練習においても大事なのは、試合のための技術習得に懸命になることです。そ
 れが試合において実質的な効果を齎すのです。それは試合を想定した練習の充実
 です。イメージトレーニングの大事さが良く分かると思われます。

  それこそが、ただがむしゃらにラケットを振っても、それは自己満足でしかな
 いのです。それをもっと有効にしたいなら試合状況を想定した練習をすべきなの
 です。このように試合を想定する練習が試合を優位に進めるのです。

  ビデオ等が発達し、自分のフォームをチェックして欲しいとの依頼があります。
 このときそれが試合中のものなら良く分かりますが、フォームチェックのための
 ビデオチェックは殆ど意味がないと返答しチェックすることはしません、

  自分の考える理想のフォームで素振りをしても、それが試合で実行されなけれ
 ば自己満足に過ぎないのです、どのような場合でも、試合を想定したフォームの
 改造こそがあなたの勝敗を決定するのです。

  勝負の世界でよく言われることで「見えない敵との闘い」「神懸かっている」
 の表現があります。これに打ち勝つには、やはりメンタル面の充実が必要ではな
 いかと考えます。
 
  本来的なメンタルチェックで、選手が充分にその結果を把握できないのは数値
 化が難しいことにあります。目標の達成が本来の最終目的であるなら。当然なが
 ら具体的な数値が必要となります。それが目標値となるのです。

  これは私も初めてですが、従来のイメージトレーニングで体内に起こる生体反
 応が試合運びに繋がると言われているようです。今後は医学界との関係がより密
 接になるのではと思います。心の目標数値化が必要なのかも知れません。

  この数値化により、試合前後の個人的なデータを集約させれば、それが次の試
 合への強い味方になると思われるのです。このメモ帖の前半でエクセルを使用し
 て作成したメンタルチェックリストをご披露したいと思います。

  このリストを後輩に使用したときの反応で面白かったのは、その結果がその選
 手の性格をそのまま感じることに驚きましたとの言葉でした。ただこのリストは
 後輩のメンタルチェックに使用するためのものでした。

  ここまで書いたとき、日曜日の張本氏のコメントがありました。リオ五輪での
 卓球水谷選手の勝利でのガッツポーズを指摘したのです。これは同意見なので掲
 載させて頂きました。相手を考えることの大切さを忘れてはなりません。

  特に、ガッツポーズで腕を肩より上に持ってきてはいけないと、私が訴えるこ
 とより若干柔らかい点がありますが、相手があっての試合であることを、いま一
 度再確認する必要があるのじゃないですか?

  それがある意味では、ガッツポーズを行わない姿勢を強く持つことに繋がるの
 ではないでしょうか。互いに懸命に努力しその結果は別として終わればノーサイ
 ドで握手すべきなのです。それを更に大事にしたい思いです。

  今回の「心」の問題は、メンタル強化すべきいろいろなことがありますが、や
 はりその基本は相手への思いやりではないかと思います。それが充実していれば
 競技上の勝敗のみをテーマにすることは避けられると思われます。

  さて、リオ五輪は日本選手の活躍もあり、優秀な成績を残しているのは立派だ
 と関心しています。この中で錦織とマレーとの対戦は、あっけない敗戦でした。
 やはりトップ3とは、ランキングを超えた実力差を感じました。

  それにしても、体操での内村選手の逆転劇は実力差と言うより、心の問題では
 ないかと感心しています。それは自分を信じることに徹底しているからで、心の
 強さが自分自身を支えていると思っています。

  その心の強さは、生半可な練習や試合で培われるものではないのです。普段か
 ら地道な練習により身に付くものです。そのような意味からでも心の動きを本番
 で活かせるように頑張って欲しいと思います。



  ◎ 発行者 : 遠藤 侖允 (えんどう みちまさ)     
  ◎ メール : yaendou@po4.oninet.ne.jp

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第427号

2016-08-01 19:22:48 | 日記
◇◆テニスのメモ帖◇◆ 第427号 平成28年8月1日
 <後輩の練習と後援会との対応について・・・>

  国立大学の場合は後輩の指導が難しいです。当大学も後援会があり創設後6
 0年を経過していますが、組織的に弱く単なる経済的援助がやっとの状態では
 部分的なサポートが限界と言う感覚が否めません。

  すでに卒業生も700人を超える所帯ですが、その効果は残念ながら出てい
 るとは思えません。問題点は多々あると思いますが、4年在籍で後援会との接
 触も少なくテニス部への思いが希薄になるのも無理ないかと・・・。

  色々な意味で、現役やOB・OGが本気で対応する組織作りが課題でしょう。
 そのためには、様々な意見集約が大事です。本気でぶつからないと解決の道は
 探せるものじゃないと痛感していますが・・・。

  しかし、どうも一部の飲み会の延長でしかないとの話もあり、いま少しこの
 問題については神経質になるべきと思われます、OBが後輩により近づくこと
 により新たな組織作りが出来るのではないかと思います。

  あるOBが、役員会に対してクレームをつけたようですが、それに対して当
 該OBの言動に問題ありと認定し、そのクレームに返事を拒否したことがあっ
 たようです。これでは子供の喧嘩です。これでは後援会の意味がないです。

  会員である以上、クレームが惹起された場合その解決を直ぐ行うことです。
 後援会としてOBの個人意見を聞く態度を明確にすれば、その後については誰
 に何と言われようとも理解してもらえるのです。

  個人的に嫌なOBと考えるから解決されるべき問題が後を引くのです。後援
 会のような組織になればなるほど、組織の母体となる会員の考え方は尊重しな
 ければならないのです。感情的な対立に解決はないです。

  後援会を組織した最大の理由は、卒業生の末永い交流と後輩との融和ではなか
 っのかと疑問を禁じ得ません。それでそのOBが退会すれば勝手なことを云うO
 Bを一方的に排斥した行為だけが残るのです。

  どの様な行為であれ、基本的にOB・OGが後輩のマイナスになるような行為
 は考えられないと信じています。そのような言動を、意味なくするのであれば後
 援会からとっくに離脱しているでしょう。

  上達のために切磋琢磨するのは選手として当然の行為です。それを気持ちよく
 バックアップするのがOBでありOGなのです。そのための努力を、両者が間違
 いなく実施しているかどうか?もっとオープンな気持ちで接して欲しいです。

  気になること・・・最近の練習や試合の観戦で後輩への差し入れがあること。
 そうでなくとも参加数が少ないのに、差し入れが日常化すれば応援に行きたい先
 輩が二の足を踏むのは間違いないでしょう。

  後輩が、お礼のために掲示板に記入するのは当然の礼儀として分かりますが、
 先輩には応援でどの程度準備すれば良いのか判断に迷います。そうなると練習や
 試合への参加は遠のいてしまいませんか?。

  次いで先輩と後輩との連絡は掲示板を利用しています。これで気になるのが後
 輩の反応の低さです。後援会とテニス部は定期的に会合を開いているんですから
 もっと現実的な対応が求められます。

  最後にホームページ更新の頻度が殆ど為されていないことです。新年度になる
 とキチンと続けますと云いながら1年は直ぐ過ぎて行きます。この更新は難しい
 思われます。OB・OGへの対応への充分な対応は無理と思われます。

 
 <土居美咲のメンタルアップ>

  最近の五輪関連のニュースに情報がありました。確かにその成長振りは見事で
 す。見た目ではテクニカルな部分での変更は感じられませんが、コーチを変更し
 たプラスは確かなようです。

  その詳細については分かりませんが、コーチに対する考え方ではないかと思わ
 れます。これはコーチの育成内容にまで波及するものと思われます。その内容と
 して現実面で外国人に依頼している現状は卒業すべきです。

  土居の新しいコーチはアメリカのザハルカ氏です。プロとしての戦績は明示す
 るものはありません。ご本人にすれば、その分コーチへの転換を早めたのかも知
 れません。土居とのタイミングが一致したのでしょう。

  彼の当初の土居評価は、才能はあるが充分に生かされていないでした。その土
 居に対するアドバイスは、「技術的なアドバイスは日本の特徴でもあるが余りに
 も技術偏重過ぎる」でした。これはメンタル面の強化を表していました。

  勿論それも大事なことですが、より大事なのは、「安定感」と「確率アップ」
 ではないかが彼の持論だったのです。彼が言う日本で発行されるテニス雑誌は余
 りにも技術面強化が多い、その証拠に連続写真があまりにも多いとの感想です。

  そこで彼が土居に命じたのは「スイングスピードをあげろ」これで全力で腕を
 振り抜く事をおぼえたのです。これでストロークの安定感が増し、更に質の向上
 とつながり、常に成長し常に改善して言ったのです。

  プロ野球界の野村氏が、イチローを最初に見たとき驚いたそうです。それは左
 打者のイチローがどれほど内角を攻められても、打球でステップする右足が絶対
 に開かなかったことだったそうです。

  これが軸足を中心にした身体の回転を揺ぎ無いものにしたのです。これはとて
 も大切です。これこそが、土居にラケットヘッドのスピードを上げろと言う、基
 本的な考え方をそのまま実行していることなのです。

  連続写真はあくまでも分断した写真の集合体です。役に立たせるにはこれを完
 全に連続的に見なければいけません。分断された写真だけでは一つの流れを身に
 つけるのは殆ど不可能なのです。

  ザハルカ氏が、土居に徹底したラケットのスイングスピードを上げると言うほ
 うがより具体的な説得力のあるコーチングなのです。どうやったらスイングスピ
 ードをあげることが出来るか個人個人の問題なのです。

  自己決定力のアップもメンタル面では成長をバックアップするのです。土居は
 上位進出の方法として段階的にアップする方法を選択しました。それに対してコ
 ーチは一気にチャレンジする勇気をアドバイスしたのです。

  これがいまでは土居を、世界女子ランキング50位に位置づける実績を残した
 のです。勿論、本来的な実力がなければコーチの言うチャレンジは無理だったで
 しょうが、実力は身に付けていると感じたのでしょう。

  日本でも、三位一体の考え方が出来るコーチングシステムの完成を希求したい
 です。これには余程シッカリとしたベースがないと駄目です。自分の考え方に対
 しては自信を持つことが選手にも影響するのです。




  ◎ 発行者 : 遠藤 侖允 (えんどう みちまさ)     
  ◎ メール : yaendou@po4.oninet.ne.jp

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第426号

2016-07-15 21:42:26 | 日記
◇◆テニスのメモ帖◇◆ 第426号 平成28年7月15日
 <錦織のウインブルドン棄権について>

  勝てないと、わかっていても戦うのは日本人の美学と云われています。今の錦織
 にそのような気持ちがあるかどうか?しかし、自分の目の前を見るとき、今回のウ
 インブルドンはまたとないチャンスだったと悔しい思い一杯でしょう。

  このかなり悔しい思いを、胸の内でどのように静めたのでしょうか?それだけに
 チャン・コーチの指示にも抵抗し、何とか勝利へ向かいたのでしょうが、棄権後に
 語った傷の状態ではまともに戦える相手ではなかったようです。

  錦織の状態について、他の選手のコメントは怪我が多すぎるでした。確かにいま
 までの欠場についても、その殆どが柔らかい筋肉部分の怪我でした。アスリートで
 よく言われるのが、この部分の怪我は長期になるので怖いものだと言われます。


  特に、競技中のアスリートは、瞬発力の適切な発揮にウエイトを置いているだけ
 に筋肉系の強化には大変な努力をしているのです。専門ではないので詳しいことは
 不明ですが、人間の身体には継続的に鍛えようのない部分があるようです。

  錦織には、最大の武器「エアケイ」があるだけに、試合で多用することもありま
 す。このボールの迫力を更に助長させる腰の捻りは激しいものがあります。この動
 作の多用が現在の怪我を生み出しているんじゃないでしょうか。

  先述のように脇腹部分の鍛錬には限界があるようです。生理学的にも脇腹の筋肉
 を鍛えのには限界があるようです。プロ野球でも、当初は安易に考えていても結局
 は他の部分と違って鍛えるための限界を知ることになるのです。

  特に今回は、世界レベルでベスト4にチャレンジ出来るチャンスだっただけに、
 その悔しさは一入ではなかったかと思われます。現段階でのビッグ3・ビッグ4に
 対抗して錦織の世代は次々と若い選手が台頭しているだけに・・・。

  テニスの4大大会の一つ「全豪オープン」で、日本人選手として80年ぶりとな
 るベスト8に躍進した錦織圭。決して恵まれた体格とは言えない、この若きエース
 はいかにして大舞台へとこれからのし上がって行けるか。

  確かに、錦織はまだまだ伸びしろがあります。身体を大事にしながら鍛え上げて
 いけば、数年後には『世界のトップ』に立つ選手になっているはずです。これはア
 スリートとしての才能は14歳までに決まると言われる金言通りなのです。

  今回の全豪オープンで、錦織はこれまでにない称賛の声を、国内外から集めまし
 た。もちろん、8強入りという大快挙がその理由でもあります。テニス関連記者が
 話す。テニスは技術だけでなく身体能力や体の大きさが直接反映されるのです。

  いまや錦織の代名詞でもある「エア・ケイ」は、「ボールの上がり際を、ジャン
 ピングフォアハンドで捉える必殺技ですが、この相手にとって予想外でトリッキー
 なプレーに、殆どの選手はタイミングを外されてしまうのです。

  この技が生まれたのは、13歳の時。当時は身長が150センチほどしかなく、
 高い球を強く打ち返せないため、高くジャンプして打つようにアドバイスされたも
 ので、『高いボールを打ち返すだけでなく、武器として打ち込めたのです』

  その課題への取り組みが始まり、それを自分の技として磨いていった。まさに短
 所が生んだ長所なのです。今大会前に錦織は、室伏を指導する理学療法士に師事し
 体幹トレーニングを積んだといいます。

   外国人選手に比べると、日本人選手は身長もリーチも体重も、どうしても劣っ
 てしまいます。そのハンディをその他の面でカバーしながら、トップに位置してき
 たのです。見た目にもわかるほどに筋肉量を増やし、体力を向上させています。

   右肘の故障で1年間プレーできませんでしたが、きっちりとしたトレーニング
  と食事で体を作ったことで、これだけ伸びています。しかもまだ完成品ではない
  ので、この3年の過ごし方で体をもっと強くできると思います」


 <最近の後輩選手について・・・練習に対する心構え(2)>

  後輩の練習を見ていると、練習に対する心構えが弱い気がしてならないのです。
 それだけにコーチをしようとコートを訪れても質問はないし、自分のフォームにつ
 いても突き詰めた質問がないのです。

  例えば、サービスについて1年前にこの点を修正しないと上達しないよと言って
 も、現状を見ると懸命な努力をした傾向もないのです。練習は続けることでその積
 み重ねで自分が培われることを忘れてはならないのです。

  サービスのフォームにしても、全般的に見られる癖は体重の移動がギクシャクし
 ています。これではしっかりコートをグリップして打球することは出来ません。体
 重移動が不安定でフォームがギクシャクしているのです。

  この一番の欠点は、身体の体重移動がバランスを崩しているのです。特に用具を
 持つて競技する場合は全体のバランスです。右利きがラケットを振っているとき、
 その左手に力が入らないと右手ばかりが先行してしまうのです。

  その場合の左右両手のバランスは同じ強さでなければ、半減することを自覚しな
 ければならないのです。さきほどのエアケイも同じです。全体のバランスが均衡し
 ているから打たれたボールに力が入るのです。

  どうしても、身体のバランスを考えなかった場合の大きな障害は、フォームを崩
 すだけでなく、ボールも軽くなりそれだけ相手を押し込むことが出来ないのです。
 ボールはバランスの良いフォームから放たれて力を増すのです。

  このようにサービスでは、コツを得れば他のストロークでも自由自在に出来るの
 です。昔ひとりの女子選手を拝見し気付いた、ラケットを引いたときのフォームを
 注意したところ素晴らしいボールが入るようになりました。

  これは私の注意も彼女に合っていた勢でもあるでしょうが、フォーム全体の問題
 ではなく、部分的に修正して全体がよりスムースになったのは、バランスの良いフ
 ォームをしていたからです。そうでなかったらもっと修正に苦労したでしょう。

  プロ野球巨人軍の川上監督のモットーは。「心の上に技術を」でした。よく言わ
 れるように技術だけの充実を最終目的としてはならないことを示唆しているのです。
 よく言われるメンタル面の充実こそが全ての基礎にあるのです。

  その上で大事なのは、団体戦を第一義に考える部活ではチームワークを如何に有
 効と考えるかにあります。前述の巨人軍では、チームワークを揺るがす「遅刻」は
 絶対に許さなかったと言います。

  すべてが勝つための方法でしかないのです。チームワークを充実させてから「勝
 つための野球」となるのです。これは別表示させればこれは「負けない野球」なの
 です。部活のように流れている競技ではプロセス管理が最重要課題となるのです。

  この基本は、「自分のことをよく知らなければならないのです」これはどのよう
 な状況になっても「あきらめない」ことであり、「球ぎわ」と呼ばれる粘りがどれ
 ほど必要かを認識しなくてはいけないのです。

  これらは、競技上全てに関係することで試合の内容によって左右されるものでは
 ないのです。常日頃から絶えず自分のことを知り、自分でしっかり見てその上でし
 っかり考えることです。そこから相手を凌駕するパワーが生まれてくるのです。




  ◎ 発行者 : 遠藤 侖允 (えんどう みちまさ)     
  ◎ メール : yaendou@po4.oninet.ne.jp

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第425号

2016-07-01 11:49:42 | 日記
◇◆テニスのメモ帖◇◆ 第425号 平成28年7月1日
 <イチローに関連して・・あれこれ・・・>

  イチローの安打記録に東京では号外が出たそうです。どう考えても号外が出る情
 報とは思えません。野球の歴史から眺めても日米が対等では有り得ない中で、単な
 るデータ比較は些か行き過ぎではないかと思います。

  通算の安打数で世界一となったイチローについて、いろいろな情報が飛び交って
 います。彼の達成後のコメントで「僕は何かに挑戦しようとしたとき、それを口に
 すると必ず笑われました」それとの対決が記録更新したと述懐しています。

  記録には競技中における集積の記録と、前人未到の記録を凌駕する二つがありま
 す。最初は地道な活動の集積であり、次は一発勝負の結果でしょうか。これらはい
 ずれも同じ範疇でのアスリートとしての戦績で表示されるものです。

  しかし今回の場合、同じ野球だからと日米を同格とするのは些か疑問があります。
 歴史上の推移や国民感情等で、双方には同格とは思えない差があると思われます。
 比較するなら同じ土俵上の戦いでの同格判断をすべきです。

  イチローが、この達成に対していま一つ冷静なのは判る気がします。何故なら彼
 はヒット数でこれをオーバーすることに目標を置いてはいなかったと明言している
 からです、それはアスリートとして正解だと思われます。

  例えば、審判や記録員の判定にあります。セーフになったとしてもそれがヒット
 になるのかエラーになるのか?この問題一つにしても日米に於ける判断は異なると
 思われます。すべてが一緒で初めて記録は同一の扱いとなるのでは・・・。

  また、年間の成績に対する個人表彰があります。米国での新人賞を、日本球界で
 一定の評価をされた選手が渡米し表彰されている不思議さがあります。日米での通
 算に対して異議を唱えるなら新人賞は受取るべきではないです。

  私自身が評価するのは。このような記録よりも、その達成までに見せたイチロー
 の自己練磨を見るべきと思うのです。40歳を超えた身体の完成度をもっと評価す
 べきです。決して生半可な努力で出来るものではないのです。

  イチローには、胸に秘めた思いを笑った相手への抵抗であり本音だと思います。
 いま心の中では、笑った連中への”ざまーみろ”が在るはずです。通常は達成感で
 表現するものですが、密かな笑いが聞こえてくるようです。

  私自身は、例えば野球界で成長した人が、国内での限界を知って世界にチャレン
 ジすることを納得はしていません。一人で行けば良いのです。育てられた日本球界
 を去るのであればルールに従って行けばいいのです。

  しかし、NHK自体が日本のプロ野球を差し置いてMBLに肩入れし、放映した
 り選手の活躍を行うのはどうしても納得出来ません。彼らは自分の意志で出掛けた
 のです。どうして彼らの活躍を応援しなければならないのでしょう。

  当然ながら彼らの実力は群を抜いています。日本球界では自分の成長はないと思
 っているんでしょう。本気でやりたいなら高校野球から渡米すればいいのです。キ
 メ細かい練習から抜け出し成長したから渡米するはないでしょう。

  しかも、それらの選手がお払い箱になって帰国すると、早速受け入れると言うこ
 のシステムにも頭を傾げます。日本人は人が良いのか博愛精神に富んでいるのか分
 かりませんが、日本で地道に努力している選手をどう考えているんでしょう。

  渡米した選手それぞれにも言い分はあると思います。しかし、基本はどこで育て
 られたかにあるのではないでしょうか?その育ててくれた土壌の価値を無視して勝
 手な行動を取る選手を応援する気にはなれないのです。

 <最近の後輩選手について・・・練習に対する心構え>
 
  女子の場合は、高校時代の部活・スクール等の活躍する場所で成長の度合いが随
 分異なるようです。ここで気になるのは、部活やスクールで指導するコーチの考え
 方があります。これを金科玉条にするのは反面危険があります。

  確かに、自分を育ててくれたコーチに対して、その指導方法をいつも大切にする
 ことは間違いないのですが、基礎をベースにする場合、時間経過で次のステップ開
 拓が必要となります。それだけに考え方に柔軟性が必要なのです。

  同じレベルのコーチングで習得出来るなら文句はないですが、高校と大学では実
 力の差は格段のものがあります。その差を自覚しているのがコーチなのです。自分
 が管理している部活を冷静に判断しているのです。

  いままでも、高校時代の部活・スクールのコーチは、過去の実績から現在の自分
 を肯定する反応が多いのも事実です。これらは上から押さえつけては駄目です。年
 齢を考えどの程度なら理解出来るかを伝えることが大切なんです。

  私の指導方針は、まず該当選手の体格を見てから、その方向を自分なりに決めて
 行きます。その上で高校時代の実力を重ねるのです。フォームの基本はあくまでも
 身体の中心を軸とした回転を重視します。

  まず、育成する際に大事なのは、変な癖がないかを早く見つけることです。それ
 を選手と話し合い何故修正しなければいけないか・次のステップではどのような目
 標とすべきかを互いに話し合いながら決めてゆくのです。

  コーチの立場は、選手を部活の中で如何に早く育て、部活の目標達成のために選
 手全てを目標達成させるかにあります。それと練習では基礎の繰り返しであり、そ
 こから試合でどれほど表現出来るかをチェックすべきです。

  担当のコーチに、どれほど素敵な指導方法を持っていても、試合に出るのは選手
 なのです。それを選手に充分納得させて、長期的な観点から指導しないと選手の本
 来的な実力は付いてこないのです。地道な指導が望まれるのです。

  特に、テニスの基本として軸足が話題となることが多いです。特にラケットに対
 するボールの加重があるので、基本重視の考え方がすべてに優先するのでしょうか?
 軸足解釈は基本的にネットに対して遠い足が軸足と判断します。

  基本的と云ったのは、ボールのスピードやサーフェイスの種類等で対応が異なる
 場合があるからです。基本はあくまでも基本であり、それを遵守するのは必要です
 が、咄嗟の判断で処理するケースはスポーツには日常的にあり得るのです。

  そのような時に必要なのが、基本的にベーシックな考え方があることです。それ
 があると臨機応変に対処することが出来るからです。咄嗟の判断で、どのように身
 体が反応するかは限りなく重要なことなのです。

  身体的な反応は理屈で分析出来るものではないのです。咄嗟の判断ですから、昔
 風に言うなら身体が覚えたものなのです。練習では、くどいほど言われる基本の繰
 り返し動作を身体に染み込ませるべきなのです。

  これには反復練習しかないのです。少しでも早く上達したいとして、新しい技術
 を習得したいと焦る場合がありますがこれはとても危険なのです。咄嗟の動作はな
 まじっかな練習からは育てられないのです。地道な繰り返し練習で吸収すべきです。
  

  ◎ 発行者 : 遠藤 侖允 (えんどう みちまさ)     
  ◎ メール : yaendou@po4.oninet.ne.jp

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第424号

2016-06-15 10:37:38 | 日記
◇◆テニスのメモ帖◇◆ 第424号 平成28年6月15日
 <ドーピングあれこれ・・・>

  ドーピングで得たいものは「個人」の名誉と報酬です。しかしこれらは自己努
 力で得たものではなく、他力で安易に得ることが出来るものです。それだけにこ
 の魔力は一度踏み込むと逃れられないのです。いち早く別れを告げるべきです。

  ドープは薬物の意味です。この使用で競技能力を増幅させる可能性がある手段
 (薬物・方法)を不正に使用することで、スポーツの基本的理念であるフェアプ
 レーに反する行為であり、アンチドーピング活動に真摯に対応すべきなのです。

  ドーピング検査は、「尿・血液」があります。この場合アスリートして充分な
 チェックが必要なのは、その薬物の内容です。これには「市販薬・漢方薬・サプ
 リメント」にもあることを認識しなければいけないのです。

  ここまで自分の競技内容に関係してくるとなれば、単純に「風邪薬」と安易な
 考え方で服用してはならないのです。毎年変更される対象薬の変更を十分にチェ
 ックするのも必ず行わなければならない行為なのです。

  いままでアスリートの個人競技としてその成績を尊重していましたが、国同士
 の競争に焦点が当てられるようになると、競技の成績が「国威発揚・愛国心」へ
 と変更され、「勝てば良し」と言う方向に変更されたのです。

  ドーピング問題については、どの様な理由があれ忌避しなければならないので
 す。他の手助けを得て自分の勝利に寄与させようとするのは大きな規律違反であ
 り、受け入れてはならないのです。あくまでも自分の力で勝利を得るべきです。

  自分の限界を知り、ランキング降下を目の前にすると他からの救いを求めよう
 とします。厳しいチェックに対応するべく精神的なサポートを求めようとします。
 これが基本的な考えを打破します。時間経過による「甘え」は最悪となります。

  WADAの裁定は絶対のものです。アスリート全体に自分自身の過酷なまでの
 鍛錬に屈して、その一助となる薬物使用は何らのバックアップにはならないこと
 を自覚し、これを更に後輩へと伝えることが大切なのです。

  世界No.1に君臨していたシャラポア(ロシア)のドーピング疑惑について
 裁定がなされ、結果は今年1月に遡って「今後2年間の資格停止処分」と発表さ
 れました。しかし、彼女には思いも掛けない結果ではなかったでしょうか?

  彼女の言に寄れば薬物と言う意識は少なかったようですし、初犯でもあるので
 厳重注意程度と考えていたようですが、ドーピング関連の薬物は競技力向上の効
 果があるとされているなら、裁定に異存を唱える余地はないと思われます。

  まして、今年の1月26日・2月2日の2回、練習と試合後の検査で陽性反応
 を示していたようですから、自らの潔白を表明するだけの材料はないと思われま
 す。体調維持のために服用としても薬物指定にリストアップでは致し方ないです。

  野球のスター清原氏も執行猶予がついて実刑は免れましたが、社会復帰は相当
 な負担になると思われます。ドーピングはその使途については若干異なりますが、
 薬で自己のレベルアップを図るのは絶対に行うべきではないです。

  今回のシャラポアについては、当初「自分の無責任さが招いたこと」と伝わっ
 ておりますが、禁止薬物と指定される前から心臓関係の体調維持で服用していた
 ようですが、禁止薬物として指定されて使用しただけに罪は重いです。

  ドーピング検査はWADA(WorldAntiDopingAgency)
 の検査によってその判断が表示されるのです。これは選手生命を左右するもので
 すから非常に厳しい処置が為されます。決められたことは先ず守ることです。

  トップ選手と言われる人たちは国籍・年齢を問わずチェックされます。調査員
 の強引な処置には腹立たしさを感じるようですが、調査員も上司から選手との対
 応方法は教えられていると思われます。相手を尊重する必要もあります。

  アスリートは、大会期間中やオフの場合もWADAの監視下にあるのです。調
 査員には、提出されたスケジュールの中での抜き打ちテストも含まれるのです。
 トップ選手になればなるほど「模範」としての対応が求められるのです。

  この調査について伊達公子のブログから・・・。

  そのブログの内容は、調査員の態度について極めて詳細に書き連ねています。
 その検査は突然行われたそうです。結果として寝不足で練習が出来なかったらど
 うしてくれるのか?に対しては馬耳東風で碌な返事は無かったとのことです。

  その日、午後10時10分頃調査員2名が来宅し抜き打ち調査でした。その時
 点で「尿」は60mlしか取れず、90mlは必要とするため、午前1時ごろま
 で待ったが駄目で、特に調査員の態度が許せなく警察に連絡したようです。

  これで調査員の態度も変わり上司に連絡し、結局午前1時45分ごろ調査も終
 了したが、ここからは寝付けなく通常の起床時刻を遅らせてしまった。次の日の
 練習は体調も思わしくなく大切な時期にリズムを狂わせてしまった。

  伊達の気持ちは分かるが、ドーピング検査のあり方を知っていればそれに対応
 するのがアスリートの務めです。この程度で翌日の練習が思い通りに出来なかっ
 たのは調査員の責任とは思えないものがあります。

  一方シャラポアは、当時「とんでもない過ちを犯した。このような状態でキャ
 リヤを終わらせたくない。もう一度試合に戻りたい」との感想を述べたが、結果
 は2年間の資格停止処分が発表されました。

  彼女のコメントでは、今回の決定について仲裁裁判所へ提訴する予定だそうで
 す。しかし、今年の1月26日と2月2日の2回に亘って試合後に陽性反応が出
 ている現状では、裁定が覆ることはないと思われます。




  ◎ 発行者 : 遠藤 侖允 (えんどう みちまさ)     
  ◎ メール : yaendou@po4.oninet.ne.jp

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第423号

2016-06-01 11:47:52 | 日記
◇◆テニスのメモ帖◇◆ 第423号 平成28年6月1日
 <全仏オープンから・・・気になる出来事・・・いらだち>
 
  女子シングルス3回戦で大坂なおみ(101位6-4・2-6.3-6ハレプ
 (ルーマニア・6位シード)で敗戦。180cm69kgの身体能力は素晴らし
 い。大事な場面でのミスは、本人の云う戦術ミスではなく経験値と思われる。

  この試合で、ハレプは大坂の猛攻に「いらだち」からラケットを叩き折ってい
 る。この姿を大坂はどう見たか。試合後ハレプは、この行為に反省の弁を述べて
 いる。しかし、事実に多数の目が注がれているのを忘れてはならない。

  「いらだち」は。思うようにならず気持ちが高ぶることで、いらいらする気持
 ちは、プレー中よく起きることでもある。
いらいらいたり、むしゃくしゃする精
 神的状態をそのまま継続するのは決して良いことではないのです。 


  一方男子シングルスは、錦織に大きなチャンスがありました。しかしよもやの
 第9シードのガスケには4-6・2-6・6-4・2-6で敗戦したのです。彼
 の試合後の一言「悔しい」は腹の底から絞り出た本音だったでしょう。

  日頃の生活でも、友人・家族とのコミュニケーションでどうしてもイライラし
 たり怒ることがあります。しかし、怒りは人間関係を悪化させます。
 怒りは感
 情であることを理解しなければ解決はしません。

  
感情は温かく、ときには熱いものです。感情を抑えるには心を冷やします。人
 は怒ったときに、まず拳を握りしめ甲高い声を出し筋肉を緊張させ身体を固くし
 ます。そこで、意識的に感情の熱を冷やすようにします。

  意志の力で拳を握らないようにするのです。そのためには、指を伸ばしたまま
 にしておくことが大切です。意識的に声の音量を下げ、囁くように話すのです。
 囁き声では喧嘩はできないからです。

 「怒ってもどうにもならない」と知るべきなのです。「馬鹿なことをするな。怒
 ってもどうにもならない。やめておこう」
その時点で祈りを唱えるのは難しい
 でしょうが、とにかくやってみることが大事なのです。

  怒りを鎮めるのにもっとも良いテクニックは、グレース・アウスラー夫人が提
 案した「10数える」という方法です。
気にしている言葉でも数字でも良いので
 す。これを10回言ってみると怒りは力を失うでしょう。

  怒りとは、小さな「いらだち」が蓄積して激しい感情になったものです。苛立
 ち自体は小さいですが、次から次に集まって、ついには大きな怒りとして爆発し
 ます。その前に消滅させるのが解決を早くします。

  傷は早めに癒すべきです。感情を傷つけられたら、できるだけ早く修復しまし
 ょう。長い間、くよくよしないことです。すねたり、自分を哀れに思ったりはい
 けません。恨みを抱え込んでもいけないのです。すぐに治療を施すのです。

  不満を心から排出するのです。心を開き、不満が流れ出ていくようにしましょ
 う。信頼できる人に近づき、気持ちの中を整理するのです。最後の一滴がなくな
 るまで吐き出して、忘れると良いでしょう。


  自分を客観的にみつめると、イライラがおさまります。心の中で自分に話しか
 けましょう。「あいつ、むかつくよね」と、このように心の中に第3者を置いて
 おくのです。自分にかわっていろいろ言ってくれ一寸スッキリします。


  人生にストレスはつきものです。それがイライラになり、堪忍袋の緒が切れる
 と"怒り"になります。溜め込みすぎてもよくありませんが、「ここは我慢しなく
 ちゃ!」という場面も多々あります。そんな時の役立つコツは・・・。


  怒りのデメリット問題の中身を冷静に判断するとき、「怒りの感情」こそ最大
 の敵と考えて下さい。「怒りの感情」は、人間の冷静な判断能力を著しく低下さ
 せることをシッカリ把握しておくことです。


  「怒りを鎮める方法」には・・・まさかのときに思い出してください。

  1、自分が常識人なんだと言い聞かせる
  2、落ち着くまで目をつぶる
  3、我慢した自分を褒める
  4、相手を見下ろす(同情する)
  5、深呼吸(腹式呼吸)をする
  6、怒りを爆発させたリスクを考える
  7、誰かに話しを聞いてもらって共感を得る
  8、普段から怒る状況に遭うのが当然と思っている
  9、家族のことを想う
 10、鏡の前に立って自分自身を説得する
 11、自分の好物(美味しいもの)を食べる
 12、身体を動かす
 13、何かモノに当たる
 14、相手にバチが当たるように祈る
 15、バラード系の曲を聴く

 00、カッとなったら腹式深呼吸!(5)そこはかとなく落ち着きます。

 続・・<初心忘るべからず・・・>

  世阿弥が残した風姿花伝は指導マニュアルと言えます。それは役
 者の修行方法から始まり、いかにライバルに勝ち、観客の興味をひ
 くにはどうすべきか等、具体的なアドバイスを記したものです。


  男時(おどき)女時(めどき)とは、
「立合」形式で、能の競い
 合いを行います。立合とは、役者が同じ日の同じ舞台で、能を上演
 し勝負を競うのです。これに負ければ、評価は下がろのです。

  立合いは、自身の芸の今後を賭けた大事な勝負の場です。しかし、
 勝負の時には、勢いの波があります。自分に勢いがある時を「男時」
 相手に勢いがついた時を「女時」と云います。

  このときの心情として「ライバルの勢いが強く、押されていると思う
 時は、小さな勝負ではあまり力をいれず、負けても気にすることなく、
 大きな勝負に備えよ。」と言っています。

  女時の時に、勝ちにいっても決して勝つことは難しい。そんな時は
 むしろ、「男時」の到来を待ち、そこで勝ちにいけ、というのです。
 
この「男時・女時」の時流は、宿命と捉えていました。

  「時の間にも、男時・女時とてあるべし」「いかにすれども、能に
 よき時あれば、必ず、悪きことあり。これ力なき因果なり」
「信あら
 ば徳あるべし」で信じていれば、必ず良いことがあるのです。

  時節感当の「時節」とは、役者が楽屋から舞台に向かい、幕が上が
 って役者が見え、観客がその声を待ち受けて、その心の高まりから、
 絶妙のタイミングで声を出すことを言います。

  これは、タイミングを掴む重要性を語ったものです。どんなに正しい
 ことを言っても、タイミングをはずせば受け入れられません。「タイミ
 ングを逸して失敗した」経験は、誰にでもあるものです。

  
衆人愛敬とは、大衆に愛されることが一座の中心であるの意味です。
 どんなに上手な能役者であっても、大衆に愛されることのない者は、決
 して一座を盛り立てていくことはできないのです。

 自分を支持してくれる大衆さえいれば、都の評判如何に関わらず、な
んとかやっていける。自分の場が失われさえしなければ、挽回のチャン
ス(=男時)はあるのです。


 離見の見とは、自分の姿を左右前後からよくよく見る。これは、「見
所同見」とも言われます。見所は、観客席のことなので、客席で見てい
る観客の目で自分をみなさい、の意味です。

 実際には、自分の姿を自分で見ることはできません。客観的に自分の
行動を批判してくれる人を持つなど、ひとりよがりになることを避ける
よう、心掛けなければなりません。

 自分を第三者的に見るには「目前心後」と云います。「眼は前を見て
いても、心は後ろにおいておけ」ということ、すなわち、自分を客観的
に外から見る努力が必要だといっているのです。


  歳を重ねれば重ねるほど、地位が上に行けば行くほど、前を見ること
 が要求され、自分の後姿を見ることを忘れてしまいがちですが、自分が
 卑しくならないためには、自分を突き放して見ることが必要なのです。

  「年々に去り・来る花の原理」とは、幼年時代の初々しさ、一人前を
 志した頃の技術、熟練した時代の満足感など一段ずつ上ってきた道で自
 然と身についた技法を全て持つことで、これを忘れてはならないのです。

  芸人は、その一生を自分の中に貯え、芸として表現しなくてはなら
 ない。これには日々の精進が大切なのです。
全体の中で自分を客観的
 に見るのは、いつの世でも難しいが必要とされることなのです。



  ◎ 発行者 : 遠藤 侖允 (えんどう みちまさ)     
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第422号

2016-05-15 10:25:28 | 日記
◇◆テニスのメモ帖◇◆ 第422号 平成28年5月15日
 <初心忘るべからず・・・>

  25歳の土居美咲が、29歳の難敵サファロバをストレートで破る金
 星を挙げました。「ラケットを振り切る」をテーマにして、フォアの強
 打でラリーの主導権を奪ったものです。

  この初顔あわせの勝利は、「チャレンジ精神で自分のテニスを貫けた
 メンタルが勝因」と語っています。そこで、今回はメンタル面での基本
 的な側面として「初心」を考えてみたいです。

  岩波文庫の「風姿花伝」(ふうしかでん)の101頁に「初心を忘る
 べからず」と書かれています。その前に「ただ。返すがえす、」と念を
 押しているのが印象的です。文庫本の発行日付は昭和33年です。

  現状では、スポーツ界のみならずあらゆるところで不祥事が起きてい
 るようです。いまや一般的になったこの格言を風姿花伝を読み返すこと
 で再考する意味を追求してみたいと考えました。

  その前に、精神面で卓越したアスリートの言葉を若干取り上げ、彼ら
 がプレー中に何を考えていたか?その根底に何があるのか?真剣に考え
 ることが出来ればと願っております。先ずはアスリートの言葉から・・

  最後にもう一つだけ覚えておいて欲しいことがある。勝ったチームは
 負けたチームにも幸あれと祈ること。これは、プロ・アマを問わず絶対
 に忘れちゃいけない
約束なんだ。           カンボス  

  どんなに八方ふさがりの様に思えても道がなくなるわけじゃない。進
 むべき道・進んでゆけ
る道を見つけて一歩づつ進んでゆけば良い。  
 ・・・                       三浦和良  


   プレッシャーがかかる場面で出る力がその選手の実力なんだ。   
 ・・・                       城嶋健司   


  暑さ寒さ、風にしても誰にも吹くものだ。強いものは強いから運も不
 運もない。・・・                  アベベ   

  勝敗を分けるのはたった一球だ。しかしプレー中はどの一球かは分か
 らない。だから最初から最後まで、この一球との思いを込めて打たねば
 いけない。・・・                  福田雅之助 


  リーダーとなるためには、行動によって仲間から尊敬されなければな
 らない。つねに言行一致を貫かなければならない・・・ Mジョーダン

  ここから、世阿弥の言葉を考えて見ましょう。風姿花伝は、役者の
 修行方法から始まり、いかにライバルに勝利し、観客の興味を
 ひくにはどうすべきかなど具体的な考え方を記した伝書です。


  初心忘るべからず

  「初めの志を忘れてはならない」との意味で使われています。
 世阿弥にとっての「初心を忘れるな」は、人生の試練の際に、ど
 うやって乗り越えたか、この経験を忘れるなということなのです。

  世阿弥は、「初心」について第一に「ぜひ初心忘るべからず」
 第二に「時々の初心忘るべからず」第三に「老後の初心忘るべか
 らず」と、3つの「初心」について語っています。


  第一 ぜひ初心忘るべからず

  若い時に失敗や苦労した結果身につけた芸は、常に忘れてはなら
 ない。それは、後々の成功の糧になる。若い頃の初心を忘れては、
 先々の上達すら無理なので生涯初心を忘れてはならないのです。

  第二 時々の初心忘るべからず


  歳とともに、その時々に積み重ねていくものを、「時々の初心」
 と云います。若い頃から、最盛期を経て、老年に至るまで、その時
 々にあった演じ方をすることが大切と言っています。

  その時々の演技をその場限りで忘れてしまっては、次に演ずる時
 に、身についたものは何も残らない。過去に演じた風体を、全部身
 につけておけば、年月を経れば、全てに味がでるものです。

  第三 老後の初心忘るべからず

  老齢期には老齢期にあった芸風を身につける。これを「老後の初
 心」と言うのです。老後になっても、初めて遭遇し、対応しなけれ
 ばならない試練が当然あるのを忘れてはならないのです。

  歳をとったからといって、「もういい」ということではなく、そ
 の都度、初めて習うことを乗り越えなければならない。これを「老
 後の初心」というのです。

  このように、「初心忘るべからず」とは、それまで経験したこと
 がないことに対して、自分の未熟さを受け入れながら、その新しい
 事態に挑戦していく心構え、その姿を言っているのです。

  その姿を忘れなければ、中年になっても、老年になっても、新し
 い試練に向かっていくことができるのです。失敗を身につけよ、と
 いうことなのです。

  今の社会でも、さまざまな人生のステージ(段階)で、未体験の
 ことへ踏み込んでいくことが求められます。世阿弥の言によれば、
 「老いる」こと自体もまた、未経験なことなのです。

  そして、そういう時こそが「初心」に立つ時です。それは、不安
 と恐れではなく、人生へのチャレンジなのです。その気持ちを絶え
 ず忘れなければそれが生き甲斐なのです。

 稽古は強かれ、情識はなかれ・・・

  「情識」(じょうしき)は、傲慢とか慢心といった意味です。
 古も舞台も、厳しい態度でつとめ、決して傲慢になってはいけない。
 の意味です。世阿弥は、著作の中で、繰り返し使っています。


 「芸能の魅力は、肉体的な若さにあり、一時のもの」と、それまで
 の社会通念を覆したのが世阿弥の思想でした。それは、「芸能とは
 人生をかけて完成するものだ」という考えなのです。

 「老骨に残りし花」は、老いて頂上を極めても、それは決して到達
 点ではなく、常に謙虚な気持ちで、さらに上を目指して稽古するこ
 とが必要だと、何度も繰り返し語っているのです。慢心は、人を朽
 ちさせます。それはどんな時代にも当てはまることなのです。


 時に用ゆるをもて花と知るべし・・・

  物事の良し悪しは、その時に有用なものを良しとし、無益なもの
 を悪しとする意味です。世阿弥は、この世を相対関係で考えて、プ
 ラス概念を総合した意味で、「花」を使っています。

 秘すれば花・・・ 好きな言葉です。

  誰も知らない自分の芸の秘密、いわゆる秘伝を持つことを世阿弥
 は求めました。これをいたずらに使うことは控え、いざという時の
 技とすれば、相手を圧倒することができるというのです。

  現代でも、自分の可能性を広げるための準備として秘する花を持
 てば、いざという時に世界が広がる可能性があるのです。



  ◎ 発行者 : 遠藤 侖允 (えんどう みちまさ)     
  ◎ メール : yaendou@po4.oninet.ne.jp

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第421号

2016-05-01 11:03:42 | 日記
◇◆テニスのメモ帖◇◆ 第421号 平成28年5月1日
 <止まない不祥事への関与・・アスリート協会・連盟のあり方>

  一連の不祥事が止まらない日本のアスリート協会です。八百長・カジノ・賭博
 ・ドーピング・大麻・など個人を超えていませんか?絶え間ない練習で「技・体」
 を鍛えながら肝心の「心」を置き去りにしてどうするんですか?

  すべてが屋上屋になっているようです。そのためどこを修正したら良いのか分
 からないんじゃないですか?結果を踏まえた対応しか出来ないため、すべてが後
 手になるのだと思われます。

  協会とか連盟は何のために存在するのでしょう。不思議ですが、協会や連盟が
 関与できない試合が何故あるのでしょう。スポンサーとしての企業活動が野放し
 ではないですか。強いだけの選手を抱えて人間管理はどこにあるのでしょう。

  最近特に感じるのが「アマ」と「プロ」の明確な区分です。これが曖昧になっ
 ているのが不祥事を更に大きくしているんじゃないでしょうか?プロとアマの区
 分は明確なはずです。これの徹底が必要と思われます。

  今回もスノボー選手の賭博関与が報じられました。一体どこまで行くのでしょ
 う。基本的に日本人は昔から賭博を好む性格があるようです。いわゆる賭け事の
 刹那的な感触と多額の不労所得への思いが忘れられないのでしょう。

  今後どれほどの選手や協会・連盟の関係者が出て来るのでしょう。実際に経験
 した協会関係者はないとは思いますが、関与した選手だけの問題とは思えないの
 です。本気で選手の育成を考えたなら有り得ない現実だと思うのです。

  最近の経済界でも広告塔としての選手採用が顕著です。その内容も詳らかでは
 ありませんが、報道によると通常の給与以外に賞金の殆どが支払われるとか?こ
 の方式自体が私にはアスリートとしてあるべき姿とは思えないのです。

  同じ時期に入社し、早々から収入面で大きな差がつく自体が狂っています。ま
 た、このアスリートが選手生活を終えた時点ではどのような待遇となるのでしょ
 う。どう考えても経営陣に参加されるとは思えないのです。

  ある意味では偏見があるかも知れません。私の拙い経験からの言葉ですから失
 礼の段はお詫びしますが、最近のニュースから聞かされるのはいずれも組織がキ
 チンとしていれば惹起しないことだと悔しい思いです。

  いずれも協会や連盟の役員が身奇麗にしていれば起きることのない出来事では
 なかったことではないでしょうか?と言うことは自分自身に甘えていたとしか考
 えられないのです。そこに本来的な代表としての自覚がなかったのです。

  大学生活から、アスリートの前に立つのは戦績が優秀な先輩が、当然のように
 指導者の立場にありました。この場合、大切なのはその立場に於ける実力判断が、
 自分の勝敗成績が主体だったようです。

  すなわち、いつも競技大会で優勝または準優勝の立場にいるアスリートが、誰
 の反対もなく当然のように座っていたわけです。これを先輩後輩の立場にいる連
 中には抵抗できなかったのです。

  日本のアスリートは、基本的に競技に対して真剣であり謙虚であるようです。
 これはスポーツに対する真摯な気持ちを捨て切れないからでしょう。この純粋な
 気持ちはこれからも遵守すべきではないでしょうか?

  ただ問題は、経験を経た後の自らのポジショニングに対する最終的な心構えで
 はないでしょうか?経験豊富な彼らはそれをベースとして組織を構築させようと
 します。そこには自分の限界を知ろうとはせず無限と見る態度です。

  自分のレベルが、自分の最高位であることを何故知ろうとしないのでしょう。
 それは自分の位置付けをするのが恐ろしいからです。世界一・日本一の地位であ
 っても、その位置は不動ではないのです。しかし、本人には不動と見えるのです。

  このように協会・連盟の中枢は経験者に溢れています。それは他の組織とのバ
 ランスから生じるスポーツ界での位置づけにもなるのです。そしてその地位を一
 度掴むと手放したくなるのは当然かも知れません。

  本当に力のある協会・連盟のトップはアスリート出身でない方がよいのです。
 本来的に組織の仕事は、競技大会の運営・指導者としての担当者の育成・違反行
 為のチェック機構・ランキング関係処理等になります。

  成績が優秀なアスリートと人間的なアスリートの理想的な混在が組織の存在意
 味を明確にするのじゃないですか?これらを明確に分離する卓越したアスリート
 はどこにでもいるものじゃないでしょう。権力の乱用は方向を見失います。


   さて、アスリートの不祥事が続いていますが、道を踏み外す選手と、そうなら
 ない選手と何が違うのでしょうか?これを日本国内と諸外国とで比べると良く分か
 ります。しかし、共通しているのは心構えに尽きるんじゃないかと思われます。

  日本の場合は、優秀な選手を取り巻く大人が自分の立場を重視するあまり、ア
 スリート時代に行う対応に問題があるのです。実際に接触している記者たちは「と
 りまきが悪い」そう「大人のこと」だとなるのです。

  アスリートの成長に必要な「オトナ」は、技術指導や試合の采配に長けている
 だけではなく、勝ち負け以外に人間として大事なものを教え、浸透させることが
 できる大人なのです。

  アスリートの世界で「天才だね」と言われ育った子どもは、どうしても周囲に
 ちやほやされ天狗になりやすいのです。無意識のうちに「何をやっても許される」
 という意識が強くなります。自己中心的な考えになるのです。


  例えば、ジョコビッチやフェデラ―はすごい賞金額です。でも、彼らは誰に薦
 められた訳でもないのに、自主的に貧しい人や恵まれない人に向けた基金等を作
 っています。世の中のために自分が何がすべきかをいつも考えてるんです。

  先輩の仕事は、説教ではなく押しつけがましいものでもないのです。自分の今
 まで生活体験をベースにして自分のあるべき姿を追求させるのが先輩としての仕
 事なのです、そのような生活を間近にするので後輩が考えるのです。

  例えば、テニスに懸命な選手にとって「コートの中」と「コートの外」では2
 つの顔があるのです。「コートの中」では、勝つためにはどんなことをしても勝
 たなくてはいけません。それに賭けるのが本当のアスリートなのです。

  “隙あらば勝つためにはなんでもやってやろう”という意識がアスリートとし
 ては必要なのです。ルールとマナーの範囲内で何ができるかを考えるアスリート
 は確実に伸びると思われます。

  アスリートとして「人が困っていたらどうしたらいいのか、常に他人のことを
 考えられる人間であって欲しいです」コートの中では、憎らしいほどに相手の苦
 しいところを突く。けれども、コートを離れれば、よき人間として生きることです。

  このような二面性がないとトップになれないのです。このように二面性のある
 人間を育てていくのが、アスリートに付き添っているコーチの役目ではないでし
 ょうか?今回のアスリートには、その指導やマネージメントが不在だったのでし
 ょうか

  アスリートとして、どう振舞うかを教育するシステムは日本にはないようです。
 しかし、しっかりしたスタッフに教育されたアスリートは間違いなく今回のよう
 な不祥事に身を投ずることは有り得ないのは間tがいないです。

  「社会の範となる選手」が具体的にどんな人物像で、どのように育成するか。そ
 してそこに寄り添う大人の資質はどんなものなのか。そこを語り、実践できる人は
 決して多くはない。だからこそ、若いアスリートたちの不祥事が起きたとも言えます。


   選手育成には、まず大人(世間を充分に認識する人間像)を育てるプログラム
 が必要ではないでしょうか。更に、その中でその考えを定着させるには、キチン
 とした組織作りがベースにないと砂上の楼閣でしかないと思われます。

  深刻な話題になっているアスリートの不祥事は、すべて自己反省のない極論す
 れば我侭なところから発生していると推測されます。あまりにも周囲の誘惑が多
 く、自らの手で払い除けることが出来ないのではないでしょうか。


 
  ◎ 発行者 : 遠藤 侖允 (えんどう みちまさ)     
  ◎ メール : yaendou@po4.oninet.ne.jp

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第420号

2016-04-15 08:53:38 | 日記
◇◆テニスのメモ帖◇◆ 第420号 平成28年4月15日
 <冷静さを求めたい錦織のテニス>

  419号でプレー態度を醜態と書きましたが、マイアミ・オープンでのジョコビッ
 チとの優勝戦でも苛立ちから、ラケットをコートに叩きつけたようです。これはどう
 考えても正常なアスリートの行動ではないです。

  誰でも、自分を充分コントロール出来なくて考えられない行動を起こすことはあり
 得るのです。しかし、感情の赴くまま行動を起こしては「心・技・体」と練磨し続け
 るアスリートとは言えないのです。

  日本のテニス界では伊達公子以来プレスの中心に位置づける選手がいません。正直
 錦織の出現は待ちに待ったものだったはずです。素質もさることながらその懸命な努
 力で世界ランキングで一桁を確保できたのです。

  サービスの破壊力では外国人に数段劣る彼が、ストロークでのし上がってきた事実
 は大いに賞賛されるべきものと思われます。勝負の世界での苛立ちは実力差より、思
 うままのプレースタイルを継続出来ないことにあります。

  そこで大切なものが「技・体」をカバーする「心」にあるのです。これは自助努力
 で充分カバー出来るものです。もし出来ないとするなら実力を過大評価している自分
 自身に戻らなければ駄目です。

  メジャーなアスリートが冷静な行動力を発揮できるのも「心」に対する自分の判断
 を人から後ろ指を指されないように自覚しているからです。最高のアスリートは決し
 て勝つことだけじゃないのです。模範とならなければいけないのです。

  錦織にはまだまだ時間はあります。どのような場面に遭遇しても、ニコリと微笑み
 ウインクするくらいの「心」の余裕を持って欲しいものです。勝てると思いますとい
 うジャコビッチとの試合前のコメントは心の中だけに留めて・・・

  それを打ち消すのは実際に勝つしかないのです。「心」を更に強固なものとしどの
 様な場面に遭遇しても、それは自分をさらに成長させるものとして素直な気持ちで受
 け取り成長の糧とするよう自分に吸収して欲しいのです。

  そこで初めて真の王者と言われるのではないでしょうか?双葉山の言葉にある「い
 まだ木鶏たりえず」の言葉はアスリートとして成長する中でいろいろな意味合いを持
 ち、人間として成長させるものがあるのではないでしょうか

 <相次ぐ違法行為・・・有り得ない行動は?>

  プロ野球に次いでテニスの八百長問題・今度はバトミントンでの賭博行為、とても
 アスリートが行う行為とは思えないものがあります。プロであっても控えるべき行為
 であり、アマチュアであれば更に厳しく罰せられるは当然でしょう。

  しかし、日本にある身内意識でしょうか?選手出身地の市長が寛大な処置をと訴え
 ているのは何故でしょう?状況によって判断されるべきなのは当然ですが、状況が明
 確にならないときにこのような発言は慎むべきです。

  状況から、スポーツに対するアスリートの基本的な心構えを、更に徹底する必要が
 あります。いまの規則・ルールでは競技の正確な進捗を考えていますが、これからの
 基本はマナーとルールの徹底に基礎を置くべきではないでしょうか。

  即ち第1条がマナーであり、第2条はルールの徹底です。この2条が遵守されれば
 アスリートとして誰にも誇れるベースを構築できるのです。特にマナーは人間として
 アスリートの基本的なものではないかと思うのです。

  マナーとルールをベースとして、参加する人たちが熟知していないと競技そのもの
 が乱れてしまいます。参加するアスリートが気持ちよく闘えるのは、そのベースにマ
 ナーとルールの遵守があるからです。

  ここまで表面化した違法行為が、今後発生した場合は躊躇うことなく資格停止とす
 るべきです。同情の余地はないです。あなたが「それは違法行為になるので出来ませ
 ん」と言い切ればそれ以上あなたを侵害することはないのです。

  アスリートが自分自身を甘やかしては駄目です。自分の努力で勝ち取った地位を何
 故もっと大事にしないのでしょう。それこそあなたにとって大きな財産ではないです
 か?もっと自分自身を大切にして欲しいものです。

  次いで強化を要求されるのが、コーチ・組織の強化です。コーチで注意すべき点と
 しては自分の経験値に偏る傾向があります。自分自身の実力を伝達できるアスリート
 は本当に僅かです。もっと専門家を育成しないと駄目です。

  その意味合いは、生活の糧とする実力を付けたいアスリートと自らの生活をエンジ
 ョイするアスリートとの区分を明確にしなければいけないということです。英才教育
 とも言われますがそれは当然のことでマニュアル化かが必要です。

  バトミントン世界2位の桃田選手が、リオ五輪への出場が失われました。例え出場
 が許可されても自らが率先して辞退すべきと思われます。それにしても会見に於ける
 内容は稚拙でした。どうもそれほど悪いとは思っていない気がしました。

  それにしても、企業に就職するアスリートはどのような心構えなんでしょう。広告
 塔をどこまで意識しているんでしょう。同輩との扱いの違いを意識しているのでしょ
 うか?広告塔としての取扱いと変更すべきです。。

  本来の内容から言えば、広告塔は通常の社員よりその責任は重いはずです。それだ
 けに今の地位に胡坐をかくのではなく、広告塔としての責務を全うしなければならな
 いのです。自分だけで大きくなったとの勘違いは早く改めるべきなのです。

  桃田選手のリオ五輪への参加有無での企業側に疑問があります。早々と結果を出し
 た行動に満足しているのか?次いでの田吾選手との交友状態や違法カジノが露見した
 にも拘らず処分の変更はしないと発表しました。

  何故解禁を急ぐのか?いまこそ彼がじっくり考えるときではないのか?その大事な
 時間を邪魔してはならないと思うのです。その意味からも、スポーツ界自体が本気に
 なって組織作りを再考すべきなのです。

   彼の選手生活で、気になったのはその実力ではなく自らのスタイルを誇示したこ
 とです。いままで茶髪でプレーしていた彼が、帰国後の会見では黒髪に変えていまし
 た。ここから彼の指導グループの管理上の甘さが垣間見られ同罪だと感じました。

 
  ◎ 発行者 : 遠藤 侖允 (えんどう みちまさ)     
  ◎ メール : yaendou@po4.oninet.ne.jp

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第419号

2016-04-01 08:29:13 | 日記
◇◆テニスのメモ帖◇◆ 第419号 平成28年4月1日
 <錦織の変わらぬ醜態>

  どういうわけか、プレスの錦織敗戦の記事でよく見かけるのが、ラケットがコート
 上に横たわっているシーンです。アスリートの態度としては決して褒められたもので
 はないです。道具を大事にしない優秀なアスリートはいないです。

  BNPパリバ・オープンでナダル(第4シード)と対戦した錦織(第5シード)は
 4-6・3-6で敗戦しました。内容はサービスの確率の高さと勝負強さが勝敗を決
 めたとされています。スコアでは差はないです。

  ナダルとの試合ではストレート負けとなりましたが、決してそれ程の差があるとは
 思えません。勝負よりは試合中のメンタル面のひ弱さにガッカリしています。結果と
 してスポーツ番組のコメンテーターの表現が耳に痛いです。

  ”あ!またやりましたね”この表現は自分のミスにラケットをコートに叩きつけた
 シーンに対しての発言でした。自分のミスをラケットに当るのはアスリートとしては
 最悪の行為ではないですか?また!という表現が気になりました。

  各種のスポーツ評論家やコーチなど、アスリートを指導する立場の人が一様に口に
 するのはやはり道具を大切にです。野球でよく聞かされるのは「道具は大切にしなさ
 い、いつかはその道具に救われるのです」ではないですか

  いくら世界7位のランクが付けられても、その試合態度で?マークが付くようでは
 アスリートとして失格に近いものがあります。もっとメンタル面を鍛えなおす必要が
 あるんじゃないですか?実力があるだけに心配です。

  好漢願わくは、いつも自分は注視されて要るとの自覚を忘れずプレーして欲しいで
 す。相手を圧倒してガッツポーズ、気に入らないからとラケットをコートに叩きつけ
 る。これらは決してトッププレーヤーがなすべき動作ではないです。

  非常に卑近な表現ですが、これらの行為は自分の道具スポンサーへの反則行為でも
 あるのです。いずれにしてもコメンテーターが注意をしたように、決して褒められた
 行為ではないので改めて欲しいのです。

  非難は彼のスタッフにも影響するのです。何も注意をしないのか?注意をしても聞
 かないのか?勝敗だけに懸命なのでしょうか?それでは人間的に歪なものになってし
 まいませんか?アスリートとしてどうあるべきかをもっと知るべきです。

  今年はリオ五輪があるので、アスリートに対しての風当たりは尋常ではないようで
 す。シャラポアも中々結論が出ないようです。ただ、心のどこかに無期の復帰を認め
 ない判断も酷ではないかとの思いもあります。

  アスリートとしては同情の余地はありませんが、一人の人間として成長過程を考え
 るなら、反省と言う心変わりを認めるのも、一つの方向としてないものでもないので
 はないでしょうか?これが甘いのかもしれませんね。

 <アスリートの心構え>

  引退したアスリートの皆さんからは、いろいろと参考になるお話を聞くことが出来
 ます。特に一芸に秀でたアスリートの話はいつ聞いても、成程な!と感心するものが
 多いです。それだけに若手のアスリートは先輩と接触して欲しいものです。

  先日大相撲の解説アシスタントとして柔道の野村忠宏氏の話を聞かせて貰いました。
 オリンピックで柔道3連覇は12年間の競技生活だったわけで、これは想像を絶する
 ものとその過酷さを素直に感じました。

  その中でやはり「心・技・体」の話が出ましたが。野村氏の結論から話をすると、
 この中の「技・体」はアスリートとして、その種目に参加して優秀な成績を残したい
 ならアップさせるに鋭意努力するのは当然のことなのです。

  やはり絶え間ない練磨は「心」にあると明言していました。特に12年間も継続し
 て活躍するにはその努力は大変なものがあると感じました。だからこそ「心・技・体」
 でも、心以外は当然のことで語るべきものもないと言い切ったのでしょう。

  この心の持ち方について、大事にしてきたことは「負けたことを、次にどう生かす
 か」を絶えず考えてきたでした。得意技を磨いても、それが追い詰められたときに相
 手を倒す技として使えるのかどうか?自問自答したそうです。

  試合において、勝負に勝つ方法はいかに自分のスタイルを貫き通すかにある。その
 ためには自分なりの「心・技・体」を纏めることが出来ないと駄目だ。と言う野村氏
 の話はよく理解できました。自分との真剣な対話が望まれるのです。

  今年の春場所は今までにない争いとなりました。しかし、解説者が語るようにやは
 り白鵬の有利は避けられないようです。勝利後の大きなゼスチャーはガッツポーズと
 変わらない内容ですが、自分の限界がこうなるのでしょうか?

  解説者が語るように、白鵬の横綱としての精神的なドッシリ感は際立っています。
 それが、横綱の心の充実感を認めざるを得ない状況と感じさせられました。双葉山の
 「いまだ木鶏たりえず」の心境はどこからくるのでしょう?
 
  野村さんがさりげなく語った中での「心」の持ちようは、これからのアスリートが
 成長してゆく中で最重要課題ではないかと思いました。過酷な実戦を体験し更なる自
 分自身の成長を考えると大きな心の広がりを希求すべきだと思われます。

 
  ◎ 発行者 : 遠藤 侖允 (えんどう みちまさ)     
  ◎ メール : yaendou@po4.oninet.ne.jp

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第418号

2016-03-15 08:33:18 | 日記
◇◆テニスのメモ帖◇◆ 第418号 平成28年3月15日
 <シャラポアの薬物疑惑>

  ロシヤのアスリートに、ドーピング問題があることは知っていても、彼女ほどの実
 力者が薬物にのめり込んでいたとは思いも寄らなかっただけに、このニュースは何故
 と言う疑問符だけが残るショキングなものでした。

  その後の経過は決して彼女に良いものではなく、抗弁して要るように健康上の問題
 から服用していたとのことですが、それなら何故リストアップされたときから止めな
 かったのか?疑問です。アスリートの一員としては駄目です。

  引退はしないと言っても、長期離脱となればとてもプロとして継続出来るものでは
 ないです。優秀なスタッフも抱えているはずなのに、この疑惑は充分避けられた事件
 だと思います。いずれにしても決定には従って欲しいです。

  これらを他のアスリートも充分に認識して、自分が練習や努力で育ててきた身体を
 充分に生かしてその中で闘って欲しいです。今回のシャラポアには甘えがあります。
 正式な罰則を受けそれを成し遂げて生まれ変わることを期待します。

  薬物疑惑は絶対に許してはならないのです。しかし、与えられた罰則を全うし再び
 コートに現れるなら、それは自らその修羅場を体験した結果ですから、気持ちよく迎
 えたいと思います。罰則はどんなものであれ甘受しましょう。

  トップ選手がその地位を確保するために、いやそれ以上に現状をアップさせるため
 に行う薬物使用は、絶対に根絶させなければ日夜懸命に努力しているアスリート達に
 どう説明することが出来るのでしょう。安易な解決法はあり得ないのです。


 <マインド・フルネス>

  NHKのアスリートを対象にした番組で、競技データをベースにした展開で見せて
 くれるものがあリます。今回はアーチェリーの選手が対象でした。この中で究極の平
 常心は「瞑想」により追求が可能だとありました。

  スポーツでは欠かせない「心・技・体」の充実があります。この中でも把握するの
 が難しい「心」のメンタル面です。最近よく聞かれる言葉が「マインド・タフネス」
 です。番組で最後に指摘された「瞑想」との係わり合いを考えて見ます。

  先般も少し技術面を離れて自分の考えを述べてみたいと申しあげましたが、最近の
 情報からメンタル面の強化が要求される点に気付かされる思いです。この時期に新た
 な言葉をよく聞くようになりました。

  その内容は、ストレス等によるイライラ解消法とも言われるものです。その効果は、
 感情のコントロールが自分のペースで行えると言われているものです。だからこそ、
 新たなメンタル面のサポートとして認められるのかも知れません。

  これは、いろいろな方法が開発されており、その効果は充分には納得されていませ
 ん。今回も国外から流入されたもので絶対的なものではないのですが、研究者からは
 少しづつ認められつつあるものとの評価もあります。

  いずれにしても、個人的な問題であり効果が期待できなければ継続する必要はない
 ものです。以下に入手した情報を纏めていますので、ご一読頂ければ幸いです。また、
 マインド・フルネスの中から「呼吸法」を一度試してみてください。

  マインド・フルネスの基本的なスタイル(呼吸法)を説明します。
  1、両手を身体の前で合わせて合掌のポーズをとります。
  2、鼻からゆっくり息を吸い込みます。その間は4秒程度です。
  3、息を吸い込みながら合掌のスタイルのまま両手を上に押し上げていきます。
  4、下腹部に力を入れ両手は上に挙げたままで7秒ほど息を止めます。
  5、吸い込んだ息を全身に放散させるイメージをしながら吐いていきます。
  6、両手を8秒ほどでゆっくり下ろしながら肺の息を全部吐き出します。
  8、1回の時間を3分程度にして毎日繰り返します。

  大切なのは、自分自身のペースで行うことです。動作としてはいろいろな方法があ
 りますが、自分に合った方法に徹することです。よく言われる「マインド・コントロ
 ール」とは違うものです。

  近ごろ耳にすることが多くなった「マインド・フルネス」は「瞑想」に近いもので
 す。お気づきとは思いますが、メディアで取り上げられる頻度が増しているのは、そ
 の有効性を示す研究結果が次々と見つかっているためです。 

  人によってはインチキ心理学と思うかもしれませんが、人はいつもマインドフルな
 状態でいると、人生のあらゆる面を豊かに出来ることを裏付ける証拠はあるのです。
 また、この状態に達するには「蓮の花ポーズ」で過ごす必要はないのです。

  マインド・フルネスは、行為を指して使われることもあれば、精神状態を指す場合
 もあります。例えば、集中力のトレーニングとして「マインドフルネス瞑想」があり
 ます。これは、いつもより呼吸を意識するという方法をとります。

  こうして鍛えた脳は、瞑想後も長い間、マインドフルな「状態」でいられるように
 なります。マインド・フルネスの状態にあるときは、自分のまわりで起こっているこ
 とに意識を完全に集中できています。


  マインド・フルネスとは、その一瞬に全力を傾けることと考えられるのです。マイ
 ンド・フルネスについて、「今という瞬間に、余計な判断を加えず、(中略)自分の
 人生がかかっているように真剣に、意識して注意を向ける」と定義しています。

  別角度からマインド・フルネスは、仏教の教えに根ざしたもので、悟りを開くには
 大変重要だと考えられています。「だから何?」と思う人もいるでしょうが、マイン
 ド・フルネスを高めればとの期待も増幅するのです。

  それは集中力が増し、創造性や幸福感、健康、リラックス感が高まり、もっと自分
 をコントロールできるようになる可能性があります。かけがえのない「この瞬間」に
 より深く感謝できるようにもなるでしょう

 (この瞬間は、誰にでも等しく与えられています。これってスゴいことですよね)。
 ではここからは、マインド・フルネスに関する最新の研究の成果をいくつか見ていき
 ましょう。あなたにとって新たな発見があるかも知れません。

  意思決定能力を高める・・いくつかの実験によって、マインド・フルネス瞑想を実
 施した人や、もともと性格的にマインド・フルネスの状態に近い人は、「サンクコス
 トの誤り」を免れているという相関関係が確認されました。

  *サンクコストの誤りとは、それまでに費やした時間やエネルギーを惜しんで、先
  の見込みのない交際や仕事にしがみついてしまう傾向を言います。

  残念ながらマインドフルネスは、スイッチを押せばいきなり切り替えられるもので
 はありません。ある日を境に、それからの人生をずっとマインド・フルネスの権化と
 して生きていけるものではないのです。けれども、徐々に高めることはできます。

  集中力を高めるには、気が散らないように自分で気をつけて、マルチタスクな仕事
 術を真似しない、という方法もあります。でも、気が散るのを助けてくれるツールは
 世にごまんとあり、その助けを借りたって良いのです。

  マインド・フルネスを実践するには、どんなに忙しくても、どんなにストレスのた
 まる状況でも、いつも意識を研ぎ澄ましていなくてはいけないのですから(実際そう
 いう時は、マインド・フルネスがもっとも役立つ場面でもあります)。

  呼吸法を実施しているときに注意することは・・・
  1、自然に浮かんでくる思いと、人為的な考えとを区別します。
  2、繰り返し過去を思い出したり、未来への不安で気が散るなら、それを最小限に
   抑えるために考え直します。「過去も未来も現在の私の心の中の想像にすぎない」
  3、瞑想中は、ちょうど船の「」のように、呼吸が集中をつなぎ止めてくれます。
  4、思いが浮かんでくるのを無理に抑えようとせず、心を自然に任せます。 


  この一連の手順は、マインド・フルネス瞑想として知られています。マインド・フル
 ネスを育む最高の方法のひとつです。これは一種の脳のエクササイズで、普段の生活
 を送りながらでも実践できます。


<なでしこジャパンのメンタル面 

  思わぬ敗退でなでしこジャパンはリオ五輪を逃してしまいました。当初は出場して
 当然と言われていただけにそのショックは大きくなりそうです。それは内紛に近いも
 のとなるでしょう。どの程度周辺が庇いきれるかが問題となりそうです。

  佐々木監督の退任が早速決まったようですが、不思議なのは日本では何故全てが終
 了しない時点で発表されるのでしょうか?ご本人にしても途中での退任表示が試合放
 棄と同じこととして決して望んでいることではないと思われます。

  宮間が去就を問われて、いまの段階で口にすべきではないと明言しています。これ
 は正論だと思います。監督やコーチングスタッフが早々と試合放棄をするようなチー
 ムが勝利を続ける力はないと考えます。

  さっそく出てきたのが、「宮間に対して選手としての発言が出来ない」でした。確
 かにチームのキャプテンとしてのプレッシャーは並大抵ではないはずです。キャプテ
 ンだからどのような発言も聞くべきと考えているんでしょうか?

  それは納得できるものではないです。もっとそのグループにおける指示命令系統を
 明確にすべきではないでしょうか?何故ならその指揮命令系統は自分が形成したもの
 ではないはずです。それであれば当初からどうあるべきかを話し合うべきなのです。

  非常に単純な思考ですが、勝つための団体であるならその目標に対して命令系統が
 どうあるべきか選手個々がどう動くべきかを納得させなければならないはずなのです。
 それが徹底されれば敗戦したからといって後ろ向きになることはないはずなのです。

  詳細は分かりませんが、日本卓球協会で実施されている組織作りに非常な興味があ
 ります。テニス界でよく言われるアメリカのアカデミック組織とその考え方がよく似
 ているようです。

  昨年末澤の引退が佐々木監督の耳に入りましたが、リオ五輪で勇退を考えていたよ
 うです。プレー以上に大きかったのは精神的な支柱が抜けた穴でした。宮間はピッチ
 の指揮官として佐々木監督の要求すら拒否した強さがあったようです。

  「厳しすぎる」「みんな萎縮している」「何も言えない」これらが反発としてあっ
 たようですが、 しかし宮間からすれば甘すぎるとなったのでしょう。その溝は深く
 その潤滑油が澤だったようです。

  大会前の表現では、持っている力を出せば勝てるでした。その時は日本代表の現在
 位置を示していたでしょうが、他国のチームは漫然と手を拱いてはいなかったのです。
 その誤認は世界のトップに立ったが見誤っていた証拠にこそ起きたものです。

  今回の20人中14人が11年のドイツw杯優勝メンバーでした。これは他国より
 3歳高いのです。現状維持のままは基本的に退化してしまうのです。世代交代が進ま
 なかったのではなく、進めなかった現状の把握が急務でしょう。
 
  OG丸山の言うアメリカとの違いで際立つものは アメリカでは純粋にサッカーに
 集中できる環境があると言います。ところが日本はまだ環境が追いついていないので
 す。サッカー人口の裾野の広さの違いは大きいものです。

  勝負の世界は盛者必衰ですが、世界一はもう過去の栄光となったのです。オースト
 ラリアのMFケロンドナイトが語る日本からの勝因は、日本のレベルの高いのは認め
 るが、今回は私たちが勝ちたい気持ちで勝っていたと思う。

  気合が入っていたし集中いていた。何が勝敗を分けたと言うと戦術的なことではな
 く気持ちだったと思う。なでしこジャパンの勝ち続けたひたむきな闘う姿勢があった
 その姿勢におごりはなかったか・・真摯に考えなければなりません。
  
 
  ◎ 発行者 : 遠藤 侖允 (えんどう みちまさ)     
  ◎ メール : yaendou@po4.oninet.ne.jp

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第417号

2016-03-01 22:25:46 | 日記
◇◆テニスのメモ帖◇◆ 第417号 平成28年3月1日
<アスリ-トとは

  アスリートとは、一般的にはスポーツ選手全般を言います。この中にプロとアマが
 存在するのです。プロはプロフェショナルで職業としている場合です。一方アマはア
 マチュアでその競技において趣味の範囲で嗜むレベルを言います。

  スポーツには、その多くは相手との対面競技が多くを占めます。これにも個人対面
 と団体対面があります。この判断区分は対面者の人数で行われます。競技はすべて同
 数で行いますが、反則で人数の変更もあり得るのです。

  当初からの人数差はあり得ません。すべて個人能力以外は同じレベルで闘うのがス
 ポーツでの大原則なのです。個人の能力がチーム成績に寄与するのは言うまでもない
 ので、この個人差がアスリートの存在を左右させているのです。

  また、フリーハンドではなく何らかの道具を使用する場合もあります。このためよ
 り勝利に貢献する手段として道具の改良も絶えず行われているのです。これは同じ様
 に競技するグラウンド面でも同じなのです。

  このように、道具やユニフォーム等が改良されて成績がアップするケースも最近で
 はよく見られます。しかし、いずれの場合もその競技に於ける勝敗の表示は相手から
 ポイントを得ることで終着するのです。

  最近のアスリートは、この状況の中で成長してゆきますが技術面では長けていても
 試合数が増え自分の身体を酷使するため、体格的な基礎部分がどこまで維持できるか
 が明確ではないのです。

  練習の必要性は誰しも認めるところですが、その内容の緻密さは誰しも同じではな
 いのです。そのベースになるのが最近良く見られるデータの分析があります。これに
 より相手選手の癖を知るには大切なことなのです。

  これらは選手それぞれで異なるのも事実です。その中から自分のターゲットに勝つ
 ためのデータを把握し出来るだけ少ないパワーで勝ち抜くことが求められるのです。
 このプラスαがメンタル強化なのです。

  最近、勝負の世界でコンピュータとの闘いが報じられています。私にはどうしてこ
 のような競技を行うのか納得出来ないのです。人間が人間たる所以は、その結果につ
 いてメンタル面が左右するから面白いのです。

  先日のニュースで、怪我による手術の必要性から伊達の引退宣言も間近かなのでは
 ないかと言われています。伊達のガッツポーズが次第に大きくなるにつれ、それは近
 いと思っていました。まさか手術とは思わなかったです。

  スポーツに於ける「心・技・体」ではどれが大事ではないのです。すべてをいかに
 効率よく自分の中で育ててゆくかがポイントなのです。中でも「技・体」は練習とい
 う時間経過をうまく考えればある程度のアップは可能なのです。

  しかし「心」は難しいです。これは数時間の講義で受ける場合もありますし、たっ
 た一言で晴れ間を迎えることもあるのです。どれが正解はないのです。また、どれく
 らい時間をかければでもないのです。

  私の現役での練習に於ける基本理念は、身体で覚えろがその主流でした。考えるこ
 とはないのです。これは確かに「技・体」を成長させますが、そこに自分はないので
 す。相手に合わせているだけに過ぎないのです。

  試合を続けるうちに、教えてもらった試合進行の巧みさを発揮しているときは良い
 のですが、同じパターンで攻めていては相手に見破られてしまいます。このとき両者
 が次の展開方法を如何に考えるかが勝敗の別れ道になるのです。

  これらは、個人と団体とでその経緯は異なります。すべてが同じパターンで遂行で
 きるものではないのです。試合は相手との対抗戦ですが、ただ単に身体のぶつかり合
 いではないのです。それを考えないといけないのです。

  「いま」の時点で自分は何をすべきか?どうすれば相手からポイントを奪えるか?
 そこで初めて相手と対峙するのです。そのとき「心」が生きてくるのです。「技・体」
 には限界があるのです。

  「心」には限界はありません。アスリートの存在そのものなのです。それだけにそ
 の内容は極めて深いものがあるのです。現時点での自分を把握し、次の瞬間から自分
 は何をすべきかを熟慮すべきなのです。

<錦織のメンタリズム 

  メンフィス・オープンで優勝しましたが、勝っても嬉しくない理由を述べています。
 ブログでは嬉しくないことはないのですが、今後のテニス生活でどれだけ当たり前に
 してゆくかにあるのでしょう。平常心をどれほど継続出来るかを心配しているのです。

  これは彼の立場になると当然と言えば当然なのです。いわゆる追われる立場となる
 からです。錦織の優勝戦の相手テイラーの苗字を忘れていたと言う表現は、それほど
 相手を意識していたからのものでしょう。

  6-4のスコア差には両者に殆ど実力の差がないことを示しています。苗字を忘れ
 た相手は試合中錦織のノータッチエースに拍手していました。どうしてだろうと言う
 疑問は、彼のブログで分かりました。彼は錦織の練習パートナーだったのです。

  だからこそファインショットに拍手をしたのでしょう。しかし、その相手がいまや
 公式の試合でしっかりと相手をしてくれているのです。これはいろいろな意味で錦織
 には脅威です。油断のならない相手なのです。

  錦織が言うように、優勝には価値があるが第1シードなので当然と言えば当然なの
 です。ホッとしただけに良い意味ではそれほど嬉しくなかったが本音だったのでしょ
 う。厳しい世界に住むチャンピオンの本音ではないかと思います。

  ひたひたと押し寄せてくる後輩たちの勢いに負けるかとの思いは強かったようです
 が、今後の自分の立場を考えると、メンタル面の強さを持たなければならないと感じ
 たようです。それこそが錦織には4大大会での勝者を目指す一歩かも知れません。

  メンフィースでは勝って当然と言えるテーラー・フリッツは、世界ランク102位
 の18歳あり、世界ランク7位で26歳の錦織が第1シードとして勝ったのは当然で
 す。満足し切れなかったのは試合のスコア(6-4・6-4)ではないでしょうか?

  しかし、次いでのメキシコオープンでは2回戦で敗退しました。この中で気になっ
 たのはサービスの不調にあります。決して強力なものではありませんが、確実性が必
 要不可欠なものであることです。今後の錦織に要注意です。

  昨日、女子サッカーのナデシコが敗退しました。いろいろな意見が飛び交っていま
 すが、中でも注意が必要なのは日本の体育系の組織の脆弱性です。引続くアスリート
 の育成が殆ど出来ていないのは何故でしょうか?

  
 
  ◎ 発行者 : 遠藤 侖允 (えんどう みちまさ)     
  ◎ メール : yaendou@po4.oninet.ne.jp

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第416号

2016-02-15 09:47:08 | 日記
◇◆テニスのメモ帖◇◆ 第416号 平成28年2月15日
 <今年の全豪で注目された三人の女子プレーヤー>
(今回は、全豪オープンの記事から三人に焦点を絞って集めてみました)
 
  全豪で女子シングルス初優勝・と言うより、あのセリーナをフルセットで撃破した

 勝ちっぷりがインパクトあるでしょう。ドイツ出身のケルパー・左利きでいまや世界
 ラ
ンク2位です。戦前圧倒的有利セリーナからの勝利は特筆すべきです。

  特に、その戦いの中でメンタル面の比類なき強靭さ極めて大きく、その力強さに
 は学ぶべきものが多々あると思われます。
遅咲きとの見方もあるようですが実力も並
 大抵ではなく今後に期待が集中するのではないでしょうか。

  二人目は、国籍は日本で父親がアメリカ人の大坂なおみ・18歳です。現在世界ラ
 ンク
108位ですが、2014年7月に世界ランク19位のストーサーを破る、衝撃
 
的なレビューを飾っています。180cmからの強力サービスは生きが良いです。

  最後は、全豪一回戦であのケルパーをマッチポイントまで追い詰めた土居です。
 らく、いまでも夢心地ではないでしょうか?例え勝利しても優勝はなかったでしょう
 
が、もし勝っていたら・・・如何にも残念なことです。

  特に、土居にはプロに転向してからそのシャープな動きに期待していただけに、最
 近
の停滞振りには切歯扼腕していただけに残念でなりません。左利きの優位さを何故
 もっと生かさないのかケルパーとの差を感じます。

  ケルパーはドイツ出身(172cm・ 68kg・左)土居美咲は世界62位で日
 本出身(160cm54kg・左)大坂なおみは世界108位で日本出身(身
長と
 重は未登録・右)フィジカルでも遜色ないものがあります。

  さて、全豪1回戦ではケルパーに対して、7-6(4)・6-7(8)・3-6で
 土居
がマッチポイントを逃した点は、その原因はいろいろあるでしょうがやはりメン
 タル面
での問題に関わると思われます。

  マッチポイントとは、1ポイントを獲得すればその試合に勝利することなのです。
 相手に対して絶対的有利なのです。相手は挽回することでイーブンになるので、挽回
 したから勝ったわけじゃないのです。連続してエラーが出来ないのです。

  この瀬戸際の攻防は生易しいものではないのです。この時点で土居は勝ったと思っ
 た
でしょう。土居は間違いなくかなりの確率で勝利を確信したと思われます。それだ
 けに腕が竦んだのでしょうか?

  結果として、一度権利を失ってからは取り戻せなかったのでしょう。土居には残念
 なことで
すが、ケルパーにもう一押し出来なかっただけに、この試合に於ける無念さ
 は生涯残るも
のと思われます。

  試合では、優先権を確保するためサービスの確実性アップが大事となります。バッ
 クハンドやボディに切れ込む、スライスやスピンは相手が右利きであれば絶対的効果
 があるものなの
です。


  女子シングルス1回戦では、土居美咲がアンゲリク・ケルバー(ドイツ)と対戦し
 グランドスラム初出場
の大坂なおみがドナ・ベキッチと対戦しで勝利したのは、53
 年ぶりの初出場で3回戦進出でした。


  女子シングルス2回戦でリターンする大坂(AP)<テニス:全豪オープン>女子
 シ
ングルス2回戦予選勝者で女子世界ランキング127位の大坂なおみ(18)が、
 4大
大会初出場ながら3回戦進出を決めたのです。

  日本女子が4大大会初出場で3回戦に進んだのは、64年全米の小幡陽子以来で史
 上2人目。そのマッチポイントで大坂はこの日最速の時速193キロのサーブを叩き
 込み
、最後は鋭いフォアハンドで勝利したのです。

 「本当
にハッピー。ここまで来られるなんて思ってもみなかった」。相手と勝利の握
 手でペ
コリ、観客に小さく両手で手を振ってペコリとおじぎ。「日本流ね」と可愛い
 笑みが
はじけた瞬間でした。

  初めて収容人員3000人のコートに入り緊張したのか、スタートは1-3とリー
 ドを許した。しかし、そこから大坂のパワーが爆発し、一気に4ゲー
ムを連取して逆
 転。5-4からの自分のサービスゲームを5度のジュースの末
にキープしたのです。

  大坂は14年10月、ジャパン女子オープンで逆転負けしていた。当時の大坂は2
 65位にもかかわらず31位
の強豪に勝ちかけた自信は大きかった。「当時とショッ
 ト自体は変わらないが
、今はコートにボールを入れられるだけ進化したかな」

  試合した2番コートは入場規制されるほどの超満員。たくさんの日本のファンが日
 の丸を振った。「いつか日本の代表になりたい」と言う大阪生まれ、米国育ちの18
 歳。
「本当に日本と触れ合っているみたいだった」。

  日本女子の4大大会初出場勝利は過去53人が出場し大坂は54人目となる。その
 内初出場で勝
利を挙げた選手はわずか15人で、大坂は16人目。初出場で3回戦ま
 で
進んだのは、64年全米の小幡陽子だけ。大坂は日本女子2人目の快挙です。

  全豪オープンテニス初日、女子シングルスで土居美咲はストレート勝利を目前にし
 たものの、
7-6・6-7・3-6でシードのアンゲリク・ケルバーに敗れ大会から
 姿を消したのです。メンタル面の大切さを実体験したでしょう。

  この試合で、ケルパーは第2セットのタイブレークでのマッチポイントを凌ぐと、
 ここから逆転に成功したのです。
28歳の誕生日を迎えたケルバーは、土居が繰り出
 す力強いフォアハンドに苦し
められたのです。

  第2セットで敗退が決まったかに見えたケルバーですが、調子を上げると第3セッ
 ト
ではトップ10の実力を見せ、時間41分の激戦を制したのです。最後のウイナ
 ーを決めたケルバーは、雄たけびをあげて勝利を喜んだのです。         

  次代の日本テ
ニス界を背負って立つ選手の一人で、ジュニア時代から世界の舞台で
 活躍し、
17歳でプロ転向し159cmと小柄ながら、サウスポーから繰り出す美し
 い弾道のフ
ォアを軸に、ウイナーを奪いに行く攻撃テニスが身上でした。

  2011年にはウィンブ
ルドンで3回戦に進出し、高い潜在能力を結果で証明して
 みせたのですが、
急激に高まった周囲の期待が重荷になったか、11年後半からは苦
 しい時期を過ごす
も、徐々に調子を上げ12年には100位を突破したのです。

  翌13年は、10
月のHPオープンでクルム伊達を倒してベスト8入りするなど躍
 進し、15年
10月にはルクセンブルグ・オープンでツアー初優勝。16年シーズン
 はさらなる飛躍
を目指すところでした。期待したいです。

      

<2016年・全豪オープンでの優勝戦経過メモ> 

  ケルパーは2011
年全米でのベスト進出をきっかけとし、一躍トップランキン
 グに躍り出
たのです。それまでは、レフティーの中堅選手の地位だったのですが、以
 降はプレ
ーに自信が生まれて勝ち始め、12年にトップ10入りを果たしたのです。

  彼女には、プレースタイルに特別なもはなく、圧倒的な体格やパワーがあるわけで
 もないので、。体格などの基本条件は今の女子では厳しい部類のはずです
が、鍛え上
 げたフィジカルと、タフなメンタルが加わっていたのです。

  
今や相手として「最も勝ちにくい選手」の地位を、確固たるものにしたのです。
 高めの
ポジションからのショートアングルや、思い切りの良いダウン・ザ・ラインは
 彼女の
大きな得点源です。

  とにかく深くボールを返し続けられる技術と体力、そして最後ま
で諦めないメンタ
 ルが、その強さを形作っているのです。彼女との試合ではどんな選手もロ
ングマッチ
 を覚悟してコートに入らなければならなかったのです。

  将に、独特の存在感
を持つ選手でした。しかし、セリーナの実力から考えたらメン
 タルなんて意味ないと思
っていました。しかし、セリーナも人間でした。試合の経過
 について考えて見たいと
思っています。

  女子シングルスは予想外でした。全豪では第7シードが第1シードのセレナ・ウイ
 リアムズに4-6・6-3・
4-6で優勝したのです。ケルパーは28歳で世界への
 四大大会への初出場は9年前
とのことです。

  しかも、今大会の1回戦では土居美咲にマッチポイントを握られながら、奇跡の勝
 利
を得たのです。セリーナとの対戦成績は5勝1敗ですが、ケルパーは左利きでは唯
 一のトップ10
プレーヤーだったのです。

  ケルパーはコイントスでレシーブを選択したの
です。リターンで調子に乗ったセリ
 ーナのサービスは手が付けられないと考えたので
しょう。セリーナのミスを誘い出す
 経験に裏づけされた自らのショットコ
ントロールに賭けたのでしょう。

  ラリーを辛抱強くベースライン深く繋ぎ、セレナが我
慢できずネットに出てくれば
 低いパスでボレーミスを誘ったのです。第1セットの第3ゲームでセレナが15-3
 0から2本のアンフォースドエラーで
ケルバーは先手を奪ったのです。

  ケルパーはサービス封じ作戦の手ごたえを感じていました。
今回のセレナのサービ
 スは1stサービスでは時速190kmが1本だけ、しかも確
率は55%と低いもの
 でした。

  繋ぐテニスに集中し、精神的に揺さぶりを掛けミスを誘
発させ第7ゲームをブレー
 クし第1セットを奪ったのです。このセットでのアンフォースド
エラーはケルパー3
 本に対してセレナは23本だった。

   第2セットでは、セレナがサービスのギアを上げ第2セットを奪い返したのです。
 ここでケ
ルパーは、獲得ポイント差を抑えて自分のテニスを維持したのは、フルセッ
 トに入れば
セレナへのプレッシャーが更に高まると判断した・・・

  
ファイナルセット3-2で迎えた第6ゲーム、セレナのサービスが再び入らなくな
 った。
ケルパーが15-40のブレークチャンスに掴み、これをセレナが押し返して
 デ
ュースを5度繰り返す激しい攻防でケルパーの見事なドロップショット・・・

  ・・を決めてブレークしリードを奪ったのです。
第9ゲームにブレークバックを許
 したのですが、試合の流れはケルパーのものでした。最後ま
で冷静なプレーで第10
 ゲームにマッチポイントを手にしたのです。

  2時間8分の頭脳戦
では、最後まで自分を信じたプレーが出来たのです。

  ここまで書き終えたとき、プロ野球界最年長で引退した中日の山本昌投手が、民放
 に出演し、現役で大切にしたことは何でしょうかと問われ即答したのは・・・それは
 「平常心」でした。アスリートのメンタル面の極致でしょうか!

 
  ◎ 発行者 : 遠藤 侖允 (えんどう みちまさ)     
  ◎ メール : yaendou@po4.oninet.ne.jp

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